Episode04 戦場カメラマンはお花がお好き
目のやり場を探して前を向いたら、目の前の土手に座り込んで大きなカメラを構えてる二人組が見えた。
あれ、あの二人って……。
「六郷、さん……?」
私の声は聞こえてはいないはずだけど、二人は同時に振り返った。
「やあ、君は確か……」
「お久し振りですね!」
そう、前に人間国宝の川崎さんとの写真を撮ってくれた人だ。
「今日はどうしたの?」
「学校帰りです。あの、この前はほんとにありがとうございました。あの写真、額縁に入れて飾ってあるんですよ」
「そうか、そりゃあ嬉しいなあ」
普通に会話できてる私たちを見て、不思議に思ったんだろう。蒲田くんが肩を叩いてきた。
「なあ、この人たち知り合いなの?」
「うん」
オレンジ色に照らされた顔を、私は振り返る。「去年の秋に私と蒲田くんが再会した時に、色々あって写真を撮ってもらったの。プロのカメラマンさんなんだよ」
「いやあ、腕はまだまだだよ。な、大森」
「失礼な! 俺だって頑張ってるんですよ、この前も『植物フォトコンテスト』で優秀賞貰えたじゃないですか!」
「甘いね。俺に言わせれば、お前の腕ならあんなチャチな賞は取れて当たり前だ。もっと上を見据えなきゃダメだな」
……話がずれてるけど、気にしないことにしよう。
「どんな写真を撮ってるんですか」
蒲田くんは、二人のカメラマンさんたちに興味津々みたいだ。目が輝いてるのは、曇りの日にもよく分かるもん。
二人は苦笑する。「実は俺たち、特定の被写体に絞って撮ってるわけじゃないんだよね。時に人工物を撮ることもあるし、自然を狙うこともあるんだ」
「今日はテンジクアオイを撮りに来たんだよ」
言いながら、大森さんはしゃがんで一つの小さな花を指さす。明るい緑に縁取られた特徴的な葉っぱの先に、たくさんのカラフルな花が咲いていた。わあ、可愛い……。
「ゼラニウムとも言うんだけどね。南アフリカ原産の多年草で、色によって色んな花言葉があるんだ。黄色は『偶然の出会い』、赤は『君がいて幸福』、ピンクは『真の友情』といった具合にね」
へえ、面白い。この前川崎さんに教えてもらったコスモスも、そうだったなぁ。
楽しそうに説明する大森さんや六郷さんを前に、色んな音色の相槌を打ちながら蒲田くんも熱心に見入っている。何だか懐かしいその光景。夕日が照っていたら、もっときれいだったろうになあ。
「カメラマンさん、博識なんですね……」
「……あれでも元々は戦場カメラマンだったんだってよ」
「そうなんですか!」
目を丸くしてる真香ちゃんの横に並んだら、少し強い風が吹いてきた。
こうして並んで見ると、サドルに腰かけていても身長差はそれなりにあるんだなって分かる。
新入部員として入ってきたばかりの頃の真香ちゃんは今よりさらに背が低くて、平均的な値しかない私でも上から見下ろせたくらいだった。見かけ上は、私の方がオトナなんだ。その時初めて、私は自分が「先輩」になったんだって自覚を持ったんだったと思う。
部活を終えてしまえば、もう私が先輩を自負する機会もなくなっていくのかな。
「……そういえば、君は今年で中三?」
背の高い方の人──六郷さんが、ふとしたように言った。すごい、私の学年覚えてたんだ。
「はい。もう部活も引退ですよ」
浮かべた笑いが、風に吹かれて消えていく。
「君もかい?」
尋ねられて、蒲田くんは自分を指差す。そっか、初見だもんね。
「俺ですか? 俺もさっき引退したとこですよ」
「二人ともか……」
語尾を長く伸ばす六郷さん、大森さんと目配せを交わしてる。え、まさか何かあるの?
「せっかく会ったことだし、写真でも撮って行くかい?」
!
「マジですか!?」
蒲田くんが大声を上げた。私も思わず上げそうになるところだった。
「そんな、悪いですよもったいない……」
手を振って断ろうとしたけど、六郷さんにも振り返される。「フィルムは余ってるからね。大森のちょうどいい腕試しにもなるし。何ならその場で現像できる奴で撮ろうか?」
「いいじゃん! 撮ってもらおうぜ、せっかくなんだし!」
蒲田くんはもう撮ってもらう気満々みたいだ。こういうの、好きそうだもんね。
だけど、なあ……。
なんでだろう、あんまり私は乗り気になれなかった。
「……私は、いいですよ。別にまだ卒業する訳じゃないですし……」
「えー、いいじゃんかー」
「……蒲田くんはもうちょっと遠慮を知りなよ」
残念そうな顔をしたのは、蒲田くんだけじゃなかった。真香ちゃんもだ。
「センパイ、スタイルいいから被写体にはちょうどいいと思うんだけどな……」
「……いや、そういう問題じゃないよ」
「どうしてもいいのかい?」
頷いた。首がカクンって悲鳴を上げた。
だって、ねえ? そもそも今日何だか曇ってるし……。
「……まあ、君がそう言うならいいか」
カメラをしまい込む二人の背中は少し、緩やかだった。




