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EveningSunlight  作者: 蒼原悠
第〇章 ──ひとりぼっちの帰り道──
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Episode02 なんかいいこと、ないかなぁ


 風が、そよって耳元をすり抜けて、小さく笑いながらどこかへ消えていく。

 風って不思議。私が歩いている間は隣に寄り添ってくれるのに、自転車に乗っていると前から通り過ぎたり、後ろから追い上げてきたりするんだもの。

 でも、あの多摩川の水面を小波(さざなみ)を立てながら渡っていく風は、すごく楽しそうに見えるんだ。

 私も風だったらいいのに。そしたら毎日のように、何キロもの道を自転車で往復しなくても済むのにな。


 もともと、私の家は大田区の方にあったんだ。学校から割とすぐ近くの、お父さんの会社の社宅。同じ社宅に住む友達もいたし、学校のみんなも簡単に手の届く範囲にいたし、いつでも気軽に会って、話して、遊べたんだ。

 だけど私が中学生になるタイミングで、私たちは隣の世田谷区の一戸建てに引っ越した。古くなった社宅が取り壊されて、どこかの会社に売られることになっちゃったから。

 隣の区って言っても、世田谷区も大田区も何十万人もの人を抱える、面積の大きな大きな区だ。いまの家のある世田谷区の等々力から学校の最寄りまでは、電車に乗っても六駅分もある。

 電車通学か、自転車通学か。悩んでる私にお父さんは、通勤ラッシュの電車は混んでるぞ、なんて脅しをかけてきた。で、怖くなった私は、自転車を選んだ。

 ……通勤ラッシュの電車、今のところ一度も乗ったことはないんだけどね。私、はめられたりしてないよね? そうだよね!?


 自転車通学って案外、大変なんだ……。

 多摩川の土手の道は、高低差もすごいし、砂利ばっかりで走りにくいし、そのわりにはたくさんの人がいるから、むやみにかっ飛ばせもしない。

 自転車がご機嫌ななめになったらもっと大変。この前なんか行く途中でパンクして、遅刻の大目玉は食らうし帰りは歩かなきゃいけなくなったし……。


 でも本当は、自転車通学のせいでみんなとなかなか遊べないのが、一番つらいよ。

 普通に帰るだけですごく時間がかかっちゃうもん。多摩川の土手には街灯がないから、夜は危ない。だから日没前に帰ってきなさい──。お母さんにはそう言い付けられてるから、なかなか学校に留まってもいられない。特に秋が近くなってきてからは五時台には日が落ちちゃうから、部活の手芸部とか委員会が終われば即、帰らなきゃいけない。

 おまけに、なまじ家が遠い分、友達も私の家には来てくれないし。

 いくら中学受験経験勢とは言っても、私だってどこにでもいるただの中学一年生だもん。もっと遊びたい! もっとはしゃぎたい!

 なのにこれじゃ、行動制限と変わらないよ……。




 夕方の空を、ばさばさって賑やかに羽ばたきながら鳥さんたちが飛び上がっていく。

 みんなは今頃きっと、私のことなんか忘れて遊んでるんだろうな。日の光を受けて金色に縁取られた鳥さんの群れに、私はまた、ため息をついた。

 風がまた耳元で何かをささやいて、ついでに私の前髪をさらっていこうとする。あわてて撫で付けた手の向こうに、夕陽色の背景からくり抜かれたみたいなビル群の影が並んでる。河原の野球場で走り回ってる選手たちの声も、何両にも連なって橋を越えていく電車の音も、どれもみんなオレンジ一色のセカイの中で重なっている。

 それを知っているのは、きっと私だけなんだ。だけど優越感なんて感じられないよ。寂しいよ。


「なんかいいこと、ないかなぁ……」

 まぶしい夕方の陽光に向かって、祈るみたいに、そっと、口にしてみた。

 ぽかぽか暖かな太陽さん。

 私の身体を暖めてくれるついでに、私の心も──ううん、私のつまんない日常も、一緒にうんと暖めてください……。




 そう祈った瞬間。

 太陽が一瞬だけ、きらりと輝いたような気がした。





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