Episode07 土手ってきれいだよね、夕陽
「それで先生。私たち今あの向こう岸の、武蔵小杉駅周辺開発計画についての広報冊子の写真を撮ってるんですが、出来たら先生方が被写体に入って頂けませんか」
「広報?」
「開発の経過と展望について纏める予定でして、経過報告レポートとして建築学会にも送るモノなんです。宜しかったらぜひ……」
ねえ、今……、
「先生方、って言いました?」
横槍を入れた私に、六郷さんは微笑んだ。「君にも、出来たら入ってほしいな。せっかくだから立ち並ぶ現代建築を背景に交流する人間国宝と若者、というテーマで行きたいんだ」
!?
「つまりその、私は学会に出す冊子に載るって事ですよね!?」
躊躇の欠片もなく六郷さんは頷いた。他方私はというと、慌ててカバンから手鏡と櫛を取り出そうとして四苦八苦。
「構わんよ、髪型なんか」
川崎さんの遠慮がちな声。
「気になるんです! 私の写真が日本のスゴい人たちのお目を汚すと思うと……!」
「大丈夫大丈夫、背中側から撮るから髪型なんか分からない」
もう一方のカメラマンさんに言われ、やっと私はカバンを放り出した。「すみません……こんな頭で」
「君が思ってるよりまともな髪型だよ」優しい口調でフォローする六郷さん、三脚を地面に立てた。その目はもう、仕事人だ。「前を向いてもらえますか? あの超高層マンションと夕陽に向かうように」
指図されるがまま、私と川崎さんは前を向く。
「お二人で、何か喋っているような顔の向きにしてください。出来れば本当に何か喋ってもらえると助かります」
顔を見合わせる私たち。
いざこういう時になると、話題が出てこない。
「……変わったもんだ、小杉も」
切り出したのは、川崎さんだった。
「ここ数年で、竹林のように建物が建った。新しく電車も停まるようになった。対岸の東京でさえ、あんなに大きくは変わっていない」
「……そうですね。私の学校の周りも」
「街は、変わるからこそ街なのかもしれない」
しみじみと、川崎さんは語り続ける。「変化には必ず犠牲が伴う。少し切ない気もするが、それでも変化のない街より変化がある方がいいに決まっている。言い方が悪いが、変化のない街は死んだも同然だからね。プラスでもマイナスでもいい、革新がない街は人から飽きられる」
「でも、土着の人たちは住み続けますよね」
「人が住んでいれば村や街を名乗れるわけではないからね」
川崎さんはそう言うと、痺れたのか足をぴんと伸ばした。頭の後ろで手を組む動作に、微かなシャッター音が重なる。
「僕が産まれたのは、うんと地方の小さな村だった。村の人たちは優しかったが、如何せん新鮮味がなくてね。新しい何かを見たくて上京したものだったよ。いざ来てみると、やっぱり東京は面白い。放っておいてもどんどん建物が建て替わり、知らない人が増え、新たな文化が入ってくる。ただ、こんな歳を取ってしまった今では、その変化についていくのが精一杯さ」
「……変化、かぁ…………」
世代交代、って事なのかな。
川崎さんの顔からちょっと視点をずらして遠くを見ながら、私は思う。
……斜めに当たる夕陽のせいか、川崎さんはやっぱり少し寂しそうだった。




