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EveningSunlight  作者: 蒼原悠
第〇章 ──ひとりぼっちの帰り道──
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Episode12 ひとりぼっちの帰り道



「お、お母さん……? ────ひぃっ! ごっごめんなさい! その、まだ実は学校のすぐ近くで────違うよ! 遊んでなんかいなかったもん! ただ帰り道で自転車ごと転んじゃったから、直したりしてたら時間かかっちゃっただけで……! ────分かってるよ、お母さんの心配する気持ち、私だって分かってるけど……。────はい──はい、すぐに帰る! 風みたいに飛んで帰る! 新幹線みたいに急いで帰る! ウソじゃないからっ!」


 電話を切ったら、もやもやってした息が口の端から漏れ出した。

 お母さん、やっぱり怒ってた……。怒ってたっていうより心配してた。せめて一報くらい入れなさいとか、あと四十分以内に帰ってこなかったら晩ご飯のおかず一品抜くわよとか、とにかく色々言われた。おかず抜きは勘弁してほしい! おなか空いたよ!

 それと、つい咄嗟に口が滑っちゃった。自転車で転んだなんてもちろん嘘だ。自転車が倒れてきたのは、本当だけど。でも、今の私には嘘をついたことの罪悪感と同じくらい、お母さんを心配させちゃったことへの罪悪感が募ってる。

 悪いことしちゃったな、私……。

 携帯の画面から『自宅』の番号が消えて、私は携帯をポケットに入れようとした。一瞬見えたホーム画面に、メールの新着通知が光ってる。

 誰からだろう? ──気軽に開けてみたら、友達からだった。


『芙美、今度は一緒に遊ぼうね! 約束だよ!』


 やめてよ、こんな時にこんな文面。泣きそうになっちゃうじゃない……。携帯をぱたんと閉じながら、心の中で訴えてみた。

 私だって遊びたいよ。そうだ、どうせ家に帰ったらお母さんに謝らなきゃならないんだから、そのついでに聞いてみよう。もう少し帰る時間を遅くできませんかって。

 夜道が暗くて危ないからっていうのが理由なら、日没より遅くなったって問題ないはずだもん。だってほら──問いかけるように見つめた西の空は、もう太陽が半分くらい山に隠れていたけど、まだ明るい。ぽつぽつと灯りをともしながら建ち並ぶ対岸の街並みが、まだちゃんとシルエットになっている。


 変えようとしなきゃ、変わらないよね。私の日々を楽しい方向に変えられるとしたら、それは私だけなんだもん。

 だってこれは、私の──私だけの、日常なんだから。

 そう思った。空がまた少し、明るくなったように感じた。




 まぶしいオレンジの夕陽が照らしてくれた、この土手の上で。淋しくなって、悲しくなって、楽しくなって、嬉しくなった。

 プラスの感情もマイナスの感情も、今はまるできれいに釣り合ったみたいに安定してる。

 私なりの人生の楽しみ方、か……。それってつまり、私なりの人生の捉え方っていうことなのかな。少しだけ立ち止まって、考えてみる。

 中学校に進学して一番最初に習った新しい概念は、数学の“正負(プラスマイナス)”だった。負の数を足したり掛けたりするって、最初はさっぱり意味が分からなかったけど、勉強するにつれて最近はようやく、掴めてきたような気がするんだ。正でも負でもない、きれいに釣り合った“無”の状態を、先生は『プラスマイナスゼロ』って呼んでいたっけ。

 悪いことが起きたのと同じだけ、良いことも起きてくれるのかもしれない。そんな風に思えたら、つまらなかったこの帰り道も、少しは楽しく思えるかな。プラスマイナスゼロに落ち着くんだって信じられたなら、つらいことも乗り越えられるかな。




「プラスマイナスゼロの法則、かぁ」


 長くて言いにくいけど、そんな素敵な名前が浮かんだ。




 明日もまた、この帰り道で誰かに出会うのかもしれない。何かが起きるかもしれない。

 私は占い師じゃないから、どうなるのかなんて何も分からない。

 だけど、どうしてかな。あの夕陽が西の空で輝いている限り、帰る道が明るく照らされている限り、きっとすべて上手くいくんじゃないかって思っちゃう。期待しちゃいたくなるんだ。

 普段よりちょっぴりたくさんの出来事に直面した私自身が、それを証明してくれる。

 だから、怖くなんてない。いま怖いのは、家に帰った時のお母さんの剣幕だけ。いやそれ十分怖いけど!


「さ、帰ろう!」

 怒られる恐怖を振り払いたくて、倒していた自転車を持ち上げながら宣言した。

 足元の花たちが、風に揺れてふさふさと私に手を振ってくれた。






 さあ、帰ろう。

 ひとりぼっち──ううん、ひとりの帰り道が、私を待ってるよ。

 その先に明日を、あさってを、まだ私には見えない未来を、引き連れて。


 明日もいろいろ、ありますように。色んなことが起きますように。

 今日の私が楽しみに待てるような、そんな明日でありますように。






 どこまでも続く土手上の道の、太陽の沈む方向へ曲がるカーブの先に。

 いつしか私の家のある町が、見え始めていた。










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