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EveningSunlight  作者: 蒼原悠
第〇章 ──ひとりぼっちの帰り道──
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Episode11 いつか、また



 ……おばあちゃんの言う通りだ。

 毎日毎日の通学にくたびれて、今日、私は音を上げかけた。

 だけど、ワンちゃんに出会って、おばあちゃんに出会って、それから飼い主さんたちに出会えた。

 不思議。あんなにイヤで嫌で仕方なかったはずの帰り道で、私はこんなにたくさんの人たちと出会えたんだ。


 おばあちゃんは今、何を見ているんだろう。不意に知りたくなって、私もおばあちゃんにならって寝転がってみた。

 わ、空が高い……。ずっとずうっと先まで、透き通ったオレンジの空が続いてる。その中にキラキラとまたたき始めているのはお星さまかな。


 今ごろまだ遊んでいるかもしれない、学校のみんなも。

 家で私の帰りを待ってる、お母さんも。

 ワンちゃんも。おばあちゃんも。飼い主さんも。

 みんなみんな、この空を見ているのかな。

 この空の下で、息をしているんだな。


「さてと──私ゃそろそろ、行こうかね」

 よっこらせって立ち上がったおばあちゃんが、伸びをしながらつぶやいた。

 え、行っちゃうんですか……? とたんに寂しさに襲われた私の顔は、おばあちゃんにはどんな風に見えたんだろう。甘えん坊に見えたかもしれない。

「明日はどこへ行こうかね……。新宿がいいか、立川がいいか」

「行き先、どうやって決めてるんですか?」

「気分さね」

 気分、かぁ。私も気分であちこち遊びに行けたらいいのに。って違う違う、おばあちゃんはあちこちに出向いて占い師をするのがお仕事なんだよね。

 私には明日もあさってもその先も、決まった行く先があるんだもん。カバンを握りしめて、思う。

「この歳まで長生きしている間に、東京もずいぶんと様変わりしてしもうた。あの対岸のビル群も、あんたの通う学校の校舎も、多摩川の土手に整備されたジョギングコースも、昔はなーんにもなかった」

 おばあちゃんは遠い目をしてた。だけど、どうしてだろう。私と違って寂しそうには見えなかった。

「少しずつ、でも絶え間なく変わっていくこの街を、気ままに歩きながらのんびりと眺める。そんな人生が、私には楽しくて楽しくて仕方ないのさ。あんたにもいずれきっと、あんたなりの人生の楽しみ方が見つかるだろう。その時を楽しみにしているといい。──これで、あんたの相談の答えになったかい?」

 はい、って頷きたかった。なのに首が動かなかった。

 新幹線が鉄橋を通過していく音が、また土手に聞こえてきてる。

 それを合図にしたように、おばあちゃんは歩き出した。私の帰り道とは逆の、多摩川の下流の方へ……。




「──待ってください!」

 どうしても、どうしても尋ねたくて、その背中に私は声をかけた。

「私、いつかまたおばあちゃんに、会えますか?」

 振り返ったおばあちゃんは、惚けたみたいに目を逸らす。五秒くらいの間を空けて、答えが返ってきた。

「再会するも八卦、しないも八卦さ。占ってもいいけど、面倒だからやってやらないよ」

 そんなケチなー!


「いつかまた会えるかもしれない──その可能性を“楽しみに”していれば、それでいいじゃないか」


 おばあちゃんは最後の最後まで、むすっとした不機嫌そうな表情を崩さなかったけど。

 その優しい目だけはいつまでも、変わらなかった。




 太陽が今にも山の向こう側に落ちて行きそうな、夕方の多摩川。

 (ねぐら)へ帰っていく鳥さんたちの声と、静かに流れ続ける川の音と、土手を行き交う人たちの声や足音に包まれて。

 私はまた、ひとりになった。






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