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EveningSunlight  作者: 蒼原悠
第〇章 ──ひとりぼっちの帰り道──
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Episode01 夕方ヒトリテット

あなたの日々の“はじまり”は、いつですか。


これは、ある日の夕方の、ちょっとした奇蹟の物語。






「えー? 芙美、今日もふつうに帰っちゃうの?」


 自転車のスタンドを跳ね上げたら、友達の声が背中にぐさっと突き刺さった。

 いつものことだから、そんなに痛くもなかったけど。そしてこう言葉を返す私も、いつも通り。

「ごめん……。でも、ここに遅くまで残ってると、帰るのが遅くなっちゃうから」

「家が遠いってイヤだねぇ」

「しょうがないよ。遠いんだもん」

 ダメ押しの意識でそう言葉を重ねれば、友達もたいてい、まぁ仕方ないか、っていう目をする。そんな視線にももうすっかり慣れて、今はそこに落胆の気持ちを感じることもなくなっちゃった。ああいう会話を交わすことそのものが、もはや社交辞令って感じだし。

 私、変わったなぁ……。

 そんな思いを胸にずしりと抱えたまま、私は自転車を押して校門を出た。

 西から差す夕陽がまぶしいや。でも我慢して、目を細めながら正面に進む。逆光のせいで誰かとすれ違いざまにぶつかりそうだったけど、うん、大丈夫。これももう慣れたし。

 そうしてそのまま、立ちはだかる土手の上へと登るんだ。


 毎日毎日、同じことを繰り返すだけ。平穏だけど、平和だけど、面白くない。

 せめて今からの帰り道くらい、もっと楽しい何かが待ち受けていたっていいのにな……。




 私の名前は、藤井(ふじい)芙美(ふみ)

 この春に進学したばっかりの、ピッカピカの中学一年生。




 東京都の南の端を区切るように流れる、多摩川っていう大きな川のほとりに、私たちの中学校は立地してる。市区町村で言うと、東京都大田区。羽田空港とか田園調布のある街って言えば、関東に住む人にはどこだか分かるのかな。

 ちなみに、公立中学じゃないんだ。そんなに大変な試験じゃなかったけど、中学入試を受験して入る学校。私の卒業した小学校の地域からも、けっこうたくさんの友達が一緒に通ってる。


 なのに私の通学路だけは、みんなと一緒じゃない。




「はぁ……」


 土手を上がりきった私は身体いっぱいに日の光を浴びて、ため息をこぼした。

 すごく高くて大きな堤防に挟まれて、広々とした川原と穏やかな川面がずっと先まで続いてる。これが、多摩川。川幅がどれだけあるのかは知らないけど、とにかくとっても大きいんだ。

 対岸の街には大きなビルがどかんどかんと突き立ったみたいに生えていて、そこから一直線に延びた何本もの線路が、一目散にこの川を越えてくる。どれか一個は新幹線だったかな。橋も、ビルも、夕陽の光が染めたオレンジ色の空のスクリーンの中に、黒いシルエットでくっきり浮かび上がってる。

 ここまで来ればもう、私の家まではたったひとつの交差点を曲がるだけでいいの。それだけ聞くと、簡単でしょ? でも、その交差点までずっと川沿いを何キロも走れって言われたら、誰だって考えが変わっちゃうんじゃないかな……。


 ああ、そんな余計なことを思い出してたら、帰りたくなくなっちゃった。


「…………」

 夕方四時半の多摩川の川縁には夕陽がさんさんと降り注いで、まるで一面が絵の具で塗りたくられたみたいにオレンジ色だ。空も、陸地も、ここから見ればみんなおんなじ色で繋がっている。

 がちゃん、と私は自転車のスタンドを立てた。そうして夕陽の方角を眺めてみた。こうすると全身がぽかぽかして、少し気持ちを前向きにできるんだ。最近になって気付いた、私だけの豆知識。

 帰りたくないなって思う時は、こうするのが一番なんだ。自転車がきちんと土手の端に停止しているのを確認して、何歩か下りる。で、土手に寝転ぶ。

 こうすればほら、夕陽には目を向けずに暖かさだけを感じられるの。


「……しばらく、こうしてよっと」

 目を閉じて、私はつぶやいた。





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