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ゆめ日和~希望が丘駅前商店街~  作者: 天咲 あゆる
4/13

・ママ、大変です。幻覚が見えてしまいました

6月にも入れば、外はますます日差しが強くなり、太陽がじりじりと路面を照らしつけ、まるで親の仇かのように焦がします。

 それに伴いぐんぐんと増す不快指数(気温と湿った空気量)。


 こんな日には足を氷入りの冷水を張った木桶に突っ込んで、新潟県産の枝豆の弥彦娘とか、湯上り娘を摘まみつつ、キンキンに冷やした冷酒を楽しみたくなるというか、恋しくなるのです。

 お酒は八海山が良いとか贅沢は言いませんので、とにかく涼んで昼酒を楽しみたくなりますが、その前にそれらを仕入れなければなりません。


 となれば。


「雁屋さん、ちょっと私お出かけしてくるので、お留守番お願いしても良いですよね?」


「ちょ、え?今から?今一番あっつい時間だよ!?もう少ししてから行けばいいじゃん!!なんなら俺が買いに行っても良いし!!」


 その時既にお気に入りの籐で編まれた籠を左手に持ち、草履を履いていた私は、雁屋さんの忠言を軽く受け流し、外へと出ました。


 その瞬間、思わず店内に逃げ込みそうになったのは秘密です。



 うぅ、流石は大都会です。

 少し前に居た東北とは暑さの厳しさが違います。

 でもこの暑さを乗り越えた先には美酒が待っているのです!!


 勇気を出して日傘をポンッと差し、中央広場近くにある篠宮酒店さんへ散歩がてら向かいます。

 篠宮酒店さんへは今回自分で赴くのは初めてですが、噂ではかなり仲が宜しいご夫妻がお店を取り仕切ってらっしゃるとか。


 いいですね。

 頼り、支え合う夫婦でお店とか。

 羨ましくないと言えば嘘になりますが、私は私なりに今の生活に満足しています。


 と、そんなこんな考えながら歩いていれば、いつの間にか件の【篠宮酒店】さんの近くに辿り着いていました。

 額にはうっすらと汗が滲んでいましたが、心地よい疲労感です。

 その滲み出た汗を、金魚が描かれている薄い手拭で拭き酒屋さんの扉を開こうとした時でした。


「――ゆめ」


 その声は、焦がれて、焦がれてどうしようもなく。

 思い余って故郷を捨て去る前に、自分の体を使って裏切った相手の声で。

 どんなに謝っても謝り切れないほど傷つけてしまった、私の一番すきな人...。


 ドクン、ドクン、と、暑さのせいだけじゃない胸の高まりが煩わしくて。

 でもそれが何よりの自分の気持ちを表しているか判っていたから。

 知っていたから。


 ゴクリ、と、口内に密かに溜まっていた唾を飲み込み、私は出来るだけ笑顔を浮かべて、その人と久しぶりに瞳を合わせてから、篠宮酒店の扉を開きました。



***


「こんにちは。【ゆめくら】の者ですけど、お酒の「千の風」置いてますか?」


 初めて踏み入れた店内の様子をきょろきょろと眺めている私と違い、私の後ろで私を監視するかのように立っていた兄は一言も喋らず、ただただ私が決してもう二度と自分から逃げないように切ない眼差しで見つめていたことを、この時の私は気付けませんでした。


 けど。


「あら、仲が宜しいのね?新婚さん?」


 と、ほのぼのとした雰囲気の女性が掛けてきた言葉には。


「い、いえ、兄妹です!!」


 と、慌てて否定してしまいました。

 その時、酒屋さんのご夫妻が顔を見合わせてあやふやな笑顔を浮かべてたんですけど、あれにはどんな意味があったのでしょう。


 私はそれを男の人、――あれほど想いを募らせていた義兄の倉島 壱芦に手を引かれながら考えつつ、義兄によって自分の店へと急かされる様にして帰宅を果たしたのでした。


 で、その後、何故か義兄さんは雁屋さんを裏庭にひきずり出して、二人っきりで話し合っていたのは余談です。


 天国にいるママ、パパ。

 どうしてかお義兄さんが来ちゃったけど、何とかなるよね?

 どうか私を空から見守っていてね、と願いつつも私は微笑んでいた。


 ――とりあえず今日も我が【ゆめくら】はお客様をお待ちしております。

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