第十四話 バットタイミング
流星は、空を見上げながらいろんな事を考えていた。何で俊がここにいたのか…、歩の言った、『本当の事』とは一体何の事なのか…。しばらくして歩が、
「殴られたのは自業自得だけど、俊があんなに好きになってるなんて知らなかったなぁ。」
と、言いながら立ち上がった。歩の頬は赤くなっていて痛そうだったけれど、その事には触れないで、
「なぁ歩!『本当の事』って何だよ。」
と、流星がいきなり聞くと歩はすごくビックリした顔で、
「本当の事ってどうゆう事?俺そんな事言った?」
ヤバイ!!それは歩が口に出して言った事じゃなくて、心の中で思った事だったんだ。
「いやいや、百合さんと逢ってたのには本当の、って言うか何か訳があるんじゃないかって思っただけ…。」
何か曖昧な返答をしてその場をしのごうとした。
「そうゆう事ね!流の言う通り、百合と逢っていたのにはちゃんと訳があるんだ。」
百合??何で歩が百合さんを呼び捨てにしているんだろう?
「話すと長くなっちゃうけど…、百合とは一年くらい前にバイト先で知り合ったんだ。百合は俺の指導係で、いろいろ教えてもらってる内に段々仲良くなって来て、いつの間にか付き合うようになったんだ。でも、すれ違いとか、いろんな事で最近別れたんだ。付き合ってたのは本当に短いんだ。でも、百合がこの間、よりを戻したいって言ってきて、俺にはもうそんな気はなかったんだけど、最後に一回だけ思い出作りにデートしてって言われたから水族館に行ったんだ。それを流と美音さんに見られたって訳だよ。全くタイミング悪いよね… 今更だけど、もう百合と会う気は無いし、俊が百合を好きな事分かってたから、俺と百合が付き合ってたなんて聞きたくないと思って隠しておいたんだけど逆効果だったみたいだね…。」
歩のその言葉を聞いて、流星は後悔が沸いてきた。自分が余計な詮索をしていなければ俊に知られる事だってなかった訳だし、こんな風に誤解を生む事もなかった。それに、歩を信じきれなくて心の声を盗み聞きしてしまった。今までずっとこの人達の心だけは聞かない!!と決めていたのにそれを破ってしまった…。流星は自己嫌悪でいっぱいになってきた。
「ゴメン。俺が余計な事言ったりしなければこんな事にならなかったのに…。歩は、俊への優しさでしてたのに…。」
と、歩に頭を下げると、
「別にいいんだよ流。どうせいつかはバレる事だったんだし、良く考えればあんなの優しさなんかじゃないよ。偽善だよ…。本当に俊の事を思っていたんだったら、俊に本当の事を話すべきだったんだよ。俊に謝りたいけど口も聞いてくれないだろうなぁ、俊って結構頑固な所あるし。」
歩が溜め息を吐きながら言う。
「それは、俺がちゃんと俊を連れてきて話を聞かせるよ。俺にも責任あるし。」
「話聞いてくれるといいんだけど…」
ポツリと歩はつぶやいた。
夕飯を食べて一人部屋でボーッとしていると美音からメールが来た。
<流星君に報告があるんだけど、昨日水族館にいたのは、やっぱり百合と歩君なんだって。あたしすごく気になってて今日百合に、意を決して聞いてみたら何と、百合と歩君ってちょっと前まで付き合ってたらしいよ!!今はもう別れてるみたいだけど…。そんな話聞いてなかったらビックリだよね。だから、流星君は歩君に聞かなくていいよ。>
そのメールを見て、もう遅い…と溜め息がこぼれた。ベッドの上で小さく丸まりながら美音に今日あったことを全て入れて返信を待っていた。すると、すぐに返事は返ってきた。
<えぇぇぇ〜そんな事があったの?でも、別に流星君が悪いわけじゃないから気にしなくてもいいと思うよ。それに俊君だって理由を説明すればきっとわかってくれると思うし。流星君達三人って、そんなに簡単に壊れちゃうような関係じゃないでしょ?あたしにはそう見えたよ。困ったら何でも聞いてあげるから言っておいで。何て言ってもあたしはお姉さんなんだから。>
ハハッと笑って、その後には暖かい気持ちになった。この暖かい気持ちを全部メールに入れてやろう。と、意気込むものの結局入れたのは当たり障りの無い言葉だった。
<心強い事言ってくれてありがとう。俺は、明日から俊と歩が今まで通りに戻れるよう何とか努力していくよ。>
こんな事しか入れられない自分への情けなさも少し感じていた。美音とメールをしていたら、手話の事を思い出して、本を取り出した。いつも勉強なら思いたってやっても三十分と持たないのが、これは時間を感じない位にはかどった。本を読み進めていく内にこんなことが書いてあった。
『手話を早くマスターする為の近道は、好きな人の事を思い、その相手に自分の気持ちを伝えようと強く思って手話をすることです。』
と、書いてあった。好きな人…好きな人…、何度考えてもやっぱり美音の顔しか浮かんでこない。やっぱり美音の事を、もう本気で好きになってるんだと確信した。何だか照れくさくて本で顔を覆い、ジタバタはしゃいだ後、本に目を戻すとさっきの一文の後に、
『あなたの大好きな人にしてあげてください』
と、書いてあり、
『好き』
と言う手話が載っていた。