第十話 初めて知った君の辛さ…
ジリリリーン ジリリリーン
流星の部屋に、けたたましい目覚まし時計の音が鳴り響いた・少し経って、やっと流星は音に気付いてうっすら目を覚ました。目覚まし時計を止めてまた布団に戻ってしまった。かと思うと、布団がバッとめくれて流星が勢いよく起き上がった。目覚まし時計を掴んで時間を確認して、まだ待ち合わせには二時間もある事に気付き、やっとホッした。
そう!!今日は、日曜日で美音と二人で会う約束をしていた日だ。
この日が近付くに連れて、睡眠時間が短くなって、昨日なんて朝方まで寝付けなくて父ちゃんの酒を飲んじゃったぐらいだ。夜に、今日の服を選んだりするのも、かなり時間が掛かった。まるで、恋する乙女のようだ…
今日もまた、母ちゃんと結のうるさい質問攻めを何とかかいくぐって家を出た。美音との待ち合わせは、十二時に駅前の太くて大きな木(この駅のシンボルでもあり、日曜日ともなれば大勢の人がいて待ち合わせにも多く使われる)の下だ。待ち合わせには間に合うように家を出てきたつもりだったが、駅に着いた時にはもう十一時五十八分だった。急いで木の周りをさがしたが、何せ日曜日って事もあり人が多すぎてなかなか見つからなくて、美音を発見したのはもう待ち合わせの時間から十分も過ぎた時の事だった。
流星は、息を切らしながら美音に近付いて行き、
「ゴメンナサイ遅くなっちゃって…急いで来たんだけど…」
言葉も途切れ途切れに顔を上げると、美音は背中を向けたままうつむいている。ここでやっと流星は気付いた。美音は、耳が聞こえないんだから喋ってるのを分かるはずがない。そう考えると、生活で色々大変なこともあるんだろうなぁ〜と、呆然としていると背後に気配を感じたのか、美音が振り返った。流星は慌てて手を合わして大きく口をあけて、
「ゴメンナサイ!!遅れてしまいました。」
そう言って頭を下げると、美音はバッグからメモ帳ような物を取り出して、そこになにやら書き出した。
<遅れたのは別にいいよ。初めだって流星君達遅れてきたしねっ。あたし待ちくたびれておなか空いてきちゃったなぁ>
それをササッと読んで、
「じゃぁ何か食べにでも行きますかっ?お詫びにおごりますから。」
お金はあまりないけど、何故か見栄をはってしまう。
流星と美音は駅の近くにある最近出来た人気のパスタ屋さんに入った。メニューを見て流星はすぐに決まって美音を待ってると、美音がメニューを流星の前に出して指でこれ、と指し示した。流星はこの時もまた、美音の大変さに気付いた。
注文をして、ようやく落ち着いたところで流星は話を切り出した。
「合コンの時は、ホントにすいませんでした。とにかく逢って謝りたかったから今日は来ました。」
ちゃんと頭を下げて謝ると美音は、メモ帳にペンを走らせて、
<そんなに何回も謝らないで、あたしはもう本当に気にしてないから。それより、何か謝る為だけにに来てくれたいだね!!ありがとう。>
美音の皮肉たっぷりな言い方にドキッとしてすぐに、
「別にそうゆう意味じゃなくて。」
<じゃあ、他にどんな理由で来てくれたの?>
「そりゃもちろん美音さんに逢いたくて」
美音は笑顔で、
<それでよし。なんてね… からかってゴメン!!流星君って何かからかいがいがあって面白いんだもん。>
と、美音はクスクス笑っている。完全に流星は下にみられている感じで参った。こんなやり取りも周りから見たら不思議なのだろう。美音は手話をまじえながらだし、俺達は言葉も交わしていないのに笑いあってるのだから。さっきからいろんな人にジロジロ見られてる気がするのはそのせいだと思う。美音は、こんな重くて痛い視線を一身に受けて生きているのかと思うと尊敬すら感じてしまう。でも、美音はそんな事は感じさせないぐらい今日は元気みたいだ。俺がキョロキョロしていると美音が、
<そんなに周りが気になる?あたしといるとみんな不思議な顔でジロジロみてくるもんね。ゴメンね。>
「俺は、別に気ならないけど… 美音さんは気にならないんですか?」
<あたしは、もう何年もこの身体だからなれてるから平気。でも、あたしと関わる人は気になってるのかもね… あたしにとってはこの視線は悪い事ばっかりじゃないよ。危ない時何度も助けられた事だってあるし。>
そうか、美音はそうやって少しずつ強くなってきたんだ。と感心してると、重い視線の方で笑いながら話す男の声がした。
「何だよ、あの女耳聞こえないんじゃねぇの?気持ちわりぃ〜なぁ。顔が可愛くてもあんなじゃ付き合いたくねぇよな」
そんな会話聞こえてきてかなり腹が立ったがここは抑えることが出来た。
注文が来て、食べてる時はあんまり話は出来なかった。お互い食べ終わったところで流星が、
「これから何処行きます?どっか行きたい所あったら行って下さいね。」
<あたし水族館が行きたいなぁ〜>
「いいですね。じゃそろそろ出ますか?」
と、言って席をたった瞬間またさっきの男達が、
「おっ!!帰るらしいぞあの変な女。さっさと帰れっつうの。」
と、また笑いやがった。さすがにもう限界が来て、そいつらの所に駆け寄って行った。その男達の前に立つと、
「何だよお前!!彼女がお待ちだよ!!」
と、ニヤニヤしながら言いやがった。流星は、いきなりそいつの胸ぐらを掴んで顔面を殴りつけた。そして、
「俺の女は、お前らより一生懸命生きてるんだよ!!お前らみたいな奴に否定されるような女じゃねぇ〜んだよ!!これ以上侮辱するなら俺が許さねぇ!!」
と、言うとそいつらは、
「すいませんでした…」
と、素直に謝ってきた。それを聞いた流星は、そいつらに背を向けて美音の方へ戻った。店の中はざわついていたが、レジへ行き支払いを済ませた後、店員に一度謝り店を出た。
美音は、店を出て行く流星の背中に何だか強さを感じながらすぐにその背中を追いかけた。