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目障りと言った貴女が、一番目障りな件

掲載日:2026/04/13

 かつて、古の時代を生きた魔導師達は力を欲するがあまり世界をも滅ぼしかねない魔法を生み出したとか。

 しかしそれは世界の創造主である神によって否定され、神託によって禁忌と定められた。


 だがそれでも探求心を止められない一部の魔導師は禁忌の魔法を極めようと暴走し続ける。

 その結果、神はその異端者らの力を奪い、裁くために禁忌に対抗し得る神の加護を一人の乙女に与えた。


 禁忌の魔法を無効化し、人々を正しい方向へ導く、神の寵愛を受けた少女。

 神の寵愛を受けた乙女は世界に一人しか存在できず、その存在がこの世を去れば新たに加護を得た少女が一人選ばれる。


 そうして世界でたった一人だけ存在し続ける特別な存在を――人々は『聖女』と呼んだ。




 聖女。

 神から愛される存在は、その肩書を持っているだけで人々の注目の的となり、肯定され続ける。

 彼女を疑う事は神を疑う事。

 そのような認識から人々は聖女に心酔する。


「馬鹿馬鹿しい話だ」


 ダールマイアー公爵邸。

 その広々とした庭園の中、私とお茶を飲んでいた義兄――シルヴァンお兄様は苦々しい呟きと共にカップをテーブルへ戻した。


「ただの少女の言葉を鵜呑みにするなど」

「仕方がありません。イルメラ様は聖女だと言われていますから」


 王立魔法学園の第一学年の私と最終学年のお兄様。

 私達は自分達が通う学び舎で起きている問題について話していた。


「公爵家の娘に罪を擦り付け、悪女呼ばわりするような女が聖女? 笑わせるな」

「仕方ありません。イルメラ様は伯爵家の血を継ぐれっきとした貴族……一方の私は市井で育った、公爵の養子……貴族の血すら引いておりません。彼女にとっては見下す対象であり、簡単に踏み躙れる存在なのでしょう」

「それでもユーリアが公爵令嬢である事には変わらない。彼女のあの行いは到底見過ごせるものではない」


 お兄様が金色の美しい瞳を鋭く光らせる。

 私の為に憤ってくれている彼の様子に場違いながら喜びを覚えながら私は微笑んだ。


「問題ありませんわ、お兄様。私とて、ダールマイアーの名を背負っている自覚はありますし……このようにダールマイアーの名に泥を塗るような行いは許容するつもりもありません」

「では」

「……ええ、かくれんぼも終いにしましょう」


 私はにこりと微笑む。

 けれどお兄様はというと、とても複雑そうな顔をしている。


「どうか気に病まないでください。遅かれ早かれ、こうなる未来でしたから」


 私がそう声を掛ければ、彼は顔を曇らせて暫く黙り込んだ後、苦く笑った。


「……妹に気を遣われる様な兄ではいけないな」

「そんな事はありませんわ。私達は兄妹。互いに支え合う事は何もおかしなことではない」

「兄妹、な」

「ですからお兄様。どうかこの妹の、支えになってはいただけませんか?」


 何故か複雑そうなお兄様の様子が少し気になりながらも私は頭を下げる。

 それを見た彼は自分の顔から陰りを消し、頷く。


「勿論。ダールマイアー公爵家に喧嘩を売った罪は――償ってもらわなければな」


 その力強い声と不敵な微笑みは、非常に心強いものであった。



***



 さて、私とお兄様が問題視している王立魔法学園の現状だが。

 端的に言うのであれば私を敵視する視線と噂に塗れている。


 私と同級生で『聖女』と謳われるイルメラ・ホフマン伯爵令嬢。

 どうやら彼女は私に虐められている事になっているらしい。

 私は仮にも公爵令嬢。勿論そんな浅はかでみっともない真似はしない。

 相手が『聖女』と崇拝される相手ならば猶更だ。


 しかしイルメラはどうやらそんな私を敵視し、学園や社交界から孤立させようと考えたらしい。

 理由に心当たりはある。

 彼女は――私の婚約者である侯爵令息ジュストとシルヴァンお兄様を気に入っていた。


 しかしジュストは誠実な男性で、イルメラに言い寄られても婚約している身であると彼女の誘いを断り続けていたし、お兄様に至っては最早ゴミを見る様な目をしながら、これ以上にあからさまな嫌悪もあるだろうかという程の態度でイルメラを拒絶した。

 『聖女』として甘やかされ肯定されてきた彼女は、きっとそれが面白くなかったのだ。

 イルメラが好意を寄せる人物に対し、私が当て付けのように取り入っているように見えたのかもしれない。


 そうして彼女……『聖女』という自分の立場と影響力を利用し、私を悪女に仕立て上げようとした。

 これにより、学園の殆どの者は私を敵視するようになり――その中には何と、ジュストの姿もあった。


 彼はある日を境にイルメラの隣に立つようになったのだ。


 多少動揺はしたけれど、明らかに唐突で、不自然な展開である事だけはわかった。

 だからまあ……十中八九、彼の意志ではないだろうと私は踏んでいた。


「ジュスト」


 だから私はイルメラが近くにいない時を狙って彼へ接触する


「ユーリア」


 嫌悪を隠しもしない、険しい顔。

 しかし私は気にしない。


「何だ? またイルメラに悪さをすると言うなら――」

「違うわ、そうじゃない。ただ、貴方に会いに来ただけよ」


 私はそう言うとジュストの頬にそっと手を伸ばしたのだった。




 半月後。

 私は――

 

「ユーリア・ダールマイアー! 君との婚約を破棄する!」


 ――ジュストによって、大勢の前で婚約破棄を突き付けられていた。


 放課後、校舎のエントランスで大勢の生徒に囲まれた中、私はイルメラと……彼女と腕を絡めているジュストと対峙していた。

 数え切れない視線を浴びる私の前でジュストは続ける。


「君はイルメラを虐めた! 聖女を害する事は、神に対する冒涜とも言える! そんな者と婚約など続けられる訳もない。よって君との婚約を破棄する!」


 至って真剣な顔のジュスト。

 その隣ではイルメラが勝ち誇ったような笑みを浮かべている。


 私はそれを静かに見据えながら口を開く。


「全く心当たりがございません」

「では聖女が嘘を吐いているとでも言うのか? それこそ神に過ちを指摘する行為――冒涜そのものだろう!」

「……ジュスト」


 私は静かに目を伏せる。

 ……まるで、心の底から悲しんでいるかのように。

 親しいものからの拒絶と批判に心を痛めているかのように。


 その時だ。

 プッと、イルメラが吹き出した。


 初めは抑えるように肩を震わせていた彼女だったが、その笑いは次第に大きくなり、最後には隠すつもりもさらさらない笑いを見せる。


「な、何がおかしいんですか……っ」


 神聖な存在とは程遠い、あからさまな嘲笑。

 それに反応する者は私以外にいない。


「ふっ、アハハハッ! これがおかしくないわけないじゃない! はぁ~~~、いい気味」


 イルメラはジュストと腕を組んだまま笑い過ぎて目尻に溜まった涙を拭う。


「ずぅ~~っと、目障りだったのよ、アンタ。貴族ですらない癖に、私が気に入ったものをぜ~んぶ取って行く、卑しい下民」


 イルメラは醜く歪んだ笑みを顔に貼り付ける。

 その性格の悪そうな顔や今の発言を正常の感性を持つ者であれば見過ごす訳もないのだが、相も変わらず誰も彼女の様子に嫌悪を示す様子がない。

 私は辺りを見回した。


 するとイルメラの声が飛ぶ。


「無駄よ。皆、私の虜になったんだもの」

「虜……? まさかそれで皆様に偽りの噂を信じ込ませたのですか……!?」

「だったら何? 今更アンタが気付いて、何を訴えたって誰も耳を傾けないわ。アンタの味方をする奴なんてどこにもいないのよ!」


 イルメラは自分の立場が揺らぐことはないと確信しているのだろう。

 すっかり化けの皮は剥がれ、真実をぺらぺらと話しだした。


 ――その時だ。


「へぇ。興味深い話を聞いた」


 私達を取り囲む生徒の中から、そんな声がする。

 それから生徒達をかき分けて私の傍まで姿を見せたのは――シルヴァンお兄様だった。


「し、シルヴァン様……ッ」


 イルメラの顔色が変わる。

 そんな彼女をお兄様は鋭く睨みつけた。


「ユーリアはあんな噂のような頭の弱い女ではない。そんな事はわかり切っていたし、どうせそんな事だろうとは思っていたが。……想像以上に下衆な女だったな。これが神に選ばれた聖女だというのならば世も末だ」

「っ、どうして……」


 イルメラに対して相変わらずの毒舌っぷり。

 それに思う所があったのだろう。

 イルメラは小さく呟いた。


「――どうして、洗脳されていないのか」

「……な」


 彼女が濁した言葉の先。

 それを汲んだお兄様の言葉に、イルメラは顔を強張らせる。


「なぁ、イルメラ・ホフマン。――洗脳の魔法が禁忌である事は、勿論知っているな?」


 瞬間、イルメラはひゅ、と息を吸い込む。

 同時に彼女の顔色が青くなった。


「い、一体、何のお話か」

「皆まで言わなければ理解できないか。流石の脳みそだな。では言わせてもらおう」


 シルヴァンお兄様はイルメラを指で差し、言い放つ。


「貴様――禁忌に触れたな?」

「……ッ」

「残念ながら取り締まりが厳しい我が国でも、裏社会で取引されている禁忌の魔法の情報全てをせき止められている訳ではない。どうせ、そのルートの一つから精神干渉魔法の方法を手に入れ、大勢に使ったのだろう」

「な、何をおっしゃるんですか! 私は聖女です! いくらシルヴァン様と言えどもそんな事を証拠もなくおっしゃるのは――」

「証拠? 証拠なら――数え切れないほどあるだろう」

「……え?」


 お兄様はそう言うと私へ目配せをする。

 その眼差しはとても優しく、浮かべられた微笑はとても甘い。

 私はその視線に応えるように微笑みと頷きを返し、それから――


 パン、と手を打った。


「茶番はここまでにしましょう。皆様、ご協力ありがとうございます」


 私がそう告げた次の瞬間。

 その言葉の真意にイルメラ様が辿り着くよりも先――彼女は片腕を捻られる。

 ……ジュストと組んでいた方の腕だ。


 ジュストはイルメラと組んでいた腕を素早く捻り上げると、彼女を転倒させ、その場で組み伏せる。


「キャアッ!! い、痛……っ」


 悲鳴を上げたイルメラが何事かと顔を上げる。

 瞬間、彼女の顔は――恐怖で強張っていった。


 彼女を見下ろすジュストの顔が、静かな怒りで燃えていたからだ。


「ヒ……ッ」


 イルメラは恐怖に囚われ、ジュストから目を逸らす。

 そして助けを求めるように周囲を見回したが……誰もこの現場に止めに入ろうとはしなかった。

 それどころか、その場にいる全員が――ジュストと同じ目で静かにイルメラを睨んでいたのだ。


「誰に事情を聞いても、貴様の罪は明るみに出るだろうな。……これこそが証拠だ。貴様が――『自分こそが聖女である』と他者に刷り込ませていたというな」

「な、な……っ、何で――」

「ごめんなさい? イルメラ様。貴女が使った禁忌は――私が解いてしまいました」

「……は?」


 私は公爵令嬢らしく穏やかな笑みを浮かべる。

 しかし私の発言はイルメラの気持ちを落ち着かせるどころか、絶望のどん底まで突き落としてしまったようだ。


「どうして、愛人がいた訳でもない公爵様が、私のような庶民を養子に迎え入れたとお思いで?」


 ガタガタと震えるイルメラ様を私は真っ直ぐと見つめる。


「私だって、別に今公にするつもりはなかったのですよ? けれど――私が悪女だと、イルメラ様が面白い事をおっしゃるものだから……ねぇ?」


 私は別に自分が慈悲深い存在だとか、誠実な人間だとか、そんなふうには思っていない。

 けれどそれでも、目の前の彼女よりはまだ、この肩書を名乗るのに相応しいとおもえる。


「――『聖女』として、見過ごす訳にはいかないでしょう?」

「せ、いじょ……」


 唖然とするイルメラの気持ちも理解はできる。

 世界に一人しかいない聖女。

 仮に自分がそれを騙ったとして、本物に鉢合わせる確率が、どれだけ低い事か。


「貴女は私の事を目障りだとおっしゃいましたが」


 彼女はある意味不運だったとも言えるのかもしれない。

 ……そんなのは、知った事ではないが。


「ここにいる全員が今、何を考えているかご存知?」


 今最も嫌悪を抱かせる相手は誰か。


 間違いなく、イルメラこそが――この場で最も目障りな相手なのであった。



***



 その後。

 聖女を騙り、本物の聖女を陥れようとし、禁忌に触れたイルメラは捕らえられ、極刑が決まった。

 この世界では神への信仰が重要視される。


 一つだけですら重罪だというのに、幾つも重ねられた神への冒涜。

 それを国は許さなかった。




 さて。

 これにで一件落着。私の冷遇もすっかり消えた頃合い。

 ジュストは我が家に訪れると私の前で平伏した。


「すまなかった……!」

「許さん」


 そう答えたのは何故かお兄様。

 しかも即答であった。


 ジュストが私に婚約破棄を言い渡したのは、イルメラの洗脳が解けていないフリをする為。

 しかし私が彼に接触し、聖女としての力を使うまで……彼は確かにイルメラの魔法の影響を受け、私を蔑んでいた。


 私としては仕方のない話……というか、何故か影響を受けなかったお兄様がおかしいのでは? と思っている事なのだけれど、お兄様としてはどんな理由であれ妹の私が虐げられたという事実が許せないらしい。


 そんなこんなで、イルメラが決定的な証拠を出すまでは魔法が解けていないフリをして欲しい……という私のお願いを聞く為に婚約破棄を突き付けただけだったジュストはお兄様の強い意志もあって、私との婚約を本当に解消させられてしまった。

 ジュストとしても婚約解消自体はされても仕方のない話だとは思っているらしいが、婚約という繋がりを絶たれても尚、こうして謝罪に現れたのは……私が聖女だからではない。

 本来の彼が持ち合わせた誠実さがそうさせている事を、私は理解していた。


 私は彼を恋慕の対象としては見ていないけれど、こういう面は人として好意的に捉えている。


「今は婚約を切られていても仕方がない。それだけの事をしたと思っている。けど……どうか、もう一度信用を得る為の機会が欲しい。今度こそ必ず君の婚約者に相応しい男になると誓――」

「不要だ」


 どこまでも真剣な訴え。

 お兄様はそれを無慈悲にぶった切った。

 これにはジュストも涙目である。


「今回の件でよくわかった。他人にユーリアを任せる事は出来ない。俺の傍に置く事が最も安心だと」

「お兄様……それでは私は一生嫁ぎ先を見つけられませんよ」

「いいや?」


 イルメラの洗脳に唯一掛からなかったお兄様としては他の者が大層未熟に見えるのだろうけれど、流石の私もこの主張には異を唱える。

 しかし彼はそれを更に否定した。


「忘れたのか? 俺とユーリアは血が繋がっていないだろう」

「な……っ、しょ、正気ですか、お兄様」

「勿論、俺は本気だ。時期が来たら俺と婚姻を交わせばいい。ユーリアへの気持ちが魔法などで変わる想いでない事は既に証明できたはずだ」

「そ、そんな……っ」


 ジュストが顔を青くさせ、絶望している。

 当然だ。

 相手は現在最も私が信頼できる相手、それも次期公爵。

 シスコンである事を除けばハイスペック過ぎる。


 お兄様はその顔を見て満足そうに笑みを深めると、私の肩を抱いた。


「この程度で落ち込み、諦められるというのあらばさっさと身を引く事だな。俺はユーリアを想う気持ちで誰かに負ける気などさらさらない。……ユーリア」


 お兄様は耳元でささやくと、私の髪を掬い上げ、優しく撫でた。


「言っておくが、俺は本気だからな。安心して我が家に居続ければいい」

「……もう、お兄様ったら」


 顔がマジなのでもしや本気で結婚を考えているのでは、などとうっかり騙されそうになる。

 一瞬過った考えを頭の外に追い出してから、私はやれやれと肩を竦めた。


 一方のジュストはというと……先のお兄様の言葉が効いたのだろう。

 彼は頬を両手で叩くと不安そうな表情を消し、真剣な顔で私とお兄様を見た。


「……っ、諦めません! 必ず、もう一度婚約してみせます!」

「しつこいな。とっとと諦めればいいものの」

「まあまあ、いいじゃありませんか。どうせすぐに結婚相手を見つけなければならない訳ではありませんし」

「だが、ユーリア」

「ちゃんと見ているから、頑張ってね? ジュスト」

「……っ! ああ! ありがとう……っ!」

「な……っ、ゆ、ユーリアァァァ……ッ」


 私との関係修復を図るジュストと、私を嫁に出したがらないシルヴァンお兄様。

 そんな二人に挟まれながら、暫くは私の周りは騒がしいんだろうな、と呑気な事を考えつつ――戻って来た平穏な日々を待ち遠しく思うのだった。

最後までお読みいただきありがとうございました!


もし楽しんでいただけた場合には是非とも

リアクション、ブックマーク、評価、などなど頂けますと、大変励みになります!


また他にもたくさん短編をアップしているので、気に入って頂けた方は是非マイページまでお越しください!


それでは、ご縁がありましたらまたどこかで!

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