表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/14

第十二話 距離を察する人

 休憩時間、バックヤードも休憩室も、いつもより静かだった。

 人の出入りが少ない時間帯で、空気が少し緩んでいる。


 私は紙コップのコーヒーを両手で持ったまま、ぼんやりと壁を見ていた。

 コーヒーの味が、しない。


「田奈さん」


 声をかけてきたのは長後さんだった。

 スマホを片手に、いつも通り淡々とした様子で向かいの椅子に座った。


「最近、ちょっと疲れてませんか?」


「そう見えます?」


「見えますね」


 凛とした声で即答されてしまった。

 私は思わず苦笑した。


「仕事は、忙しいですけど……」


 それ以上を、言葉にできなかった。

 なんて言えばいいのか、どう言えば波風がたたないか、すぐに口にできない。


「私が思うに、田奈さんは距離の取り方が下手なんだと思いますよ」


 ぽつりと零れた言葉に、思わず私は長後さんの顔をジッと見つめてしまった。

 私の視線を気にすることなく、長後さんは続けた。


「周りにどう見られているとか、噂とか──それを気にして動いているように見えたので」


 長後さんは私の目を真っ直ぐに見つめ返した。


「──それ、自分の意思じゃないですよね」


 きっぱりとした、責めるでもない声色に、私は思わず目をそらした。


「永山さんとの距離も、田奈さんがどうしたいかじゃなくて、周りからどう見えるかで決めてません?」


 あまりにも図星で、なにも言い返せなかった。

 やっと出した言葉すら、どうしようもないものだった。


「……迷惑、かけたくなくて」


「それはわかります」


 長後さんはそう前置きしてから、少しだけ視線を落とした。


「それでも、田奈さんが苦しくなる距離を守る必要は、ないと思います」


 思わず、紙コップを持つ手に力が入った。


「周りのことなんて気にしないで、田奈さんのいたい距離でいいんですよ」


 淡々とした、でも私のことを思って言ってくれている言葉が、私の中に抵抗なく入ってくる感覚に、思わず唇を噛んだ。


「近いとか、遠いとか、他の人が決めることでもないと思ってるんで」


 長後さんはそれだけ言って、スマホに視線を戻した。


「休憩終わるんで、先に戻ります」


 静かに立って休憩室からでる直前、長後さんは私の背中に言葉を投げてくれた。


「何かあったら、いつでも話してください──同じフリーター仲間として」


 そう言って静かに扉は閉められた。



 休憩室に一人残された私は、コーヒーを一口飲んだ。

 ちゃんと、苦い味がする。


 自分のいたい距離なんて、考えたこともなかった。

 守るべき距離ではなく、選びたい距離。


 売り場に戻る足取りが、心なしか少しだけ軽い。


 周りの目が消えたわけじゃない。矢向さんはいつも通り噂話の種を探している。

 でも、それに合わせて動く必要は、ないのかもしれない。


 バックヤードに戻って、永山さんが立っている方を見た。

 距離を測るためではない。

 ただ、そこにいることを確認するためだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ