004 馬車の旅と接敵
次の日。
その日は朝から何かが違った。
お父さんはちょっと厳しい顔をしているし、お母さんは心配そうに眉尻を下げている。そして、いつも遊んでくれるお婆ちゃんは、泣くのを一生懸命堪えているような表情だ。
お母さんに抱かれて、僕は三人と一緒に初めて寝室の外に出た。
そのまま軋む長い廊下を歩いて、今度は外に出る。
そこは、物凄い田舎のような景色だった。家を出てすぐの所は丸い広場のようになっており、その広場を囲うように石や木造りの家々がポツンポツンと立ち並んでいる。
遠くには、木の板で作った色褪せた壁が見えた。どうやら、この集落をぐるりと一周木の板の壁が囲んでいるようだ。
壁の中では人々が忙しそうに畑に水を撒いていたり、ものを運んでいたりする。
集落の規模をしては小さいかもしれないけど、活気があるような印象を受けた。
僕たちを見つけると、集落の人々が頭を下げていた。それに対して、お父さんは手を上げて応えている。
もしかしたら、お父さんって偉い人なのかな? 村長とか。
そんなお父さんだけど、今はかなり物々しい格好をしている。体には金属と革で作った鎧を身に着け、その背中には大きな大剣を背負っていた。
お母さんも魔法の杖のようなものを持っているし、もしかしてお母さんも魔法使いなのだろうか?
そんな僕たちに近づいてくる人影が見えた。
それは、お父さんと同じく鎧を着た四十歳くらいの男だった。お父さんは大剣だったけど、この男は木の丸い盾と片手剣を装備している。
なんだか、みんな今日は物々しい。
何かあるのだろうか?
お父さんとこの男の人が旅に出るとか?
そんなことを思っていると、お母さんは僕を抱いたまま幌馬車に乗り込む。お母さんの後にお父さんも乗ってきた。お婆ちゃんは乗らないみたいだけど、今にも泣きそうな顔で今生の別れのように僕の頭を撫でる。
何か変だよね?
さすがにバカな僕でも何か異常事態が進行中なことがわかった。
でも、赤ちゃんである僕にはどうしようもない。自分で歩くことすらできないのだ。
なんだか怖い。
でも、僕はお母さんを信じる。
お母さんは、僕にとって悪いことをしないと信じていたからだ。
それに、もしお母さんに切り捨てられるようなことがあれば、僕は粛々とそれに従うだろう。
自分でも妄信的だと思う。でも、それくらいお母さんに対して僕は気を許していた。
先ほどの男が馬車の前方で手綱を握ると、いよいよ馬車が出発する。
これからどこに行くんだろう?
でも、ピクニックのような朗らかな小旅行でないことは、なんとなく僕にもわかった。
そんな僕の不安をよそに、馬車はゆっくりと進んでいく。
集落の出入り口なのだろう。門を抜けると、そこにはまばらに草木が生えた荒野のような景色が広がっていた。
その中を、まっすぐに進んでいく幌馬車。
今気が付いたけど、馬車の中にはいろいろな荷物が積まれていた。たぶん、食料や水などだろう。他にも荷物はあると思うけど、長い旅になりそうだなぁ。
◇
僕の予想は当たっていた。
もう馬車の旅は三日目に突入している。
それにしても、馬車って車と違って結構揺れるんだね。道がガタガタなせいもあるだろうけど、ちょっとしたアトラクションのように揺れる。
幸い、僕は馬車酔いは大丈夫だったけど、お母さんはちょっと辛そうだ。
まぁ、僕をずっと膝の上に乗っけたり、抱いたりしているから疲れているのかもしれない。
僕も、できれば一人で座ってお母さんの負担を減らしたいよ?
でも、まだ首も座ってないし、お座りもできないんだ。
一応、僕が寝るためのベッドが馬車の中にもある。
だから、お母さんがずっと抱いていなくてもいいんだけど、馬車がけっこう揺れるからね。転がってしまったら危ないと思っているのかもしれない。
そんな無償の愛をくれるお母さんだから、僕はお母さんを信じているし、なんとかして報いたいと考えているのだけど……。赤ちゃんの身では限界があるね。早く大きくなりたいなぁ。
そんなことを考えていると、急に馬車が止まった。
それと同時に御者をしていた男が慌てたように叫ぶ。
何かあったのかな?
そんなことを思っていたら、お父さんが機敏に反応した。
お父さんはバッと馬車から降りて、背中の大剣を抜きながら駆けていく。
その先には、森の中から飛び出してくる子どもくらいのサイズの何かがいた。
それは緑色の人型だった。ハゲた頭には二本の小さなツノがあり、体のわりに大きな尖った耳が突き出ている。
お父さんの身長を二メートルとしたら、だいたいその半分よりちょっと小さいサイズだから一メートルくらいだろうか。
僕はその姿に見覚えがあった。
もしかしてあれって……ゴブリン?
ゴブリンは、『ガード・ゴーレム』にも登場した一般的なモンスターである。
僕も魔法も使えるし、やっぱりここって『ガード・ゴーレム』の世界なのかな?
そんなことを考えていると、ゴブリンたちが棍棒を振り上げてこちらに向かってきていた。
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