予知夢の巫女
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
世界の希望たる存在が、亡骸になって大地に横たわっているのは。
新しい夢を見た。
今まで同じ夢ばかりだったのに。
今日は新しい夢を見たのだ。
未来が変わったのだろう。
私は、旅の仲間たちに夢の内容を伝えた。
仲間たちは積極的に話し合い、夢の内容をかえるための努力をしていく。
私は予知夢を見る存在。予知夢の巫女だった。
私にとって、夢は未来を示すもの。
予知夢は繰り返し見ることができるが、内容は変わらないものだった。
何をしても、どんな事をしても、まったく変わらなかった。
悲劇を何とかしようとしても、夢はいつも同じ内容で、たどり着いた未来も同じ。
まったく同じ夢を、何度も見ては、絶望にさいなまれる。
夢と同じ現実を見て、また絶望に。
幸福なものがあれば、まだましだった。
けれど。
私が予知夢としてみるものは全て悲劇のものだったから。
いつも夢を見るのが、辛くて、悲しかった。
けれど、それが変わるようになったのだ。
1年前から。
同じ夢を繰り返さなくなったのは、
魔王を倒すための、勇者さまの旅に同行するようになってから。
勇者さまは型破りな方だった。
常識というものを母親のおなかの中に置いてきたのだろう。
立ちふさがるあまたの困難を、常人が思いつかない方法で切り抜けていく。
その様をみているのは痛快で、私は彼にいつも何かしらの期待をしていた。
だからなのだろうか。
未来を知る事が怖くなくなっていった。
型破りな勇者さまの行動が、未来を変え、私の予知夢の内容を何度も変えてくれたから。
特に酷い内容の、絶望しかない予知夢の時だって、勇者様の行動の影響で、翌日にはほんのわずかにだが、夢が変わっていた。
私は勇者さまに期待をしている。
彼なら、運命を変えることができるのだと。
でも、そんな勇者さまでも変えられないかもしれない未来がある。
9度まったく同じ夢を見た。
最後の戦いで魔王に敗れる勇者さまの夢を。
今までそんなに同じ夢を見た事が無い。
私は不安で押しつぶされそうだった。
けれど勇者さまは、不安にまけるなと励ましてくれる。
結果なんて、最後までどうなるか分からない。
死んだ人間の前で悲しむような事があったって、人間達は逞しく生きて、いつも笑顔にかえているのだから。
だからどんな夢を見ても最後まであきらめないでほしいと、勇者さまが言う。
戦いの全ては、力だけではない。
心を挫けさせないことが大事なのだと。
不安を抱えながら臨む最終決戦。
戦いの渦中の状況は、9回見たあの夢の通りになってしまった。
勇者さまが命を落としたのだ。
大地に倒れ伏した亡骸は、夢の通りだった。
仲間たちは膝をおとし、絶望にさいなまれる。
私の心も、暗い闇に覆われていく。
けれど、私の心に勇者さまの声が響いた。
未来はいつだって、人の想いが作り出すもの。
今目の前にある不幸な環境なんかじゃない。
それはただ、通り過ぎるだけの今の光景に過ぎない。
ーーそんな、勇者さまの声が。
決まった未来などどこにも存在しなくて、予知夢でさえ旅を盛り上げるドラマチックな要素に過ぎないと、勇者さまは笑いながら、いつかの旅の中で喋っていた。
それが本当なら、私も前を向こう。
勇者さまがくれたものを無駄にしないために。
私は膝をおとす仲間たちを叱咤し、奮い立たせる。
戦いはまだ終わっていない。
自分たちが立っている限り、心を挫けさせない限り、勝敗は決していないのだと。
勇者さまの死に嘆き悲しみ、絶望していた者達は立ち上がり、魔王との戦いを続ける。
この戦いの結末がどうなるかは分からない。
けれど、私たちの心は最後まで折れないだろう。
勇者さまが私達に与えてくれたものは、こんな絶望などでは折れたりしないと、そう証明しなければならないのだから。




