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七色に輝く幸せの瓶

作者: chie katayama


神様が人に平等に与えたもの。

辛いことがあれば、それはいつかの幸せに繋がっている。

辛いことがあった分だけの幸せかきっと待っている。

別れは人を成長させ、同時に今が如何に尊いものなのかを教わるのだ。



病院からの一本の電話。

「おばあちゃんが緊急搬送した」と聞いた瞬間、ユリと涼助の胸は張り裂けそうになった。


真っ白な廊下を、響く足音と共に消毒液の匂いが鼻につき、ただそれだけで胸が苦しくなる。病室の中、心臓が早鐘を打つように鳴り続ける。

両親はすぐに主治医の元へ駆け寄り、病状を尋ねている。

病室には祖母と子供だけが残った。


ユリと涼助は、不安に胸を締め付けられながらベッドへと近づいた。その時、病衣服のおばあちゃんがふっと柔らかい笑顔を浮かべていた。

まるで何事もなかったかのように、いつもと変わらない

優しい眼差しで二人を迎え入れた。その笑顔に二人の緊張でこわばっていた

顔が少しづつほどけていった。


「ユリ 涼助よく来てくれたね。さあ、こっちにおいで」


その声は昔から変わらない柔らかさを帯びていた。纏う空気と優しい手と……

二人は祖母の手を握りしめた。ひんやりとしているのに何故かその手は

不思議と心を落ち着かせてくれた。祖母の瞳はどこか遠くを見ているようで、

それでいて楽し気に輝いていた。


「いいかい二人とも、おばあさんのよく聞いてね。

二人にはどうしても話をしていきたくてねえ。」


祖母はゆっくりと楽しそうに話し始めた。


「人はみんな産まれてくる時に、幸せの瓶を抱えてくるのさ。

 その瓶が幸せで一杯になったときにね、天国からお迎えがくるんだよ。

 おばあちゃんの幸せの瓶は今、目の前にあってね。とってもキラキラしてるんだよ。

 今にも溢れかえりそうだ。これはおばあちゃん自身の幸せの記憶のだから、誰にもみれないけどね。」

 

祖母はそう言って、まるで本当に瓶を見ているかのように目を細めた。

その横顔は幸せに満ちていて、幼い二人にも“これが人生の宝物なんだ”と伝わってくるようだった。ちょうどその頃、病室の扉が静かに開き、両親が戻ってきた。


「瓶のこの記憶一つ一つのカケラを指さすと、その時の幸せの記憶が鮮明に蘇ってくるね。

 例えばこれは、おじいさんと出会った時の記憶だ。お見合いだったけど私たちは、

 お互いに一目惚れでね。今みたいな結婚式場なんてしゃれたものはなかったけど・・・。」


言葉に合わせるように、祖母の指先が空をなぞる。そこには誰にも

見えないはずの”幸せの瓶“が確かに存在するかのようだった。


おじいちゃんとの馴れ初めを話すおばあちゃんは、まるで恋する乙女のように可愛いと思った。

じいちゃんと過ごした時間がどれだけ幸せな時間たったのか、貴重で豊かなものだったのかがユリと涼助には幼いながらに伝わってきた。


「これは雄介が産まれた時だ。産まれてから直ぐには泣かなくってね。

お産婆さんが焦っていたね。おばあちゃんも産声を聞くまで気が気じゃなかったよ。

お産婆さんが必死に背中を叩いてね。やっと産声をあげたんだ。あの産声は

今でも忘れることはないよ。」


祖母の瞳が少し潤む。語られる一つ一つの出来事は、おばあさんにとって大切な時間の欠方だった。


「もちろん、ユリや涼助の誕生の誕生だってそうだよ。特にユリは難産だったからね。

涼助は産気づいて直ぐに産まれてきてくれたね。それからの、それぞれの

記念日の記憶がたくさん詰まっているよ。もう幸せだらけの人生に悔いはないよ。

そろそろおじいちゃんが迎えにくる頃だ。

ユリと涼助の笑顔がおばあちゃんの幸せだからね。

おじいちゃんもおばあちゃんも子供と孫を愛してるよ。みんなの笑顔が大好きだよ。

二人とも必ず幸せになるんだよ。」

    

その言葉を最後におばあちゃんは笑顔のまま天国に旅立った。

きっと、大好きなおじいちゃんに再会できたのだろう。

ちょうど、外は桜の花びらが舞い散っていた。

今私が見ているもの、見えているのは幻かもしれない。


ただ、おじいちゃんとおばあちゃんが幸せそうに手を繋ぎ、桜散る中を笑顔で歩いて

天国と旅立つ姿がユリには見えた気がした。

おじいさんとおばあちゃんの2回目の結婚式だね。

ユリは泣きながらも笑顔のまま幸せそうな祖母の顔をみると心が落ち着いた。

どうか天国で、おじいちゃんとおばあちゃんが笑顔でいますようにと願った。


ユリは5歳、涼助が4歳の時の春の終わりだった。


時は流れ、あの春の日から幾年も過ぎさった。季節が何度も巡るうちに、

ユリは中学になっていた。



ユリの家族は4人。

パパは背が高くってイケメンで会社の役員。

ママはフランス人と日本人のハーフでガーデニングが趣味な専業主婦。

子供の私から見ても理想の夫婦。

いつまでの仲のいい両親。姉思いの人懐っこい弟。

私もいつかはこんな家庭を築くと、物心ついた時から心に決めていた。


小学校の作文の「将来の私の夢」

周りは医者だとかスポーツ選手やエンジニアや漫画家

や家業に就くと書く中で私は私の家族のような家庭を築くと書き自信たっぷり

読み上げた。自分で言うのもなんだが、成績は良かった私の作文にクラスメイトは笑い、

担任の先生は呆気にとられた様子で一瞬間を置き、最初は小さく次第に大きく拍手をくれたのを今でも覚えている。


帰宅後にママにその事を伝えるとママは満面の笑みで、

「そうなの?ユリの将来の夢は素敵ね。」

そう褒めてくれた瞬間、ユリの胸は誇らしさでいっぱいになった。

嬉しすぎるからとママは手作りのケーキを作り始めた。

慣れた手つきで粉をこね始める。オーブンから漂う甘い香り。

出来上がったのはふわふわの手作りケーキだった。

その味はユリの心に(家族と過ごす時間こそが幸せ)という思いを刻み込んだ。

その夜、リビングのソファーに座りながらユリは母に尋ねた。


「ママ、今日パパは何時に帰ってくるの」

母は少し笑いながら答える。

「今日は東北に出張だったからユリが寝た後くらいかしら」

パパはいつもそうだった。

出張でもなるべく会社が用意したホテルには泊まらず、飛行機の最終便で帰ってくる。

ママと私たちのいる家に

そしてどんなに遅くても、パパの帰りをウキウキしながら待つママ。

その日も夜遅くに、玄関のドアが音を立てた。

「ただいま」

パパの声が響くと、母はすぐに立ち上がり、笑顔で駆け寄った。

「おかえりなさい。お疲れ様です。」

ハグし合う二人。そんな二人を陰から観ているこっちのほうが照れるほど

「ラブラブだよねっ」て。ひそひそと話す私と涼助。

そんな日々が当たり前に過ぎていく。

けれどその当たり前が何より尊くて、温かな宝物だった。



春の空気は柔らかく、境内の桜の葉が青々と揺れていた。

ユリは手を合わせ、静かに目を閉じる。


気が付けば、おばあさんが旅立ってもう三回忌、

そして七回忌……時の流れはあまりにも早かった。

もうそんなに経つんだね。でもあの時のおばあちゃんの笑顔は鮮明に

脳裏に焼き付いている、まるで昨日の事のように……。

そしてそのたびに思い出す最後のおばあちゃんの話

おばあちゃんの遺影にむかって手を合わせ語り掛けるユリ。


「おばあちゃん幸せの瓶ってどこにあるの。どんな形でどんな色なの。

   おじいちゃんとの2回目の結婚生活は幸せにあふれてますか?」

そう囁くと、ユリの心はほんのりと柔らかくなった。


きっと、おばあさんは今も、あの桜の下でおじいちゃんと笑ってる。

二人で手を取り合い、また新しい日々を歩んでいる。私達を見守りながら……。

そう信じていた。

傍らでは、弟の涼助が少し大人びた顔で手を合わせている。

中学生になった彼は以前よりずっと落ち着きがあり、心配性になった。

その証拠にある日私がもらったラブレターを見付けると

 

「何様だ!!ユリ姉はそんな安くないんだよ!!どこのどいつだ、

 生意気に!ユリ姉は俺が守ってやるから。」


毎回そうやってすごく怒って、破いて捨てる。私自身がまだ封すら開けてもないのに。

本当に困ったものだ。でも私も今のところ恋愛する気はないから、いいのだけど。

相手には少し申し訳なさを感じる。ただ弟に甘く厳しくできない私がいるのも事実だ。

こんな家族の愛に包まれ支えられる日々。つくづく感じるのであった。


私は心から幸せものだって・・・・。

いや、思っていた。あの日がくるまでは・・・。


季節は冬に向かい、冷たい風が窓を震わせる頃。


私は受験生としての日々を迎えていた。

本命は難関名門の進学校。西谷高校。偏差値74。机に向かう時間が増えるたびに、

鉛筆の先から未来への緊張が紙に刻みこまれていくようだった。

「大丈夫、私なら出来る」

そう言い聞かせながら時には弟の勉強も教えながらの受験勉強。

でも涼助に教えるのは、さほど手はかからない。

逆に復習にもなり一石二鳥。


弟はバスケ部キャプテン。日本代表の選抜チームのメンバーでもある。

普段はバスケ一筋だが、テスト前には恐ろしい抜群の集中力で

コツさえサポートしてあげれば、必ずトップの成績を修める。

学業一本にすれば間違えなく私よりも成績は上位なはずだ。だが本人は・・・。

「バスケがあるから勉強できるんだよ。俺からバスケをとったら勉強も手につかなく

 なるよ。」

涼助らしい言い訳だった。でもどこか真実味があった。

だから一理あるかもと変に納得してしまう私だった。

「二人とも頑張り過ぎちゃだめよ。休憩も大事だから一休み」

ママの声は春風のように優しく、緊張で張り詰めた心をほぐしてくれる。

私たちはリビングに行き、ママの手作りのおやつとココアミルクで一休みした。


休憩を程よく入れながら受験勉強に励むユリ。


やがて迎えた受験日当日の朝。

私よりもパパやママ、涼助がソワソワしている。

そんな家族の様子を見てなんだか笑っちゃうユリ。


「俺、緊張で吐きそうだ。ユリ姉、どっか具合悪くないか。朝飯食ったか。」

「いやいや、受験するは私だから・・・。なんで涼助がそこまで緊張するのよ。」

「ユリ会場まで送っていくよ。途中で何かあったらと思うと落ち着かない。」

「大丈夫だよ。それに、パパは会社からお迎えくるでしょ。」

「それに同乗したらいい。ユリの会場経由で会社に行けばいいだけだから。」とパパ

「公私混同はだめだよ。携帯あるし大丈夫です!! じゃあ、いってきまぁーす。」


玄関を飛び出すと、冬の冷たい風が頬を撫でた。でも、胸は奥は不思議とあたたかかった。家族の心配や期待が、自分を後押ししてくれているのだと感じたからだ。


志望校の校門前に着いた。ユリは、一段と深く深呼吸してくぐった。

受験票に願をかけ、試験に臨んだ。


合格発表までの日は気が気ではなかったが全力を出し切ったので悔いはなかった。


そして迎えた合格発表の日

掲示板に自分の番号を見つけた瞬間、胸が熱くなった。

「やったー!!」その声はすぐに家族の笑顔に繋がっていく。


「今日はユリの合格パーティーだ。」パパの声。

ママが朝から作ったごちそうがテーブルに並ぶ。

ローストビーフに鯛のマリネ、手作りピザに、パエリアや大好きなエビたっぷりのグラタン。

「凄いごちそうだね。」嬉しそうなユリ。

ママはどれも4人分に見合う量で料理を作る天才だ!!

ごちそうの一角にママの手作りケーキとマカロン。


「ユリ合格おめでとう」


二人は息を合わせお祝いの言葉と共に花束と万年筆のプレゼントを渡す。

それは大きな花束でカスミソウとユリの好きな色とりどりのチューリップでいっぱいだった。

「ユリ姉 本当におめでとう。来年は俺も西谷校に行くから・・、

  ユリ姉普段カジュアルだけどスタイルいいからデニムに合うと思って。」

そういいって涼助は恥ずかしそうにスニーカーをプレゼントした。

「みんな、ありがとう。みんなのお陰だよ。大好き。本当にありがとう。

  来年は涼助の合格パーティーだね。」

「もう、来年って・・。先ずはユリの合格に

今日はとことんお祝いしましょうね。カンパイ!!」

とママが言った。パパとママはシャンパンで私と涼助はママのお手製の

フレッシュジュース。互いのグラスの音が響き合う。

幸せに包まれた夜だった。私は愛されてる。支えられてる。

そう実感させられる夜だった。


春休みは課題に追われ、家族旅行で楽しく過ぎ去った。


気が付けがもう入学式の日。

真新しい制服に袖を通し、鏡の前に立つユリは、何度も自分を確認した。

ついに今日から高校生活の始まり。

「なんだか入試よりも緊張するよ。変じゃない? 制服似合ってる?」

不安げに何度も聞く私にパパとママは笑みを浮かべながら答えてくれた。

「よく似合ってるよ。まるでユリをモデルに作られたみたいだよ。

  お姫様、髪型もバッチリ決まってる。」

「パパの子だぞ。何着たって似合ってるよ。」

「もう、私は真剣に聞いているんだよ。」と口を尖らせる。

「パパ達だって真剣に答えているだけだよ。」パパ達は笑いながら肩をすくめた。


なんか適当に言いくるめられたように感じがした。

時計を見ると乗る予定の電車の時間が迫っていた。

「やばい!今日から電車通学だった」

こんなこと言ってる場合じゃなかったと反省するユリ。慌てて鞄を手にし、靴を履き替える。


「じゃあ、高校生活一日目。いってきます。」

扉を開けると、春の柔らかな風が頬を撫で桜の花びらがふわりと肩に落ちてきた。

まだ見ぬ未来への期待が膨らんでいく。夢の高校生活のスタートだ。

それからは何もかもが新鮮だった。新しい環境に新たに出来た友達。


少しずつ高校生活にも慣れ始めた6月のある日。


いつものように登校し学校の最寄り駅につき、電車を降りると

1人の男子生徒がうずくまり、しゃがんでいた。

うちの制服だ。どうしたんだろう。

ユリは駆け寄り声を掛けた。

「大丈夫ですか?」

聞こえていないのか返事がない。見覚えのない顔。何年生だろうか?

ユリはもう一度尋ねた。

「大丈夫ですか?どこか具合でも悪いですか?よかったら、これどうぞ。」

ユリは男子生徒にペットボトルのお茶をわたす。

やっとユリの声に反応した男子生徒。

「何? 誰? 何が目的なの? いらないよ!」

ペットボトルをユリにつき返し、少し怖い顔でユリを見る。

「大丈夫ならいいです。お大事に。」

ユリは産まれて初めて他人に対し苛立ちをおぼえた。なんて失礼な人なの?どんな神経

てるの?そう思いつつ、(二度と会うことも多分ないし忘れよ。

始め悪けりゃ・・・違う。終わりよければすべて良し!)

そう思いながらも、どこか心に引っかかるものが残った。


一限目の終了のチャイムが鳴る。

二時限目の準備をしていると何故か。廊下が騒がしい。

「静かに!!教室に戻れ!!」担任の声が響く。

その声はユリの教室に近づいてくる。教室の扉が開く。

ユリはハッとする。朝のあの男子生徒か担任とともに教室に入ってきた。

「紹介する。 港カケル 今日から同じクラスメイトだ。

 朝は体調不良でいったん保健室で様子をみていて紹介が遅れた。

 今月にアメリカから転校してきた。皆と同じ内容の試験を受けたが成績はトップクラスだ。

 皆仲良くするように。」


カケルはみんなに一礼し、無表情のまま席に着いた。その姿に教室がざわめく。


休み時間、みんなは転校生のカケルを取り囲み色々な話で自分に

興味を引き付けようとしているようだった。

どうやらカケルは、帰国子女のハーフで、ビジュアルも他のどの男子より確かに長けていた。

しかも、大企業の御曹司。

学校の女子達がカケルとどう距離を縮めるかを競い合っている様子は

恋愛に興味の無いユリにもバレバレだった。

男子生徒は大企業の御曹司っていうことで、自分の将来を見据えてか機嫌取りに必死だった。


ただ、カケルは相変わらずの無表情。そっけない返答の言葉を一つ二つ交わす程度だった。窓の外を見つめる横顔は、どこか遠い世界にいるようだとユリは思った。

授業中は窓の外を眺め休み時間はみんなに囲まれて・・・。

そんな日常を過ごすカケルに対してユリは思っていた。

(カケルには人間としての感情はがないのか? こんなに感情がない人と始めて会ったな。

人付き合いが苦手なのかな?

人付き合いが苦手だったら毎日、毎日あんなにも沢山の人に群がれて苦しくないのかな?大丈夫かな?でも、前にお節介やいて拒絶されたし・・・。

嫌なら自分で対処できるよね。あの時みたいに・・・。)

とは思いながらもなんだか心配になり、ついつい目で追っていた。

毎日疲れないのかな?

なんだか気になる不思議な子。


一年生の初の文化祭

各クラスの出し物を決める会長と副会長が担任が黒板の前に立ち淡々と告げる。


「えーっと、うちの学校は毎年定例で成績の1位と2位が会長と副会長を務める。

 よって、今年度の今クラスは新井と港だ。

 明後日までにクラスメイトの意見聞きながら詳細を報告する様に以上‼」

教室が一瞬ざわめき、ユリは思わず目を見開いた。

(以上‼って何? 丸投げ? しかもカケルと!?  

私たちまともに話したこと無いんですけど……。。)


この学校は生徒主体。校則も生徒が決める。生徒主体の学校らしいといえばそうだが、

あまりにも急であまりに無茶だ。

しかも文化祭は他校よりもハイレベルだった。

この学校に進学した理由の一つだった。

楽しいはずの文化祭。こんなはずじゃなかったのに・・・。

(これからどうする私・・・っ)頭を抱えていると初めてカケルが話しかけてきた。

「文化祭って何?」

「えっ文化祭を知らないの?」

「アメリカにはないから」

「そっか、アメリカはハロウィンだね。意味合いは違うけど。

  文化祭ってのはね、地域だったり学校単位で短歌や絵画を展示したり

  音楽を披露したり演劇したりする、日本の文化的な行事で、小学校とか中学校とかでまた

  違うだけど・・高校ではそうだな・・・。

  簡単に言ったら各クラスで出し物するの。

  屋代風の模擬店やったり、バンド組んで演奏したり、お化け屋敷とか

  お祭りみたいなものだよ。

  うちのクラスで何するかを決めて明後日までに先生に報告しないといけないの。」


「お祭りね・・・・。」

カケルは小さくつぶやいたが、その表情は相変わらず読めなかった。

「とりあえず、放課後クラス会を開いてみんなの意見聞かないと。

カケルも協力してよ。カケルは会長なんだから。」


放課後のクラス会


「それでは今から文化祭で何がしたいか決めたいと思います。意見ある人いますか?」ユリが声をかけると手が次々に挙がった。

「はーい!俺、たこ焼き」

「たこ焼きなら焼きそばがいいよ。」

「どれもこれもありきたりすぎないか?」

「じゃあ、何がいいんだよ?」

「なんでもいいけど、なんかいっぱいお金稼げるやつ

  稼いだ金でみんなで打ち上げいこうぜぇっ。」

好き勝手な意見が飛び交い、教室は一気に騒がしくなる、

「打ち上げは置いといて、まずは出し物決めないといけないでしょ!!!」

と議題をもどそうとするユリ。その時だった。

「ビジネスねっ。いいねっ。」

その声に、教室のざわめきが一瞬止む。


「俺の知り合いの企業とコラボして商品開発

  して売るのも有りだな。俺らはアイデアを提案して資本金は企業側に負担して

  もらって、商品の特許権は会社に無償で渡す。利益も上がってお互いに

  損はないし、一石二鳥じゃねっ。俺が企業と交渉するよ。」

その場にいた誰もが驚いた。御曹司だからこその発想。

でも説明は驚くほど論理的で、無駄がなくわかりやすかった。


「さすが御曹司!」と誰かが囁いた瞬間、ユリは見逃さなかった。

それを聞いたカケルの表情が少し暗くなったことを。

カケルはすぐに表情を戻し、指揮をとり始めた。

アイデアを募り、意見を整理し、最終的に商品は二つに絞られた。

決定事項を先生に報告。先生も驚いていた。


商品は結局2つに絞られた。ダイエットと美容を目的とした食品開発。

ダイエットとはいえ栄養素がぎっしりつまったレトルト食品。それと

美容に特化したレトルト食品だ。企業側とも入念に検討を重ね出来上がった。

準備の中では、装飾などで方向性の議論も白熱したが、うまくカケルがまとめた。

そして、文化祭当日を迎える。


文化祭といえば、お化け屋敷やコスプレカフェが人気となる事が多いがユリたちの

出し物は校内一の盛り上がりを見せた。

人が次から次へと出入りし大反響の中、80食ずつ用意した商品はすぐに完売した。

SNSでも拡散され、その後、企業の看板商品となった。

「完売!!!」

歓声をあげるクラスメイトたちの中で、ユリはカケルのもとに歩み寄った。

「ありがとうカケル。まさに神!!お疲れ様。はい、これ。」

ユリはカケルにペットボトルのお茶を渡す。カケルは黙って受け取る。

カケルはゆっくり話し出した。

「あの日…俺が転校してきたあの日も、これ渡してくれようとしていたな」

その言葉にユリの胸が跳ねた。覚えていたんだ。と、思いユリは頷く。

「あの時、ごめんな。」

「いいよっ 無理やり渡そうとしたのは私だし。飲む気分どころじゃ

 ないくらい気分悪かったんでしょっ?しかもずっと昔の話なんだし。」

そう言いながら笑うユリ。カケルの表情がほんの少しだけ柔らかくなった。まるで心の奥にある扉がほんの少し開かれたように。文化祭が終わり、校舎の喧騒も落ち着いた放課後。

教室の窓から差し込む西日の中、カケルはふと口を開いた。

「俺は人に親切にされるのが嫌なんだ。」

唐突な言葉にユリは目を瞬かせた。

カケルはペットボトルを見つめ、言葉を選ぶように続けた。

「アメリカにいた頃からずっとそうだった。

 俺に近づく大人はみんな、父さんとの繋がりが欲しいだけ。

 会長だの企業だの……。媚びへつらうことばかり考えてる。

 笑顔の裏にある本音なんか、全部透けて見えたよ」


~カケルのアメリカ生活~


「若様、NSコーポレーションとBHコーポレーションの会長が若様へ

 お祝いをお渡したいと事でお見えです。どういたしましょうか?」

「贈り物は受け取って。俺は接客中だからって伝えてください。」

カケルは2階のカーテン越しに様子を見ていた。

その会長二人は使用人にまで気を使い深々とお礼し帰っていった。

カケルは次回会ったときに話を合わせないといけないため贈り物の中身を確認し捨てる。

カケルが父のゴルフにつき合っていた時も、どうにかして俺を取り込もうと子供のカケルにも見え見えのお世辞を言う人々。

「M&Wは安泰ですね。こんなにも立派な後継者がいらっしゃって。」

「本当にうらやましい限りです。ウチの息子はカケルさんの足元にも及びません。

 やっぱり遺伝子は受け継がれるんですね。」

(遺伝子?血は繋がってないんだよ。どれだけゴマすれば気が済むの?)とカオル?

は思っていた?

「買い被りです。やるべきことをしてるだけです。」

と笑顔で返す。使用人へ伝える。

「わざわざ、俺を訪ねてくる会長連中は家庭教師といるとか接客中とかバスケの

  練習中とかいって追い返して。くれぐれも失礼のない程度に。お願いします。

  それと、練習場には絶対に足を踏み込まないように厳重に注意をしておいてくさい。」


カケルにとってバスケをやってる時だけがカケルで居れる。

バスケのコートは神聖の場所だった。無心になれ、下世話な世界を忘れさせてくれた。

それでも、なかなか継父とアポをとらない企業の会長連中は俺を接待に誘ってきていた。なるべくは避けていたが、これも自分の役目だと思い、数社と会食をした。

「今日は貴重なお時間を頂きありがとうございます。

  食事がカケルさんのお口に合えばいいんですが・・・。」

彼らは俺の好みを調べ上げている。嘘で固められた見え透いた汚い大人の世界。

「今日はお誘い下さり感謝します。料理が楽しみですね。」

いつものくだらない会話。退屈な時間。カケルは笑顔で話を合わせる。

本題のビジネスの話にはいる。

「カケルさん食事は口に合いますか?」

「はい。とても好みです。」

「それはとかった。カケルさんほど、うちの息子が優秀ならどんなによかったか

先日会長にはお話しをさせて頂いた企画について会長から何か聞いていませんか?」

「企画ですか?少し意見を求められましたが、詳しくはまだわかりません。

 そちらの息子さんの噂は聞いています。なかなか優秀だとか。 

 そんなに謙遜されなくても、私は今後一緒にビジネスできる方

 だと思っていますよ。御社とも長い付き合いになるでしょうね。」

「今日はごちそう様でした。今後ともよろしくお願いいたします。

  では、私はこれで失礼します。」

運転手が車のドアをあける。カケルは乗り込み、車は発車する。

車が見えなくなるまでお辞儀を見送る相手企業のトップ。

カケルはこんな毎日息が詰まりそうでうんざりしていた。

「俺は一体なんなんだ?」

後継者じゃないが、後継者として振舞わらなければならない自分。

そんな毎日を過ごすうちに本当のカケルの感情は消えていった。

それからは、仮面を被りだれもが理想とする後継者を演じ続けた。


~今にもどる~


「俺さ養子なんだ。父親は日本人で母親はアメリカ人両親が子供のできにくい体質でどうしても

子供が欲しかった。

その頃に継父母は、日本人とアメリカ人との間に産まれた俺を見てけてすぐに引き取った。

でも俺が5歳の時に本当の子が産まれたんだ。」

その瞬間、ユリの胸に切なさが走った。

「今まで一心に向けられていた愛情は当然、実の子に向けられたよ。

あからさまじゃなかったけど、幼いながら感じたんだ。

このことは両親しか知らない。弟も知らない。

弟は俺にすごくなついていて可愛くてさ、だから弟を憎めない。」

カケルは拳を軽く握りしめた。

「どこにいっても、誰もが本当の俺じゃない、後継者の俺を見ていた。

大の大人が俺に媚び売ってくるんだよ。

父さんと繋がりをもつのに必死さ。俺が後継者だって思ってるからな。

損得勘定ばかりしてやがる。だから人を信じることも、素直に感謝することもできなかった。」


窓の外では、夕焼けが街を赤く染めている。

その光に照らされるカケルの横顔は、寂しさと強さが入り混じっていた。

ユリはそっと微笑み、言葉を紡ぐ。

「私にも一人弟がいるよ。一つ下なんだけど私がラブレターをもらって帰ってきたら、

 怒って破いちゃうの。どこのどいつだ!! 何様だ!!て、言ってまるでミニパパ

 パパは私のラブレター破いたりはしない。

 ただ、パパもママもニコニコ笑ってるだけで涼助に注意もしない。」

ユリは続けた。

「だからね。今日カケルの本当の気持ちが聞けて嬉しかった。意外な一面発見。    

私は本当のカケル探しのトレジャーハンターだ!!」

ユリは笑って話した。カケルはその言葉に驚き、そして小さく笑った。

「ユリは愛されてるんだなぁ。だから、無条件で無償の愛を他人に与えることが

できるんだなぁ。人を疑うなんてしらないだろ?

俺は人を疑うことしか知らない。周りは俺を利用しようとすることしか考えていない世界で育ったから。人を信じたら自分が損する世界。

だから、あの時もユリの優しさを素直に受け取れなかった。

転校してきても俺の取り巻く環境は、変わらなかった。大人よりあからさまで

ここも変わらないなぁって、どいつもこいつも考えてることが手に取る様に分かって。思って毎日が窮屈で退屈だったよ。」


そんなカケルにユリは唐突に問いかける。


「カケル、幸せの瓶って知ってる?昔おばあちゃんに聞いたの。もう亡くなったん

 だけどね・・・。人はね、産まれてくる時に幸せの瓶を抱えて産まれてくるんだって。

 それでね、その瓶が幸せでいっぱいになったときに天国に召されるんだって。

 だから、これからカケルもいっぱいの幸せが待ってるよ。」


「なんだよ、それ。変わってんな」


「私はおばあちゃんのこと信じてるから!!!

 私は真剣だよ。本当の話なんだから。でも、自分の幸せのカケラだから

 自分にしか見えないんだって。だからね、私が伝えたいのは

 まずはカケルが本当のカケルを自分自身を愛してあげなといけない気がするの。

 私ね、本当のカケルを知れて嬉しいし素敵だって思ったよ。偽りの仮面を

 被っていても本当の幸せはやってこないよ。仮面なんかつけないで

 本当のカケルでいることが、幸せへの第一歩なんだよ」。


カケルは笑った。その笑顔はどこか不器用で、それでも心からの笑いに感じられた。

カケルの胸にじんわりと温かさが広がっていった。

その時、初めてカケルは本当の自分でいていいのかも知れないと思えたのだった。


「そんなふうに言ってくれる人、確かにいなかったな。

本当のオレか、今までずっと本音で話せる人なんていないな。

 心から信頼して自分をさらけ出すことなんてこの先ずっとないと思ってた。

日本の家には2人の使用人がいるんだ。俺の世話役兼監視役

だから、家にいても出来のいい後継者を演じてるんだ。それは自分の意志

とは関係なく当たり前のように演じ続けてた。俺の人生なのに……。

バカみたいで、マジうけるだろ。」


ユリは少し悲しげで虚しい表情を浮かべるカケルの手をとった。

「カケル、今日はうちでご飯たべて帰りなよ。今日はカレーライスだって。

 アメリカじゃあメジャーじゃないかもしれないけど、日本では家庭でよく作られ

 る家庭料理なんだよ。私の大好物。うちのママのカレーは最高においしいよ。」

「カレー?確かインド旅行で食べたことあるよ。ハーブがきつくて俺苦手だった。

 あれが日本ではメジャーなのか。」

ユリはくすっと笑った。

「本場のカレーとは違うんだよ。日本人好みに合わせてあるから。」

少し考えこんでから、カケルは不安げに付けてたした。

「でも突然行っていいのか?迷惑じゃ、、、

 いや待てよ!待て、ユリの弟にいきなり殴っれるんじゃないか。」


ユリの笑い声が太陽の沈みかけたオレンジ色の夕焼け空に響く。

その笑い声が、一気に二人の距離を縮めていく。

玄関のドアを開けると、花の香りと料理の匂いが交じり合う空気が二人を包み込んだ。


「ママ、ただいま。今日はクラスメイトを連れてきたよ。カレーライス一緒に食べるの。

 6月にアメリカから転校してきた 港カケル。」

キッチンからママが顔を出し、にこやかにほほ笑んだ。

「あら、いらっしゃい。涼助と同じくらいイケメンね。

 いや、パパの若い頃にそっくり。パパを見てるみたい。」

「カケル ごめん。うちの両親子供の私たちから見てもラブラブだから気に

 しないで。」

カケルは少し戸惑いながらも丁寧に頭を下げた。

「はじめまして。突然お邪魔してすみません。港カケルです。」

その時、リビングから勢いよく涼助が飛び出してきた。

「男を連れて帰ってきた!?どこのどいつだ、ユリ姉を誘惑したやつは!!」

警戒心をむき出しの涼助にユリが慌てて涼助の口を塞ごうとした瞬間……。涼助はカケルの顔をじっと見て驚き目を見開いた。

「えぇっマジか えっカケルさんですよね。僕ファンなんです。

 去年、俺バスケの日本代表でアメリカ行ってカケルさんの試合観ました。

 すごいプレーの連続で感動して・・。こっそり写真撮りました。

 サインください。」

態度が一転し、興奮してまくし立てる涼助。

その様子に私もママも思わず笑い、カケルも初めて肩の力が抜けたようだった。

「カケルのこと知ってるの?」

「知ってるってレベルの話じゃないよ。高校生もいる中でカケルさんは

 中学生にしてチームのエース。」

「まぁー凄いのね。涼助がバスケットのことで誰かをこんなにも褒める

 なんて珍しい。自慢の息子がこう一人増えた気分。」

「昔の話です。今はもうしてません。」

「今度、ウチのチームに指導に来てください!!うちのカレー最高にうまいんです。

  もし、カレーを気に入ってくれたらアドバイスください。」

「涼助の作ったカレーじゃないのに、恩着せがましい頼み方。」とユリは言った。

カケルは大声で笑った。

ユリは本来の素直なカケルが心から笑ってくれたことが何より嬉しかった。

そしてうちに招待してよかったと思った。

カケルはクスクス笑いながらユリに小声でいった。

「俺、ユリの弟に殴られずにすんだなぁ。」

「そうだね」

「さぁー話はその辺にしてご飯たべましょう!!

 どうぞ召し上がれ おかわりもあるから遠慮しないでね。」

「ただいま。」

「パパだわ。 お疲れ様。おかえりなさい。」

「今日はお客さんもいるんだね。」

「お邪魔してます。ユリさんのクラスメイトのカケルです。」

ユリがカケルについてパパに簡単に簡潔に説明する。

パパが仕事から帰宅し加わった後も、空気はあたたかさで満ちていた。

「使用人2人とか・・。さみしいね。うちでよかったらいつでもおいで。

 ママの料理は最高だから。」

「はい。ありがとうございます。

 これが日本のカレーライスか。本当にユリの母さん料理の天才だな。マジでうまい。

 こんな心のこもった料理は初めて食べたよ。うちは使用人が作るから・・・。」


ユリはカケルが一瞬目を潤ませたのを見逃さなかった。


カケルはどんなに孤独だっただろう。本当の自分を隠して外でも家の中でさえも

後継者として振る舞い。本音の言えない生活。感情をずっと殺して生きてきた

んだ。そう思うと、何とも言えない切なさをおぼえた。

「カケルさん、これからもユリ姉のことよろしくお願いします。」

「涼助!いつのも涼助らしくない。カケルに対する態度おかしくない?」

「俺の尊敬するカケルさんだぞ。カケルさんならユリ姉を託せる。」

「やっぱりなんか生意気。」

「今日はごちそうさまでした。ユリが羨ましいよ。世の中には

 こんなにもあったかい愛のある家庭があるんだな。ウチとは大違いだ。」

「カケル君大げさよ。カケル君さえよければ、毎日だって大歓迎よ。」

「そうだよ。カケル遠慮せずにいつでも来てよ。涼助のテンションも上がるし

 みんなで過ごしたほうが私も楽しいし・・。」

「カケル君、車で送るよ。」とパパが言った。

「大丈夫です。迎えを頼んだので。お邪魔しました。」

といい玄関の先の街灯あたりに止まってある車に乗り込んだ。

その背中を見つめながらユリは思った。

カケルの居場所になってあげたい……。と。


それからカケルは何度か我が家でご飯を食べた。

ママはカケルの分のお弁当もいつも持たせてくれた。

家族の誕生日やクリスマスはカケルも一緒に過ごした。

サプライズでカケルのバースデーパーティーを開きみんなでお祝いをした。


涼助の受験を控える中、

涼助はカケルが来るとバスケの話ばかり、それでもやっぱり涼助は凄い。

志望校の西谷高校に見事合格した。

涼助は私がいるからではなく間違いなくカケルがいるからだ。

その証拠に家族よりも先にカケルに合格の連絡を入れたのだから

その夜はカケルも一緒に涼助の合格パーティーに参加した。


私たちは2年生になった。


(学校でのカケルはクラスメイトとの会話は増えた?

たまに笑顔も出すようになってきたような。)

とユリは思った。

でも結局だれもその変化には気が

ついていないようだった。

ただ、カケルは私の前ではおしゃべりだった。

今日の出来事や不満や愚痴をこぼしたり、

うれしかったことなんかを感じたまま素直に話して聞かせてくれた。

休み時間や昼食や下校はカケルと一緒に過ごしていた。

自然とカケルといる時間が増えていった。


ある日の放課後。

二人は並んで歩きながら、沈みゆく夕日を眺めていた。

オレンジ色の光が長い影を伸ばし、二人を同じ色に染めた。

しばらくは無言のまま歩いた。心地のいい沈黙だった。

けれど、ふと立ち止まりカケルが真剣な眼差しを向け言った。

「ユリ……。俺は人を信じることが出来なかった。でも、ユリだけは違った。

 仮面をつけてる俺じゃなくて、本当の俺を見てくれる。そんなの初めてだった。

 俺とつき合ってくれないか? 俺、ユリとなら自分が自分らしくいられるし

 そんな俺でいいんだってユリは俺に勇気と自信をくれる。

 俺、いつかユリとユリの家族みたいな家庭を築きたい。」

ユリは驚きよりも自分に素直な気持ちをまっすぐにぶつけてくるカケルを強い思いが愛おしいと思った。

そう思ったら自然に涙がとまらなかった。

ユリの涙はもうすぐ夏を迎えようとする、強い太陽のひかりに反射して輝いていた。

涙声でユリは応えた。

「うん。私もカケルと一緒にいたい。これからもよろしくお願いします。」

ユリの涙を流しながらの幸せそうな笑顔に、カケルは安堵のように息を吐き照れくさそうに笑って言った。

「ありがとう。俺、幸せの瓶が一気にいっぱいになった気分だ」


二人の仲は憧れのカップルとしてすぐに学校中に広まった。

高校生活2回目の夏休みがもうすぐ始まろうとしていた。


「ユリ、町内の花火大会あるだろ。一緒に浴衣着ていかないか?

 浴衣着るのは初めてでなんかウキウキするよ。

 ユリはいつだって俺に初めてをくれる。ユリといると産まれてきて

 よかったって心の底から思うんだ。」

「大げさだな。でもカケルの笑顔が私は世界で一番好き。大好き。

 浴衣デートか。 カケルはきっと似合うと思うよ。背が高くてイケメン彼氏。」

「ユリも色っぽいだろうな。ユリこの前、他校のヤツに告られただろ!

ユリは俺の彼女なんだから自覚しろよ。涼助に感謝しないといけないな。

涼助のお陰でユリに悪い虫がつかなくてすんだんだから・・。」

「悪い虫って……あれは、ちゃんとお断りしました。カケルと付き合ってるって伝えたよ。

 カケルだってもてるくせに。でも楽しみだなぁ初めての浴衣デート。」

「今年が一回目。これから毎年一緒に花火大会いこうな。何回目の花火大会で

 俺たちの子供を連れてくることできるかな?」


カケルはいつしか家族の一員みたいな存在になっていた。

パパもママもカケルと呼び捨てになっていてカケルもパパやママに敬語を使わず、

休みの日、私が帰宅したらカケルがおかえりって出迎えてくれることも珍しくなくなった。

我が家がカケルの居場所になっていた。

ほんとのカケルでいれる場所。

ずっとこの幸せが続きますようにと願い、

(いつか本物の家族になろうね)って心の中でカケルに語りかける。

ユリ17歳の夏。


夏休みのある夜。ユリはカケルと地元の花火大会へ出かけた。

カケルが浴衣姿で迎えに来た。

「やっぱきれいだユリ。最高に幸せ。」

「ありがとう。カケルこそ素敵だよ。早く行って出店みようよ。」

「出店?」

会場はすでに人だかり。

でもどんなに人が多くてもカケルはみんなの目の留まる存在感。

見失う事はない。

出店の灯りと人々のざわめきが辺りを包む。

焼きそばや綿菓子の匂い、浴衣姿の子供たちのはしゃぐ声。

夏の夜だけが持つ独特の熱気に、心が浮き立つ。

「いっぱい小さな店があるんだな。ポテト・かき氷・箸まき・串焼き

 金魚すくい・たこ焼き・わたあめ・焼きそば・フルーツ飴・イカ焼き。すごい俺

 初めてだ!!ユリがまた俺に“初めて”をくれた。」


まるで子供のようにはしゃぐカケル。そんなカケルを愛おしく思いみつめるユリ。


「いっそのこと全部買うか?」

「そんな全部なんて食べれないでしょ~

 今年食べれなかった分は来年のお楽しみにとっておこうよ。」

「だな。ユリは何が食べたい?」

「イカ焼き食べたい。カケルは?」

「何がおいしいのか俺わかんないから」

そう言って、カケルは目をつぶりその場で2周まわり指をさす。カケルの刺した指先は……。

「あれだ!!フルーツ飴」

それから、焼きそばとたこ焼きとイカ焼きを二人で分け合いながら食べた。

お互いの手をしっかりつないだまま二人で観る初花火。

やがて夜空に最初の花火が咲いた。

ドン、と腹の底に響く音。

大輪の花が夜空に広がり一瞬で観客たちの歓声が湧きあがった。

ユリは思わず息をのんだ。(きれい……。)

花火をみながらカケルは言った。

「一生の約束。一回目達成!!

今日さ、初めて親父が羨ましいって思ったよ。

親父は、こんなふうに過ごしてきたんだな。日本の文化?

いいよな。親父は入り息子だし、会長って肩書を背負ってるからか。

自分自身にも厳しいんだ。当時の会長、俺のじいちゃんは厳格な人だったよ。

孫にも会長って言わせるような人だった。

じいちゃんなんて呼んだことはなかったよ。

親父は会長の期待を一身に背負ってたんだな

だから、親父は俺に対しても甘えは許さなかった。

それが当たり前だって思って生きてきたんだ。

親父も俺に対して、厳しかったは理由があったんだって今なら理解できるよ。

ユリのお陰だな。」

花火に照らされたカケルの横顔は、どこか切なくもあり美しかった。


「ねぇ、カケル。今、幸せの瓶には何が入った?」ユリが冗談めかして尋ねると、カケルは少し驚いたようにこちらを見て、やがてほほ笑んだ。

「……今の景色と、ユリの笑顔」

その言葉に心臓が跳ねる。夜のざわめきの中、確かにユリの心の奥に響いた。

「約束しよう!!来年も……。再来年も……。ずっと一緒だ、ユリ!最高に愛してる。」

ユリは黙って満面の笑みで頷いた。


楽しい夏は終わった。


季節は巡り、二人は高校三年生になった。

教室の空気はどこか張り詰め、誰もが未来へと向かって走り始めている。

ユリもその一人だった。

志望校を決め、前進あるのみ!!カケルと一緒に夜遅くまで机にかじりつく。

二人の鉛筆を走らせる音と時計の針の音だけが部屋に響く。

カケルとユリはお互い専攻学科は違ったが志望校は同じだった。

大変だったけどカケルとなら何でも乗り越えられる気がした。

「カケル、ユリ無理しないで」

ママが差し入れてくれたミルクティーから湯気が立ち上る。

「ママ、ありがとう。大丈夫。でもちょっと眠気覚ましになるかも」

「俺も。ありがとう。」

湯気から覗くユリの横顔に癒されるカケルが言った。

「誰かと一緒に同じ目標にむかって頑張る日がくるなんてなぁ。少し前の俺らかは想像すらできなかったなぁ。ユリ、ありがとうな。」

「何?改まって。でも確かに、カケルは変わったよ。ずっとずーっと近い存在になった。それも特別な存在に……。以前はどことなく、すぐそこにいても遠くにいるような感覚だったな」

束の間のティータイムは少しだけ受験勉強の緊張をほぐす貴重で特別な時間だった。


寒さが一層厳しくなる頃、受験本番の日が近づいてきた。

推薦で進学先が決まっていく友人たちを横目に、不安に押しつぶされそうになる夜もあった。

だけど、カケルとの約束がユリを支えてくれた。

(絶対に一緒に合格する。未来を並んで歩くために……。)


冬の冷たい風が校舎の窓を叩いていた。

受験本番が迫る日々、ユリは焦りに駆られるように机に向き続けた。

休み時間さえ参考書を開き、周囲の声が耳に入らないほどに。

「大丈夫?」カケルが隣で声をかけても、ユリは笑顔で首を振った。

「大丈夫。あと少しだから」だが、その笑顔はどこか無理しているように見えた。

カケルの胸に小さな不安が灯った、その矢先……。五時限目の授業中。

ユリの視界がぐらりと揺れた。黒板の文字が霞み、鉛筆を持つ指先から力が抜けていく。

「……あれ……?」次の瞬間、椅子から崩れるように倒れた。

「ユリ!」

カケルの声が教室に響く。

クラスメイトたちがざわめき、担任が駆け寄りよりも先にカケルはユリの体を抱き上げた。

その腕に伝わる体温は驚くほど熱く、細い肩が小刻みに震えている。

「保健室だ、今すぐ!」

カケルは誰にも言わせず迷うことなく廊下を駆けた。


白いカーテンの揺れる保健室。

ベッドに横たわるユリの頬は熱く。汗がにじんでいた。

先生が体温計を見て眉をひそめる。

「……高熱ね。疲れと寝不足で免疫力が落ちたんでしょう」

その言葉にカケルは拳を握りしめた。

「だから言ったのに……無理してたんだんな気づいてやれなくてごめんな」

やがて、うっすらと瞳を開けたユリがかすかな声で言った。

「……カケル?」

「俺だ。分かるか?無理してたんだな。気づいてやれなくてごめん……。」

声が震えていた。

「俺は受験なんかより、大事なのはユリ自身なんだ。」

ユリは細い笑みを浮かべた。

「ごめんね。でもどうしても一緒に合格したかったから……。」

その言葉にカケルの胸が強く締め付けられた。

「バカだな。一緒に未来を歩くって約束したろ?倒れたら何の意味もないだろ……。」握り合った手がお互いの想いを確かに伝えていた。

ユリはまた眠りについた。その横でカケルはずっと椅子に腰を掛け、ユリの手を握って離さなかった。

「……どうして、こんなになるまで頑張るんだよ」

小さくつぶやいた声は自分自身を責めるようでもあった。やがて、保健室の扉が勢いよく開く音が響いた。

「ユリ!」

駆け込んできたのはユリの母親だった。その後ろには心配そうな父親と、涙目の涼助がいた。

「ママ?」

「ユリ?ユリ大丈夫?病院にいきましょう。」

「カケル、ユリの側についていてくれてありがとう。カケルは授業に戻って。」

「病院付き添うよ。」

「カケル心配しないで。きっと、大丈夫だから。ねっ。

 何かあったらすぐに連絡するからな」

両親はユリを抱き起し廊下へむかう。保健室を出る直前、ユリは振り返りカケルに視線を送った。

「……ありがとう、カケル」

その一言に、カケルの胸は熱く締め付けられた。

「必ず元気になれ。受験なんかより、ユリの方がずっと大事なんだから……頼むから早く元気な笑顔をみせてくれよ」

ユリは小さく頷き家族に支えられながら車へと向かった。

廊下に残さらたカケルは、深く息を吐き、胸の奥で固く誓った。

(これから先ずっと俺はユリを守る)


救急外来の白い光の下、ユリはストレッチャーに乗せられ、慌ただしい足音とともに処置室へと運ばれた。その姿がドアの向こうに消えた瞬間、家族の胸は不安でいっぱいだった。母は両手をぎゅっと握りしめ、声を震わせる。父は黙って母を肩に手をまわす。

カケルは胸がざわつく。どうしても落ち着かない。胸の奥で自責の念が渦巻く。

でも、なにかあれば連絡がくるはず。そう信じて連絡を待つ。


その頃病室の小さな面談室で主治医からの病状説明が聞かされた。

医師の言葉は静かに重く響いた。

「……お嬢さんの病気は進行性で根治は難しいでしょう。治療で延命は可能ですが……長くて一年ほどになると思います。」

空気が凍りついた。

母は顔を覆い肩を震わせた。父は唇をかみ、深くうつむいたまま動けない。

涼助は信じられないとばかりに首を振り

「そんな……ユリ姉が、まだ高校生なのに……。」

その声は涙で掠れ部屋に響いた。家族はユリには病状を隠す事にした。


カケルは心配で寝ずに連絡を待っていた。だがその日にカケルへの電話はなかった。

家族はカケルにどう伝えるべきか、考えがまとまらないまま、翌日を迎えた。

カケルはユリに連絡するが連絡がとれない。メールを送っても既読もつかない。

きっと、疲れて寝ているんだ。明日になれば、学校またユリに会える。

そう思いベッドに横になるが、なかなか寝付けないカケル

うっすらと、朝日が昇りはじめる。

朝、校門でユリを待つカケル。なかなかユリは来ない。

その時だった。涼助が登校してきた。

「涼助、今日はユリと一緒じゃないのか?」

「カケル兄、おはよう。ユリ姉は……まだ体調が悪くて今日は休みなんだ。

 まだ、きついみたいだ。はい。これお弁当。」

どことなくいつもの涼助らしさがない。

いつもなら、テンションマックスでバスケの話をひたすらしてくるのに。

でも多分ユリを心配してのことだろうとカケルは思った。きっとそうだ。


教室に上がり授業の準備をしていると担任が入ってきた。

「みんなに知らせがある。新井は休学になった。だだ、新井は単位を既に取得しているから、みんなと卒業はできる。私から話せることは以上だ。」

カケルは自分の鼓動が早くなる感覚に襲われ、思考も停止し周りの雑音も聴こえない。

ただ気が付くとユリの家のまえに立っていた。

チャイムを鳴らす手が震えていた。


ピンポーン


「はい。どちら様ですか。」

インターホン越しにカケルの姿が見えた。母は戸惑いを隠せない様子に父がインターホンの対応をする。

「カケル、待ってて今開けるから」

ドア開けカケルを招き入れる

「連絡できなくてごめんな、入って。」

仕事に行ってるはずの父親の応対に不安が増す。

カケルは二人に問う。

「おじさん、おばさん、ユリは?休学ってなんで? 

 ユリは2階だよね? まだ体調が戻らないの? ユリに会わせて安心したいから

 寝顔でもいいから。ユリを起こさないように静かにゆっくりあがるから

 行ってくるね。」

「カケル!!!」

「カケルにはどう伝えるべきか今ママと相談してたんだ。

 カケルしっかり聞いてくれ・・・。ユリは今病院にいる。

  ユリは余命が半年だって、昨日先生言われたよ。長くても1年だって。」

言葉が落ちるたびに空気は重く沈んでいった。

そういって、泣き崩れるユリの両親。 

「ユリには、ユ…リ…には…伝えて……ない。」

父の眼差しは不安と恐怖が混ざり合っていた。 


理解できないカケル。

(現実性のない嘘だ。)と思い込もうとするカケル

どうしても受け入れられない悲しい現実。

カケルは表情は変わらないように見えたが低く震える声でもう一度聞いた。

「嘘だろ?止めてくれよ。だってあんなに元気だったじゃないか。一緒に笑って同じ目標にむかって毎日一緒に勉強して……眩しいくらいの笑顔で……。」

と話しながら涙が流れ落ちた。

「ずっと一緒だって……この先ずっと……ユリとこんな家庭を築くんだって……。俺は……。」

両親は黙ったまま俯き瞼の腫れあがった目から止まることのない涙が頬をつたっていた。

「カケル、私たちは血の繋がりはないがカケルを本当の家族だと思ってるよ。

 だから、だからこそどうかカケルの幸せを見つけてほしい。ユリも同じことを願うはずだ。」

「なんだよそれ!!ユリじゃなきゃダメなんだ。なんでなんだよ。

 何で、よりによってなんで、ユリなんだよ。

 信じられるか。どんな手を使ってでも俺が絶対に治して見せる。

 たとえ、俺の命と引き換えでもいい。俺の世界からユリが消えるなんて言うなよ。」

「ありがとう。カケル。こんなにもユリを愛してくれて。

後で私たちと一緒にお見舞いに行ってくれる?」と母。

「嘘だ!!嘘だっていってくれよ。頼むから・・・。お願いだ、俺はユリが

 助かるなら死んでもいい。俺の命なんてくれてやるから・・。頼むよ・・。

 優しくて……。いつも笑顔でユリは俺に勇気と自信とくれるんだ。

 俺は俺のままでいいって。本当の自分でいていいんだって。それが、幸せへの第一歩だって……。

 教えてくれたんだ。ユリのいない世界に俺の幸せがあるはずない。

 なのに、どうして……。」

両手で顔を覆った。呼吸が荒くなり肩が震える。


カケルは初めて自分を見失うほど必死に否定した。

やがてそれは怒りに変わり声を荒げるが現実は変えられないと悟る……。

うなだれ魂が抜けたかのように一点を見つめていた。

それはユリと過ごした日々の回想を見ているかのように……。

「カケルしっかりするんだ。男だろ。ユリの旦那になってくれるんだろっ。

 だったら、ユリの残された時間はせめてユリらしく過ごさせてやってくれ。」

涙は止むことなく頬を伝い落ちていく。何時間たっただろう。

しかしやがて、ゆっくりと顔を上げ、強い決意の光を宿した瞳で両親を見た。

「そうだな。そうだよな……。分かったよ。   

ユリには楽しい時間を過ごさせないと!!俺はユリの旦那だ。

最後までユリの笑顔を守ってやらないと。しっかりしないと!!」

カケルは両手で思いっきり自分の頬をたたき決心をより強固にした。


三人はユリの病室にむかう

扉の前でそれぞれが互いに見つめ合図して気持ちを静め笑顔をつくる。

三人は満面の笑みで扉を開ける。

「ユリ!!お見舞いに来たよ。」三人は声をそろえて務めて明るく振る舞った。

「俺と一日会えなかったから寂しかっただろ?だから俺から会いにきたぞ。

 でも、本音を言うと俺のほうが寂しかったけどな。

 俺は毎日ユリの顔を見ないと一日が終わった気がしないよ。早く元気になって退院してくれよ。」

「ママはお花をいけてくるね。」

まだ瞼の腫れが治まりきれない母は病室を出る。

「会社が年休を消化しろってうるさくて。パパも暇だ。ちょうどナイスなタイミングだな。

ユリの入院と重なるなんて……。」

「そうなの?じゃあ、パパゆっくり出来るね。カケルも、もう受験でしょ?ごめんね。心配かけちゃって。私は今年は受験できないかもしれない。まだ退院出来ないんだって。

でも来年、カケルと同じ大学に行くから待っててね。」

「何年だって待ってやるよ。俺の残りの人生はユリのもんなんだからな」

「カケル、大学でモテて浮気なんかしちゃだめよ」

「バカ!こっちのセルフだ。早くよくなって退院しろ。それまでは、毎日来てやるからな。

 じゃあ、ゆっくり休め。また明日な!」

「おじさん、おばさんそろそろ帰ろうか」

「そうだな。カケル、私たちも明日また顔をだすよ。ゆっくり休むんだよ。」

「あっ、欲しいのとか食べたいのとかあったら

 連絡くれ。買ってくるから。また、明日なユリ。」とカケルは笑顔で言って三人は病室を出る。


一時間ほどの訪問だった。

病室を出て数歩あるくと歩数よりも多くの涙があふれている。ユリの笑顔が

胸に突き刺さる。屈託のないあの笑顔。回復を信じるユリの前向きな言葉1つ1つが

それぞれの心を乱して壊れそうになる。


ユリは今日の三人の面会で理解した。

初めて見たママの腫れあがった瞼。

夏・冬・春の家族旅行でしかとらないパパの長期休暇。

まだ、学校の時間なはずのカケル

「うちの家族は嘘が下手だなぁ。無理しちゃって。カケルまで・・・。

でもそうか、そうなんだ。きっと私は大学生にはなれないんだね。」

はっきりとは言われてなくてもユリは理解した。


私は産まれてきて、これまでずっと幸せだった。皆に愛されて。

カケルに出会えてよかった。カケルは私にたくさんの幸せをくれた人。

かけがえのない唯一無二の存在。カケルと過ごした時間はキセキみたいな宝物。


人は死を前にしたときに心理的にそれを否認し、やがて怒りがわき、どうにかできないか

と取引し無駄だと知り、抑鬱になり自らの死を受容すると訊いたことがある。

でもユリは違った。不思議と素直に受容できた。

ただ少しのほんの些細なお願いを神様にしてみようと思った。

神様、私の最初で最後のお願いをきいてもらえますか?

あと少しだけカケルと過ごせる時間をあと少しだけください。

カケルとの2回目の約束を守らせてください。

それだけ、ただそれだけの時間を私にください。他は何も望まないから・・・。

どうか、どうかお願いします。

その願いさえ叶えば私は喜んで笑顔で旅立ちますから。ユリは心から願った。


死の淵に走馬灯のように今までの出来事を思い出すと聞いたことはある。

でもユリはカケルとの将来がみえた。

ウエディングドレス姿のユリと新郎まで私と腕をくむパパ。パパは泣いている。

タキシード姿のカケル。皆からの祝福の拍手とフラワーシャワー

ハネムーンはフランスだった。ユリのおじいさんにも会いに行く二人。

おじいちゃんは高齢で私たちの式には参加できていなかった。

カケルとの間にこんなにも可愛い愛らしい子供が3人も産まれるなんて。

幸せだなぁ。

女の子1人と男の子2人。カケルにも似てるし私にも似てる。

手作りのおやつの時間に子供たちを呼ぼうとした時に聴こえた


「ユリ!! ユリ!!」 

カケルだ!!!

ユリは目を覚ました。心配そうに見つめる。カケルとパパとママと涼助

「ユリ? 俺が分かるか?大丈夫か?あの日から3日も眠っていたから、どれだけ心配したことか」

「カケルでしょ。わかるに決まっているよ。未来の旦那様だもん。

 でも私はそんなに眠っていたの?心配かけてごめんなさい。

 でもね、とっても素敵な夢をみていたの。私たちの結婚式。私はウエディングドレス姿で

 カケルのタキシード姿がとてもステキでね。ウエディングフォト撮るのが大変だったけど、

 とても楽しかったの。ハネムーンはフランスだった。

 フランスに行っておじいちゃんのうちでご近所さん達よんでホームパーティー開いてくれて

 カケルをカケルを紹介して・・・。

 それとね、私たちに可愛い子供たちが3人も出来てね。」

カケルは思わずユリを抱きしめた。感情をあらわにして泣きじゃくった・・・。

「ユリの馬鹿。心配したじゃないか。幸せな顔しあがって。俺マジで心配で

死にそうだったよ。ユリ、ユリじゃないと俺無理だから、覚えとけ!!」


カケルはそれから約束通り、毎日お見舞いに来てくれた。

いつもユリの好きなケーキやマロンやクッキーなんか持ってきてくれ二人で食べる。

そして今日の出来事や、どうでもいい話をしているこのささやかな瞬間が二人の特別な時間だった。

カケルは面会時間は必ず確保した。

そして寝る時間をさいて受験勉強は怠らなかった。

ユリに会えば、そんな事は苦労なんて思うこともなかった。

そんな日々の中でカケルはT大経済学部に合格した。


4月の終わりにユリは退院した。


両親は主治医に言われていた。

本人が望む後悔しないよう時間を過ごす様に……。

「残された時間の1分1秒を大切にしてください。」言われていた。

「今日は快気祝いとカケルの合格パーティーだ!!

カケル!合格パーティーが遅くなってすまない。

カケル・涼助!バーベキューするぞ!! 道具の準備と火おこしを頼む。

パパはママと買い出しだ。ユリ何が食べたい?」

「バーベキューパーティー? 嬉しい。私はお肉!!!」

「ユリはすっかり元気ね。ママは嬉しいわ。」

「だって病院食は懲り懲りだもん。でも退院してからママのご飯が毎日食べれて

 幸せ太りしそう。」

「幸せ太りは俺と結婚してからな。ウエディングドレス着れなくなるぞ。

 ユリのために特注のウエディングドレスをつくってやるから。

 サイズが合わなかったらどうすんだ。」 

みんなの笑い声が重なり合う。

「カケルとの結婚式だもん。ウエディングドレスは綺麗に着こなさなきゃね。

 ところで、もうすぐゴールデンウイークだね。

 今年も旅行にいけるかなぁ?どこに行くんだろう?

 6月は何してすごそうかなぁ?あぁそうだ!カケル花火大会楽しみだね。」

カケルは涙をこらえるのに必死になり、聴こえないふりをして感情を押し殺した。

「カケル、ねぇ、聞いてる?」

「えっ何か言ったか?なんだって?」

「だからねっ花火大会!!!今年は何を食べようかなぁ?」

「今年は去年と違う浴衣を買ったぞ。ユリのも買った。おソロな!!」

「本当に?楽しみ!カケルは最高の彼氏だね。カケルは今年は何を食べたい?」

カケルは今、ユリと過ごせるこの時間だけを大切にしたいと思っていた。

ただそれだけだった。ユリが笑顔で過ごせるように。

神様あと少し、もし本当に神様が存在するなら俺の人生の何を犠牲にしてもいい。

できるだけユリと過ごせる時間を延ばしてください。

そう心で願っていた。


カケルはサプライズを用意していた。

皆がそろいバーベキューパーティー終盤、突然カケルみんなが想像していなかった

ことを始める。

ユリに近寄り花束を渡す。

「ユリ!俺はユリがすべてだ。自分に素直になれたのもユリのお陰だ。

 ユリはいつだって俺に初めてをくれて俺の世界は広くて明るいものだって教えてくれた。

 こんな自分でもユリは好きだといってくれた。

 その言葉に俺は救われるし俺の勇気と自信になってるんだ。

 愛してるユリ。ユリじゃなきゃダメなんだ。だから、俺と結婚してください。」

ユリに指輪を差し出す。ユリの大粒の涙。涙を流しながらユリは笑って応えた。

「喜んで。カケルを世界で一番愛してる。私は世界一幸せな花嫁だ。」

みんなも感動のあまり涙を流す。パパ・ママ・涼助の大きな拍手。

「ユリ幸せになれよ。カケル、ユリを頼んだぞ。男同士の約束だ。」

「素敵な家庭を築けるわ。あなた達なら。おめでとうユリ。カケル、ユリの事頼んだわよ。」

「みんなありがとう。私こんな幸せでいいにかなぁ。罰が当たりそう。」

「何を言ってるんだ!幸せはこれからだ。これは幸せの第一歩。俺たちの幸せの第一歩だ」

片づけを済ませると、ユリは疲れたのか、すっかり眠ってしまった。

それはユリにされた睡眠中の会話だった。


「今年のゴールデンウイークはうちで賑やかに過ごすか?」

「そうねぇユリの体を考えたら仕方ないわね。」

「ユリは旅行を楽しみにしてるんだ。うちの沖縄の別荘ならDrヘリも来れる

 今回を逃したらもう後がないんだ。ユリには最後まで楽しい思い出に

 包まれていつも笑顔で過ごして欲しいんだ。ユリの笑顔が俺の幸せなんだ。」

必死に懇願するカケルに父は

「そうだな。今回はカケルの言う通りにしよう。」と同意した。

    

ゴールデンウイークは家族5人でカケルの沖縄の別荘で過ごした。

南国フルーツは食べ放題。料理は専属のコックさんが作ってくれた。

みんなはユリの体調が心配でならないが、気づかれないように一緒に

はしゃぐ振りをする。嬉しいはずのユリの笑顔。

その笑顔がみんなのこころに突き刺さる。

プライベートビーチではしゃぐユリ。足首だけ海につかる。

「カケル!足元にお魚がいる。すごーい!!素敵ね。」

「ユリ!そろそろランチしよう。明日は流しそうめんをするぞ。」

「そうめん流し?私やったことないかも。でもカケルよく、そうめん流し  

 とか知ってるね。昔ウチの親父としたことがある。弟が産まれる前だけど。親父は日本人だから。」


梅雨を迎え湿度の高いジメジメとした6月半ば頃からだった。

少しずつ食が細ってなっていき座っているのが精一杯なユリ。

カケルはそんなユリを傍でみていて痛々しく思うとともに自分の無力さを痛感させられる。


7月に入ってすぐに、カケルは涼助と計画を立てた。

「ユリ、ちょっと涼助と出かけてくるよ。どこに行くかは秘密な。」

時刻は16:40分

「わかった。気を付けていってらっしゃい。」

1時間後カケルと涼助が帰ってくる。

「じゃーん!!ただいま!」

カケルは浴衣姿だった。去年着ていたものと違っていた。

庭には涼助の姿。涼助も浴衣だった。

「どうしたの?」と聞くユリ。カケルは答えた。

「花火大会の前祝。俺さ今年浴衣3着も買ったんだ。だから、

毎回違う浴衣姿の俺が登場するんだ。楽しみだろ。」

「カケル兄と庭用の花火買ってきたんだ!!ユリ姉もしようぜ。」

見ると、花火が詰まったビニール袋を涼助は両手に抱えている。

「うん!!」。

精一杯の笑顔で応える。花火を持つのもやっとな状態だったが

みんな気持ちが嬉しかった。自然と笑顔になる。ユリは最高に幸せだなと思った。

「きれいだね・・・。ありがとう・・・。本当に・・素敵・・・。」

弱弱しい精一杯に発せられたユリの声がみんなの胸を刺す。


笑顔のユリの目から涙が流れた。

花火を終え食卓につこうとする家族。

ユリはカケルを呼び止める。三人は席についたが、

カケルとユリはソファーに座りユリはカケルに寄りかかる。

ユリはさらに、弱弱しく小さな声でカケルに話す。

カケルの頬に手をあてるユリ。


「カケル・・・どうやら・・・私の幸せの瓶は・・・いっぱいみたい。」


家族の視線がユリへとむかう。空気の温度が一気に下がるかのようだった。


「今ね・・・。私の目の前に・・幸せの瓶があるの・・・。

いっぱいどころか・・・・・あふれてる。」


ほほ笑みながら、あたかもユリの目の前にあるかのような瓶をユリは片手で支えているように見えた。


 「ほら・・・瓶の中の・・・カケラたちはね・・・どれも…光っていてね・・・

特に・・・カケルとの・・・時間の幸せの・・・カケラたちは・・・

虹七色にね・・・輝いてるんだよ。

・・・それだけ・・・カケルとの・・・記憶のが・・・どれだけ大切で・・・

特別な・・・宝物の記憶・・・・だったのか・・・

カケラを・・・みたらわかるの・・・。

カケル・・・私を・・・お嫁さんに・・・してくれて・・・ありがとう。

こんな素敵な・・・旦那様と・・・巡り合えた・・・。

私は・・・やっぱり・・・世界一の・・・幸せ者だ・・・・。

カケル・・・愛してる・・・。心の・・・そこから・・・愛してるよ・・・。

これからは・・・カケルも・・・たくさん・・・幸せが・・・待ってるから・・・。

カケルは・・・ちゃんと・・・幸せに・・・なるんだよ・・・。

約束だからね・・・。」


ユリの言葉にみんなはただただ、涙がとまらなかった。

そう言ってユリは笑顔のまま息をひきとった。

ユリ19歳の7月18日の夏の始め。


ユリの死後一か月が経った。

カケルはまだユリの死を受け入れられずにいた。

毎日ユリの遺影の前で遠くを見つめていた。

そんなカケルに父は言った。

「ユリの遺品の整理をしよう」と

三人は、ユリの部屋に入る。

目を閉じれば今にもユリの声が聞こえてくるかのような時の止まったままの空間。

どこから手をつければいいのか分からないまま三人は思い出に浸っていた。

部屋いっぱいに飾られた写真たち。ユリの制服や洋服の入ったクローゼット。

ベッドに置かれたぬいぐるみ。

小学生から使っていた机。机の上には参考書が並べてあった。

カケルは不意にユリの机の引き出しを開けた。

そこには、ユリからカケルへの手紙が残されていた。

カケルはすぐに取り出し封を開ける。両親ものぞき込む。

中には手紙と花火大会の時の二人の浴衣姿の写真がはいっていた。

写真の中の二人はこんなにも早く別れがくることなんて想像もしていない

屈託のない笑顔で、ピースサインのポーズをとっていた。

写真のうらには


私の一番のお気に入り♡


と書かれていた。

その手紙にはこう書かれていた。文字は少し震えていて、それでも丁寧に綴られていた。便箋にはユリの真っすぐな思いが一文字づつ、ユリらしい優しい筆跡で並んでいた。


「……ユリ……」声に出した瞬間、喉が詰まって次の声が出てこない。


===============================================


 親愛なる私の愛するカケル様へ♡


カケルがこれを読んでいる頃には私は天国にいるんだね。


どうしても、カケルには伝えたくて手紙を残すことにしました。


初めての出会いカケルの第一印象は最悪だったなぁ。


なんて失礼な人なんだって思ったの。


でも、カケルは自分を守るために自分自身を偽っているのを知った時に


カケルの居場所になってあげたいって思ったんだ。


そして本当のカケルを知るたびに惹かれていった。


人を初めて愛して、愛おしいっていう感情をしったの。


本当は私知ってたよ。自分に残された時間が少ないこと。


初めてパパとママとカケルが病室に来た時に悟ったの。


でもね、不思議と不安や恐怖なんて感じなかった。


カケルといるだけで毎日が幸せでキラキラしていたから。


だからね、カケルはカケルのままでいいんだよ。


何かを背負って無理に感情を殺して生きていって欲しくない。


私を最高に幸せにしてくれたんだもの。カケルには人を幸せにする力があるんだから。


自分を信じて進めば必ず、本音で話せる人に出会えるから。


カケルの代わりなんていない。とても素敵な唯一無二の人なんだから。

あと、夏の約束1回しか守れなくてごめんなさい。


でも、プロポーズ感動したなぁ。実現出来なかったのは残念だけど。


私を愛してくれて幸せいっぱいくれて、ありがとう。


私がいなくてもウチはカケルの家だからね。


パパもママも涼助だって本当の家族だって思ってるんだから、


楽しいことや逆につらい時や心が苦しくなった時は


遠慮なくパパやママや涼助に話をしてね。


カケルに会えるだけで、きっと喜ぶから。


カケルの幸せの瓶の記憶のカケラ。私と過ごした時間が虹七色だとうれしいな。


最後にカケルへのお願いがあります。


カケルの幸せの瓶にカケラが少しずつ貯まるようにするために・・・。


早く私のことを忘れて、素敵な人と幸せになってください。


カケルの結婚式にはパパとママと涼助も招待してあげてね。


カケルの笑顔がカケルの幸せが私の幸せと願いだから。


私の一生分の約束だよ。必ず守ってね。天国から見守ってるからね。


生涯で唯一愛した人なんだから・・・♡ 自信もって前進してね。

    

愛をこめて最初で最後のラブレター             ユリより

           


===============================================



カケルは手紙を読みながら涙があふれ文字が霞む。

「忘れられるはずないだろ!何、勝手なお願いしてんだ!

こんな約束守れるか!!」涙声が部屋中に響く。

「カケル、カケルは私の本当の息子だと思ってるよ。だからこそ、ユリの言う通り

カケルには幸せになってほしい。ユリの願いを叶えてやってくれ。」

ママは優しくカケルを抱きしめる。

カケルはまだ黙ったままうずくまっている。ユリとの写真を胸に抱いて。

「カケル、あなたがいたから、あの子は笑っていられたのよ。あなたがいたからこそ最後まで“幸せ者だ”って思えたのよ。ありがとう。カケル。」

父も涙をこらえながら頷いた。

「どうか……ユリの分まで、生きて欲しい。ユリが願った未来を背負って欲しいんだ」

カケルは顔を上げ、涙に濡れた瞳で二人を見つめた。そして、震える声で、でも強い意志を込めて言った。

「……俺はユリを一生忘れない。ユリが残した思いを抱いて生きていくよ。ユリ……。」




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心が温かくなる作品です 主人公のおばあちゃんの死の間際の言葉に実感が籠もっていて、幸せをたくさん感じて生きてきたことが伝わります 主人公とカケルのピュアな心の交流は、生きていく上で大切なことを教えてく…
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