百円玉と、消えた出席番号
財布にあの百円玉を見つけた瞬間、私は椅子に腰を落とし、泣きそうになった。
長く忘れていた名前が、胸の奥で泡のように浮かび上がってきたから。
——ユウト。
最後の出席番号。33番。あの年だけ、ひとり増えた不思議な少年。
転入の記録も、保護者の情報も、成績も、卒業写真にも彼はいなかった。
でも、私は確かに教えていた。
朝の会で挨拶し、給食を配り、図工の時間にはふたりで絵を描いた。
ある日、彼はポケットから百円玉を取り出して、言ったのだ。
「これ、先生にあげる。ぼくがいなくなっても、さがしてくれるようにって」
子どもの言葉としてはあまりに変だった。
私は笑って受け取ったが、次の週には彼の姿はなかった。
それから40年。
教職も辞し、記憶の断片も風化しはじめた頃、
あの百円玉が、別の誰かの手を通じて私のもとに戻ってきた。
コインの裏には、あのときと同じ言葉。
「ぼくをさがして」
そう。
あれは彼からの最後の宿題だったのだ。
名前も、存在も消されたユウトの——。
私は立ち上がる。
まだ遅くない。
まだ誰かが、彼のことを思い出すことができるなら——。