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苦手な方はご注意ください。

罪滅ぼしの千年聖女

作者: 里見 知美

久しぶりの投稿です。

しばらく休んでいましたが、ぼちぼち再開します。

6月20日:少々現代用語の言葉尻を変えましたが、内容は変わりません。

 その昔。


 わたしは聖女を陥れた偽聖女として裁かれた。


 冤罪でも何でもなく、確かに聖女を陥れた悪女だった。


 しかもそれを悪いとは思っていない、罪深い女だった。


 その時代の王太子や高位貴族の子息をたぶらかし、聖女を偽聖女として断罪した。


 チヤホヤされる、その地位が欲しかったから。


 そしてその後、神罰なのか、国が荒れて、わたしのついた嘘がバレて死刑になった。


 神の寵愛する聖女を陥れたということで、死後、天界と人間界の狭間で神にも裁かれた。


「我が聖女を断罪し、国を滅亡に追い込んだ其方の罪は重い。百年の罪滅ぼしを言い渡す」


 と言われた事に対して、しれっとわたしは文句を言った。


「聖女一人如きで滅ぶような国のあり方にも問題があるのでは?」と。


 口の減らない女であった。そして罪滅ぼしが千年になった。





 ♢ ♢ ♢ ♢





 生まれ変わったわたしは、貧乏男爵家の一人娘である聖女、に付けられた下女だった。


 いつ誰が雇ったのか、誰も気がつかないうちに、わたしは下女としてそこにいた。


 そして誰一人としてそれに疑問を持つことはなく、わたしはいても居ないような、そんな存在だった。




 幸いにして人間に生まれ変わった事に関して、神は人間の魂は人間にしかならないと宣った。


「……へえ」


 つまりそれは、教会が嘘をついている事に他ならない。


 だって教会は、悪いことをすれば虫ケラに生まれ変わったり、魔族に生まれ変わると宣教していたからだ。


 わたしが処刑された時も「地獄に落ちるべき魂」だと言われたが、罰とはいえ地獄に落ちず、現世に蘇ってきた。


 不老不死となって。


 神は、神の意志と教会は無関係だといった。


 俗世に呑まれ、権力と金の亡者と化した、汚れた魂に神は語れないとまで言った。


 どうやら神として、信仰心は大して重要じゃないらしい。


 まあ、言うなれば教会の神父たちが、どんな神を信仰しているのかもわからないようだけど。


 ()()()が大切なのは聖女のみ。聖女のみが神を代弁し、世の中を整えていくーー神が望んだように。


 聖女は、別に魔法が使えるわけでもなく、そこにいるだけで国が富むというわけでもなかった。


 ただ、神の意思を代弁する、神に愛された存在というだけだった。


 はて。


 神は、それを聞き入れるのも、人間だということを忘れているのだろうか。


 教会の人間が神の声を聞けない、信仰心のない人間だったとしたら、聖女は誰に向かって神の言葉を届けるのか。誰が聖女の言葉を信じて動くのか。教会は、聖女の言い分を信じるのか。


 わたしの口からまたしても反発の意見が飛び出しそうになったが、ぐっとそれを飲み込んだ。


 下手に口答えをして、万年の罪滅ぼしとか貰うのはごめんだから。





 ♢ ♢ ♢ ♢





 生まれ変わったわたしは、15歳の生前の姿のまま。赤毛でやせっぽっちの、死刑直前の貫頭衣で。


 罪滅ぼしが終わるまで、わたしは不老不死なのだそうだ。怪我をしてもすぐに治るし、餓えて死ぬこともない。とはいえ、腹は減るし、皮膚が裂ければ血も出るし、痛覚だってある。寝不足にもなれば、疲労も蓄積される。ただ怪我は目が覚めれば治っているし、折れた骨も即日元通りである。


 だけど、そんなことに気づく人間はいない。


 存在感が無さ過ぎて、わたしがそこにいることすら、滅多に認識されないのだから。


 人として生きることはできず、人と関わりあい生きていく。それが一つ目の罰である。


 千年の間、聖女となる少女に影のように寄り添い、聖女の補佐をするというのが二つ目の罰。


 それが仕事であるらしい。聖女の補佐ってなんだと思わないこともない。祈るのか?人助けか?


 わたしに授けられた能力は不老不死以外、何もないというのに。


 聖女は、天真爛漫で博愛主義の、全く人間らしくない掴みどころのない少女であった。


「神様は、誰にも愛を分け与えよと言いました。ですからあなた方にも愛を分け与えましょう」


 そういわれたスラムの少年たちは何を思ったか。


 聖女はそのまま襲われて、金色の髪の毛は売り物になるからといってむしり取られ、着ている物も全て剥がされ、無惨な死体が転がった。


 気がつくと、次なる聖女がわたしの目の前にいた。


 前回の聖女と同じように、天真爛漫で愛らしく、汚点の一つもない少女が、貴族子息たちの前でにこやかに微笑んだ。


「わたしは神を代弁するもの。皆さんにも主の愛を届けたいのです」


 当然、聖女の愛の取り合いになった。


「俺には君が必要なんだ!今すぐ俺のものになってくれなければ、ここで命を断つ!」


 そういわれて全てを差し出した聖女に、年齢に関係なくどれだけの男が同じことを繰り返したか。


 純粋無垢な聖女は、人々の嘘を信じ、人を疑わず、そして簡単に死んでいった。


「誰にも良心はあるものよ。そんなことするはずがないわ!」


 何度生まれ変わっても、愛らしく美しい容姿の聖女を妬む視線は多い。


 毎回毎回、貧乏男爵家なんてとこに生まれてきたのも良くなかった。


 神は、男爵家に何らこだわりでもあるのだろうか。


 なんなら公爵家とか王女くらいの立場ならよかったのに。誰かが聖女をいらぬ火種から守ったであろうに。


 わたしは、ただの下女だから。毎回速攻で命の灯火を吹き消していく聖女を、只々見守った。


 より爵位の高いとこの令嬢たちは、たかが男爵家のくせにと権力を振り翳し、いじめ抜いた。


 そう、ちょうど昔のわたしのように。


 貴族の令息たちから見れば、手に入れやすい下位貴族の令嬢だ。


 手を替え品を替え、聖女に媚を売る。


 有象無象の輩が聖女に、蜜に群がる虫のように群がってくる。


 流石に死にすぎる聖女に向かって「ちょっとは学べ」「気をつけろ」と何度も口を酸っぱくして言った。


 人とは嘘をつく生き物である。何度騙されても、何度殺されても、聖女様は笑って許し続けた。


 数十回と命を落とした後で、ちょっとこの聖女って頭おかしいんじゃないの?と呆れた。


 前回の記憶がないからしょうがないのかもしれないけど、それにしたって無防備すぎるし頭が悪い。貧乏とはいえ男爵家、両親健在で家庭教師もいれば、メイドも普通にいた。親は一体何をしているのか。自分の娘が、何もかもを曝け出しニコニコ殺されていくのをよしとするのか。生憎、聖女が死んだ後の家族の様子をわたしは知らない。死んだのを確認した直後、次の聖女に侍っているので。


 聖女は男に騙されて死に、教会に絡め取られて死に、権力争いに巻き込まれて死に、嫉妬した令嬢たちに小突かれて、階段から落ちて死に、池に落とされて死に、とにかく16歳になる前にコロコロとあっけなく死んでいった。


 その度に、聖女を殺した少年少女、関係する大人たちも、当然の如く同時に神罰を受けて死んでいった。


 その人間たちが、わたしのように罪滅ぼしの不老不死として蘇っているかは不明であるが。もしそうなら、この世は不老不死の人間だらけで、それを渇望する賢者の必要もなさそうだけど。


 自衛のできない学ばない女、そして当たり前の様に周りも巻き込んで死んでいく、それが聖女だった。


 傍迷惑としか言いようがない。聖女という名を掲げて、実は不幸を撒き散らす地雷女ではないだろうか。


 そしてその度に次の聖女がひょこりとキノコのように現れて、わたしはいつの間にかお付きの下女になっている。あまりのローテーションの速さに理解がついていかない。


 わたしに何か卓越した能力があれば、聖女を守る盾になり矛になりと言ったところだが、あいにくわたしは、ただの不老不死の下女である。


 誰から見ても、ーーというか認識されていないがーーただの下女であり、たまに聖女からお使いを頼まれたり、命令される以外は誰からも必要とされなかった。そこにいることさえ気づかれていなかった。


 わたしが16歳の聖女を陥れて断罪したせいで、魂に傷がつき16歳以上生きられないのだと神が嘆いた。


 何度も生死を繰り返しながら修復しているのだとも。だから、わたしの罪は誰よりも根深いのだとも。


 あんな純真無垢(お花畑)で良く16歳まで生き延びたな、というのが本心だが、神には告げていない。


 聖女に不死の身体を与えるか、わたしにちょっと特殊能力を与えて守るように命令すればいいのに、とも思ったが、神はわたしを信用していないので、ちょっと力をつけると、また聖女を傷つけるかもしれないと思っているのかもしれない。


 毎回あっさりと事切れていく聖女に、イラついているのは確かである。


「だからいい加減、学べよ」と言いたくなる。


 何度となく繰り返される歴史に、わたしの中に神に対してある種の疑念が生まれた。


 わざと空気の読めない聖女を放逐し争いを起こし、この世界に混沌を持ち込んでいるのではないか、とか。


 聖女の立場を高位貴族や王族にしないのは、男性陣(他の男)に守られる聖女を見たくないからなのではないか、とか。


 聖女の魂が俗世に塗れて穢れる前に回収しているのではないか、とか。


 何度も進化のない聖女が生まれ変わり、年月が百年単位で経とうと、今の世界がわたしが生きていた時代から変わりなく、停滞して進化がないのも関係があるのではないか、とか。


 色々疑った結論からして、神が好きなのは純粋無垢な聖女の魂であって、人を疑い腹黒く生きるのは聖女ではないのだということだ。


 聖女は赤子のように、茹でたての殻を剥いた卵のように、つるりとしていなければダメなのだ。





 ♢ ♢ ♢ ♢





 何百年経とうと、わたしのやることは変わらない。


 聖女が騙されないように、近寄るものを排除するとか、そんな護衛だとか暗殺者のような仕事はしない。


 しょうがないじゃない?わたしはただの下女なんだから。神に下された罰は聖女の補佐、ただそれだけ。


「そこのあなた、湯を沸かして」と言われたら湯を沸かし、「尻を拭いて」と言われれば尻を拭く、それが仕事である。


 聖女だって人間だ。


 抜け毛もあれば、糞尿だって普通に出す。それを片付けるのもわたしの仕事だし、好き嫌いのある聖女が、食い散らかした食事の後を片付けるのもわたしの仕事である。男爵家で甘やかされ、なんでも許され溺愛されている聖女は、正直マナーがなっていない。


 そして馬鹿の一つ覚えの様に、神の愛を説いては死んでいく。


 そんなこんなで、数百年。


 影のように聖女の後ろで下女をしていたわたし。誰からも目を向けられないというのは、案外気楽だった。


 だってわたし、姿形が全然変わらない。髪も伸びなければ爪も伸びない。普通なら怪しまれるだろう。たったの、とはいえ、十六年近く聖女に侍っているのに見た目が全く変わらないなんて。普通に考えておかしい。


 最初は自己承認欲求がむくむくと湧き上がっていたけれど、声を高らかにしようとすると息が詰まり、声が出なくなったので、神に規制をかけられているのだと諦めた。



 ある日、聖女が馬車から足を踏み外し、頭から落っこちて脳震盪を起こし、一週間ほど寝込む事件があった。雨に濡れた足場が滑ったようで、誰かが細工したというわけではなく、ただの事故だった。


 わたしはまたか、くだらない事で死にやがってとため息をついたものの、奇跡的に聖女は息を吹き返した。


 と思ったら、性格が変わっていた。


 というか、聖女ではなくなっていた。


 様子見をしていると、どうやら頭を打った衝撃でその辺にいた浮遊霊が聖女の体を乗っ取ったようだ。聖女の周りにはこういった浮遊霊が多くいる。きっと慈愛を求めて寄ってくるのに違いない。


 あるいは、浮遊霊をかわいそうに思った聖女が、体を明け渡したのかもしれない。


 あの無垢な魂ならあり得そうである。


「ねえ、あんた。いつもアタシの背後霊のようにくっついてるけど、何なの?」


 浮遊霊は口の悪い女のようである。


「下女ですが、何か」


 聖女になりかわった浮遊霊曰く、この世界は何かの物語の世界で、自分はヒロインではないかと思っているらしい。


「だって、アタシめっちゃ可愛いし、男爵家の令嬢でしょ?定番では男爵家の養女あたりなんだけど、まあこういうのもありなのかなぁ」


 まあ、聖女なのである意味目立った存在(ヒロイン)であることは変わりはないだろう。すぐ死ぬけどね。


「にしても貧乏よねぇ、この家って。ここはアタシの前世の記憶チートでマヨネーズとか醤油とか作ったほうがいいのかなぁ?こういうこともあろうかと、しっかりそういうのは勉強してきたんだよね、あたし!なんかご飯とか美味しそうじゃないし、トイレもいまだにツボかぁ!早いとこせめてボットン、できれば上下水道作って水洗にしないと!」


 言ってることが全く理解できないんだけど、浮遊霊はこの世界の霊魂じゃないようだ。


「その体で悪さをすると神に怒られますよ?」


 と一言だけ添えさせてもらった。


 神様、乗っ取り事件ですよー。いいんですかー?


 通常であれば、どこかで聖女が生まれれば、気がつくとわたしはお付きの下女になっているのだけれど、待てども待てども、わたしのからだはこの成り代わり聖女の後ろにいた。


 となれば、わたしの仕事はこの聖女の後ろで下女として仕えるばかりである。


 この成り代わり聖女は、どこぞの記憶に則って好き勝手をし始めた。


 女性の穢れともいわれる月の物があるときは、この世界の女性は部屋に隔離され、大量の布を股に挟み、刺繍などをしてじっと過ぎるのを待つ。たまにわたしに「拭いて」と頼む聖女も過去にはいた。大抵は湯浴みの際に侍女にきれいにしてもらうらしいが。


 この時ぞとばかり蜂蜜入りミルクを欲しがる時代もあった。ハチミツは大変高価で男爵家には置いていないため、わたしが森の蜂の巣を探しにいくのが定番だったこともある。


 どうしても外出しなければならない時は、布を捻ったものを穴に突っ込んで落ちてこないようにすり足で歩く。


 それも頻繁に取っ替えなければドレスが惨事になるので、使い捨ての布も大量に持ち歩くのが常なのだが、この聖女様はナプキンとかいうものを開発した。


「恥ずかしいし、衛生上全く良くないでしょうが!」


 それに伴って腰巻とアンダーパンツという女性専用のものも作り出し、それが女性の間で大ヒットを呼んだ。


 使用済みのものを洗うのはわたしなんだけど、大量の布を持って歩いたり、燃やしたりする手間は省けて楽になった。


 わたしは千年不老不死の体を得ているので、月のものとは無縁だから関係ないとはいえ、へー便利なものだなと感心した。


 成り代わり聖女が金儲けを考え始めたことで、貧乏男爵家はちょっと貧乏から脱出した。男爵は大喜びである。


 今までが今までだっただけに、この成り代わり聖女は人間らしくて、ちょっとだけ好感が持てた。


 わたしの仕事が減るし、と思ったのも束の間。


 金を稼ぎ始めた成り代わり聖女は、調子に乗って下女であるわたしに「ヘチマを探して」とか「コメを見つけてきて」とか訳のわからない命令をするようになった。


 ヘチマ?コメとはなんぞや。


 そして、それからというもの、わたしの生活は激変した。


 何かしら思いつく度に、成り代わり聖女はわたしに丸投げするのだ。マヨなんとかを作るからこういう道具が欲しいと絵を書いてみせる。最初はそれがどういう意味なのかわからず首を傾げていたが、どうやらわたしに用意しろと言っていたらしい。


 いや、無理。わたしただの下女なんだけど。


 と言っているのに、成り代わり聖女は「気が利かないわねっ」とゲシゲシ足蹴にして「行ってこい!」と追い立てる始末。口だけでなく、足ぐせも手ぐせも悪い女だった。


 わたし、あんた以外に認識されてないんですがね。


 仕方なくこっそり旦那様の執務室に入り、その道具の絵を置き、「お嬢様がこれが欲しいそうです」とメモを添えた。


 当然旦那様は、成り代わり聖女に「これが欲しいというのは本当か?」「何をする道具だ?」と伺いを立てるため、後でわたしが殴られる。


「お父様にバレたら、あたしの収入が減るでしょうが!」


 確かに男爵は、成り代わり聖女が金を稼ぎ始めたあたりから、守銭奴の様に目が血走っているのは否めないけど。男爵のお金(元はと言えば聖女の稼ぎだけど)を使って作るのに、バレないわけないでしょうが!


 それ以外にも、馬車のサスペンションがなんとか、人をダメにする座椅子を作るだの、スライム?の素材はないかだの。


 スライムってなんですか。人をダメにする座椅子って、聖女がそれ作ってもいいんですか?


「えっ、この世界魔物がいないの!?魔導具はあるのに!?」


 マモノってなんですかね。置物の一種ですか。敷物の一種ですか。


 え?魔力を持った動物?オーク?それは木では?


 はぁ、ゴブリンって妖精のことですか。緑色の小人?


 まあ、童話でそんなのがいたような気がしますが。


 幸せを運んでくるんじゃありませんでした?違う?そうですか。


 全く、付き添うわたしの身にもなってほしい。一緒になってあちこち走り回っているというのに、疲れたから足を揉んでだの、森の中で風呂を沸かしてだの無茶をいう。


 そうして何年かたって、成り代わり聖女はローションポーションとかいうものを売りに出し、花びらの入った石鹸を作り出し、カレーライスとかオムライスとかいうもので食改革を起こし、特許だとか何とか色々やらかして一世を風靡した。


 もちろん調合したのも、作ったのも、材料を集めたのもわたしですが。下女の仕事じゃないんだけど?


 その頃になると、貧乏男爵家は左うちわになり、気がつくと伯爵に陞爵していたのである。


 聖女は15歳になっていた。


 そしてわたしは、クビになった。


「え?」


「うち、もう伯爵だし、アタシのおかげでお金持ちなのよ。いつまでも小汚い下女を侍らせていても対外的に良くないし、下女より侍女が必要だし、アタシこれから学園に通うの。貴公子がいっぱいいるのよ。なんかあんた、誰が雇ったのか誰も知らないって言うし、今まで使い勝手が良かったから使ってあげたけど。っていうか、見た目が全然変わらないあんた、不気味でしかないんだけど。もしかして魔族とか?種族が違うんじゃないの?何なの一体?」


 何なのって言われてもね。あなたの神に聞いてくださいよ。


 まあ不老不死だから、人間とは言い難いというのもあるんだけど。わたしは肩をすくめるしかなかった。





 ♢ ♢ ♢ ♢





 成り代わり聖女からお役御免を食らい、わたしは放逐された。


 まだ千年経ってないし、どうしようかなと考えていたところで、聖女の元の魂はどこへ行ったのだろうかと、ふと考えて探す事にした。


 聖女が生まれ変わっていればわたしは自然と聖女の下女になるはずだ。でもそれがない、ということは聖女はまだ生まれ変わっていないはずである。


 聖女の体は浮遊霊に乗っ取られたままなので、どこかでふらふら彷徨っているのではないだろうか。


 世話の焼ける聖女である。


 とはいえ、わたしはただの下女で魂を見るような目もない。


「神様ー、どうするんですー?」


 と呼びかけてみても返事はない。


 とりあえず放浪の旅に出る事にした。わたしは何があっても死なないし、歳も取らないので一所に長居は出来ずとも、案外気楽だった。


 いく先々で、下女の仕事を必要としている人を探し、影のように張り付いて聖女(の魂)かどうかを確認する。博愛主義の純粋培養された人間はそうそういないから、そばにいればすぐわかるはず。


 当然聖女じゃない人に、わたしは認識されないのだけれど、仕えようと背後霊のようにそばにいると認識されるようだ。気が付いたらそこにいるわたしに「これお願い」と頼んでくる。


 最初はこの人かな、と期待をするが、普通の人間らしくちょっと嘘をついたり、聖女らしくない行動をすることがあって、ああ、この人も聖女じゃないと気がつく。


 聖女じゃなければ意味はないので、また旅に出る。


 国を出て転々とそんなことを続けていくうちに、成り代わり聖女のいた国が滅びたと噂に聞いた。


 何が起こったのかと耳をすませば、傾国の悪女が現れたらしい。


 おや、どこかで聞いた覚えが。


 何でも、最初は国を豊かにする食や技術を提供し続けていた男爵令嬢だが、あれよという間に王太子妃になり、その手を隣国にまで広げようとした。


 というところで、それが成り代わりの聖女だと気がつく。あちゃあ。


 今までに見たこともない強力な魔導具や武器を作り出し、意気揚々と東の隣国と戦争を起こしたのだが、隣国の魔導師の方が遥かに力強く、しっぺ返しを喰らった。なんでも隣国には魔物がおり、魔法や魔道具が盛んなのだとか。


 そんな国に喧嘩を打ったところで、ポッと出の魔導具や武器だけで勝てるわけもなかったようだ。


 「へえ。マモノ……」


 敷物でも置物でもなかったわけだ。魔力を持った生き物。スライムとかゴブリンとか、オークとか言ってたやつより、もっと恐ろしいマモノがいるらしい。


 成り代わり聖女を含む王族は全員死刑になり、貴族は全員貴族籍を取り上げられ、奴隷落ちになり属国へと成り下がったらしい。


 幸い平民にとっては頭がすげ替わっただけで、あまり影響はないらしい。


 なるほど。せっかく浮遊霊から人間になって、十六年以上生きられたのに。命を無駄にしたのね。


 聖女が生まれ変われば、わたしは下女として呼ばれるだろうし、もうしばらく旅を続けてみようかと思考を巡らせた。


「ようやく、また聖女に仕えることができるわね」


 ほんの少し、ほっとしている自分に気がついた。あの純真さに中てられたのかしら。





 ♢ ♢ ♢ ♢





 その頃、天界でも一波乱あった。


 例の神の、聖女だけに捧げる寵愛が、他の神の間で問題視されたのである。


 教会からの信仰を得ず、聖女だけに神託を与え続けた結果。ある時を境に馬鹿の一つ覚えのように善行を繰り返していた聖女が、神に対して疑いの目を向けたのが始まりだった。


 神を信仰する教会の司祭様も教皇も、誰一人として聖女の神の声を聞かず、自分一人だけが信じている信仰に孤独を感じた聖女は、常に自分に従う下女を見た。


 この下女は、聖女を苦しめた罪深い者で、その罪を償うために千年という時をそばに侍っているのだ、と神はいった。


 罪を憎み、人を憎まずといったのは神ではなかったのか。誰からも労られることのない下女を、聖女は哀れに思った。


 そして馬車から落っこちて頭を打った際に、浮遊していた霊魂に体を譲り渡し、下女の近くに侍る事にした。そのため天界に魂が戻ることもなく。


 残念ながら下女は聖女の魂を見ることはできず、今までのように聖女の下女として、自分ではない聖女に甲斐甲斐しく世話を焼く。


 浮遊霊の乗り移った聖女は、下女に感謝をすることもなく顎で使い、金儲けを始めた聖女に誰もが媚を売り始めたのを見て、なんと下世話な、と聖女は落胆した。


 ところが誰しもそれを喜び、全く神託を下さなくなった聖女に対し、誰も何も不満をこぼすことがなかった。両親は、財産が増えるにつれ質素な生活をやめ、金細工を身につけ始め、宝石を買い漁った。浮遊霊の乗り移った聖女は、周囲にいる男性に媚を売り、貢がせ、伯爵になったことで下位の貴族の令嬢たちを馬鹿にし始めた。いうことを聞かなければ商品は売らないと豪語するようになったのである。


 挙げ句の果てに、あんなに世話になった下女を足蹴にして、放逐した。


 下女は彷徨いながらも、善行を重ねる少女たちの間を渡り歩きながらも聖女(じぶん)を探している。何年も何年も国を渡り、人から人へと移動する下女を見て涙した。


 彼女こそ聖女にふさわしいではないか。この少女の魂は神の一方的な罰によってがんじがらめにされ、身動きが取れず、その善行も誰からも認められず、悠久の時を彷徨っているのだ。


 聖女の気持ちは下女に対する同情から、神に対する怒りに変わった。


 神の愛は一人のものだけではなく、誰にも分け与えられるべきものではないのか。


 そうして聖女は八百万(やおよろず)の神々に訴えかけた。神の愛は不公平なものなのか、たった一人の少女を千年に渡り罰を与えるのが、神のすることなのかと。


 自分が譲った体を使った浮遊霊が、気の向くままに開発した技巧や技術を使い、国に混乱を呼んだこと、あるいは急ぎすぎた改革を施し、隣国に戦争を仕掛け国を滅ぼしたが、その罪は誰にあるのか。


 体を譲り渡した自分にも罪があるのではないか。そのような浮遊霊を、野に放ったのは誰なのか。もしもそれが運命だったのだというのであれば、下女の犯した罪も運命だったのではないか。


 それなのに千年もの時を、神の怒りに触れたとはいえ、この世界に縛り付けるのは、神の教えに反するのではないか。


 聖女のいない世界を彷徨う下女に、救いはないのか。


 そして。


 世界の神々に一神の聖女への執着がバレた。


 それに伴い、人間界と神界の狭間で神の力を行使し、運命に干渉して輪廻の輪を乱し、同じ聖女の魂を休ませることなく何度も転生させ、その輪の中に下女を縛りつけた下賤な行動もバレた。


 他の神々の怒りを買ったその神は堕落した神として、身分を剥奪され下界に落とされた。当然神の力も記憶も持っておらず、命は森羅万象の真理に則り、当然有限である。


 (カルマ)を持って下界に落とされた神は、魂の浄化を目的として千年の時の転生を繰り返すこととなったのである。執着したものを手に入れることはできない、という縛りを持って。





 ♢ ♢ ♢ ♢





 そんな事を知らない下女は、聖女を求めて世界を旅して続けた。


 聖女を探しながら下女の仕事を続けていくうちに、下女は「巡礼の聖女」と噂をされるようになった。


 善行を重ねていれば、神の遣いの少女がどこからともなく現れ、正しい道に導いてくれる、などと尤もらしい噂が立つ。そんなことを言われるたびに「わたしは罪滅ぼしの下女なので」というものの、ふと気がつくとそこにいる神の遣いと思われているようだった。


 ある日、下女は一人の赤ん坊を森の中で見つけた。捨てられたのか、人攫いにあったのか。


 下女は赤子をひろい、世話を焼くことにした。なんとなく、聖女だったらきっと同じことをしたに違いないと考えた。


 流れ着いた街で、下女は下女の仕事をしながら赤子を育て、いつしか街に居着いてしまった。


 下女の仕事をした男爵家の女主人が下女を正式に雇い、部屋を与え、赤子ももちろんそこで育てる事になった。


 赤子はすくすく育ち、その家の子供たちの乳姉妹となった。


 下女は相変わらず、下女の仕事を続けてきたが、ふと気がつくと髪が伸び、爪が伸び、ふっくらと体つきが変わってきた。


 不老不死になって以来初めてのことである。


 驚き戸惑いながらも、下女は自分の時が動き始めた事を悟った。


「そうか…。千年経ったんだ」


 下女の罪滅ぼしは終わったのだ。


「お母さん」


 赤子だった子供は16歳になっていた。聖女の面影を少しだけ残した子供だ。


 ああ、やはりこの方は聖女の魂を持って生まれてきたのだ、と下女は理解した。


「聖女様、いつぞやは本当に申し訳ありませんでした」


 ずっとずっと千年も昔のことを、下女は頭を下げて謝罪した。


 子供はキョトンとして首を傾げた。覚えているわけもない、ただの子供だ。自分の持てる全てを教え、純真無垢な赤子のままではなくなった聖女は、子どもらしく人間らしい女の子に育った。


 だけれど、下女は確信している。下女は初めて許されたのだと涙を流した。


 それからも、下女は変わらず下女として働き、育てた子供が二十歳になり商家の男と結婚するまで、男爵家の下女として働いた。


 子供が結婚して子供を産み、その子らが大きくなった頃、歳をとった下女は「旅に出ます」と手紙を残し、ふらりと姿を消した。


 以来彼女の姿を見たものはなく、「巡礼の聖女」の噂は、いつしか「罪滅ぼしの千年聖女」と呼ばれるようになり、善行を繰り返していればきっと聖女が現れて正しい道へと導いて下さる、と信じられるようになった。



 完



読んでいただきありがとうございました。

誤字というのは湧いて出てくる物なんでしょうかね。誤字報告ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
元神、肉体的処女フェチならぬ、スピチュアル処女厨ですね こう、キラキラとして無垢な魂をいつまでも愛でたいけど穢れなくは輝きを魅せぬので、地上の猿どもに神の愛()を説いて穢させ 聖女が死んだらちゃんとき…
クソ神にバチが当たってニッコリ
え~と・・・下女が『チート』という言葉を使うのに違和感しかない。
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