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おまけ視点違い

―カシアン視点―


 戦が終わった夜、王都は熱に浮かされていた。


 民は歌い、笑い、酒を酌み交わし、王は玉座の上からその光景を見下ろしている。


 そして、自分は――王の傍に立つ、ただの影。


「……勝った、か」


 誰にも聞こえぬ声で呟く。

 この国は勝ったのだ。

 だが、彼女は傷ついたまま、帰ってきた。


 エリーゼ・レオノール・セリシア。

 先王の娘。王家の末姫。

 そして、己が初めて「言葉を飲んだ」少女。


 


 ――あの時、止めなければよかったのかもしれない。


 十八歳の春。彼女が国を出ると知ったとき、迷いはなかった。

 政略結婚。それは王族として当然の務め。

 ただ、ほんの少し。

 もう一度だけ、名前を呼べばよかった。


「エリーゼ」


 それだけで、何が変わったのだろう。

 結局、自分は冷徹で無能な傍観者に過ぎなかった。

 彼女がどれほどの歳月を、異国でどんな顔をして過ごしていたか。

 それを知っている者など、誰一人いない。


 だが、彼女が帰ってきたと聞いた時、自分の中で何かが崩れた。

 冷静を装いながら、最初にしたのは兵を動かして屋敷の警護を強化することだった。

 あの国が再び牙を剥けば、真っ先に狙われるのは彼女だとわかっていたから。


「お加減がよろしくないのですか?」


 再会の言葉が、まるで間抜けだったと自嘲する。


 『げっ』と呟いた姫君の顔は、何も変わっていなかった。

 そしてその顔を見た瞬間、自分の中にあった鎧は音もなく崩れ落ちた。


「……私は、あなたを迎えに来ました」


 その言葉は誰にも聞かれないように、胸の奥で繰り返していた。


 


***


 


 玉座の前で、王が自分の功績を讃える。

 戦を終わらせたのは陛下の意志。自分はそれに従ったに過ぎない。


 だが、この場は利用する。


 この国で最も公的な場で、誰も否定できない形で――彼女を、この腕に。


「エリーゼ様との結婚を、どうかお許しください」


 言い切った瞬間、城内が静まり返る。


 驚く顔。混乱した空気。

 だが構わない。すべて想定の内だ。


 そして視線の先で、驚愕し、震える彼女を見つけた。


 そう、あのときと同じ。

 何も言えずに、ただ立ち尽くしていた十八歳の自分と同じ顔。


 だから、今度こそ言う。


「どうか私と結婚してほしい」


 たとえ、今すぐに答えがもらえなくとも。

 たとえ、彼女がもう一度拒むとしても。


 この言葉だけは、伝えなければならない。


 ――彼女が、誰よりも国に愛され、誰よりも幸福になるその日まで。


 冷徹と呼ばれた男の、本当に欲しかったただ一つの褒賞が、

 ようやくその手の届くところに降ってきたのだった。



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