パスを出し合うA面とB面
中間テストの結果は――まぁ、まずまずだった。
順位は、真ん中よりちょっと下……からの、ちょっと上くらい。
うん、赤点は完全に回避。これはもう、悠斗先生様のおかげっしょ。
今度ちゃんとお礼しないとな。ジュース一生奢りでも足りないかもな。
で、中間テストの後にやってくるのが、例のアレ。
そう――鬼トレーニング。
テストでなまった体を、これでもかってくらい追い込む、地獄の時間。
特に俺みたいなタイプは、テクもセンスも悠斗みたいにあるわけじゃないし、
まわりのやつらと比べても、身長だって高いほうじゃない。
だから、気合いとパワーで押し切る――
……はずだったんだけどさ。
なんか最近、上手く力が入らないんだよなぁ。
理由? ……うん、たぶん「恋」とかいうやつのせいだ。マジで。
で、中間テスト後の、もうひとつの名物イベント。
そう、あれ。
「ねぇねぇ、悠斗くんってもうすぐ誕生日だよね? なにあげたら喜ぶか教えてー」
はい来ました。
毎年恒例、悠斗の誕プレ探し隊からの質問タイム。
女子たちがこぞって、悠斗の“好き”を俺に聞いてくる。
……ったく、みんな“悠斗推し”すぎんだろ。
もしかして、俺が好きな子も、その一人なのか……?って、ちょっと落ち込んだりしてさ。
「うーん、悠斗は物欲そんなないし、部屋もきれいだしなぁ。食べ物とかいいんじゃない? あいつ、チョコレート好きだし」
「チョコか〜! ありがと!」
「あ、でも手作りはダメだぞ。あいつ、けっこう潔癖だから」
「そ、そうなんだ! 気をつけるね!」
――って、おい。俺、今女子に塩贈ってないか?
これ、悠斗の“女難”を助けてるだけなんじゃ……
なんて自虐してたら、ふいに、俺の“好きな子”が近づいてきて。
ドキッとした。いや、そりゃするだろ。
またプレゼントの話か? とか思ったけど――
「私は悠斗くん推しじゃないからね。部活、がんばってね」
……えっ?
今のって、え、つまり……そう言うことで、いいんだよな??
頭が真っ白になったあと、有頂天で部活に向かった俺でした。
たぶん、その日はちょっとだけ、走るスピードが速かった気がする。
A面 健太
「は〜〜今日はマジでハードだったな……!」
体育館の隅っこで大の字になって倒れ込んでる俺の首元に、ひんやりした感触がぴとっ。
「うおっ、冷たっ!? ……って、ドリンクかよ、ありがと〜!」
「熱こもってたからな。首、冷やしたほうがいいと思って」
悠斗はそう言って、隣にしゃがみ込む。
その目はちょっと心配そうで――でも、いつもの落ち着いた顔。
「でもさ、テスト明けの部活って、やっぱ地獄だわ〜」
「健太が一人で地獄にしてるだけだよ。オーバーワークは逆効果だって、何回言ったら覚えるの?」
「いやぁ、それでもやっちゃうんだよなぁ……クセっていうか、もう生き方みたいな?」
そんな俺の足を、いつの間にか悠斗がマッサージでほぐしてくれてる。
「あ〜そこそこ! 最高〜。いやほんと、俺ってさ、持ってる体力全部出し切らないと気が済まないんだよな」
「うん、それ、ずっと前から知ってる。小学校のときからそうだよね。休憩中も一人で走ってたし」
「そそ、それが俺の流儀っすよ」
――そう、流儀。俺の中の。
全力でやっても、悠斗には全然届かなくてさ。
それでも、少しでも近づきたくて、俺はいつだって全速力で走ってきた。
「でもさー……今日はちょっとやりすぎたかも。足、パンパン」
「でしょ。だから言ったのに……次はちゃんとセーブしろよな。怪我したら元も子もないし」
悠斗は呆れたように言うけど、その手つきは優しくて、なんかこう……沁みる。
俺の“全力バカ”に付き合ってくれるのは、昔から悠斗だけだ。
怒りながら心配してくれる、こういうとこ、ズルいよなぁってちょっと思う。
「明日はちょっとだけ手ぇ抜くかも。悠斗にマッサージしてもらえるなら、だけど」
「調子いいな、ほんとに……まぁ、ちゃんと休むならいいけどさ」
そんなふうに笑ってくれるから、俺はまた、走っちゃうんだよな。
帰り道。
夕方の風がちょっとだけ涼しくて、部活帰りの汗がちょうどよく引いていく。
「はい、パピコロ」
公園のベンチに並んで座ると、俺はコンビニで買ってきたパピコロを二つに割って、片方を悠斗に渡した。
「ありがと」
カシュ、て軽い音を立てて、俺たちはそれをくわえる。
何でもない、いつもの“うまい”ってだけの時間。
しばらく黙ってアイスを吸ってたけど――
「そうだ、悠斗。明日、誕生日じゃん」
俺はパピコロの袋をくしゃっと握りながら、わざとらしく言った。
本当は昨日からずっと覚えてたくせに、まるで今思い出したみたいな顔して。
「……ああ、そうだったわ」
悠斗はパピコロをちょっと持ち上げて、先っぽを見つめながら、ゆるく笑った。
「いつもさ、いろんな人に祝われて大変だよなー。教室とかすげぇ空気になるし」
「……まぁな。ありがたいけど、あんまり注目されんの得意じゃないしな」
「そーいうとこ、変わんねぇよな。小学校の頃もさ、“主役は苦手”とか言って、誕生日会やらなかったし」
「覚えてる? あのとき、健太が“じゃあ俺が代わりに主役やる!”って言い出して、みんな混乱してたよな」
「あれな! 俺、全力でクラッカー鳴らしたもん」
悠斗がくすっと笑って、パピコロを一口。
「……でもさ、あのときの誕生日、けっこう楽しかったよ。目立つの苦手だけど、健太と一緒だったから、なんか気が楽で」
「ふふん、だろ? 俺の“全力巻き込み力”は伊達じゃないからな」
パピコロを吸い切って、殻をポイッと袋に突っ込む。
「でさ、今年の誕生日はどうすんの? また“何もしなくていい”とか言う気か?」
「うん。っていうか……何もしない時間が一番落ち着く」
「そっか。でも、なんもしないでパピコロだけは食べてくれよな。これ、誕生日プレゼントってことで」
「え、今?」
「今!」
悠斗はちょっとだけ驚いた顔をしたけど、すぐにいつもの調子で笑って、静かに「ありがとう」って言った。
夕焼けが公園を染めていく。
パピコロはもう食べ終わったけど、ふたりで過ごす時間は、まだ溶けずに残っていた。
公園を出て、帰り道をのんびり歩いている途中。
「なあ、悠斗。実はさ……」
俺は鞄の奥から、くしゃっとなった袋を取り出した。
「ん?」
「誕生日プレゼント、パピコロだけじゃないんだよね〜。本命はこっち!」
そう言って、袋からゴソゴソと取り出したのは――
黒地にシルバーのドリンクボトル。そのストラップには、柴犬の顔にバスケットボールのボディをくっつけた、謎のキャラクターがぶらさがってる。
「……“柴スケット犬”?」
悠斗が目をまるくした。
「そ、ネットで見つけた。完全にお前好みだと思ってさ。あと、これ俺とお揃いだから」
「お、お揃い……?」
「うん。俺のボトル、さっき中に入れてたでしょ、同じやつ。バスケ犬。あ、いや、柴スケット犬な!」
一瞬、悠斗はフリーズした。
そして――
「……うわぁぁ、可愛いぃぃぃ……」
思わず口から漏れた声は、いつもの悠斗からは想像できないほどトーンが高かった。
まるで、ふにゃふにゃしたモード全開。
「あっ……」
ハッとして、慌てて顔を背ける悠斗。
「今の、なし。完全になし」
「いやいやいやいや、聞いたからな俺!“可愛い”言ったよな!? しかも“ぃぃぃ”まで付いてた!」
「……言ってない。幻聴だろ」
「ふっふっふ、これだからお前、可愛いもん好きってバレるのが怖くて家の棚にしか飾れないんだろ〜?」
「うるさいな……」
悠斗は小声で言いながらも、手のひらでそっと“柴スケット犬”を撫でてた。
バレバレなんだよ、もう。
「でも……ありがとな。ほんとに、好き。これ」
「だろ? それ、お前のバスケバッグに絶対似合うと思ったんだよ」
悠斗は柴スケット犬を手のひらにのせて、しばらく見つめてから小さく笑った。
「……ただし、学校では付けない」
「ちぇー。やっぱりか〜」
「でも……」
悠斗はちょっとだけ俺の方を見て、言いにくそうに付け加えた。
「……部活のときだけなら、いい。俺らだけの、ってことで」
「マジで!? やった! 部室で俺とお揃いってことだな!」
「うるさい、あんまり大きな声で言うなって……バレたら終わりだろ」
「はいはい、秘密、秘密〜」
そう言うと、悠斗は苦笑しながらも、ほんの少しだけ耳が赤くなっていた。
バスケバッグのサイドポケットにそっとボトルを入れながら、ぽつりとつぶやいた。
「……ほんと、ありがとな」
俺は「どーいたしまして!」と、ちょっと得意げに笑い返した。
なんか、すっげぇいい誕生日にしてやれた気がした。
夕焼けが、柴スケット犬のシルエットを金色に染めていた。
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B面 悠斗
「は〜〜今日はマジでハードだったな……!」
体育館の隅っこで大の字になって倒れ込んだ健太の首元に、冷えたドリンクをそっと当ててやる。
「うおっ、冷たっ!? ……って、ドリンクかよ、ありがと〜!」
「熱こもってたからな。首、冷やしたほうがいいと思って」
隣にしゃがみ込むと、健太はほんとにくったりしてて、でもなんか楽しそうで。
こういうとこ、昔から全然変わらない。
「でもさ、テスト明けの部活って、やっぱ地獄だわ〜」
「健太が一人で地獄にしてるだけだよ。オーバーワークは逆効果だって、何回言ったら覚えるの?」
本気で心配なんだけど、言っても止まらないのは知ってる。
それでも言いたくなるくらい、俺には大事な人間で。
「いやぁ、それでもやっちゃうんだよなぁ……クセっていうか、もう生き方みたいな?」
ため息をつきながら、健太の足をそっと持ち上げて、慣れた手つきでマッサージする。
勝手に手が動くようになったのは、いつからだったっけ。
「あ〜そこそこ! 最高〜。いやほんと、俺ってさ、持ってる体力全部出し切らないと気が済まないんだよな」
「うん、それ、ずっと前から知ってる。小学校のときからそうだよね。休憩中も一人で走ってたし」
「そそ、それが俺の流儀っすよ」
健太は笑って言うけど、こっちは笑えないんだよ。
毎回ギリギリまで追い込むくせに、何かあったら全部吹っ飛ばしそうで。
けど、その“全力バカ”なとこが――俺は、たぶん、すごく好きなんだと思う。
「でもさー……今日はちょっとやりすぎたかも。足、パンパン」
「でしょ。だから言ったのに……次はちゃんとセーブしろよな。怪我したら元も子もないし」
呆れたふりしてるけど、本当は内心ヒヤヒヤしてる。
手に伝わる筋肉の張りを確認しながら、俺の指先がふいに止まる。
……こうやって、触れられる時間がちょっと嬉しかったりすることは、もちろん言えない。
「明日はちょっとだけ手ぇ抜くかも。悠斗にマッサージしてもらえるなら、だけど」
「調子いいな、ほんとに……まぁ、ちゃんと休むならいいけどさ」
その顔、ずるい。
そんなふうに笑われたら、こっちが休めなくなるじゃんか――
って、心の中だけで言って、俺はまたいつものように、健太の足を丁寧にほぐした。
帰り道。
夕方の風が少しだけ涼しくて、部活でかいた汗が心地よく引いていく。
公園のベンチに座ったところで、健太が「はい、パピコロ」と俺に半分差し出してくる。
これ、いつものやつ。
「ありがと」
軽い音を立てて、それをくわえる。
口に入った甘さと、喉を抜けていく冷たさに、ちょっとほっとする。
しばらく黙って二人でアイスを吸ってたけど――
「そうだ、悠斗。明日、誕生日じゃん」
健太が、パピコロの袋をくしゃっと握りながら、いかにも「今思い出した」みたいな顔で言ってくる。
……いや、それ昨日から気にしてたろ。
「……ああ、そうだったわ」
俺はパピコロをちょっと持ち上げて、先っぽを眺めるふりをしながら笑う。
「いつもさ、いろんな人に祝われて大変だよなー。教室とかすげぇ空気になるし」
「……まぁな。ありがたいけど、あんまり注目されんの得意じゃないしな」
「そーいうとこ、変わんねぇよな。小学校の頃もさ、“主役は苦手”とか言って、誕生日会やらなかったし」
「あれ、覚えてる? 健太が“じゃあ俺が代わりに主役やる!”って言って、みんなポカンとしてたよな」
「あれな! 俺、全力でクラッカー鳴らしたもん」
俺は思わず吹き出しそうになって、パピコロを一口。
……そうだった。ああいうバカみたいなこと、本気でやるのが健太なんだよな。
「……でもさ、あのときの誕生日、けっこう楽しかったよ。目立つの苦手だけど、健太と一緒だったから、なんか気が楽で」
あの空気の中で笑えたのは、健太がいてくれたからだ。
「ふふん、だろ? 俺の“全力巻き込み力”は伊達じゃないからな」
そんなこと言いながら、パピコロを吸いきって袋にポイって入れるのも、ほんと変わんない。
「でさ、今年の誕生日はどうすんの? また“何もしなくていい”とか言う気か?」
「うん。っていうか……何もしない時間が一番落ち着く」
「そっか。でも、なんもしないでパピコロだけは食べてくれよな。これ、誕生日プレゼントってことで」
「え、今?」
「今!」
そう言われて、思わずちょっとだけ驚く。
だけど――やっぱり笑っちゃうんだよな。こういうとこ、ほんと変わらない。
「ありがとう」
ほんとに、健太ってやつは。
いつも全力で、いつもこっちの力を抜いてくれる。
そして、こうして何でもない日を特別にするのが、やけにうまい。
公園を出て、帰り道をのんびり歩いている途中。
「なあ、悠斗。実はさ……」
そう言って、健太が鞄の奥からくしゃっとなった袋を取り出した。
「ん?」
「誕生日プレゼント、パピコロだけじゃないんだよね〜。本命はこっち!」
袋の中から出てきたのは、黒地にシルバーのドリンクボトル。
そのストラップには、柴犬の顔にバスケットボールの体――なんとも言えない“柴スケット犬”がぶらさがっていた。
「……“柴スケット犬”?」
思わず、目を丸くする。
「そ、ネットで見つけた。完全にお前好みだと思ってさ。あと、これ俺とお揃いだから」
「お、お揃い……?」
「うん。俺のボトル、さっき中に入れてたでしょ、同じやつ。バスケ犬。あ、いや、柴スケット犬な!」
その言葉を聞いた瞬間――頭の中がちょっとふわっとした。
「……うわぁぁ、可愛いぃぃぃ……」
気づいたら、声に出てた。しかも、かなり高めのトーンで。
「あっ……」
はっとして、慌てて顔を背ける。
やっば、完全に気を抜いてた。
こんな反応するって、健太以外に見られたらマズいやつだ。
「今の、なし。完全になし」
「いやいやいやいや、聞いたからな俺!“可愛い”言ったよな!? しかも“ぃぃぃ”まで付いてた!」
「……言ってない。幻聴だろ」
「ふっふっふ、これだからお前、可愛いもん好きってバレるのが怖くて家の棚にしか飾れないんだろ〜?」
「うるさいな……」
言い返しながらも、“柴スケット犬”をそっと手のひらで撫でてしまっていた。
……バレバレか。
けど、こんなふうに“俺が好きなもの”を、ちゃんと分かって選んでくれるのは、家族と――健太だけなんだよな。
「でも……ありがとな。ほんとに、好き。これ」
胸の奥から出たその言葉に、健太は満面の笑み。
「だろ? それ、お前のバスケバッグに絶対似合うと思ったんだよ」
柴スケット犬を手のひらに乗せて、しばらく見つめる。
たぶん、これを見るたびに今日のことを思い出すんだろうな。
「……ただし、学校では付けない」
「ちぇー。やっぱりか〜」
「でも……」
言いにくかったけど、ちょっとだけ健太の方を見て、ぽつりと言う。
「……部活のときだけなら、いい。俺らだけの、ってことで」
「マジで!? やった! 部室で俺とお揃いってことだな!」
「うるさい、あんまり大きな声で言うなって……バレたら終わりだろ」
「はいはい、秘密、秘密〜」
健太が調子よく笑う横で、俺はそっと耳を押さえた。
……ちょっと、熱い。
バスケバッグのサイドポケットに、ボトルを丁寧に入れながら、自然とこぼれるように声が出た。
「……ほんと、ありがとな」
「どーいたしまして!」
得意げに笑う健太が、なんだかまぶしかった。
夕焼けの中で揺れる“柴スケット犬”が、やけにいい顔してた気がした。
帰り道、バッグのサイドポケットで揺れる“柴スケット犬”が、やけに静かに馴染んでいるのを感じながら、ふと俺は思った。
──まるで、絶妙なタイミングで回ってくる、気持ちのいいパスみたいだなって。
この距離感。
この空気。
変に焦る必要なんてない。
いつか、ちゃんと決まるときがくるって、なんとなくわかってるから。
「……今のままでも、充分うれしいんだよ。そういうの、あるだろ?」
小さくつぶやいたその言葉は、風に乗ってどこかへ溶けていった。
健太には聞こえてないかもしれない。でも、それでいい。
今はただ、このままパスを回し続けていたい。
お互いを信じて、次のプレイに身を任せながら――。