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3/5

思いを馳せるA面とB面

 他のジャンルに挑戦してみるのって、意外と刺激的だった。

 バッセン行ってみたら、なんか思ってたより楽しくてさ。

 打率は……まぁ、3割弱ってとこ? なかなかだろ。

 球速は……えっと、下から二番目。うん、そこは触れないでくれ。


 それからってもんで、最近は悠斗といろんなスポーツにハマってる。

 気軽にできるやつ。フリスビーとか、バドミントンとか、たまにボルダリングまで。

 これが思ったよりアツくなれるんだよな。

 で、なんだかんだで、少し恋愛から離れられた。

 ……さすが悠斗、マジで頼りになる。


 まぁ、教室ではいまだにそわそわしてるけどな、俺。

 向こうの席の“あの人”が視界に入るたびに、つい気が散る。

 でも、前よりはちょっとマシ。

 きっと、そういう“余白”みたいなのが今の俺には必要なんだろうなって思ってる。


 そして――


 俺が人生で最も苦手とする、あの時期がやってきた。

 そう、テスト期間である。


 ……もう、マジでいやだ。

 A面 健太


「なぁ、悠斗。とうとうこの時期が来てしまった……」


 俺が深いため息と共にそうつぶやくと、隣で参考書を閉じていた悠斗が苦笑いしながらチラリとこっちを見た。


「はいはい、テスト時期ね。部活もそろそろ休みに入るだろ」


 そう、テスト期間。

 ハードな部活が休みになるのはちょっと嬉しいけど、それと同時に俺にとっては地獄の始まりでもある。

 なんてったって、俺は赤点スレスレ。部活の監督からも、学年主任からも、もはや“要注意人物”扱い。

 そして、そんな俺の家庭教師といえば――当然、悠斗しかいない。


「今回は…英語と数学……お願いします」


 俺がペコリと頭を下げると、悠斗はノートを手に取りながら眉をひそめた。


「他の教科は大丈夫なのか?」


「自信は…まぁ、なくはない! けど全部頼むのはさすがに悪いしさ。ほら、俺にもプライドってもんがあるわけで」


「別にいいけどな。俺も復習になるし。ま、わからなかったら遠慮なく聞けよ」


「うぉ〜! 神様悠斗様!! マジで頼りにしてます!」


「……ジュース奢りな」


「お、おう。もちろんですとも、先生!」


 こうして俺たちは、いつもの放課後のルートを少し変えて、図書室へと足を運ぶ。

 机の上に英単語と数式を並べながら、俺は思う。


 ――テスト勉強って、こんなに苦じゃなかったっけ?


 たぶん、それは横に悠斗がいてくれるからだ。

 なんか、妙に安心するんだよな。あいつの隣って。


 さて、とりあえず今日は現在完了と因数分解、潰してやるか。

 俺の“生き残り”をかけて!



 テスト期間が近づくと、学校の図書室も当然ながら混み始める。

 いつもは静かなその場所が、今や教科書をめくる音と、ため息と、誰かの筆記音で満ちていた。

「勉強の空気感」ってのは、まぁ悪くないんだけど――集中力ってやつは別の問題だ。


「なぁ、悠斗。なんかもう、ここじゃ落ち着かねーわ。席もいっぱいだし、さすがにあの空気でずっと粘るのはキツい」


 俺がぼやくと、悠斗はノートから顔を上げて、俺の方に視線を向けた。


「まぁ、みんな考えることは同じってわけだな。テスト前の図書室は、もはや戦場だ」


「だよな〜。でさ、俺、自宅でやろうと思ってもさ、絶対誘惑に負けるんだよ。漫画、スマホ、おやつ、ベッド……って、もう誘惑のイオ●モールじゃん」


「知ってる。だから今まであんまり家でやってるとこ見たことないもん」


「それを言うな……。でさ、他にどっかいい場所ないかな? 静かで、落ち着けて、勉強できるとこ」


 悠斗は一瞬考える素振りをしてから、ぽつりと口を開いた。


「んー……じゃあ、俺ん家くる?」


「……マジか? 行っていいの?」


「別にいいよ。うち静かだし、机も二人分あるし。親も慣れてるし」


「神か〜〜! 悠斗マジで天使か〜!」


「騒がしい悪魔だな、お前は」


 思わず椅子から立ち上がりそうになるくらい嬉しかった。俺の集中力が一番保たれるのは、実は“悠斗の近く”なんだって、薄々気づいてたから。

 勉強するっていうだけで、そこにちょっと安心できる場所が加わるだけで、こんなに気が楽になるんだな。


「じゃあ、今日の放課後、直で行ってもいい?」


「うん。母さんにも言っとく。冷蔵庫に何かあると思うし、勝手に食っていいから」


「うわ〜! 完全に合宿モードじゃん、これ!」


「その代わりちゃんとやるぞ。遊びに来るんじゃないからな」


「おっけー、先生。ちゃんと“やる”からには、ジュース代も倍払います!」


 俺は早速荷物をまとめながら、どこかワクワクしていた。

 テスト勉強だって、やり方と場所と相棒しだいで、少しだけ楽しくなるもんだ。


 この期間、できるだけたくさん吸収してやる。

 ……ついでに、悠斗のイケメンぷりをちょっと吸収してもバチは当たらないよな。



 悠斗の家に行くと、まず目に入るのはやっぱり――悠斗の母ちゃんだ。


「こんにちは~。お邪魔しまーす!」


「あら、健太くん、久しぶりね。ごはん食べてく? 冷蔵庫にプリンもあるわよ」


「マジっすか!? ……いや、まずは勉強っす!」


 にっこり笑う悠斗の母ちゃん。顔も似てるし、なんていうか、優しいオーラがすごい。

 うちの、俺の成績が下がるたびに般若になる母ちゃんとは、完全に別の生き物だな。

 “母”って、こんなに穏やかな存在だったのかって、毎回びっくりする。


 悠斗の部屋に通されると、そこは相変わらずの“清潔感の塊”だった。

 机の上も、床も、教科書の並びも完璧。俺の部屋の“とりあえず置いとくゾーン”が存在しない。


「相変わらず、完璧だな、悠斗は」


「いや、ただ散らかさないだけ。健太がズボラなんだよ」


「いてっ! 痛いところつくなぁ……でも否定できねぇ!」


 そんなふうに笑いながら、机を並べて問題集を開いた。

 数式と英単語がずらりと並んでるけど、隣に悠斗がいると、なぜかちょっとやれる気がしてくる。


「じゃあ、まずは英語からいくか。リスニングもやっとく?」


「いや、それは最後の切り札に残したい。とりあえず文法から頼む!」


「了解」


 俺たちは黙々とペンを走らせた。

 いつの間にか夕日が部屋に差し込んで、ノートの影が長く伸びていた。



「ちょっと休憩しよっか」


「さんせーい!」


 椅子から立ち上がって背伸びした俺の目に入ったのは、棚の上に置かれた、ちょっと使い込まれたバスケットボール。


「あ、これ……中学の時のやつだよな。寄せ書き、まだあるんだな」


「うん、なんとなく捨てられなくて」


 俺はそのボールを手に取って、いろんな名前を指でなぞった。

 “勝っても負けても、楽しかったぞ!”

 “次も一緒にバスケやろうぜ!”

 “悠斗、将来プロいけよ!”


「……やっぱ、悠斗はプロ行けると思うんだよな、俺」


 そう言った瞬間、悠斗は少し黙った。

 そして、ほんのり苦笑いしながら、首を横に振った。


「ないよ、それは。今はもう、ただの高校生だし」


「もったいないなぁ。強豪校にスカウトされても蹴っちゃったもんな」


「……ありがとな。でも、バスケだけじゃ飯は食えないって、知っちゃったからさ」


 そう言った悠斗の声は、どこか遠くを見ているようだった。

 なんとなく胸がきゅっとして、何か言おうとしたけど――タイミングを逃してしまった。


「……じゃ、そろそろ戻るか。やばい、全然進んでねぇ!」


「はは、やる気出るの早いな」


 再び机に戻って問題を解き始めると、ふと、隣の悠斗の手が止まっていた。

 真剣な目つきでノートを見てるけど、どこか迷っているような、そんな感じがした。


「……ってか、悠斗でも解けない問題とかあるんだな。ちょっと安心したかも」


 そう冗談まじりに言った俺に、悠斗はゆっくりと目を伏せて、小さく息を吐いた。


「俺だって……ただの高校生だからな。解けない問題だらけだよ、いろんな意味で」


 その言葉には、いつもの悠斗らしからぬ“重さ”があった。


 一瞬、何か大切なことを言いかけたような気がしたけど――

 俺はその意味に気づかず、「そっかー、まぁ、俺なんて解けない以前に読めない時もあるけどな!」と、いつもの調子で返してしまった。


 悠斗は少し驚いた顔をしたあと、くすっと笑った。


「……うん、それは問題以前の問題だな」


 また、ふたりで笑い合った。

 でもどこか、さっきとは少しだけ違う空気が流れていた気がした。


 その意味に、気づくのは――きっともう少し先の話だ。


 ————————————————————————————


 B面 悠斗


「なぁ、悠斗。とうとうこの時期が来てしまった……」


 隣で深いため息をつきながら健太が言う。

 その声に、俺は手元の参考書を閉じて、チラッとそいつを見た。


「はいはい、テスト時期ね。部活もそろそろ休みに入るだろ」


 テスト期間。

 周囲はだんだん焦り始めるし、部活も一時停止。

 でも――俺はわりとこの時期、嫌いじゃない。


 勉強ができるから? 違う。

 健太とこうして、一緒に過ごす時間がちょっと増えるから。


「今回は…英語と数学……お願いします」


 健太はぺこりと頭を下げて、相変わらず不器用な頼み方をしてくる。

 俺は手に取ったノートをパラパラとめくりながら、思わず眉をひそめた。


「他の教科は大丈夫なのか?」


「自信は…まぁ、なくはない! けど全部頼むのはさすがに悪いしさ。ほら、俺にもプライドってもんがあるわけで」


 俺は思わず笑いそうになるのをこらえて、軽く肩をすくめた。


「別にいいけどな。俺も復習になるし。ま、わからなかったら遠慮なく聞けよ」


「うぉ〜! 神様悠斗様!! マジで頼りにしてます!」


「……ジュース奢りな」


「お、おう。もちろんですとも、先生!」


 こうして、俺たちは並んで図書室へ向かう。

 どこにでもある、普通の放課後。でも、俺にとっては――少し特別だ。


 机の上に教科書やノートを並べて、健太がペンを握る姿を見る。

 いつもふざけてるのに、たまに見せる真剣な顔が、なんだかおかしくて。ちょっとだけ、嬉しい。


 テスト勉強って、たしかに面倒だ。

 でも――こうして隣で健太が「頼むわ」って言ってくれる限り、俺はこの時期が、ちょっとだけ楽しみなんだ。


 さて、今日はまず英語の現在完了からだな。

 アイツの“赤点回避”のためにも、そして俺自身の“この時間”を少しでも長く味わうためにも。



 テスト期間が近づくと、図書室も当然ながら混み始める。

 いつもは静まり返っているあの空間も、今は教科書のページをめくる音や、誰かのペンが走る音、たまに漏れるため息で満ちている。

 俺にとっては、まぁ集中できないほどではないけど――確かに、少し騒がしい。


 そんななか、隣にいた健太が、軽く椅子にもたれながらぼやいた。


「なぁ、悠斗。なんかもう、ここじゃ落ち着かねーわ。席もいっぱいだし、さすがにあの空気でずっと粘るのはキツい」


 俺は手を止めてノートから顔を上げる。健太の言いたいことは、なんとなくわかってた。


「まぁ、みんな考えることは同じってわけだな。テスト前の図書室は、もはや戦場だな」


「だよな〜。でさ、俺、自宅でやろうと思ってもさ、絶対誘惑に負けるんだよ。漫画、スマホ、おやつ、ベッド……って、もう誘惑のイ●ンモールじゃん」


 思わず笑いそうになる。


「知ってる。だから今まであんまり家でやってるとこ見たことないもんな」


「それを言うな……。でさ、他にどっかいい場所ないかな? 静かで、落ち着けて、勉強できるとこ」


 一瞬だけ考えて、俺は自然と答えていた。


「んー……じゃあ、俺ん家くる?」


 健太が目を丸くする。


「……マジか? 行っていいの?」


「別にいいよ。うち静かだし、机も二人分あるし。親も慣れてるし」


 母さんも、健太が来るのはもう何回目だろうってくらい慣れてるしな。

 俺の言葉に、健太はテンション爆上がりで叫ぶ。


「神か〜〜! 悠斗マジで天使か〜!」


「騒がしい悪魔だな、お前は」


 ちょっと笑いながら返すと、健太は本気で嬉しそうにしていた。

 あいつ、集中力がないとか言ってるけど――本当は誰かと一緒じゃないと安心できないんだと思う。

 少なくとも、俺のそばにいるときは、いつもより落ち着いて見える。


「じゃあ、今日の放課後、直で行ってもいい?」


「うん。母さんにも言っとく。冷蔵庫に何かあると思うし、勝手に食っていいから」


「うわ〜! 完全に合宿モードじゃん、これ!」


「その代わり、ちゃんとやるぞ。遊びに来るんじゃないからな」


「おっけー、先生。ちゃんと“やる”からには、ジュース代も倍払います!」


 健太はもうノートをまとめ始めている。

 そんな様子を横目で見ながら、俺はふっと息を吐く。


 ……勉強がしたいっていうより、きっとあいつは、注意してくれる俺と一緒にいたいだけなのかもしれない。

 でも、それは――一緒にいたいって言う気持ちは、たぶん同じだ。


 このテスト期間。

 俺たちはいつもより、ちょっとだけ近くにいられる時間をもらえる。


 それだけで、悪くないなって思う。



 健太を家に連れてくるのは、これで何度目だろう。

 玄関のチャイムが鳴って、俺がドアを開ける前から、その足音で「健太だな」とわかるくらいには、もう馴染みの存在になっている。


「こんにちは~。お邪魔しまーす!」


 玄関先で元気に頭を下げる健太に、母さんが顔を出す。


「あら、健太くん、久しぶりね。ごはん食べてく? 冷蔵庫にプリンもあるわよ」


「マジっすか!? ……いや、まずは勉強っす!」


 食いつくくせに、勉強もやる気はある――そんな感じの返しに、母さんがくすっと笑った。


 相変わらず、母さんは誰に対しても柔らかい。健太が来ると、特に嬉しそうだ。

 たぶん、健太の持つ母親像と違いすぎて、毎回ちょっとびっくりしてる。


「“母”ってこんな感じなのか?」って顔、前にしてたしな。


 健太の家にも何度か行ったことはあるけど、正直あいつの部屋は“とりあえず置いてるモノ置き場”だらけだった。

 でも、不思議と落ち着く。あれはあれで、健太らしい。


 俺の部屋に案内すると、健太は案の定、目を丸くしていた。


「相変わらず、完璧だな、悠斗は」


「いや、ただ散らかさないだけ。健太がズボラなんだよ」


「いてっ! 痛いところつくなぁ……でも否定できねぇ!」


 机を並べて座ると、自然と肩の力が抜ける。

 こうやって勉強するのは、久しぶりじゃないけど、やっぱりどこか新鮮だ。


「じゃあ、まずは英語からいくか。リスニングもやっとく?」


「いや、それは最後の切り札に残したい。とりあえず文法から頼む!」


「了解」


 そう言って、俺はノートを広げた。健太も、横で同じようにペンを走らせる。


 彼の集中は波があるけど、いざ本気になると、ぐっと静かになるところが好きだ。

 夕焼けが窓から差し込んできて、ノートの文字が少しオレンジ色に染まった。


 ふと横を見ると、健太の手元も真剣そのもの。

 こういう時間が、案外悪くないって、毎回思う。


 たぶん俺は――健太の賑やかさにも、整ってないところにも、どこか安心してるんだろうな。



「ちょっと休憩しよっか」


「さんせーい!」


 健太が椅子から勢いよく立ち上がって、ぐいっと背伸びをしたとき――

 ふと、目線の先にある棚の上を見ていた。


「あ、これ……中学の時のやつだよな。寄せ書き、まだあるんだな」


「ああ、なんとなく捨てられなくて」


 そこに置いてあったのは、中学最後の大会でも使っていたバスケットボール。

 試合後、仲間たちが寄せ書きをしてくれた、大事な思い出の品。


 “勝っても負けても、楽しかったぞ!”

 “次も一緒にバスケやろうぜ!”

 “悠斗、将来プロいけよ!”


 健太が、その文字たちを指でなぞりながら、ぽつりと言った。


「……やっぱ、悠斗はプロ行けると思うんだよな、俺」


 その言葉に、少しだけ胸がざわついた。

 言い返す前に、ほんの少しだけ、黙ってしまった。


「ないよ、それは。今はもう、ただの高校生だし」


「もったいないなぁ。強豪校にスカウトされても蹴っちゃったもんな」


「……ありがとな。でも、バスケだけじゃ飯は食えないって、知っちゃったからさ」


 その言葉は、たぶんどこかで自分自身にも向けていた。


 本当は、プロを目指してた。

 でも、全国大会で見た「本物の才能」の前に、自分の限界が見えた気がして――怖くなった。


 それでも、全部を捨てたくなかったから。

 迷ってたとき、隣にいたのが健太だった。


 落ち込んでた俺を、バカみたいなノリで引っ張って、笑わせてくれて。

「同じ高校行こうぜ!」なんて言葉に、気づけば本気で乗っかっていた。


 だから俺は、スカウトの誘いを全部断って、健太と同じ高校に来た。


「……じゃ、そろそろ戻るか。やばい、全然進んでねぇ!」


「はは、やる気出るの早いな」


 再び机に向かって、鉛筆を手に取る。

 でも、さっきのボールを見たせいか、どうにも手が止まってしまった。


 昔の夢がふと蘇ると、目の前の数式すら少しぼやけて見えた。


「……ってか、悠斗でも解けない問題とかあるんだな。ちょっと安心したかも」


 健太の冗談交じりの声に、俺は少しだけ目を伏せて、ため息をひとつ。


「俺だって……ただの高校生だからな。解けない問題だらけだよ、いろんな意味で」


 たぶん、ほんの少しだけ本音が混ざった。


 でも、健太はそれに気づくことなく、いつもの調子で返してきた。


「そっかー、まぁ、俺なんて解けない以前に読めない時もあるけどな!」


 思わず吹き出しそうになって、つい笑ってしまった。


「……うん、それは問題以前の問題だな」


 ふたりで笑った。

 でも、どこか少しだけ、違う空気が流れていたのを俺は感じていた。


 あいつが俺を救ったなんて、本人は知らないんだろうな。

 だけど、俺の中では――とっくに答えは出ていた。


 健太と一緒にいる今が、きっと俺にとっての“選んだ未来”なんだ。

 ふたりで笑って、またペンを握った。

 少しずつ夜が近づいてきて、窓の外はオレンジから藍色に変わっていく。


 健太はまだ、何も考えてなさそうな顔で、けれどなぜか真っ直ぐで。

 まるで、どこにいても眩しく光る太陽みたいなやつだ。


 ――俺はたぶん、未来がまだ見えてない。

 バスケじゃなくなったら、何を目指せばいいのかも、正直わからない。

 だけど。


 こいつと一緒にいると、プロ以外の道にも“光”が差してる気がする。


 今はまだ、その正体がなんなのかは分からないけど――

 それでも、こうして机を並べて笑ってる未来なら、案外悪くないかもって、思えた。

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