青が駆けるA面とB面
俺は悠斗の言う通り、あの子の「普通のところ」を探してみた。
お弁当を食べるときの仕草、友達と笑いながら喋ってる顔、ふと髪をかき上げるタイミング。
どれも何気ないはずなのに、胸の奥にじんわりと染み込んできて――気づけば目で追ってしまっていた。
「…これが恋愛ってやつか。ヤベェな、マジで」
そう呟いた帰り道。俺はやっぱりもう一度、悠斗に相談しようと決めた。
いつもの部活帰りの道、コンビニ横の路地を抜けて、公園を通り抜けた先。
そこには、案の定ベンチに座ってる悠斗の背中。俺はその隣にドスンと座った。
A面 健太
「なぁ、悠斗。やっぱり全然ダメだったよ」
そう言うと、悠斗は苦笑いして俺をチラリと見た。
「やっぱりか。見ててもわかったよ。これは重症だな」
「マジか〜! やっぱ重症か、俺…」
俺は思わず膝に顔を埋めた。情けないったらありゃしねぇ。
「俺さ、自分ではクールキャラだと思ってたんだよ。感情とかあんまり表に出さないっていうかさ。けど、こうなると全然ダメだな。似合わねーわ。いつものクールキャラに戻りてぇよ、マジで」
すると、悠斗が吹き出した。
「は? 健太が? クール? そんなこと一度も思ったことないけど?」
「え、マジで…?」
「うん、むしろ感情ダダ漏れの男って感じ」
「いやいや、ちょっとは俺に幻想持てよ!」
「無理だな。付き合い長いし」
俺は肩を落としつつ、つい笑ってしまった。悠斗といると、落ち込んでる時間がいつもよりちょっとだけ短くなる。
「でもさ、健太」
不意に真面目なトーンで、悠斗が続けた。
「しんどいならさ、ちょっと恋から離れてみるのもアリじゃね? ほら、新しく夢中になれることを探すとかさ。そういうの、案外効くと思うぜ」
「夢中になれること…か」
「うん。恋愛って、入り込みすぎると視界が狭くなるからさ。他のことで頭いっぱいにしてみたら、ちょっと楽になるかもよ。健太って、熱中するとすぐ突っ走るタイプだろ?」
「……それ、褒めてんの?」
「まあ、いい意味でも悪い意味でも、な」
悠斗はどこか優しげな顔で笑った。夕焼けの光がそいつの横顔をほんのり照らして、なんだかずるいくらい綺麗だった。
「何か夢中になれることか…。よし、探してみっか。たまには悠斗の助言、素直に聞いてみるよ」
「“たまには”じゃねーし。いつも助けてやってんだろーが」
「……あー、はいはい、感謝してますよ、先生」
俺たちはそんな他愛のないやりとりを繰り返しながら、ベンチを立った。
空はもう、すっかり藍色に染まりかけていた。
何かが終わって、何かが始まる。
そんな気がして、俺は少しだけ顔を上げた。
「なぁ、悠斗」
「ん?」
「手始めに、バッセン行かね?なんか思いっきりバスケ以外で体動かしたくなったんだよな」
俺がそう言うと、悠斗はちょっとだけ眉を上げてから、ふふっと笑った。
「お前のどこがクールキャラなんだよ。思いっきり熱血キャラじゃねーか」
「うるせぇなぁ。自分でもそう思い始めてるけどさ。とにかく今は、何かに打ち込みてぇんだよ」
「バッセンって、バッティングセンターだよな?」
「そう。ほら、俺らボール投げるのは得意だけど、打つのってなかなか機会ないだろ?ちょっとやってみたくなった」
悠斗は肩をすくめて、でもその顔にはうっすら笑みが浮かんでいた。
「ああ、わかったよ。仕方ねーな。付き合ってやるよ」
「おう、サンキュー」
歩き出した俺の隣で、悠斗がポツリと言った。
「バッセンは初めてだな、確かに。ちょっとワクワクしてる」
「だろ? そのまま部活まで野球部に移籍するかもな、俺ら」
「うん、それはない。ないな。絶対ない」
「ちょっとは夢見させろよ!」
ふたりで笑った。何でもない会話が、なんかやたら心地よくて、俺の中のモヤモヤが少しずつ晴れていくような気がした。
しばらく歩くと、空はもうだいぶ暗くなっていた。だけど街灯が灯り始めて、どこか温かい光が通りを包んでた。
俺はふと、悠斗の横顔を見た。
笑ってる。
なんていうか、あいつの笑顔って、月みたいだなって思った。
まっすぐじゃなくて、どこかやわらかくて、でも確かに照らしてくれる感じ。
「お前みたいな爽やかスマイルができれば、俺もモテそうなのにな〜」って、なんとなく言ってみた。
すると悠斗は少し驚いた顔をしたあと、すぐに目を細めて笑った。
「何言ってんだよ。お前の太陽みたいなスマイル、いいじゃないか」
「え、マジで?」
「うん。見てる方が元気になるって感じ。そういうの、俺にはないからさ」
「いや、あるだろ。そういうのも言い方ひとつで説得力出るんだよな、お前って」
「ほら、またそうやって持ち上げて。そういうとこだぞ、健太」
「え、何が?」
「だから、お前がクールキャラじゃないって話だよ」
「……はいはい、そうでしたねー」
ふたりの言葉が、冗談みたいに軽く飛び交って、だけどその一つひとつがどこか深くて。
* * *
俺たちはそのまま藍色に染まる街の中へと、並んで歩いていった。
夕暮れの余韻を引きずりながら。
心のざわつきは、少しだけ落ち着いた気がした。
たぶん、あいつが隣にいてくれたからだ。
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B面 悠斗
「なぁ、悠斗。やっぱり全然ダメだったよ」
健太が、ぽつりと言った。
その声を聞いた瞬間、俺はうすうす分かっていた答えを、改めて突きつけられた気がした。
苦笑いでごまかしながら、俺は健太をチラリと見る。
「やっぱりか。見ててもわかったよ。これは重症だな」
「マジか〜! やっぱ重症か、俺…」
健太は膝に顔を埋めて、まるで世界の終わりみたいな声を出した。
本気で好きになってるんだなって、あらためて思った。
それが、正直少しだけ辛い。
でも同時に、こんなふうに本気で恋してる健太を見るのは、悪くないとも思った。
「俺さ、自分ではクールキャラだと思ってたんだよ。感情とかあんまり表に出さないっていうかさ。けど、こうなると全然ダメだな。似合わねーわ。いつものクールキャラに戻りてぇよ、マジで」
その言葉に、俺は思わず吹き出した。
「は? 健太が? クール? そんなこと一度も思ったことないけど?」
「え、マジで…?」
「うん、むしろ感情ダダ漏れの男って感じ」
「いやいや、ちょっとは俺に幻想持てよ!」
「無理だな。付き合い長いし」
冗談を交わしながらも、健太の肩が少しだけ緩んだ気がした。
落ち込んでいた顔が、ふと笑顔になると、それだけで空気が変わる。
それって、やっぱり健太の力なんだろうなって思う。
「でもさ、健太」
俺は少しだけ真面目な声で言葉をつないだ。
「しんどいならさ、ちょっと恋から離れてみるのもアリじゃね? ほら、新しく夢中になれることを探すとかさ。そういうの、案外効くと思うぜ」
「夢中になれること…か」
「うん。恋愛って、入り込みすぎると視界が狭くなるからさ。他のことで頭いっぱいにしてみたら、ちょっと楽になるかもよ。健太って、熱中するとすぐ突っ走るタイプだろ?」
「……それ、褒めてんの?」
「まあ、いい意味でも悪い意味でも、な」
そう答えながら、俺はどこか安心していた。
健太の気持ちが軽くなるなら、なんだって言ってやりたいと思った。
「何か夢中になれることか…。よし、探してみっか。たまには悠斗の助言、素直に聞いてみるよ」
「“たまには”じゃねーし。いつも助けてやってんだろーが」
「……あー、はいはい、感謝してますよ、先生」
くだらないやりとりが、なんだかすごく大事に思えた。
俺はこういう時間が、きっと好きなんだと思った。
ベンチから立ち上がったとき、空はもう藍色に染まりかけていた。
どこかでチャイムが鳴って、誰かの帰宅を告げている。
今日も一日が終わる。そんな空気の中で、健太がふいに口を開いた。
「なぁ、悠斗」
「ん?」
「手始めに、バッセン行かね?なんか思いっきりバスケ以外で体動かしたくなったんだよな」
ちょっとだけ意外だったけど、すぐに笑みがこぼれた。
「お前のどこがクールキャラなんだよ。思いっきり熱血キャラじゃねーか」
「うるせぇなぁ。自分でもそう思い始めてるけどさ。とにかく今は、何かに打ち込みてぇんだよ」
「バッセンって、バッティングセンターだよな?」
「そう。ほら、俺らボール投げるのは得意だけど、打つのってなかなか機会ないだろ?ちょっとやってみたくなった」
「……ああ、わかったよ。仕方ねーな。付き合ってやるよ」
その時の健太の顔は、なんていうか、子どもみたいな無邪気さがあって。
そういうとこ、ほんとにずるい。
「バッセンは初めてだな、確かに。ちょっとワクワクしてる」
「だろ? そのまま部活まで野球部に移籍するかもな、俺ら」
「うん、それはない。ないな。絶対ない」
「ちょっとは夢見させろよ!」
俺たちは笑った。
本気で笑ったの、久しぶりだった気がする。
歩くうちに空はどんどん暗くなって、街灯がぽつぽつ灯り始めた。
その光が、どこかあったかくて。
健太の声も、笑いも、いつもより近く感じた。
ふと、健太が俺の顔を見て、こう言った。
「お前みたいな爽やかスマイルができれば、俺もモテそうなのにな〜」
思わず笑ってしまう。
「何言ってんだよ。お前の太陽みたいなスマイル、いいじゃないか」
「え、マジで?」
「うん。見てる方が元気になるって感じ。そういうの、俺にはないからさ」
「いや、あるだろ。そういうのも言い方ひとつで説得力出るんだよな、お前って」
「ほら、またそうやって持ち上げて。そういうとこだぞ、健太」
「え、何が?」
「だから、お前がクールキャラじゃないって話だよ」
「……はいはい、そうでしたねー」
くだらないやりとり。
だけど、それが俺にとっては救いだった。
健太といると、どんなに疲れてても、気持ちが少し軽くなる。
* * *
きっと、あいつは気づいてない。
俺がどれだけ、あの太陽みたいな笑顔に助けられてるかってこと。
恋する健太を見るのは、少しだけ胸が痛い。
だけど――
それでも、隣にいられるこの時間が、俺はたまらなく好きだった。