はじまりのA面とB面
A面 健太
夕暮れの公園は、まるで世界の端っこみたいだった。オレンジ色に染まる空の下、ブランコがキーキーと小さな音を立てて揺れている。俺、佐藤健太は、いつものように親友の悠斗と並んでベンチに腰かけていた。いつもなら他愛もない話で盛り上がる時間なのに、今日の俺の胸は、まるで嵐の海みたいにざわついていた。
「なあ、悠斗。最近、好きな子ができてさ…」
俺は思い切って口を開いた。声が少し震えた気がする。
「なんか、もうその子のことで頭がいっぱいで、他のこと全然手につかねえんだよ…」
悠斗は、ニヤッと笑って俺を見た。そいつの目は、まるで俺の心を透かし見るみたいに鋭い。
「ああ、知ってるぜ、健太。お前のそのバレバレの顔、めっちゃ分かりやすいからな」
「マジかよ…!?」
俺は思わず頭を抱えた。やっぱりか。クラスの斜め前に座るあの子のことが、俺の頭を占領してるなんて、バレバレだったのか。
「好きすぎてヤバいんだよ。勉強も部活も、なんかミスばっかでさ。お前なら何かいい方法知ってるだろ?」
悠斗は少し考えて、ふっと笑った。
「んー、俺、そんなガチで恋したことねえからな。でも、まあ、相談なら乗ってやるよ、健太。」
そいつの声には、いつもの軽い調子に混じって、なんだか頼もしい響きがあった。
「マジで!? さすがユウトさま、頼りにしてます!」
俺は思わず身を乗り出した。
悠斗はベンチの背もたれに体を預け、空を見上げながら言った。
「そうだな…その子の『普通のところ』を見てみるってのはどうだ?」
「普通のところ?」俺は首をかしげた。なんだそれ?
「ほら、たとえばさ、友達と笑いながら喋ってるとことか、昼休みに弁当食べてるとことか。普段の、なんでもない瞬間。そういうの見てると、案外『あ、こいつも普通の人間なんだな』って思えるかもよ。でっかい理想で勝手に盛り上がってるだけかもしれないしさ。」
「そんなもんなの?」
俺は半信半疑だった。あの子の笑顔や、髪を耳にかける仕草が、俺の頭の中でキラキラ輝いてるのに、それが「普通」だなんて信じられなかった。
「そんなもんかもな。」
悠斗は肩をすくめて、いつもの軽い笑みを浮かべた。
「ま、試してみなよ。恋ってのは、頭でっかちになりすぎると空回りするもんだぜ。」
「よくわかんねえけど…なんか分かった気がする! サンキュー、悠斗!」
俺は思わず拳を握った。さすが俺のダチ。こいつの言葉には、いつも何かしらのヒントが隠れてる。
「まぁ、実践あるのみだな!」
悠斗はそう言って、俺の肩をポンと叩いた。その瞬間、夕陽がそいつの後ろでキラリと光って、まるで青春映画のワンシーンみたいだった。
* * *
家までの道を歩きながら、俺は悠斗の言葉を反芻した。あの子の「普通のところ」か…。
確かに、いつもキラキラしてるあの子のイメージばっかり追いかけてたけど、もっと近くで、もっとリアルな彼女を見てみるのも悪くねえかもしれない。
心のどこかで、なんか新しい一歩を踏み出せそうな気がしていた。
さすがユウト、俺の最高のダチだ。こいつのアドバイス、絶対ハズレねえよな。
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B面 悠斗
夕暮れの公園は、いつもより少し肌寒くて、まるで誰にも見つからない世界の隅っこみたいだった。オレンジに染まる空の下で、ブランコがキーキーと寂しげに揺れている。隣には、いつものように佐藤健太がいた。俺の――たった一人の親友で、そして…誰にも言えない、俺の「好きな人」。
なのに、今日の空気は妙だった。健太の顔が、なんとなく曇ってるのが気になって仕方なかった。
「なあ、悠斗。最近、好きな子ができてさ…」
いきなりの告白に、心臓がバクンと跳ねた。
「なんか、もうその子のことで頭がいっぱいで、他のこと全然手につかねえんだよ…」
健太、お前、今…なんて言った?
“好きな子”?
わかってたはずなのに。俺の知らない誰かのことを、あんなまっすぐな目で語るお前を見るのが、こんなにも苦しいなんて思わなかった。
けど――俺は笑った。
いつも通りの軽い感じで、できるだけ平気そうに。
「ああ、知ってるぜ、健太。お前のそのバレバレの顔、めっちゃ分かりやすいからな」
ほんとは、知らなかったことにしていたかった。気づきたくなかった。お前が、俺の知らない誰かを想ってるなんて。
「マジかよ…!?」
驚いて頭を抱える健太に、思わず苦笑がこぼれる。
その姿さえ、俺の胸を締めつける。
「好きすぎてヤバいんだよ。勉強も部活も、なんかミスばっかでさ。お前なら何かいい方法知ってるだろ?」
頼ってくれるのは嬉しい。でも、それが“あの子”のためだと思うと、ちょっとだけ意地悪したくなる自分がいる。
でも、そんな自分を、必死で押し殺した。
だって、俺は――健太の幸せを願いたいんだ。
「んー、俺、そんなガチで恋したことねえからな。でも、まあ、相談なら乗ってやるよ、健太。」
嘘だ。俺はずっと、誰よりもお前に恋してる。けど、それを言う権利なんか、最初から持ってなかった。
「マジで!? さすがユウトさま、頼りにしてます!」
そんな無邪気な声、やめろよ。
そんな風に嬉しそうにされると、何も言えなくなるだろ。
ベンチの背もたれに体を預け、空を見上げる。気持ちをごまかすために。
「そうだな…その子の『普通のところ』を見てみるってのはどうだ?」
「普通のところ?」健太が首をかしげる。
「ほら、たとえばさ、友達と笑いながら喋ってるとことか、昼休みに弁当食べてるとことか。普段の、なんでもない瞬間。そういうの見てると、案外『あ、こいつも普通の人間なんだな』って思えるかもよ。でっかい理想で勝手に盛り上がってるだけかもしれないしさ。」
俺が一番、理想を抱いてるのはお前なのにな。
でも、言えるわけない。絶対に。
「そんなもんなの?」
その声が、少しだけ寂しそうに聞こえたのは俺の気のせいか。
「そんなもんかもな。」
肩をすくめて笑って見せた。
本当は、笑ってる場合じゃないのに。笑わなきゃ、泣きそうだったから。
「よくわかんねえけど…なんか分かった気がする! サンキュー、悠斗!」
こっちの方こそ、ありがとうだよ。
そんな風に、真っ直ぐに俺を見てくれるだけで、まだ隣にいられるだけで、十分すぎるほど。
「まぁ、実践あるのみだな!」
そう言って、いつものように肩を叩いた。
この距離が、今の俺にとって限界だった。
* * *
夕陽の光が、健太の後ろで滲んで揺れていた。
この気持ちをずっと隠し通すって、決めたんだ。
親友でいるって、決めたんだ。
だけど――
できれば、あいつが傷ついたときは、
一番に気づける俺でいたい。
ずっと、そばにいるために。