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百の夜の誓い

 数日後、ジーナはひっそりと離れから消えた。メイド達の話によると、夜も明けきらぬ早朝に黒塗りの馬車がやってきて乗せていったらしい。


「庭師が申すには、暴れて『伯爵の命の恩人の娘に対してなにをするの』と叫んでいたそうですわ」

 アウラは長椅子のクッションによりかかるようにして座り、メイドが話すのを黙って聞いていた。


 その娘の叫びはジョシュアに対する恋情か、はたまた救済を願ってのものだったのか。

 もし彼女が不正に加担していなければ? 連座で裁かれるとしても『伯爵を助けた』として減刑され自由の身になるとしたらジョシュアはどうするだろう。

(あの優しい人のことだから、完全に見放すことはできないかもね。……まあ、私はそれを許せないだろうけど)


 ジョシュアの想いに嘘はないだろう。それに、あの娘に対して恋愛感情はないだろうし、アウラに対する想いは本物だろう。

 けれど、一度ぐらついた信頼はなかなか立て直せない。


 つくづく愛とは人を寂しくさせ狭量にするものだとアウラは思った。


(愛……)

 あまり感情の振り幅が大きくないアウラは、ジョシュアを愛しているかどうかわからなかった。俗に言う胸の高まりも熱い想いもよくわからない。ただジョシュアに対して感じるのは穏やかさと安心だった。

 けれどこの度のことはアウラの心にさざなみを起こした。


 文官から聞いて、愛人を連れ帰ったわけではないとわかっていたが、知らない女と一緒に過ごしていると考えた時、どうしようもない怒りと寂しさを覚えた。

 そして全てを話してくれないジョシュアにも寂しさを感じた。


(これは、愛? いつから?)


 アウラはティーカップに手を伸ばし、一口飲んだ。


(ああ。王宮の庭園で、回廊で、いろんなところで顔を合わせることを私はいつしか楽しみにするようになった。避けようと思えばいくらでも避けられたのに、会えば話をしてお茶を飲んで。彼の姿を探していたわ)


 アウラはティーカップをソーサーに戻した。


(私、恋をしていたのね)


 ***


「アウラ、ただいま」

「おかえりなさいませ、旦那さま」


 以前は「ジョシュアさま」と呼んでいたのに、あれからずっとアウラはジョシュアの名前を呼ばない。

 旦那さまと呼ばれるたびに言いようのない寂しさに駆られたジョシュアは、食事の後いつものように刺繍をしているアウラに思い切って声をかけた。


「許してくれと図々しいことは言えないが、私の貴女に対する想いを信じてほしい。貴女は私にとって何物にも変え難い存在なのだ」


 レオナール王子の腕の中にいたアウラを思い出すたび胸が苦しくなり暗闇に放り込まれたような感覚に陥る。ジョシュアが離れに通っていた間、アウラも同じ思いをしたのだろうと、今ならば分かる。

(アウラは、私に絶望したのだ……)

 けれど、彼女を手放すことなど到底できようもない。今回のことで改めてアウラを失うかもしれない怖さを思い知った。


「二か月、でしたわね」

「え……?」

「あなたが離れに通っていた期間ですわ。およそ六十日……」

 そんなに長い間だったかと改めて愕然とする。

「ですので百日。百日、私に想いを告げてくださいますか?」

 アウラがまっすぐにジョシュアの目を見た。

「ここからまた始めましょう。あの王宮の中庭や廊下で顔を合わせていた時のように。私も努力します。貴方ともっと会話をするように」

 

 ジョシュアの目に希望の光が宿った。

「約束しよう、アウラ。百日間、毎日貴女の前に跪き、想いをきちんと言葉にして告げ、その日あったことや考えていることを言葉にすると」


 アウラは「ふっ」と吐息のような笑いを漏らした。

「では今夜からです」


 ジョシュアはアウラの前に跪き、アウラを見上げた。

「アウラ、私は貴女のことを誰よりも愛している……」


 ***


 それから百日間、ジョシュアは毎日アウラへ気持ちを伝えた。そして王宮であった出来事や職場でのちょっとした愚痴などを話し、アウラは真剣に、時に笑いながら聴いた。アウラもその日にあったことを、どんな些細なことでもジョシュアに話した。

 

 ジョシュアは出張も断り、残業があってもアウラに文を出した上でアウラが起きているうちに帰宅した。

 途中、ジョシュアの様子を不審に思ったレオナールに妨害されかけたこともあったが、なんとかかわした。


 そして百日が経った。


 *


 百日の間に離れは取り壊され、花が絶えない温室に造り替えられた。

 あの離れはジョシュアの祖父が愛人を住まわせるために設られた建物であり、それもアウラの気分を害していたからだ。


 そしてその温室で、二人だけの二度目の結婚式が執り行われた。


「誰にでもその優しさを向けてはなりませんよ? ジョシュアさま」

「わかっている。私が永遠に心を向け、愛するのはアウラだけだ」


【終わり】

異世界版「百夜通い」。自宅と勤務先の往復ですけどw


ちなみにケリー子爵美人三姉妹の設定は


長女ステラ(ふんわり美人。家のためにお金持ち新興貴族と結婚。大事にされてます)

次女レイラ(しっかり者。目力のある美人。婿を取って家を継ぎました)

三女アウラ(妖精のような儚げ美人。姉二人を見て「結婚しなくてもいいかな」と思っていたけど玉の輿に乗りました)


ありがとうございました୧(˃◡˂)୨୧(˃◡˂)୨

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