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舞踏会にて

 アデライド王女とエグラール公爵の結婚式が盛大に執り行われ、その夜に開かれた舞踏会。


 会場となったエグラール公爵家の大広間ではあちこちで噂が飛び交っていた。


『宮廷のバラ』がたった一年と少しで夫に飽きられ愛人を敷地内に連れ込まれた、と。


「美人は三日で飽きると言うからな」

「いやいや、俺なら飽きないよ。俺の妻なら可愛がってやるのに」


「あの可愛げのなさが原因でしょう」

「いつもすましているし、一緒にいても楽しくないでしょうね」

「あ、ほら」


 その時、ジョシュアにエスコートされたアウラが入ってきた。

 わずかに視線を下げたアウラとジョシュアは、貴族たちの注目を浴びた。

 少しぎこちない二人に周囲は噂を確信すると同時に、アウラの美しさと意外にもそれに引けを取らないほど端正で洗練されたジョシュアに釘付けになった。


 横目でアウラをちらちらと見るジョシュアは、内心焦っていた。

 いつもなら衣装やアクセサリーにジョシュアの瞳の色である青を取り入れているのに、今夜は白にシャンパンゴールドのレースを重ねたドレスの裾にはオレンジ色が鮮やかなマンダリンガーネットが散りばめられている。さらりとした銀色の髪の毛とブルートパーズのような瞳が輝きを添えて、その美しさは神々しいばかりだ。


 国王をはじめとする王族に続いて主役の公爵とアデライド夫妻が入場する。国王の言葉がありシャンパンで乾杯をすると、音楽が流れてきた。新婚夫妻がホールの真ん中で踊り始めると、次々に紳士淑女が手を取り合う。

 

「アウラ……」

 ダンスに誘おうとするジョシュアの声が聞こえないかのようにアウラはぼんやりと踊り始めた人々を見ている。ジョシュアは戸惑いがちに手を引っ込めた。


「アウラ」

「アデライドさま」


 アデライドに声をかけられたアウラが花が咲いたように微笑み、ジョシュアがじっとその横顔を見下ろした。

「おめでとうございます、アデライドさま」

「ありがとう、アウラ。ラスベリン伯爵、アウラを少し借りますよ」

「え」

「わたくしも今は王女ではないし、アウラは大切な友人なのよ。話したいことがたくさんあるの」


 アデライドはジョシュアに視線を向け、小さく「ふん」と笑って返事も聞かずアウラを連れて行ってしまった。


 ジョシュアが所在なさげにワイングラスを手に取ると、後ろからレオナールの独り言のような呟きが聞こえた。

「……朴念仁もここまでくると悪魔だよな」

 ジョシュアが振り向くと、レオナールが鋭い視線を向けた。

「なあ、アウラに飽きたのなら俺にくれよジョシュア」

「な……っ」

「お前は、周りになんと言われているのか聞こえていないのか? 妹が連れ出さないとアウラは笑うこともできなかったぞ」


 少し離れたところで、アウラがアデライドや貴婦人たちと談笑しているのが見える。

 

「……ジーナは、愛人ではありません」

「へえ、ジーナっていうのかよ」

「……」

「知ってるよ。命の恩人の娘なんだろ。事件の調査が終わるまでお前が身柄を預かっていることも知っている」

 レオナールは黙り込んだジョシュアを見た。

「しかし、なぜアウラではなくその娘を気遣っているのかがわからない。国は、お前にそこまで要請していない」

 

「……暗くなると、あの時のことを思い出すのか泣き始めるんです。でも私は部屋の隅で見守っていただけで……」

「だからなんで見守っているんだよ。はぁ、噂は本当だったんだな。夜間、お前が奥方を放り出して離れにいるというのは」

「今は離れには行っていません。それにジーナが眠ったら、本邸に戻っていました」

 レオナールは「ははは」と笑った。

「それで? その身勝手さをアウラが死んだら気づくのか?」

 ジョシュアの顔がさっと青くなる。アウラが雨に打たれたことを知っているのだろうか。

 

「ジョシュアは不器用な奴だとは知っていたが、馬鹿野郎だったんだな。優先順位が違うだろう。その娘を気にかけている感情の名前はなんだ? 同情か? 哀れみか? それとも、好意か?」

「まさか!」

「はん、どれでもいいが。お前、アウラもジーナって娘も不幸にしているぞ」


 レオナールはひらひらと手を振ってジョシュアから離れ、アウラ達に近づいていった。

「ま、待ってください。違うんです……!」

 違う、という言葉は虚しくざわめきに溶けていく。


(違う、違う。私がなによりも大切にしているのはアウラだけだ)


 アウラには心配をかけたくない。あんな恐ろしい光景に未だ怯えている弱い自分を知られたくない。

(私が……人殺しだと罵られていることなど、知られたくない……)


 視線の先でレオナールがアデライドと公爵、それからアウラに声をかけ手を差し出した。今夜はまだアウラは夫のジョシュアと踊っていない。そのためかアウラは小さく首を振り頭を下げた。それからアデライドを含めた三人でなにか会話をした後、再びレオナールが手を差し出し、アウラが応じてレオナールの手を取り、庭園の方へ歩き出した。


 その間、アウラはジョシュアを一度も見ることはなかった。


 きらびやかな会場の中、ジョシュアは暗闇に包まれるかのような錯覚に陥った。興味深く眺めている周囲の視線にも気づかず、真っ青になりふらふらとアウラとレオナールが消えた方へと歩を進める。


 アウラに見捨てられたと絶望感が襲いかかる。彼女が雨に打たれ倒れたあの夜から見限られていたのだろう。いや、もっと前からか?

 

 なぜ気づかなかった? 今日だって一度もアウラと話していない。アデライドや貴婦人たち、それからレオナールとはあれほど楽しそうに歓談していたのにジョシュアには笑顔を見せていない。


 いつから?


 いつから笑顔を見ていない?


 出張から帰って来た時、確かにアウラは笑顔だったと思う。けれどジョシュアは目を逸らした。その後、何日かは食事の時や仕事の見送りの時には微笑んでいた。

 出迎えは……。ジョシュアが離れに寄ってから本邸に戻るため出迎えはなかった。

 それは今も。執事のベンジャミンから「奥さまはアデライド王女の婚礼準備で疲れている」と言われれば受け入れるしかなかった。

 

 ジョシュアが一日のうちアウラの顔をまともに見られるのは寝顔だけだった。しかしそれもアウラが寝室を別にしたことでできなくなった。

 寝室を別にしたことを伝えてきたのは侍女長のメアリで、冷たく淡々と「決定事項である」と告げられたので受け入れてしまった。……受け入れるべきではなかったのに。

 たとえ眠っているとしても抱きしめなければならなかったのに。

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