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宮廷のバラ

 ジョシュアから庭園の真ん中で花束を渡されたのはその会話をした数日後だった。長身を折り曲げてピンクのバラの花束を捧げている。その勢いが少し怖かった。


「あの?」

「受け取って、もらえませんか?」

「でも、奥方さまがいらっしゃるのでは? 私が受け取って不都合なことはございませんか?」

 ジョシュアがばっと顔を上げた。先ほどまでは赤くなっていた顔が、今度は白くなっている。

「い、いない! 私は結婚もしていないし婚約者もいない!」


(それは意外)

 確かに堅物で寡黙だけれど、柔らかな茶色の髪の毛を後ろで一つに結び、青い瞳は実直そう。あまり見た目に頓着しないようだが最近はすっきりとした趣味の良い身なりをしているし、端正な顔立ちをしている。その上に伯爵家当主でもある。結婚していない理由がわからないのだけど、とアウラは首を傾げた。

 後に知ったことだが、かつて婚約していたことはあったが家庭の事情で白紙になっていたらしい。


「そうなのですね。えと、花束は……」

「深い意味はないので!」

「はあ」


 公爵家に降嫁することが決まっているアデライドについて行きたいと考えているアウラは、さまざまな方たちから贈り物を頂くことがあったが全てお断りしてきた。実家の父は落胆するだろうが、一生独身でもいいかな、と考えていたのだ。


「『宮廷のバラ』と呼ばれている貴女にバラをと思ったのだが、直接的過ぎただろうか……?」

「は?」

(なんですか『宮廷のバラ』って)


 それにしても花束を捧げたままの腕が疲れそうだと、思わず笑ってしまったアウラはうっかり花束を受け取ってしまったのだった。


 *

 

「あの堅物のラスベリン伯爵と付き合っているって本当?」

 アデライドは傍で手紙のチェックをしているアウラに声をかけた。

 

「花束をもらったんでしょう?」

「付き合って……いるのでしょうか?」

「どういうこと? まあでもたしかにあなた達二人じゃ……」

 アデライドは、黙って向き合って座りお茶を飲んでいる二人を思い浮かべて笑った。

(お兄さまには悪いけど、お似合いかもしれないわ)


「でもよく一緒にいるでしょう? どんな感じ?」

「どんな、とは」

「ドキドキするとか、胸がきゅんとなる、とか」

「ないですわね」

「あら、つまらない。あのアウラが恋をしているのかと思っていたのに」


「恋ですか……」


 よく侍女やメイドたちが言っていた『顔が熱くなる』だとか『胸が高鳴る』だとかいうことは、ない。

 あえて言うならひたすら穏やかで凪いだ空気が二人の間に流れるだけ。そして、一緒にいて疲れない。

 

 *


 ジョシュアから突然のプロポーズを受けたのは、やはり庭園の真ん中だった。花束を渡された時のように勢いよく。

 

「え、あ、はい」と思わず応えて、輝くジョシュアの顔を見て慌てて訂正した。

「待ってください、違います」

 ジョシュアの表情がわかりやすく絶望に染まる。


「あの、そういうことを考えたことがなくて。……仕事を続けようかと思っていたので、今は……その……少し考えさせてください」

「わかりました、待ちます。でも絶対に他の人の求婚は受け入れないでくださいね」

 意外と押しが強い人だとアウラは思った。


 返事を待ってもらっている間も、ジョシュアとの謎の遭遇は変わりなく起こっている。期待に満ちた目から心配に染まる目まで徐々に移り変わっていくのを見て、アウラは罪悪感に襲われた。

 

 侍女仲間にプライベートなことを相談できるような相手がいないアウラは、それとなくアデライドにこぼした。するとなぜか大笑いされてしまった。

 

「いいと思うわ。一緒に公爵家に来てもらいたかったけどアウラが伯爵夫人になれば友人として付き合っていけるし……。ご両親にも話してみたら?」

 やんわりと背中を押された。悩んだ末に実家の両親に話すと「玉の輿じゃないか」と大喜びし、かえって結婚話が加速してしまった。


 そしてプロポーズから一か月後、アウラはジョシュアに「諾」と返事をした。


 *


 伯爵家当主に嫁ぐこととなり、アウラの実家のケリー子爵家はお祭り騒ぎとなったが、その陰で涙を飲んだ者達もいた。その一人が第三王子レオナールだった。


 アウラは王宮内に部屋を用意されており、休前日以外はその部屋で寝泊まりしている。

 アデライド王女の前を辞して部屋に戻る途中、前からレオナールが歩いてきた。

 アデライドに似た豪華な金髪に緑の瞳のあでやかな美貌は、多くいる王子王女の中でも際立っている。それなのに未だに婚約者も作らず『独身宣言』をしているらしい。


 アウラは廊下の端に身を寄せ、頭を下げた。王族が通り過ぎるまで頭を下げ続けるのが決まりであるが、なぜかレオナールはアウラの前で足を止めた。


「面を上げよ」

 ゆっくりと頭を上げると、頭上から視線を感じる。

「……ラスベリン伯爵と結婚するというのは本当か?」

「はい」

「なぜ?」

(なぜと言われましても……)

「……わたくしのような者にはもったいないお話だと思っております」

「は? お前ならば野心を持ってもいいだろうが」

 野心とは? と視線を上げてレオナールの顔を見るが、失礼であったかと再び目を伏せた。

 

「こっちを向け、アウラ」

 再び視線を合わせる。

「俺がアデライドにお前の配置換えを願い出ているのは知っているだろう?」

「聞いております」

「その意味がわからないのか?」

「意味がわかったところでお受けできかねます」

「子爵家の出身だということを気にしているのか? 気にするな。俺は心に決めたらよそ見はしないぞ」


 アウラは目を見開いた。

「まさか『独身宣言』はそのためだったと言うのではございませんわよね?」

「そうだが?」

 レオナールは微笑んだ。


 王族との婚姻は政治的な意味も含まれる。だから子爵家の三女など利用価値のない者は選択肢にも含まれない。そのためレオナールは侍女としてアウラを仕えさせ恋人として遇しようと考えていた。生涯独身でいるのはアウラに対する誠意であると言う。


「殿下には他にも恋人がいらっしゃると……」

「恋人ではない。が、お前が俺を見てくれなくて寂しくてな。だがアウラが受け入れてくれれば全て精算しよう」

「ふふっ。アデライドさまが『お勧めしない』とおっしゃった意味がわかりましたわ」

「あいつ、だから配置換えを無視したのか」

 レオナールは不満を隠さない顔で「はっ」と息をはいた。


「殿下のお言葉はありがたいことでございますが、結婚式の日取りも決まりまして覆すことはできません。両親も喜んでおりますし」

「……お前は一生王宮に仕えると思っていたのだがな。まさかアデライドより先に嫁ぐとは」

「アデライド殿下が嫁がれる日まで出仕いたします。私は変わらず王家に忠誠を誓っておりますわ」


 半年後、アウラはジョシュアの妻となり、平穏な結婚生活が始まった。

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