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【短編】どうも。私が悪役令嬢に嫌がらせ指導をして、ドン引きされた転生ヒロインです。

【あらすじ、ずくし→づくし】「あら、そんなとこにいらしたんですの、ファーナ嬢。みすぼらしくって、ただの布切れかと思ってしまいましたわ。ごめんあそばせ?」


 日の光を浴び、輝くようなハニーブロンドの髪にサファイアの瞳を持つその令嬢は、私に()()()ぶつかった後、あざ笑いながら言った。


 彼女がぶつかったせいでよろけた私は、学園内の中央に配置された噴水の縁に乗り上げるようにへたり込む。

 手にはひんやりとした水の感触が伝わってきた。


 布切れって。

 彼女も私も、着ているものはこの学園の制服だ。

 紺色の生地のブレザーで、胸元には学園の紋章が金色の糸で刺繍されている。


 だけど違いは確かにある。

 私みたいなお金のない家の者は、この制服をそのまま着ているのだが、彼女たちのようなお金持ちはこの制服に追加で刺繍やボタンを宝石に変えるなどしているのだ。


 元は一緒のものだというのに、きらびやかさが全然違うのよね。


「だいたい、道の真ん中をボサっと歩いている方が悪いのですよ。フィリア様が謝ることなどございませんわ」

「ええ、ホントそうですわ。たかが子爵令嬢風情がフィリア様に道も譲らす、真ん中を通ろうとするなんて。非常識もいいところです」

「むしろフィリア様がお怪我されたらどうするのです」

「そうそう。こんな汚いのに触るだなんて。病気でもうつされたら大変ですわ」


 フィリアと呼ばれた先ほどのハニーブロンドの令嬢の、やや後ろを歩いていた二人の令嬢が、まるで彼女を庇うようにその前にスッと立つ。

 

 フィリアという名前は、この国では有名だ。

 この国唯一の公爵令嬢。

 そしておそらくこの二人は、彼女の取り巻きなのだろう。


 だけど人の往来があるこんな中央広場で、わざとぶつかってくるなんて。

 誰がどう見ても、どちらが悪いかなど一目瞭然のはず。


 それでも彼女に意見出来る者など、この学園にはほんのわずかしかいない。それほどまでに、貴族階級において身分というものは絶対だ。


 そこまで考えて、私はふと思考が停止する。


「あ、水冷たくて気持ちいい」

「は⁉」


 私の発言の意味が分からず、フィリアは間抜けな声をあげた。

 

 いやしかし、本当に気持ちはいい。

 今日は朝から日差しがかなり降り注ぎ、しかもキチンとした制服は風通りも悪い。

 挙句、教室にはエアコンも扇風機もない。


 ただの風だけで暑くて仕方ないから、ちょうど頭から水をかぶりたいと思っていたのよね。


 うむ。なんたる偶然。バッチリじゃない。

 もしかして、意思疎通しちゃったとか?


「ん?」


 エアコンに扇風機? なんだっけ、それ。

 形は頭の中で簡単にその色や形は想像できるのに、それが何だったのか思い出せない。


 ほら、あの白い箱と、青いくるくる回るやつ……。

 どこで見たんだっけ。


「頭おかしくなったんじゃないですの?」


 取り巻きの左側の人が、ゆっくりこちらに近づき私を睨みつけた。

 睨まれてもさぁ、意思疎通しちゃった系だもの。

 仕方ないじゃない。

 それに結構気持ちいいのよ。


 私は何の考えもなく、その濡れた手で彼女の顔に触れた。


「な、何をするんですの!」

「いや、気持ちよくないですか? 冷たくて」

「行きましょう! 本当に、おかしくなってしまったみたいですわ」


 私の奇行に焦った右側令嬢は、左側令嬢の手を引き、私から引きはがす。

 

「ふんっ」


 フィリアは片手に持っていた扇子で口元を隠すと、もう一度私を睨みつけ、その場から立ち去っていった。

 

「何だったんだろう、アレ」


 私はそんな彼女たちの背中を見送りつつ、もう一度水に手を浸す。

 ひんやりと冷たいその感覚が、頭の中をスッキリさせていった。


 どうせ私を水に突き落としたいのなら、背の低い噴水でやるか、池とかじゃないと意味ないのよね。

 こんな手が濡れただけで、なんだっていうのかしら。


 でもこんな場面、どこかで見たことあるのよね。

 ほら、私結構美人サンだし。

 なんていうか、薄ピンクのゆるふわ髪にルビーのような瞳って、もうヒロインじゃない?


「ヒロイン……ヒロイン? ヒロイン⁉」


 噴水の水に写る自分の顔をもう一度見て。私はようやく気付いた。

 そう。

 私はこの世界に、転生してきた者だということを—―



   ◇   ◇   ◇



「嘘でしょう。嘘……」


 私は人知れず、言葉をこぼす。


 だって、転生したっていうことは、一度死んだってことよね。

 えー。なんで死んだんだろう。

 過労死かろうしとか? まぁ、食生活もずぼらだったし。


 でもそれがまさか、夢にまで見た転生だなんて。


 キョロキョロと辺りを見回し、人がいないことを確認すると、私は足早に木陰に隠れる。

 ああ、ここならきっと誰の目にもつかないわ。


 そしてもう一度だけ人目を確認すると、ウキウキとした気分を押さえられずに叫んでいた。


「ステータス、オープン!」


 一度言ってみたかったのよ、これ。

 だって前の世界でやったら、タダの痛い人だし。

 いや、今だって誰かに見つかったら十分痛い人ではあるんだけど。


 でも、どーーーーーしてもやってみたかったの。


 すると私の期待に応えるように、小さな羽音はおとにも似た機械音がした後、宙にステータスが表示された。


「キタキタキタキタキター」


 これがあるってことは、普通の異世界転生じゃなくって乙女ゲームとかそっち系ってことよね。

 あー。こんなことならラノベとかだけじゃなくて、そっちもかじっておくべきだったなぁ。


 ゲーム機は高いし、スマホは容量ようりょう小さいのしか買ってなかったからアプリ入れれなかったのよね。

 いやぁ、残念過ぎる。攻略法とか進め方とか全然わかんないじゃない。


「いや、まぁ、そもそも恋愛って……」


 私が生まれて死ぬまで、何年あったっけ。

 まぁ、若くはなかったと思う。記憶がかなり曖昧あいまいだけど。

 でも、一度だって彼氏いなかったもんなぁ。

 いわゆる喪女もじょってやつ。


 でも今更死んでしまったんだから、なげいても仕方ないし。

 憧れの世界に来れたんだから、今度こそ人生を楽しまなきゃね。


「で、ステータスはどうなっているのかな」


 私は一つずつ確認していくことにした。


ステータス―――――――――


ファーナ・オルコルト 16歳

オルコルト子爵家の長女

称号 転生薄幸てんせいはっこうヒロイン

職業 学生


体力  30

精神力 50

根性  80

攻撃力 5

俊敏  10

幸運  18


固有スキル

毒耐性  レベル3

恐怖耐性 レベル2

孤独耐性 レベル3

状態異常無効


「うん。思ってたんとなんか違う!」


 もうこれは声を大にして言いたい。

 数値の凄さっていうのは全く分からないけど、称号の薄幸って何よ。

 さち薄いとか、嫌なんだけど。


 前世だってさぁ。

 親は論外だったし、友だちもいなかったでしょう。

 就職先は驚くほどブラックで、イイコトなんて何一つなかったっていうのに。


 でも称号よりも酷いのが、スキルだよね。

 なんかヒロインにそれって必要? ってのしかないじゃない。

 もっと聖女~とか、愛され~とか。そういうの想像してたんだけどなぁ。


 定番は光とか、聖なるでしょ、ふつー。癒しの手とか使えたらサイコーなのに。

 なんか暗殺者っぽいのしかないじゃん。

 

「毒……恐怖、孤独……。もしかして、このスキルって前世から引き継いだ系なのかな。ないよりはあった方がよさげなスキルではあるけど」


 魔法……は聞いたことなかったっけ。この世界にはないっぽいな。

 仕方ない。スキルもないよりはマシだと思おう。


 でも毒耐性って。

 昔、何か食べたかなぁ。


 口元を押さえながら下を向いていると、木々が風に揺れた、

 人の気配。

 私は急いで視線を見上げる。


 そこには心配そうに私をのぞき込む男性の姿があった。

 

「大丈夫か、オルコルト令嬢」


 背が高く、細身のその男性は、やややる気のなさそうに薄緑の頭をかきながら声をかけてきた。

 神経質とは真逆のようなその存在は、服も髪型もよれており、イケオジというには程遠かった。


「えっと先生?」

「なんでそこが疑問符なんだよ。おまえの担任だろが」

「あー、そうでした、そうでした」


 記憶を一気に取り戻してしまったことで、頭の中が少し混乱してしまったみたい。

 でも彼は確かに私の担任だ。


 こんな成りでも、一応教授らしい。


「アザーレ教授35歳、独身。彼女ナシ。よし、ちゃんと覚えてる」

「おい。なんでそこを全部読み上げる。っつーか、何見てそんなスラスラ人のことを言ってるんだよ」

「え、あ、記憶力いいんです」


 これは本当。

 昔から変なとこだけ記憶力いいのよね。


「そんなことより、何かありましたか?」

「それはこっちのセリフだ。おまえが他のヤツに嫌がらせを受けていると、生徒から助けを求められて大急ぎで来たんだが」


 おー。

 わざわざ教授を誰か呼びに行ってくれたんだ。

 すごいすごい。

 ちゃんとした人もいるんじゃない、この世界。

 お友達になりたいな。


「怪我はないか?」

「へ? 怪我っていうか、そもそも、嫌がらせなんて受けていませんよ?」

「は? なんだ、それは……。見たって奴らが数人いたんだが」

「ん-。いや、たぶん見解けんかい相違そういみたいな?」

「おまえ、難しい言葉使ってごまかそうとしてないか?」

「いえ? 事実を言ったまでですよ」


 だってアレが嫌がらせだなんて。

 まぁ、貴族の子にとったらあれぐらいでも嫌がらせにあるのかもしれないけど。


 実際の被害は手が濡れただけ。

 しかも今は真夏よ。

 たとえ頭から水をかぶったとしても、私なら嫌がらせって思えないかもなぁ。


 さっきも思ったけど、あれが効果を発揮するのは真冬くらいよね。

 これじゃあ、風邪もひけやしない。


 一人納得する私に、アザーレ教授はなぜか深いため息をついていた。


「何にもないならいいが。だが一人で抱え込んだり、無理はするなよ。何かあったらすぐ相談しろ」

「んー、はい、了解です!」


 私が元気に右手を上げれば、教授は心底呆れたような瞳をしていたが、私はあえて気にしないことにした。



   ◇   ◇   ◇



 翌日から、奇妙なことが学園の私の周りで起こり始めた。


 初めは、上靴の中に入れられた一個の画びょう。

 どこかの掲示物から落ちたのかと、それをロッカーの上に置くと、次の日には上靴いっぱいにこれでもかと画びょうが入っている。


「うん……んー。さすがにこれは……」


 どうしようかと考え、私は辺りを見渡す。

 朝早い学園の下駄箱には、まだ誰もいない。


 そう考えると、昨日の学園が終わってから入れたのか、私が来るよりも前に来て入れたのか。

 どちらにしても、大変だっただろうなぁと、関心する。


 昨日は一個だったから、ロッカーの上に片づけたけど。

 こんなに大量だもんなぁ。

 入れ物探しに行くのもめんどくさいし……。


 うん、そーだ。


 私は自分の上靴をそのままひっくり返す。

 するとたくさんの画びょうたちは、見事に下駄箱の床一面に広がっていった。


「入れた人が片づければいいよね。私のせいじゃないしー」


 我ながら名案だとばかりに、上靴をはいて教室へ向かった。



 その翌日。

 今度は机の中に、小さな虫取り器が入れられていることに気づく。

 

 ご丁寧に教科書たちは、後ろのロッカーに仕掛けた人が片づけてくれたらしい。

 

「んー。どうしようかな」


 昨日が画びょうで、今日が虫かぁ。

 あの画びょうも結構大騒ぎになったのよね。

 何せ、大量だったし。


 まぁ、私のせいじゃないけど。


 机の中から取り出した虫取り器片手に、またふと考える。

 どうしたものか。


 うん、そーだ。


 私は教授の使う机に、そのままソレを突っ込んだ。


「よし!」


 証拠隠滅~。

 だいたい犯人の目星は、あの方じゃないかって思うけど。

 でも違ったら困るもんね。


 その点教授は困ったことがあったら~って言ってくれてたし。

 お片付け、丸投げしちゃお。


「授業を始めるぞ~、って、おい、何だこれ! 誰だ、こんなもん入れた奴は!!」


 案の定教授は来た途端、大きな声を上げた。

 そして取り出した虫かごを見て、辺りは騒然となる。


 悲鳴を上げる女子生徒や、犯人は誰かと探し始める人たち。

 

 フィリア令嬢たちの方を見れば、顔を真っ赤にしながらこっちらを睨みつけていた。

 ん-。なんていうかなぁ。


 やったのバレバレじゃない。

 令嬢たちが虫捕まえてる姿なんて想像は出来ないけど、基本的に学園内に使用人を入れることは出来ない。


 少なくとも私の机にアレを入れたのは、三人のうちの誰かだ。

 きっと虫なんて好きじゃないだろうに。

 頑張っても空回りしちゃってるし、可哀そうかな。


 今だって、もっと私を追い詰めるならいい方法があるのに……。


 そこまで考えてふと思考が止まる。

 うん……なんていうか、生ぬるい? んー。しょぼいのよね。


 レパートリーも少ないし、インパクトにもかける。

 これじゃ、全然悪役令嬢になってないじゃない。

 

 私が夢にまで憧れた世界じゃないわ。

 

「……あ、そうだ」


 我ながら良いことを思いついたとばかりに、放課後フィリア令嬢たちと対峙することを決め、早々に呼び出したのだった。



   ◇   ◇   ◇



「わたくしを呼び出すなんて、どういうことか分かっているんでしょうね」


 校舎裏。

 木々がやや早く風にそよぎ、昼間まで青空から注いでいた日の光は、重たい雲に隠れてしまっている。


 昔テレビで見た決闘のシーンでも始まりそうなほど、どんよりとした空気が流れていた。


 私に呼び出されたフィリアはいつも通り取り巻きを連れ、腕を組みながら私を睨みつけている。

 普通、こうやって身分の下の者が上の者を呼び出すことなどあってはならない。


 だから本来は彼女も、私の呼び出しになど答えなくともよいのだ。

 しかしその上で来たということは、多少自分のしたことに後ろめたさがあるのだろう。


「ええ。もちろん分かっていて、お呼びした次第ですわ」

「まぁ、図々しい」

「ではお聞きしますが、まずなぜ、フィリア様は私に嫌がらせをなさるのですか?」


 そう、これがまず聞きたかったのよね。

 たぶん状況的にはどこかのルートに入っているからだろうと思うのだけど、肝心の相手も動機も分からない。


 フィリアの婚約者はこの国の王太子様。

 たぶんその関係だとは思うのだけど、直接的な接点があった記憶がないのよね。


 別にこっちから言い寄ったこともないし。

 記憶が確かなら、学園に入って数回会話したくらいなはず。


 ただ会話しただけでこんな嫉妬されても困るのよね。


「あなたがわたくしの婚約者であるトレス殿下に色目を使うからではないですの!」

「色目って、私は別に何もしていません」

「嘘おっしゃい! ハンカチを渡したり、ノートを見せたり。それにこの前は二人で歩いているのも見たんですわよ」


 んー。これは一から全て説明しなきゃダメかしら。

 だけど目の前で今にも泣きそうにヒステリックに叫ぶフィリアを見ていると、全部解説しないと事態は収まりそうにもなかった。


「ハンカチは飲み物をこぼされて困っていたので、近くにいた私が貸しただけです」

「婚約者のいる殿方にハンカチを渡す意味が分かっていないと申しますの?」

「そうではなく、困っている人にハンカチすらフィリア様なら貸さないおつもりですか?」

「……」


 いや、さ。

 貸されたくないなら、付きっきりで見張ってて自分が貸してあげればいいじゃない。それか、飲み物こぼした殿下にクレーム言うとか。


 親切にしたことを怒られるって、ホントどうなの。


「それにノートは授業をサボっておられた殿下から、私に貸して欲しいと言われたものです」

「では、では! 二人で歩いていたというのは、どう説明するんですの」

「これだけのことをしてあげたので、食堂でお礼のために食事を奢ると言われついて行っただけです。二人でと申されますが、校内にも食堂にもたくさんの生徒がいますし」


 密室で会ったとか、デートしたとかなら分かるけど。

 ただ食堂で奢ってもらっただけなのに。

 タダ飯サイコーって思ったけど、婚約者持ちについていくとこんなイベントが発生するのね。


 さすが乙女ゲーム。

 なんでもかんでもだなぁ。

 本命見つけたら、慎重にしないと大変ね。


 と言っても、誰が攻略対象なのかも分かんないんだけど。


「そうだとしてもです。殿下は最近、あなたの話しかしない。優秀だとか、あの髪色が素敵だとか……」

「その文句はむしろ、私にではなく殿下に言ったらいかがですか?」

「いいえ。わたくしは殿下の婚約者。そんなことは絶対にいたしません」

「ですがそれで私に数々の嫌がらせをなさるのですね」


 ダメージは全然なかったけど、なんだかなぁ。

 動機がイマイチなのよね。

 いや、私の行動がイマイチなのか。

 

 もっとこう、私がトレス殿下に猛アピールしてたらいい感じなのかな。

 でも……んー。

 問題が一つあるのよね。


 なんとなく殿下の顔はぼんやりと覚えてる。

 キリッとした眉にブロンドの髪。ヒスイの瞳。

 色が白く、背も高い。

 ただ残念。もやしとまでは言わないけど、なんか全体的に線が細いのよね。


 私の好みじゃないっていうか、正直興味なさ過ぎて顔もなんとなーくしか思い出せないレベル。

 どうでもいいことはよく覚えているのに、人の顔と名前を覚えるのは苦手なのよね。


 まぁそれはそれとして置いといて。

 私が彼女を呼び出した、一番の理由をちゃんと説明しなきゃ。


「噴水につき飛ばしたり、上靴に画びょうを仕込んだり、机に虫を入れてみたり……」

「あなたが全部悪いのよ!」

「そうだとしてもです。全然ダメです!」

「そんなことしていたのか⁉」


 私の声と男性の声がかぶる。

 私たちはその突然の声に、思わず振り返った。


 するとそこにはアザーレ教授とトレス殿下の姿がある。

 二人はこの呼び出しに気づいたのか、報告でもあったのか。

 息を切らしているところを見ると、急いで駆けつけてきたらしい。


「オルコルト令嬢、何かあれば必ず頼るようにと言っただろう」

「すまない、オレのせいで君を酷い目に遭わせてしまったようだ」


 二人は心配そうに駆け寄ると、私の隣に立つ。

 そしてそのまま目の前のフィリアを非難するように眉をしかめ、険しい表情をしていた。


 もう、せっかくの呼び出しが台無しじゃない。

 なんでこんなとこで登場するかなぁ。

 ちょっと早すぎじゃない?


「いえ、そうではなく」

「いいんだ。身分を盾に言えなかったんだろう?」


 甘く囁くような殿下の言葉に、フィリアの顔が真っ赤になっていく。

 ああ、そうじゃない。そうじゃないんだよー。


「殿下がいけないのではないですか! わたくしという婚約者がいながら、他の女にうつつを抜かされるから」

「別にオレと彼女はそんな関係ではない」

「ではどんな関係だと言うのです」

「ただのクラスメイトです」


 ハッキリと私が言えば、なぜか全員私の顔を覗き込むように見る。

 いやだって、本当のことだし。


「それにお二方も何か勘違いなさっておいでのようですが、私は別にフィリア様がなされたことを非難しようと思ってここに呼び出したわけではありません」

「ではなんだと言うのだ、オルコルト令嬢」

「だって嫌がらせと呼ぶにはレベルが全然足りないんですもの」

「は?」


 私の言葉に全員が変な顔をしていたが、私は気にすることなく言葉を続ける。


「だってそうじゃないですか。嫌がらせにしては生ぬるい。生ぬるい以上に、下手したら気づかないレベルですよ? まず。どうせ突き落とすなら池とかじゃなきゃ。噴水とか落ちれないし。あ、しかも季節は冬限定ですね。夏はただの水浴びになっちゃいますから。それに画びょう? 典型的すぎですし、威力激よわで却下です。まぁ、一箱分入ってた時はさすがに笑えましたけど。あと、机に虫? あんなのまったく意味なしです。虫入れるならもっと大量にうじゃうじゃっとするとか、せめて毒虫とか?」


 一息に言い切り、まだそれでも足りない私は思いのたけを吐き出す。


「もっとこうインパクトがあって、ああ、これは嫌がらせだーってのにして下さい。食べ物にこっそり毒入れとくとか、トイレで上から水かけるとか。あ、水はその辺のじゃダメですよ。ドロっとした汚いヤツじゃないと」

「……それをやれと?」

「やれとまでは言いませんが、これくらいしないと意味がないってコトです!」


 ふぅ。

 ずっと言いたかったのよね。

 やっぱりこのレベルですら、まだまだだって思うけど。

 令嬢がやるなら、ここらへんが限界かなって思うのよね。


「人としてそれはやってはいけないレベルではないかしら……」

「そうだな。毒なんて盛ったら普通に捕まるぞ」

「命の危機があったらどうするんだ」


 三人共に引いているような気がするのは気のせいかしら。

 おかしいなぁ。そこまで過激じゃないと思うんだけど。


「大丈夫です。私、毒耐性ありますし!」

「いやいやいやいや、そういう問題じゃない」

「え、状態異常無効ですよ?」

「……その歳で、どんな生活をしてきたらそんなスキルが身につくんだ」


 あれれ。

 なんか思ってた反応と違う。

 引いている以上になんか、哀れられてるみたいな?

 

 えええ。

 なんか思ってた展開と違うぞ。


「嫌がらせレベル越して、殺意あるレベルを強要してどうする」

「えええ、ダメでした?」


 だって全体的に物足りなかったんだもん。憧れのヒロイン役なんだよ?

 やっぱり堪能したいじゃない。


 それには完璧な悪役令嬢が欲しかったんだけど。なんかみんなの目を見てると、明らかに私の方がレベルおかしいみたいな……。


「えええ、本当にダメでした?」

「みんながドン引きしてるのが見えないのか?」


 いや、真面目な顔で教授に言われなくなって分かる。分かるよ。ドン引きされてることくらい。

 でも現実を見たくないんだもん。


 これって、これってさぁ。


「もしかしなくても、攻略失敗……」

「何を言っているのか意味は分からないが、嫌がらせのレベルを上げろという人を見たのは初めてだよ」

「わたくしは、なにを相手にしていたのかしら」


 やだやだやだやだ。

 その目、やだよぅ。

 確かにトレス殿下には興味なかったけど、それとこれとは話が別だ。


 攻略相手すら分からない状態で、一人目からドン引きされるって、どーなの。

 いや、どーする私。

 この世界でやっていけるのかな……。


「とにかくだ。職員室まで来るように」


 呼び出されたのはフィリアではなく、私であったのは言うまでもない。

 ただひたすら倫理と言う名のお説教は、何時間も続いた。


「私の王子様はどこ!!」

「おまえをマトモに扱える奴なんて、いないだろうな……」

「いーやーだー。恋愛したいよぅ」

「諦めるか、その性格を直してからだな」


 泣きそうになる私の肩に教授は手を置き、深いため息をついた。

 

「なんか思ってたんとちがーーーーーーぅ」


 そんな私の叫び声など誰も気づかってくれることもなく、前途多難な王子様探しは始まるのだった。


 いや、知らんけど。たぶんね。きっとそのはずだ。と、せめて、私だけはそう思うことにした。

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きっと貴女なら王子様見つけなくても楽しく暮らせるよ! ...多分。
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