第17話:報告
ザバン執政所では、ナスケスが執政補佐バルカードを伴って、迷宮管理官ヨーキから顛末の報告を受けていた。手元には最終版のレポートを受け取っている。帰還翌日となる本日この夕刻に提出してきたものだ。
階層主討伐後の空位期間、普段はこぞって冒険者たちが迷宮に向かい資源獲得の増加やそれに伴う税収増が見込めるが、今回は最下層の状態改善が確定しなければ勢いはつかない。このため報告を急がせるようには指示していたものの、一両日で詳報を上げてくるとは、目付役とした『悪食』は前回調査に引き続き手際をわきまえている。会ったことがなかったが、人となりも見ておこうか、と考えたナスケスは、直立不動のヨーキに尋ねた。
「提出者は控えさせているのかい」
「はっ、いえ、報告書は冒険者ギルド長とともに目付役グループのリーダーが持参しましたが、報告書の検収を受けて一刻(約30分)ほど前に既に辞去いたしました」
「あっ、そう。――まあ、じゃあ、レポートの中身を見よう」
こういう重要案件では直接の聴き取りのために待機させておいてくれないと、と喉元まで出かかったナスケスだがそれはひとまず呑み込んだ。人物を量っておきたいというのは現状自分の個人的な関心の色合いが濃く、それを混ぜ込んで仕事を咎めるのは彼の主義ではない。それに、探索者本人に詳細を確認したかったとはいえ、部下にはある程度の問題ごとを任せられるようになってほしくもあった。検収を終えたのならば、ナスケスへの報告義務は受け取ったヨーキにあるのだ。
報告書にざっと目を通したナスケス。作戦概要、方針、編成、現場の状況、顛末。一連わかりやすく整理されており、末尾には分析と見解、提言も添えられている。前回に引き続き書式としては十分だし、元凶を始末して攻略部隊に取れる対応は取りきってきたというのもわかった。行政でなすべき施策としてはおおむね完了で、あとは空位期間の行動について探索者たちに、大噴門で注意喚起を徹底すればよい。カニが湧き直さないよう最下層では下手に危険種を狩らせず、馴染みの魔物にヌシにならせてしまえば環境は元に戻ってゆく。
「速報には聞いていたけど、完全に水没した区画に超大型が二体出現、ね。あらためて、よくぞ倒してこられたものだ」
顛末としては一定納得したナスケスは、報告書から目を上げて、部下たちの顔を見て感想を述べた。
「複数の階層主級を同時に相手取って死傷者無しとは、荒事に長けた獣人の底力でしょうか。人選の妙でございました」
『ジマイン』を選ばせた判断を称賛しつつバルカードが、もともとナルコ等にやらせてはどうかと言ったみずからの提言をそれとなくアピールする。
「うん、まあだけど、万全でぶつかったら一位の『水月』あたりは三体いたとて切り伏せるんだろ。それよりも、場を整えきる知恵があったのが意外だよ」
「魔法水対処には『コルネリウス』の暖房器具を活用したようですな。借り受けには同行者『悪食』の申し入れでわたくしが伴いましたが、あらかじめ聞いていた作戦どおりだったようです」
この執政補佐は心持ち胸を張っている。『ジマイン』選定に加えてこちらでも環境正常化には自身の寄与があったと言いたいようだ。
ナスケスからすると、冒険者を助けるのはよいのだが、しかしこの機械が具体的にどう役立ったのかは最終報告書には述べられておらず、そちらが気になった。水を温めて蒸発させたのだろうか。
「ふうむ、その実行した作戦とやらが、ぼかされているんだよなあ。現場の状況の推移はきちんと書いてあるし、一般化した対策もまとめてくれているがね。『コルネリウス』の魔道具は実際どう使ったのよ?」
「最新機器の実地検証結果は商店側のみへの報告情報として秘匿することを、機械貸出の際の条件とされておりまして。『悪食』代表の男性がそう申し出たことで店主も態度を緩めたのです」
ヨーキに訊いたナスケスだったが、答えたのはバルカードである。
「ああ、キミが同席した場でそれを握ったのね。参加チームの手の内を明かさない理由付けにもなっている。目付役のリーダー、食えん男だな」
「はあ……」
主の反応した箇所が想定と違ったのか、執政補佐はやや腑に落ちていなさそうな表情を見せた。
ナスケスは部下を育てることが必要だとは思ってはいるものの、勘の悪い相手に逐一言葉を尽くしたくないというのが本音でもある。貴族としての美意識にも反するし、何より面倒だ。本題からは外れるため、この件ではあまり喋りすぎないことにした。
執政側としては、迷宮攻略に必要な情報はなるべく広く取得したいし開示したい。賑わえば賑わうだけ潤うからである。報告任務にも可能な限りの詳細を期待していたし実際に課している。一方で冒険者からすると、自分たちが血を流して得た技術や知識をおいそれと盗まれるのは御免なのだ。『悪食』リーダーには、この駆け引きにおける、うまい口実を作られたわけである。
仮に『蟹の王』が再度現れた場合、戦場の水量を減らし住処から追い立てて持久戦で対決するという手順で成功したことは示したから、なぞりたいなら各々で独自の方法を探すべし、というのが今回の件の彼等からの整理と言えよう。超大型への対策にせよ、特徴や弱点とおぼしき部位は示してあるが、具体的に誰がどうしたというところまではわからない。そもそも問い詰めたところで正直に全貌を明かすかどうかも怪しいが、あらかじめ探られないようにした線の引き方は見事であった。
高級器具の拠出を商店側に承諾させながらうまく自分たちのメリットにも仕立て上げる手管、この報告者パーティーはやはりそこそこ切れるらしい。獣人たちの知恵の足りなさや商店関連の立ち回りを鑑みるに、今回の作戦遂行では彼等はおそらく単なる同行者というわけではなくそれなりにしっかりと関与したのだろう。彼等自身の命にも直接関わっているので当然といえば当然だが。
しばらく活動が目立たなかったところ、また動き出した裏には新入りの『天女』とやらが関わっているのかもしれない。そこも含めて不審と言えば不審な点はあるものの、仕事の勘所を押さえているグループとしては今後も使えそうだとは言えた。頭が良くて話が通じる者ならば活用のしどころがある。
「――まあ、ツェリークにでも、彼等の素性はあらためて訊いてみるかね」
目の前の部下たちはこういうことにはあまり気が回らないので、この手の漠然とした把握を進めたいならば進め方は考えねばならない。ナスケスは報告者パーティー『悪食』をすこし気にかけてみることにしたのだった。
◇◇◇
「ほんなら燃費はむしろもっと悪いほうがええっちゅうことでっか?!」
報告書の提出を済ませたトキと合流したエルレアたちは、『コルネリウス商店』に機材の返却に訪れていた。あたりはすっかり暗くなっており、獲得資源買取は執政指定の立会人を交えるため明日になるが、暖房器具は店の目玉として先行して戻すよう求められていたからである。『ジマイン』からはナルコの他、ウィズマーが来ていた。
店主のマルスが機械を検めた後、トキの話に食い付いている。
「今回の我々の用途に関してはそうでした。それだけだと使い途は狭すぎますが、可能性のひとつとして極論、一帯の魔素を食い尽くすことができれば、環境が変わって魔物の棲息域を狭めることもできたりするんじゃあないですか。あんまり無責任なことは言えませんけど、燃費を良くするばかりが能ではないでしょう」
「ふおー、そらええこと聞きましたわ。売りもんになるまではえらいかかるやろなあ思てましてん」
この魔道具、もともとは魔石消費の際に出る魔素の残りカスを使えないかという発想から生み出されたものなのだという。効率はさておき凄い技術には違いないのだが。
「そやかてそんな大量に魔石を使おう思たら、大工場でも建てなあきませんやろ。魔法使いの仰山いはる迷宮都市でええ使い途が見つからんもんかちゅうんは、実は本社の目算でもありましたんや。いやー、早々に顔向けできてありがたいですわあ」
「こちらも助かりましたし、お互いに良い結果が得られて良かったです。まあとにかく一番には、無事にお返しできたということで」
借り受ける際にはいかに希少な品かを滾々と説いた店主だったというが、攻略部隊の使途を聞いて一転内情を語りだした。ただ、個々の商店の技術競争にはあまり巻き込まれたくないトキ側は、いいところで話を切り上げた。製品開発は情報戦だといって口外無用を口酸っぱく念押ししたマルス、一同にも特に異存はない。
また、ウィズマーが素材のサンプルと簡易目録を持参していた。本格見積のために商店側に事前情報を入れておいてやろうということである。なにぶん見たことのないだろうものなので価値算定にも苦慮しかねない。希少資源を目にして、大儲けが期待できそうだと店主側は喜色を全面に表した。
これには実は事前の準備という以上に、獣人たちの気配りを示して、目端の利く相手だからこそちょろまかしは考えるなよ、という圧力をかける意図もあった。『悪食』からの入れ知恵である。立会人にもこの後同じ物をあらかじめ届けておく予定だと告げたウィズマーに、顔色を変えずにマルスはしれっと返した。
「準備よろしゅうてほんま助かりますわあ。こういう商いの達者な方々とは、今後もぜひとも仲良うさしていただけますとねえ」
こうして、『コルネリウス商店』と獣人たちの悶着は、階層主を狩って商店側に大きく利益をもたらす形に落ち着かせたことで、表面上は解消となった。店主とナルコは治療者エルレアを仲立ちに、おどおどと出てきた店主弟とウィズマーに握手を交わさせてもいる。この後両者の関係性がどうなってゆくかはさておき、妙な対立は持ち越さなくなったと見てよいだろう。
「すっかり水に流したあたり、マルス氏は損得勘定の巧みな方でしたね。街中に帰ってきてまで泥沼にハマる羽目になんなくてよかったです」
「おかげさまで。諸々心配りいただきやして、ありがとうございやした。粗末に扱わせないためには、力を示すだけじゃあなくって、取引においても商店側が美味しい、つーことをわからせるのが大事なんっすね」
「まあ腹に据えかねたらブン殴ってやりゃあスッキリするとは思いますけど」
「ちょっとやめてよトキさん、もう泥浚いはごめんなんだから」
『ジマイン』のふたりは、しこりを残さない締めくくりに上機嫌である。『悪食』の三人としても後始末含めてクエストを無事終えられ、商談の見込みも良い。
夜道を帰る一行の足取りは軽かったが、ナルコはふと隣のエルレアを覗き込んだ。
「エルレアさん、なんだか難しい顔をしているね」
「あっ、はい、顛末自体はとっても良かったんですけど。なんて言いますか、あの器具は資源を効率的に使うために作られたのに、むしろ浪費する目的で活用法を探ろうというのは、なんだか皮肉だなあと思いまして」
エルレアは、自身は変化への対応力を求めて街に出てきたわけだが、自然の恵みを大切にして生きる森の民の考え方は割と性根に染みついているので、さしたる意図もなく何かを消費するという発想には、なんとなくわずかに馴染まないところがあった。
「資源の有効活用っつー意味では、広く言うと同じじゃないんですかね。滞留魔素のせいで使えていない場所が活用できるようになる、とかなら特に」
「そうねえ、ヒトにせよカニにせよ、まわりの環境を自分たちの都合の良いように作り変えていこうとするのは、生物のサガなんじゃないかしら」
先輩ふたりは割り切ったものである。ヒトの営みの色濃い都会に親しんできたからかもしれないし、人生経験の豊富さが言わせるものかもしれなかった。
「たしかに、ふるさとで周りの森を大事に保とうとしてきたのは、それが森人にとって住みよいものだったからというのも大きいですねえ……」
「獣人には、どこに行っても生きられるような己の力を重んじる人が多いよ。特に暴力でしいたげられないようにね。そのぶん周りを変えていこうという意識は低いかな。あたしたちよりも人間が種族として発展しているのは、環境を自分のものに作り変えていく力の差にあるのかもね」
「環境に無頓着なせいで、獣人街は小汚いっすからね、ハハハ」
この街が栄えているのは、そこに集った人々が未開の地を耕して拓いてきたからである。足下の歩きやすい石畳も、昔は草の生い茂るデコボコとした荒地だったのだろう。蟹を討伐して最下層の正常化を図ったのも、自分たちに適さない者を排除したという、相手との縄張り争いだったとも言える。環境への干渉は、それができる者こそが勝ち残り繁栄してゆくという、生物としての業なのかもしれない。
考え込むエルレア。秋の空は朧気にかすみ、柔らかい月の明かりが一同の足下に伸びる道を照らしていた。




