第15話:勝負
先にザバリと泥水から側面をあらわした最大種『タチキリ』は、鉗脚を通常の左右両腕に加えて背中にもさらに二本持つ異常個体であった。三階建の建物ほどの丈があり、大小ビッシリと背中に生えた紅い水晶のような塊が『謁見室』各所に据え付けた光源に煌めいている。
その背を目掛けて、モリソンの投弾帯が唸りを上げ、『碧蟹』通常種の死骸を投げつけた。大型種を見るに甲殻に当ててもダメージが通らないことはわかっているが、これは挑発目的である。『玉座』方面に戻られるのを避けるため、『謁見室』エリアの内側まで引き付けねばならないのだ。
この弾が砕け散ったのが開戦の号砲となった。
『玉座』を満たす魔法水の加熱にはまだ干渉されていると捉えてはいなかった様子の階層主『タチキリ』だが、これで自らの最下層支配への挑戦者たちをはっきりと認識して激昂したか、やや頭部を斜めに上げると、横走りに猛スピードでモリソン目掛けて突っ込んできた。
その通り道、ガサガサと動く脚にロザンヌが魔力で輝く盾をぶつけて阻むが、強大な質量に跳ね飛ばされた。衝撃でやや緩んだ速度につけこみターレスが腐食槍を腹めがけて突き出すも、足下の獣人たちに機敏に反応した『タチキリ』が体重のままにのしかかりを試みたため穂先を引く。咄嗟に下がるターレスは紙一重で躱しきったが、巨体がパシャリと大きく跳ね上げた水を正面から浴びてよろけた。
そこを横薙ぎに殴りつける右前側のハサミは、一本が荷馬車ほどもあろうかという厚みと幅である。素早く走り寄ったナルコの輝く蹴りが下からそれをかちあげた。空振る『タチキリ』は逆の鉗脚でなおも前方のターレスとナルコを狙う。右脚付け根に中距離からムーキーの投げつけた壺が割れて、ドロリとした粘性の液体が絡みついた。
「こっちも出たよ、水魔法注意!」
『玉座』側から響いたラフトの声、同時にヴェガが杖を振るう。遅れて姿を現したもう一体の超大型種『ゲンリュウ』がムーキーらを目掛け戦場真ん中に放った鋭い高圧水流は、宙空に素早く展開された分厚い水の魔法防壁をかろうじて貫いたが減衰し、冒険者たちには届かずバチャバチャと戦場にこぼれ落ちた。
その攻撃の合間に回り込んでいたグラーンが、火炎槌を渾身の力で後ろからぶつけた。
「オメエも中に行けえい!!」
巨躯をよろめかす怪力。こちらは碧い、背に並んだ水晶が、甲高い音を立てて破片を飛び散らせた。たたらを踏んだ『ゲンリュウ』は転倒を避けるべく八本の脚をキシキシと動かして勢いのまま『謁見室』内部に入り込んできた。それに歩調を合わせて迎え撃つラフトが脚先を切りつけながら、『タチキリ』と逆サイドに向くよう誘導する。
中後衛を統率するムーキーが、二体の合間に移動しながら声を掛けた。
「ヴェガさん防御サンキュー!」
「どういたしまして。だけど、無闇に水を増やすと足場が悪くなっていきそうね」
「出し過ぎは注意か。とにかく自身を守る分は取っておいてくんなよ。あとは打ち合わせどおり前中衛の緊急防御用で。後衛どもは回避優先な!」
あらためてパッチやエルレアに注意を促すムーキー。ヴェガの出力上、密度を保って制御できる魔力塊の数は定まっており、先程の攻撃を受けられる防壁でいうと二箇所が限度であった。別の場所に新しく生成するには、既に浮かしている分を放棄しなければならず、そうすると戦場の状態も少しずつ悪化してしまう。魔力が無尽蔵ゆえにむしろ乱発するわけにはいかないのだ。
「おら、焼け死ね!」
モリソンの投じた魔石が『タチキリ』側面に炸裂し、塗りつけた可燃性の液体がブワッと燃え上がった。巨体を揺すって嫌がる姿に、『ゲンリュウ』がすかさず水を広範囲に吹き付ける。展開済のヴェガの魔法防壁が広がってそれを受け消火を許さないが、『タチキリ』は水面にザバリと倒れ込んでバタバタともがき、火を消し止めた。その隙に『ゲンリュウ』背中の水晶壁を駆け上がったラフトが、飛び出た右目のド真ん中に雷剣をブスリと突き立てた。バチバチッと閃光が弾けて黒焦げになる眼球。同時に隣の長く伸びた触角を左手側の剣が根元から刈り取る。
苦悶の『ゲンリュウ』が揺する背の上を薙ぐように、『タチキリ』の背の赤い鉗脚がラフトを襲う。この狐型獣人が左にもった風剣を振るうと小規模な突風が巻き起こり、攻撃を受ける前にその身体をうまく後方に飛ばした。トンボを切って着地したラフトがそのままバックステップで下がるところに降り注いだ水魔法の散弾、再び左腕を振りあげると風の壁がゴオッと立ち上がって攻撃を防いだ。卓越した魔道具駆使技術から、『悪食』は、ラフトへの魔法防壁支援は基本要らないと言われている。ただ、広範囲に散らされた魔法に、『タチキリ』の脚を切りつけていたメックが膝裏に被弾した。よろめいたイヌ型戦士の腰にはハンナの投じたロープが素早く巻き付き、後方に引っ張りこむ。
「四本もハサミがあると、身体の後ろも殴れるのか。どっちの個体も、感覚器は積極的に潰していきたいね」
「おー、じゃあ目ン玉は墨でペイントしてやるぜ!」
ラフトの言葉に応じた投石士モリソンが弾を持ち替えた。
両手に短剣を持つジャークと槍を構えたトキは、同時に『玉座』から出てくる通常種の処理に当たっている。雑魚とはいえ、超大型を相手にしている面々の足下に近寄らせてしまうと危ない。またヴェガは防御支援に目を配りつつ、もしこの二体が逃走を試みた場合に炎で妨害すべく、戦場中央から『玉座』側の位置を保っていた。
投石士ふたりが様々な付帯効果を持つ弾を散らして牽制する中、魔法主体の青い『ゲンリュウ』を相手取る魔法剣士ラフトと大槌使いグラーン。最大種の赤い『タチキリ』に徹底して逆を向かせつつ立ち回っているのはナルコ、ウィズマー、ロザンヌたち。階層主討伐は、持久戦模様を深めていた。
◇◇◇
出血や疲労、小刻みに与えられるダメージなどで、相手の動きは鈍ってきている。
巧みに戦いを進める攻略部隊ではあったが、二体の超大型種を相手に消耗も相応に嵩んでいた。『タチキリ』の初撃ぶちかましを受け止めたロザンヌは関節のズレや筋断裂が酷かったし、ターレスは槍を弾かれたところを襲った魔法水のカッターで脹脛を裂かれてしまった。幅広く戦場を見ているヴェガの魔法防壁も、素早く展開できる射程が限られており、すべての攻撃を防ぎ尽くせるわけではない。『ゲンリュウ』の両眼を破壊することには成功した攻略部隊だが、他の感知能力もあるようで敵の行動精度は期待ほど落ちてはいなかった。二体をバラバラに戦わせるべく、戦場は『謁見室』内を広く両サイドにわかれて展開していた。
最終戦想定なので、エルレアはこの場で全員を癒やし切る必要はないと言われている。小休憩で回復もしたが、開戦時の残存魔力は二級換算でおよそ十発分。これを適切に割り振って戦闘を保たせねばならない。逆に、交戦者たちもこれを計算に入れてリスク判断をしている。
『タチキリ』の振り回したハサミが岩壁に当たって飛び散った飛礫を受けた者や、噴き出される水流をあえて受けつつ脚先を刈った者もいるが、多少の手傷や疲労は我慢させつつ継戦能力の落ちた者をケアしているエルレア。優先順位付けはともに動く中級冒険者ハンナが全体を見渡しながら行っている。ある者はロープで引き寄せ、ある者のもとには水を撥ね上げて走り寄り、広い戦場を駆けずりまわって手当てを繰り返す。
そのハンナとエルレアを、時折流れ弾や瓦礫が襲うが、それらを律儀に受けるのは自動浮遊盾ムラサキ。これがなければ『悪食』のどちらかはエルレアの側を離れない形にしていたと聞いていた。従来と違う立ち回りは心細いが、しかしひとりではないのだ。直接相手を攻撃しない中でも、自分たちの戦いを遂行しているふたりと一枚である。
鋏に生えるノコギリ状の歯に掠られて背中から大きく出血しつつも奮闘しているグラーンに駆け寄って応急処置の医療魔力を流し込み、素早くその場所から離れる。水の刃がエルレアらを襲ったがムラサキが受けた。表面は既にボロボロになってきているが、どうにかまだ動いてくれていた。
ハンナが全体に声をかける。
「エルレアちゃん、残弾2発!」
「予定どおり、ゼロになる前に勝負かけよう。そこだよウィズマー!」
「うす!! おら、喰らえ、全力だ!!」
ナルコの合図で、メックの盾を蹴り高く跳び上がったウィズマーの腕全体に纏った橙色の魔力刃が、『タチキリ』の左前鉗脚を付け根から切り飛ばした。即座に前に屈み込む赤い階層主、背中の両のハサミが同時に、渾身の一撃を放って体勢を崩したウィズマーを襲う。
「うおっ、そのパターンは聞いてねぇッ……!!」
急いで振るうキトの大斧が一本の脚先を破壊したが胴体は揺るがない。
ヴェガの魔法防壁が右側鉗脚に下からまとわりついて方向を変えたが、残った左への対処が間に合わない。
絶体絶命のイタチ獣人、そこに瞬時に飛び付いたナルコが力強く引っ張り、右手で地上に投げつけた。入れ替わりで宙に浮く形となった狼、その伸び切った腕を、『タチキリ』の刃が捉えた。
バツン!!
危険種すら両断する凶悪な鋏、ナルコの右の二の腕から先が造作もなく切断された。
迸る鮮血。
「ナルコさん!!!」
咄嗟に叫んで駆け出しかけたエルレアをハンナが制する。同時に投げつけたロープが、切断されてあらぬ方向に吹っ飛びかけた右腕に巻き付き、手前に引き戻す。
「あたしなら、大丈夫」
声をかけながら身を捻って着地したナルコは、その右腕を空中で掴むと傷口に接いだ。切断面を中心に銀色の魔力光が溢れ出る。そこから息つく間もなく『タチキリ』との距離を詰めなおす狼。前方低く突き出す形になったこの階層主の頭部に潜り込むと、トキ戦でも見せた爆発的な脚力で跳び上がり、その速度のまま左右並んだカニの顎に両手の爪をそれぞれ掛けて無理矢理引き上げ、口内をバカッと露出させた。勢いを殺さず蟹の頭部を越えて身体をクルリと反転させたナルコが叫ぶ。
「モリソン!!」
「はいよ!」
突撃を見てあらかじめグルグルと投弾帯を回していた投石士モリソンが放った赤い弾丸は、その開かされた口に突き刺さり、一瞬の間をおいて、内部でバゴンと大きく炸裂した。
バシャァン……!
内部から頭の神経節を破壊された『タチキリ』は、水を撥ね上げながら前方に沈んだ。まだ脚がバラバラに断続して動いてはいるが、単なる反射動作に過ぎず、戦闘能力はもはや失ったようである。
対照的にごく静かに着地したナルコ。先程両腕とも使っていたように見えたが、エルレアは治療が必要なものかと見やった。
「あの、切られた腕は……?」
「うん、言ったとおり、あたしは自己治癒力が高いからね。もう元通りだよ。受ける部位も狙いどおりだから」
「す、すごいですね……」
痛みも出血もあろうに、自ら癒やせる前提で取れる捨て身の行動。他の獣人たちからの信頼がうなずける戦闘力と決断力だとエルレアは思った。
片割れが倒れたのを感じ取ったか、『ゲンリュウ』は『玉座』方面に走り出したが、ヴェガの繰り出した炎の幕を突破できない。この超大型種はいいかげん魔力も使い切りつつあるようで、炎に向かって噴き付ける水にも力はなかった。
トキの槍が胴体と脚の境目に突き立つ。まわりの脚が乱暴に動くが、ジャークとロザンヌがそれを弾いた。そこに石突を蹴り込んで内部まで強引に押し入れるトキ。『ゲンリュウ』の口からゴボリと透明な血が零れ出た。
動きの鈍りきった逆の付け根に、今度はラフトが右手の雷剣を深々と突き刺した。
「中までしっかりとさあ……オレは加熱派なんだよね!!」
刃を走る電流。内部から火花の弾ける音がくぐもって聞こえた。煙を上げながら大きくグラついた超大型種。背中の青い水晶が魔力光をあたりに散乱させだしたのを見て、ムーキーが顔色を変えた。
「最後っ屁がくるぞ!!」
残された力で『ゲンリュウ』がでたらめに撃ち放った水魔法の高圧水流は、『謁見室』を縦横に突き抜いた。




