第14話:戦場整備
「おおまかに三つのことをやる必要があるんですけど」
トキが挙げた作戦の区分は以下の通りである。
1.内部状況把握
2.戦場整備
3.追い出し
一番目、『玉座』の状況把握については、土魔法で砂粒を水中に送り込んで空間全体をスキャンする。このやり方はヴェガの霧探知に似ている。トキの場合は魔力量が少ないのと出力もさほどではないため、一度に全域は埋め尽くせず確認には時間がかかるし精度も粗いが、泥で濁った魔法水にまぎれさせられるという点で今回の状況には適していた。高度な集中を要する探知中に護衛してくれる者も多い。通常種まで正確に数え切ることは難しいが、大型種以上の生息数はこれでわかるはずである。
二番目。『玉座』手前のこの区域は便宜上『謁見室』と呼ぶことにした。『謁見室』は超大型種と向かい合えるだけのスペースを持ってはいるが、水深が深すぎて動きがかなり制限されるため、今のまま戦うのはきわめて危険である。全域を乾かしきらないにしても、膝下程度には水量を減らしたい。
このため、前後を堰き止めて水を掻き出しつつ、魔法水の揮発を促す魔道具を稼働させる。くわえていくつか岩を切り出し、後衛用により安定した足場を設けることも考えている。これらの作業には魔法も用いるが主に獣人組の力仕事となる。戦場整備がうまくいかない場合や準備完了前に脅威種が出てきた際には、階層主との対決を避けて撤退することも視野に入れるべきであろう。
三番目、水で満たされきった『玉座』内部への進入は現実的ではないため、籠もっている討伐対象を戦場とする『謁見室』にまで引きずり出す必要がある。トキの石針は射程的におそらく最奥までは強度を保てず挑発には適さない。このため、ヴェガの火魔法を熱源に加熱した泥水を撹拌して、熱湯を奥側に送り込み、耐えかねて出てきた蟹を叩く計画である。仮に引き続き閉じこもるようならば茹だり切って死滅するまで続ける。
毒物を流し込んだり、『玉座』内部の岩盤を崩落させたりという策もあるが、これらは後処理の大変さから評価は落ちる。魔法水の後始末もさることながら、新型階層主の素材を確保できねば十分な儲けにはならないのだ。
「大がかりだなあ。土木工事みてえだ」
「オレたちも戦場整備には参加するんだね」
「臨機応変に考えるとは言っても、単に階層主が出てくるのを待って狩ればいいと思ってたわ」
獣人参加者たちは、現状に照らすといずれも必要なプロセスだとは理解したようだが、やや戸惑ってもいる。エルレアにしても、危険種を相手取る際に罠を用意した経験はあったが、ここまでの準備が必要な狩りは初めてである。
事前にナルコとはあらかじめ打ち合わせしていたが、このリーダーは他のメンバーへの共有も兼ねていくつか再確認したいと言い、トキに質問した。
「作戦1と2は、どちらもトキさんの土魔法頼みなんだっけ」
「条件付きでイエスです。堰き止めは水魔法でもできますから、並行で開始することは可能です。水のブロックを作って流れを遮断する形ですね。ただ、それを土砂のダムで置き換えないとヴェガの手が空かないので、作戦3の加熱には移れません」
「それぞれ、どのぐらい時間がかかるかはわかる?」
「初回探知は半刻(約30分)もあれば。戦場整備は、こだわり次第ですけど四刻(約2時間)ぐらいはかかるんじゃないでしょうか。『玉座』を沸かしきるには六刻から八刻(約3〜4時間)ほどを見込んでいますが、以前通常種を生きたまま茹でてみた経験からいうと、沸騰させるより先に熱湯を嫌がって出てくると思いますね」
一番早かった『悪食』組の最下層進入から、大体八刻(約4時間)が経過している。ここから更に倍以上の時間を準備に要するわけだ。フロア滞在可能時間上限の丸一日にはまだ余裕があるが、全体の活動時間も考慮に入れながら作業を進めなければならない。
「じゃあ内部探知を優先しつつ、並行して戦場の整備に取り掛かろうか。作戦3を開始すると後戻りはできないから、環境と体力が実戦闘に問題がなさそうか、途中でチェックポイントを設けよう」
獣人は戦闘も負傷も恐れない種族ではあるが、無駄死にを躊躇しないのはただの蛮勇でしかないと経験者たちは知っている。これほど大仰な準備は想定していなかった者も多かったが、各作戦にそれぞれ納得したようだ。ナルコの提示した進め方にみなしっかりと頷くと、なすべきことを確認して各々の作業に移った。各々の義務を果たし、最下層の異状を攻略して、全員で無事に生きて帰るのだ。
◇◇◇
というわけでエルレアは、寝息を立てていた。
ここは腕輪空間の中で、隣にはラフトとターレスも雑魚寝して仮眠を取っている。防水服ではまったくくつろげないので、何かあればすぐに出られるようには態勢を保ちつつも、みな通常の冒険装に着替えなおしていた。
探索開始からはおよそ三十二刻(約16時間)。途中途中に小休憩は挟んできたものの、階層主戦を迎えるには疲労を抜いておかねばならない。思い切って心と身体を休めるのも大切な技術なのだ。エルレアは長時間の迷宮探索に取り組む中でこういう経験も積んできたし、交代で休んでいる他の獣人たちも輪をかけて、気持ちの切り替えには慣れたものであった。しかし。
「エルレアさん、ジャークが喰らった! 回復たのむよ!」
「わっ……はっ、はいっ!」
開け放している空間入口から響いた護衛役ロザンヌの声に飛び起きたエルレアは、処置の準備をしながら、見かけによらず怪力のハンナに運び込まれたイヌ獣人の様子を急いで確認した。右太腿の骨が折れて突き出ている。付近の肉はグシャグシャにひしゃげてしまっており、かろうじてつながってはいるものの、という形であった。脚の付け根をロープで縛られてはいるが、ボタボタと赤い血が流れて零れ落ちていた。
「いったん脚をまっすぐに戻してから、魔法を施します。麻酔を用いるとしばらく動きに支障が出てしまいますから、この場では使えません。痛みますけど耐えてくださいね」
「うぐ、ああ、一気にやってくれ……!」
防水服を手早く切り裂いて骨折患部を露出させ、汚れを拭い、消毒のために薬剤をかける。手拭いを噛んで歯を食いしばったジャークの呻き声が響いた。あらためて止血状態を確認し、同じく消毒した別のナイフで傷口をやや開いて、飛び出た骨の通り道を確保しなおしたエルレアは、合図とともに、あらぬ方向に曲がっていた脚を一気に戻した。
「ムグウウウウッ……!!」
奥歯を噛み締めて脂汗を流しているジャークの脚に素早く左手を添え、治癒の魔力を流し込む。二級医療魔法を二度。さほどの間を置かず、深く傷付いた脚は元通りに癒えきった。痛みで青褪めていた顔色にも血の気が戻ってきた。他の打撲なども本人に確認し、エルレアは背中に手を当てて身体全体に行き届くよう魔力をフワッと送り込んだ。
エルレアの二級医療魔法は、その部位が健全であった頃の本人の魂の記憶をもとに、負傷箇所の状態を元に戻す効果を持っている。多少の歪みなどであれば直るのだが、欠損を埋めるだけの作用はないし、その場にないものを動かす大きな力もない。大怪我した箇所をよりきちんと治すには、人力での手当てもあわせて必要なのであった。これは街中の治療院などでもおおむね同じであるはずだし、ここまでの共同活動を通じてもこの獣人も覚悟している。
「フーーッ、フーーッ、助かった、ありがとう。大型種の足掻きを空中でモロに喰らっちまってな。しくじったよ」
「失った血が戻ったわけではありませんから、身体の具合をきちんと確かめてくださいね」
「大丈夫だ。まだボスは御目見えすらしていないからな。気張りなおすぜ」
ジャークはひと息ついただけで戦場に復帰して行った。他の獣人たちはロザンヌの声にこそ少し目を開けたものの図太く眠り続けている。ただエルレアは、あたりを片付けた後もさすがに外の様子が心配になって、三角座りしたまま、ふたたびの出番に備えることにしたのだった。
階層主討伐準備は、大詰めを迎えている。
トキの内部探知により、『玉座』エリア最奥には二体の超大型種がいることが確認された。これは想定外であったものの、最悪の場合でも噴門への逃走は可能と判断して作戦を継続している。水流の具合からして、うちひとまわり小さい方が集中的に魔法水を生み出していたが、こちらは最大個体『タチキリ』と区別して『ゲンリュウ』と呼ぶことにした。
ほかに手前側にはこれまで相手取ってきた大型種が計四体見られたが、これも『沙巌熊』クラスの危険種ではあるため、階層主戦に先立って処理しておかねばならなかった。トキの石針がギリギリ射程圏だったので、戦場整備の目処が立った上で、作戦3の魔法水加熱と並行して、挑発しておびき出したというのが現状である。一体ずつ処理できるのが理想ではあったが、一挙に三体が『謁見室』エリアに躍り出て来て、乱戦の中でジャークが負傷したのだった。
ともあれ、残る魔物の始末にも成功して、前哨戦は終了した。ジャークに加えて、ムーキーが鋭い水流攻撃をかわしきれずに腕を大きく切り裂かれてしまったのと、重い体当たりを腕でガードした際にウィズマーが肩の関節を痛めてしまったが、これらはいずれもエルレアの治療で癒えている。他にはメックの盾が破損してしまったが、こちらは予備があるので問題なかった。上級冒険者ナルコの優れた立ち回りで、大型種たちはおよそ翻弄されきったと言っていい。
エルレアが腕輪部屋を設けた壁際の簡易拠点と逆サイドで、ゴウンゴウンと音を立てて熱を発しているのは、岩の上に置いた暖房器具である。『玉座』側の魔物を下手に刺激しないよう遠目に据え付けて、周辺の魔素を消費しながら稼働させている。燃費の悪さは想定以上で、あたりの魔素が枯渇して付近の魔法水がどんどん揮発していっていた。流れ弾などを受けぬよう守るグラーンは、発される熱に大汗をかいている。
この機械は『コルネリウス商店』ご自慢の目玉製品だという話であったが、どう丸め込んだのか、トキが執政補佐バルカードをツェリーク経由で連れ出して店主を説得し借り受けてきた。おそらく脅しも入れたのだろうとヴェガは笑ったが、トキ曰くビジネスの話をしてきただけらしい。極端な効率の悪さから街中ではやはり到底使い物にならなそうだが、魔法水処理に転用できるとは、なんでも使いようはあるものである。
この機械の働きと、獣人たちが排水に力を入れたこともあって、『謁見室』エリアの水量は目標の膝下未満にまで見事に減らせていた。
出てきた大型種らをやり過ごしつつ、『玉座』手前ではヴェガが、こちらも大汗をかきながら熱源の維持に努めていた。大釜をふたつ繋ぎ合わせて作った中空の簡易鉄球の中で火の玉を燃やし続けている。同じ物をみっつ、針金で水中に固定して、『玉座』に満ちる水を沸かしているのだ。その横ではトキが、水中の探知を継続しながら、石で作り出したスクリューを回して加熱した泥水を内部に送り込んでいる。手前の大型種を始末できたので、最奥まで本格的にアプローチを始めたのだ。ヴェガは多少途中で休む時間があったが、トキは各作戦での出番が多く働き詰めであった。
大型種は処理できたが、通常種は断続的に『玉座』から出てくるため、獣人たちが魔法支援役を交代で護衛している。そのひとりウィズマーが、トキたちに話しかけた。
「正直これまで、魔道士の花形っつーと、強力な攻撃を放てる炎使いあたりなんかなって思ってやした。今回認識を正されやしたけど、土魔法って優秀なんっすねえ」
「ははは、属性はさておき、砲台役が花形ってのは同意ですよ。俺の魔法は出力も持久力もありませんから、見ての通り地味なもんでしょう。重い岩盤を自在に操ってフタでもできりゃあ、このまんま茹で殺すことも可能なのかもしれませんがね」
「そうはおっしゃいやすが、『ジマイン』だけだと噴門確保までしかできやせんでした」
「下準備はできるけど、いいかげんトキくんの魔力は枯渇しちゃうから、親玉の討伐はお願いしたいわよ」
「ええ、そいつぁ任せてください。人間を張っ倒しといてカニ相手にたじろぐようなら廃業です。巻き込んじまいやしたが、御迷惑おかけしたぶんは喧嘩で挽回しまさあ」
うしろでは、決戦もいよいよ間近と見て全員戦闘態勢を整えはじめている。後方のエルレアも手当ての道具をすぐに取り出せるようにして、先ほどまではヴェガを守っていた自動盾ムラサキをあわせて構えさせていた。暖房器具も既に回収済である。
そんな中、ふとトキの目付きが変わった。
「む、吐き出してる水流の感じが変わったぞ。そろそろ水温にも違和感を持ったか」
左手を上げて全員に合図を送るトキ。
「じゃあ予定どおり、ふたりは通路からできるだけ離れて、回避に備えながら探知と加熱を継続。超大型のどちらかが動いたら即座に後退ね。他も配置と戦闘準備を確認」
ナルコの指示で迅速に臨戦態勢に移る一同。投弾帯をぶら下げたモリソンとパッチが、魔石をもう片方の手にゴロゴロと転がしながら最後尾で待ち受ける。『謁見室』と通路の境目で武器を携えるのはターレスとジャーク。正面では盾持ちのロザンヌとメックが構え、グラーンとキトが大型の武器を携えて並ぶ。後ろにはその他の面々。ウィズマーとナルコは、通路で粘る魔法使いふたりの護衛として横に控えている。
「エルレアちゃん、肩に力入ってるぜ。深呼吸しな」
隣のモリソンに言われた最後列のエルレアは、握りしめた掌がじっとりと汗ばんでいるのに気付いた。普段脅威と対峙する時にはヴェガの身体・感覚強化魔法に頼ってきたが、今回は作戦上事前の強化ができないこともあって緊張しすぎてしまっていた。自動盾ムラサキを使い流れ弾を受けぬよう徹底しながら、傷付いた味方を迅速に癒やし続けてゆくのがエルレアの役割である。強張りをほぐしてスムーズに動きまわらねば。言われたとおり深く息を吸い込んで、ゆっくり長く吐き出すと、焦りはすこしだけ和らいだ気がした。
その直後、トキが叫んだ。
「動いた、二体同時に来るぞ!」
いよいよ、最奥の超大型種『タチキリ』および『ゲンリュウ』との対決である。




