表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
地味パーティーのエルレアさん  作者: 甘栗八
第4章 初めて見る景色
66/75

第10話:横綱相撲

 模擬戦は水場近辺にて、実力ごとにふたつの組に分かれて進行している。キツネのラフト(ジャベル)、水牛のグラーン(ジャベル)、イタチのウィズマー(キーファット)、犬のロザンヌ(ミエシズ)が特に戦闘力の高い面々のようだ。上級冒険者のナルコは観戦に徹して混ざっていない。

 グラーンのぶちかましを木盾で受け流し損ねたロザンヌの左腕はグシャグシャに壊れてしまった。そのグラーンはウィズマーの強烈な蹴りを受けて膝の皿を粉砕された。ラフトの木刀がウィズマーの手首をへし折った。しかしこのキツネはロザンヌの一撃を脇腹にもらって先程崩折れたばかりである。


 凶悪すぎる……。


 もう一方の組も身の安全を顧みていないのは似たようなものだが、一軍級の面々の応酬には明白な殺意を感じる。目まぐるしく手当てを施しながらエルレアは震え上がっていた。こんな危険な鍛錬を日々積んでいる人達なのか。

 後衛の獣人たちはエルレアの近くで野次を飛ばしている。彼等には慣れっこのようだ。


「すごいものね。まさに戦闘民族だわ」


 治った腕の具合を曲げ伸ばしして確認しているロザンヌにヴェガが感嘆の言葉をかけた。


「アタシらは自己治癒力が高いから、単純な骨折くらいなら三日もありゃあ治るのさ。だからこういう訓練もいつものこと。でも、医療術師(エルレアさん)がいると、もっとギリギリまで攻められて燃えるね」


「緊張感あって素晴らしいですね。せっかくなんで獣人の戦闘力を肌身で知っときたいんですけど、俺も混ざっていいです?」


 横で屈伸しだしたトキの言葉に、獣人前衛たちは腕を止めてピクリと眉を上げた。度胸の要る戦闘訓練を目にして怯まない様子に、どうもプライドを刺激されたらしい。


「へー、インテリっぽいのにそういうのイケるクチなんだ」

「エルレアさんがまだ治せるんならね。でも残りは全部トキさんが使っちゃうかもしれないぜ」

「ボコボコにされても恨みっこなしっすよ」


 一方でエルレアはまた戦慄した。あの本気の殴り合いを見てその中に混じろうだなんて、やっぱり無鉄砲じゃないか……。

 エルレアの魔法はここまで重症ばかりを相手に二級医療魔法を八回施したが、まだまだ使えそうではあった。もう無理だと嘘をつけばトキは断念するのかな、とコッソリ思ってしまったエルレアである。本番前に治らないような大怪我はしないでよ、と注意したヴェガと似たような、しかしもっと心配な気分であった。




「グエェ、ひどい目眩がする……」


 強烈な突進を見事にいなされて、しこたまに足下の岩に叩きつけられたのは、水牛型獣人のグラーンである。この『ジャベル』の戦士は水面に仰向けにのびて頭を押さえていた。飛びつきから首絞めをまともに喰らったロザンヌは一足早く昏倒して陸地に運ばれている。医療術師(エルレア)送りになったのはウィズマーで、短く持った木製の棒からノーモーションで繰り出された強烈な突きを胸元に受けて、五間(約9メートル)以上も吹っ飛ばされた。

 何合か打ち合ったラフトも及ばずに叩き伏せられてずぶ濡れになっている。腕を組んで眺めているだけだったナルコが唸った。


「やるね。さすがにふたり体制で第二階層の主を取ったっていうだけのことはある」


「いえ、皆さんタフな上に鋭くてビビりますよ。マトモにもらったら終わりなんで、気を抜けないのは俺も同じです」


 そうは言うものの。

 懐に潜り込んで何発か入れたのは格闘戦の得意なウィズマーだったが、トキが自身で施せるという四級の回復魔法ですぐに完治していた。つまり軽度の打撲程度にしかダメージを与えられていない。回避と防御が段違いに巧いのだ。これをそのまま冒険者としての実力差と呼ぶのかというとそんなことはないのだが、しかし結果だけ見ると獣人たちが圧倒されている。

 悔しがっているロザンヌたちを横目に見ながら、ナルコが腕組みを解いて指をポキポキと鳴らした。


「あたしともやってみるでしょう?」


「上級冒険者を引っ張り出せたってわけですね」


 はじめからそのつもりだったのか、トキはニヤリと笑って受けて立った。




 静かな睨み合いから始まった立ち上がりは、しかしあっという間に白熱した打撃の連続交錯に変わった。誤って致命傷を与えてしまわぬよう、爪を封じて拳を振るう狼。対してトキはナルコの申し出により自身の石棍を持って撃ち合っている。ハンデ戦のような形だが、その分トキも魔法は使っていない。ここまで両者ともにクリーンヒットはなかった。


 伸びた左腕に飛び付いて肘の関節を取ったトキは、しかし瞬時に離して跳び退(すさ)った。そこを襲う右拳は手品のように再び持ちなおした棒でいなし、身体を勢いのままに一回転させて放たれた右の回し蹴りを、今度は棒の腹で正面から受けて後方に大きく飛ばされた。うまく距離を取ったのは計算通りか。


「ああっ、惜しい、腕が取れていたのに……」

「ううん、『王級翡翠巨鬼(ドーヴァ・サーバスラ)』戦で同じような局面があったわ。力が違いすぎて極めきれる感覚が皆無だったんだって。ナルコも似たような身体強度なのね」


 仲間を応援するエルレアは自然、拳にも力が入ってしまっている。一方のヴェガは彼我の戦力を冷静に見定めようとしていた。


「体術の練度はトキくんが上回ってるように見えるけど、ナルコのほうが速いし力も圧倒的に強いわ」


 暫時間合いを測り合う中、狼がボソリと呟いた。


「やっぱり、たいした格闘技術だ。速度を上げるよ」


 足場の悪さをものともしない踏み込みから放たれた目にも止まらぬ連撃を石棍で受け続けるトキ。火花でも散っているかのような強烈な攻防である。エルレアにはまるで追いきれなかった。マモリテ戦よりもなお速い。


 右拳を受け流しつつ棒をパッと空中で手放したトキは、左の貫手を首元に突き込んだ。(ひね)って躱すナルコはカウンターに外側から伸ばした左手でトキの首を捕らえようとした。狙いはそこからの胴体への膝である。避けられた突きを即座に引き戻しながら襟を手繰り、自身の上体を(ねじ)りながら引き下ろすトキ。同時に右足刀を腹部に蹴り込み、潜り込みながら後方(ともえ)に投げる。ナルコの身体が宙に舞った。自らも浅瀬でバシャリと回転しつつ足を水底に踏み込みながら、宙に浮いていた石棍を手にとってその背に突きを放つ。しかしそれを狼は空で身を捩って避けた。


 着地と同時にその場を強く蹴ったナルコ。水が人の丈の倍ほどに大きく跳ね上がり爆発的な音を立てた。飛び込んだ勢いから横に振るった右腕に、両手で持った棒を添えて上に流そうとしたトキ、しかしナルコの体幹はまったく揺らがない。わずかに浮いた受け手の上体に、下から左手で棒をカチ上げたナルコ。片膝を上げ胴を隠すトキだが、狼の左腕がパッと折り畳まれてその肘が腹部に狙いを定めた。


「ぐっ」


 咄嗟に力を込めた鳩尾に、強烈な当身が突き刺さった。先ほどナルコが見せた爆発的な踏み込みの力をそのまま身体の真正面に受ける形となったトキは、血反吐を吐きながら吹っ飛ばされ、陸側に転がった。それでも離さなかった石棍を半身に構えつつなんとか正面に姿勢を戻したが、同時に前方に詰めたナルコの左足がその棒を捉え、河原に踏みつけた。あわせて右脚を大外に掛けつつ右掌で胸を押し倒す。


「身のこなしは立派なものだけど、深部で前衛を張るには強度が低すぎるかもね」


 見下ろしたナルコ。トキは腹部に受けた衝撃で呼吸困難に陥っており、喉からグウゥゥゥッと勝手に低い音が出続けている。勝負あり、であった。


 


 駆け寄って手当てを施したエルレア。使役人形(マモリテ)戦よりもよほど喰らっていたと見え、全快には二級医療魔法の後に体力回復を重ね掛けする必要があった。金属製の斧を苦も無く破壊した狼の膝蹴りをエルレアは思い出してゾッとしなおした。ヴェガも心配そうに覗き込む。


「もう大丈夫なの?」


「ぶふーーっ。ああ、いやあ、さすが獣人トップだ。マジになんにも通じなかったな。完全な横綱相撲だった」


 体を起こし、エルレアに礼を告げながらひと息ついているトキのまわりに、他の獣人たちが寄ってきてワチャワチャと騒いでいる。


「いや、でもたいしたもんだわアンタ」

「アネゴとあそこまで打ち合えるのは、獣人として憧れちゃうよね!」

「見応えあったー。気持ちよかったよ」


 強者との肉弾戦に正面から取り組むというのは、彼等にとってなんらか特別な価値があるらしい。なんとなく、一段上の敬意を勝ち取ったように聞こえる。

 ブルブルッと水を払ったナルコも近付いてきた。


「ああは言ったけど、搦手ありならまた違ったかもしれないし、本番とはまた別物だね。フリーの狩人としては驚くほど対人戦闘が巧かったよ。……エルレアさんはまだ医療魔法は使えるの?」


「えっと、振り絞ればもしかしたら……でももう自信ないです。危険なのでここまでにしましょう」


「そう。トータルで二級が12発、かな。トキさんもなかなかだったけど、エルレアさんも大したものだね。しっかりと測れてよかった」


 ということで、初日の訓練はここまで、である。

 この後は鳥や魚を獲って晩餐の準備を進める。菜食家たちは持参したものを中心に食べるが、茸や山菜など自然の恵みも採れれば合わせる。強者たちのぶつかりあいで周辺から生物は逃げてしまったと言っても、四刻(約2時間)ほどあれば食材の調達は叶おう。ビシャビシャに濡れてしまった前衛たちの一部と魔力をほぼ使い果たしたエルレアは休憩に残り、見物していた後衛たちが中心となって狩りに繰り出したのだった。



◇◇◇



 鈴虫の音が響いている。


 穏やかな川の黒い水面が木々の間から夕焼けを金色に反射している。大きめに作った焚き火の周りでは、仕掛けにかかった川魚を複数、串に刺して炙っていた。今日いる者も魚には火を通すことが多いらしい。(さぎ)に似た魔物と蛇も獲れたので、そちらは捌いて生肉を用意している。

 『悪食(アクジキ)』は他に、鍋に茸などを入れて雑炊を作っていたところ、出汁の香りに何人かが興味を示したので量を増やして彼等好みの薄味に仕上げることにした。あまり食には新奇性を求めないと聞いていた獣人たちも、冷えの目立つこの時期、温かいスープなどには惹かれるようだ。


「極端に猫舌のやつも多いけどさ、オレは加熱派なんだよねー」


 フーフー言いながら目を細めて椀を啜る狐のラフトに、エルレアは彼が一昨日も鶏肉を炙りながら食べていたことを思い出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ