第8話:交流
獣人街の食事処は、複数の飲食提供店舗と食事用のスペースが組み合わさったフードコートスタイルが主流である。獣人たちはおよそ似たような種で固まることが多いものの、それでも個々人の食性が違いすぎるため、ひとつの酒場などに大勢が集いきることが難しいのだそうだ。
味付けについても同様に好きずきで、ソースやドレッシングはそれを専売する別の店舗が併設されていたりする。肉にせよ魚にせよ野菜にせよ、生モノを好む者が多いが、卓上焜炉などの貸し出しもあり、自身で加熱して食べることもできるのであった。獣人の中でも、過去に虫に中ったことのある者などは、よく調理した食事しか摂らなかったりするらしい。
張り切って先導するイタチのウィズマーに案内されて、そんなフードコートのひとつに繰り出した『悪食』たち混成チーム。各々が主に自分用の食事を買い寄って晩餐の食卓を整えてゆく。水牛型の獣人は目の前にバケツのようなサラダボウルを置き、隣に麦飯の丼を持ってきた。向かいに座ったヴェガが嗜好を尋ねたところ、人間用の野菜や穀物であることにはあまり変わりがなくて、干し草などの家畜の餌は食べられないのだという。好みを抜きにすると、およそエルレアたちと同じ物を食べることはできるらしい。
イヌ型やそれに近い獣人たちは、細切れにしたトカゲ肉や鶏肉を皿に盛って突付くそうだ。他種族用の食事を出す店もあったが、せっかくなのでエルレアたちも同じ肉を食べさせてもらうことにして、調味料を合わせて焼肉にすることにした。
「他にないならいざ知らず、モノ好きだね。さすが『悪食』」
ナルコはあらためて興味深そうに、そう唸った。
目の前には鉄板、ジュウジュウと肉の焼ける音がしはじめた。『悪食』メンバーは卓上焜炉からほど近い位置に座り、合間を獣人たちが埋めている。
エルレアを挟み込むように座ったのはキツネ型の獣人と事務補佐のイヌ男性。タレに浸した骨付きの鶏腿肉を軽く炙っているキツネの彼は、改めて『ラフト』と名乗った後、左側のエルレアに身を乗り出すように尋ねた。
「なー、『ジャベル』って知ってたっしょ?」
「え、あ、いえ、すみません、私、詳しくなくて」
「え゙、全然眼中なかった感じ?!」
「いやいや、エルレアが新入りなだけです。『ジャベル』さんは一時期しばらく、うちと同率で到達深度20位とかに並んでましたよね。ガッツリ意識してましたよ」
愕然とした様子を見せたラフトに、向かい側からトキが声をかけた。それを聞いて目を細めて笑うキツネ。ナルコと違ってコロコロと表情が変わる。
「そう? よかったー。うちはこの夏、第三階層を突破して、10位まで上げたんだ。ライバルだと思ってたからさ、『悪食』が敗退したって聞いた時はちょっとビビったんだよね。再起してくれて嬉しいよ」
「ありがとうございます。10位というともう完全に上澄みですね。第四階層でもやれそうです?」
「第四階層やっばいよ! それだけにっつーか、新しいエリアは野外活動専門家のアタシの腕の見せどころなんだよね!」
アライグマ型の女性がトキの横から入ってきた。たしか打ち合わせではラフトの近くに座っていた、同組の冒険者である。エルレアもなんとなくコクコクしながら目の前で焼けた肉を口に運びつつ話を聞いていると、今度は左側から声をかけられた。
「エルレア殿、早くも迷宮に入られているとは、ご活躍されているようですな」
「ふえっ、ありがとうございます。どこかでお会いしましたっけ」
「登録審査同期の、サグと申す。その節は失礼つかまつった」
「んんっ、あっ、ああ!」
急いで口内のものを飲み込んだエルレアは、審査会に獣人男性がいたことを思い出した。白く短毛、尖った耳には左側に欠けがある。背の高い彼が、あの時の獣人だったのか。
失礼、というのは当時エルレアが彼等の組んだ即席チームに入れてもらえなかったことを指しているのだろうが、今となっては商店問題以上に含むところはない。
「えっと、サグさん、ですね。すみません、気付かないで。なにぶん田舎者なので、人の顔を覚えるのが苦手でして……」
「ハハハ、ことに他種族には獣人は区別がつきづらいものかもしれませんからな。もう迷宮に入られて最下層にまで挑戦とは恐れ入ります。我輩はまだ『入門者』なので迷宮挑戦はできんのですが、冬には資格を取りたいと思っております」
「いつも、かってえなあ。サグはもと兵隊なんだ。兵站やってたから勉強が得意なんだぜ。だから今回も事務方で手伝ってくれてんだ。あ、オイラはチーム『ミエシズ』の『ムーキー』な。いっぱいいて覚えらんねーよな、森人のねーちゃん」
「ムーキーさん。エルレアです、あらためてよろしくお願いいたします」
「おっ、こっちもおかてえや、ニヒヒヒヒッ。うーん、やっぱ秋のマルエ茸は旨味の爆弾だー」
茶化しに入ってきたがすぐに生のキノコを齧りだして食事に戻った忙しないリス男性ムーキーに会釈をして、エルレアは同期冒険者のほうに向き直した。
「サグさんは、『ジマイン』内の別チームに入られてるんですか?」
「いえ、ある程度行動を共にする者はおりますが、当氏族では初級者以下は任務ごとに流動的に組むのです。『ネグランデの胃袋』に挑むには中級者が必要ですから、彼等に混じる枠の補欠のようなものですな。しかし、うまく縁がなければ今しばらくは下積みですかな」
「ああ、なるほど、たしかに……。でも、元兵士の方で数字にもお強いのでしたら、お声もかかりやすいかもしれませんね」
「いえ、どうでしょうな、ハハハ」
サグが何やら複雑な表情を見せたので、エルレアはこの話題はここで取りやめておくことにした。こういう機微はすこしずつ学びつつある。
「あなた強いわねえ、全然顔色変わらないじゃない」
「いえ、気分はいいよ。付き合ってくれるのは嬉しいね」
酒類は極端に好みがわかれるというので、今日は軽く果実系の発酵酒などを並べている程度である。水しか飲まない者も多かった。ナルコは呑む口で、大瓶を二本ほど空けながらまったく顔に出さず、隣のヴェガとふたり静かに話していた。エルレアはすこし聞き耳も立ててみたが、ザバンにおける種族構造や氏族内の構成について語っているようだった。
堅苦しい話題に辟易したか、まわりの獣人達はいつの間にかトキのまわりに寄っていっている。こちらはクエストや迷宮についての話題が中心で、関心も持ちやすいようだ。獣人側で主に喋っているのはキツネのラフトである。聞き役とガヤに回っている他の獣人たちに、エルレアとサグも混ざることにした。
「――トキさん、なんかすげえ色々このへん詳しいね。『悪食』って、外人なんっしょ?」
「ええ、ヴェガと俺はもともと『イゼレイマ』で活動してました。エルレアはバナデア民ですよ」
「イゼレイマ? ああ、南海の」
「えーっ、森人ってバナデアにいるんだ!?」
ラフトにかぶせて、垂れ耳のイヌ型獣人男性が驚いた声をあげてこちらを見た。エルレアはイゼレイマにいたというトキたちの過去のほうをもう少し聞きたかったものの、話を振られたのでそちらに返した。
「はい、めちゃくちゃ山奥の自治区域なので、ある意味私も外国人みたいなものかもしれませんけれども」
「全員余所者で第三階層到達というのは、ワシらも一層がんばらんとなあ」
「なんだ、都会風吹かせやがって。おめーも十分イナカモンだっしょ、ニヒヒヒヒッ」
水牛男性に突っ込んだリスのムーキーは、混ぜっ返すのが好きらしい。小柄な男性だがパーティー『ミエシズ』のリーダーを張っているのだという。ムードメーカーな彼と柔らかく朗らかなラフトに引っ張られて、その後の会話も楽しく弾んだ。
宴席というほどのものでもなかったが、食事会はこうして盛り上がりつつもきわめて和やかに終わった。商店騒動の一件で、喧嘩っぱやく気の短い人々なのかもしれないとすこしだけ怯えていたエルレアだったが、直接話すと皆気のいい感じである。あまり直接会話のできなかった者もいたが、この後の合同訓練を通じて互いに知り合えばもっと連携もしやすくなるだろう。
宿への帰路、エルレアは先輩ふたりに感想を話してみた。
「――なんていうか、まずはいい方たちだと思いました。しっかり協力できればと思います」
「ええ、裏表のなさそうな人達でした。俺達もあんまりやってこなかったですが、エルレアさんには特にこういう交流は新鮮だったかもしれませんね」
「獣人は結構ウェットらしいとも聞くから、ビジネスライクな連携確認よりも、今日みたいな食事会から入れたのはよかったわ。ナルコもひとまず『悪食』とはやりやすそうって言ってくれてたし。力を合わせてしっかり成果出して、皆で生きて帰りましょう」
「はい、がんばります!」
日も落ちた秋のザバンをゆっくりと帰る路。秋風の吹きぬける獣人街は夜に臨んでなお喧騒を増していた。




