第6話:泡沫
『悪食』はギルド長執務室に呼び出されていた。
「――ということで、『カニ問題』には国が依頼を出すものの、『コルネリウス商店』の騒動にかこつけて『ジマイン』に対処させよ、というお達しでな。これに別チームからの報告が併せて課せられた。それを当事者である君達に、との指示なのだ」
ギルド長ツェリークの言葉に対して、トキが顎に手を当てた。
「建付けを伺っておきたいですね。騒動の当事者とおっしゃいましたが、ウチも懲罰対象っていう理屈なら受けられませんよ」
「うむ、それはそもそも無理筋だと私も思う。ただ、取り調べ等で自由を奪うことはできるからな。鶏が先か卵が先か、という話だが、君達が単純な指名依頼で受けないようなら説得材料を足せと言ってきた」
逃げ道を塞ぐべくツェリークが明かした内情に、トキが肩をすくめた。
「嫌がらせされたくなけりゃあ素直に受けとけ、ってことですね。『つくるなら硬い盾より後ろ盾』、俺たちゃ泡沫もいいとこだからなあ」
「『たてる操は夜の泡沫』、って後ろにつけといてよ」
これが大型氏族の人間であれば、国側としても無実のところにあまり大仰な妨害はかけられないわけだが、余所者ばかりの独立パーティー『悪食』の立場はごく弱い。折あらば直属のような体で使おうとするくせにギルドには後ろ盾としての存在感はないのだな、とトキは皮肉った。そういうことならばこちらのギルドへの忠誠心も件のカニの泡沫のごとくすぐに割れて消える一夜の空言のようなものだ、とヴェガが艶っぽく継いだ狂歌に、ツェリークは眉間の皺を深めた。
「カニの泡が一夜で消えてくれるのならば誰も苦労はしない。そもそも君達にとってもさほど悪い話ではないはずだ。クエスト自体の報酬は低いとはいえ、難敵は『ジマイン』に任せて収獲の上前を撥ねればよいのだからな。仕事の品質が評価されたからこその指名だと受け取ってもらいたい」
両手を軽く上げて諾意を示すトキ。
「ええ、請け負いますよ。この際、大手に乗っかってカニのあぶく銭でも稼がせてもらいましょう。先方には話は通ってるんです?」
「ナルコを別室で待たせてある。というか彼女の方から申し開きをしたいと言ってきた。獣人氏族は君達の後ろ盾にはならんだろうが、かわりに先鋒としてせいぜい活用するといい」
後援を探しておくべきだったかと嘆いてみせたトキに対してツェリークも軽く嫌味を混ぜてきたが、お互い本気で対立しあうつもりはない。
その後は事務的に完了条件や報酬などを確認しなおして、『悪食』一行は執務室を出た。
コルネリウス商店騒動の当日は、市警の聴取から解放されて帰った後で仲間に事情を伝えていたエルレアだが、その際はここまでの大事につながるとはまったく考えていなかった。ふたりからも単に不運を慰められただけである。しかしこういう使われ方をしてしまい、執務室では終始縮こまっていた。大きく迷惑をかけてしまったような気がする……。
「えっと、あのう、すぐにお店を出なかったせいで、というかそもそも寄り道したせいで、こんなことになってしまって、すみません……」
「いえ、はなから国のほうでウチを指名でコキ使いたいという腹があるようでしたから、コルネリウス商店の件がなくても何かしら断れないよう理由を重ねてきたはずです。もとを辿れば俺達が学をひけらかしたせいですよ」
「あっ、ちょっとそれ、イヤな言い方ー。トキくんに色々見てもらいはしたとはいえ、報告書の大半は私が書いたんですけどー?」
苦笑しながら首を振るトキに対して、ヴェガが大袈裟に口を膨らませた。ふたりとも雰囲気を明るくしようとしてくれているのだ。
「あー、悪い。ヴェガは最高の仕事をしたさ。きちんとしたものを納品するのは、俺達全員のプロとしてのプライドだ。わざと品質を落とすなんてケチな真似は、よそが悪巧みしてようとも、するつもりはない」
「よろしい。立場的に雑に扱われることはあっても、能力面で侮られるのはごめんよ」
上には上がいるとはいえ、トキもヴェガも、自身の実力に相当の誇りを持っている。エルレアは彼等のツボはなんとなくわかってきていた。『悪食』にしかできないから、などと腰を屈めて頼まれれば先の報告書作成のように気分よくふたつ返事で応じたのかもしれない。ただそうすると指名料は必然的に上がってしまう。国の予算の範囲で指名依頼を受諾させねばならない立場に置かれたツェリークは板挟みだったのかもしれないが、さりとて、もうちょっと言いようがあったろうに、とはエルレアは思った。
ただ、いずれにせよ今回、自分の行動が国からの大変な発注を受けねばならなくなった一因になってしまったのは事実なのだ。
「ううんと……私、暴行を止められなかったせいか、実際に口実に使われてはしまいましたから……。次回の最下層探索では、階層主とはほぼ必然的に対面することになりますよね……」
これは自分も含めメンバーを危険に晒してしまうことにも直結している。引き続きしおれているエルレアをふたりが慰めた。
「勘違いしてほしくないんだけど、ツェリークも言ってたように、基本は儲け話なのよ。うちらの稼業はリスク負ってなんぼのとこもあるし。大型黒竜の時を思い出してもらえるといいわ。文官まがいとしていいように使われるのは癪だけど、前向きに取り組みましょ」
「階層主に関して言うと、俺達も別種であれば複数回狩ってるんです。不安要素は環境変化を除くと、エルレアさんの最下層での活動経験が浅いって点くらいですよ」
ヴェガもトキも、臆した様子はまったくない。エルレアはすこしホッとした。
「テナー氏がわざわざ来てくれてると言いますから、『ジマイン』とはうまくやれるといいですね」
◇◇◇
「想定外の面倒事に巻き込んでしまって、ごめんなさい。一応、作戦の打ち合わせ前に、あらかじめ事情を説明させてもらおうと思って」
エルレアが商店で抱いた圧の強い第一印象とは異なり、狼の腰はきわめて低かった。三階の小部屋で一行を立って出迎えた彼女は上座を促した。詫びを入れられる立場だと第一声で確定されたので、『悪食』側もことさらに固辞はせず席につく。
「あらたまってもらってどうも。こっちがトサカに来てるのは国の連中のやりくちに対してだから、気にしなくていいわよ」
「人ひとり張り倒した程度で階層主対面強要っつーのはずいぶん割に合わない話だとは思いますが、引きが悪く災難でした。店側は我慢ならないような酷い態度だったんです? ウチもボラれかけたというのは聞きましたがね」
今回の最下層攻略は、基本的に『ジマイン』が課せられたものである。『悪食』は見方によっては利益を掠める立場にもなるため、ふたりはナルコに対して慎重になっており、ひとまず慮る姿勢を見せた。エルレアはどうすべきかよくわからないので口をムニムニさせて黙ってうなずいているが、別に彼女への悪感情はない。一方のナルコの方でも活動の監査人に近しい『悪食』の機嫌をいたずらに損ねるつもりはないようであった。なんとなくだが、あまり駆け引きを好むタイプにも見えない。エルレアがこれまで見てきた会話の中でも、お互いにかなり融和的な部類の印象で話は進んでゆく。
ナルコはまず、先日の経緯を彼女の口から説明した。これはエルレアが体験した事実と相違ない。次に彼女からの補足を加える。
あの店員は店主の弟で、兄弟で担っている店だというが、弟は怯えきって出てこないのに対し、店主のほうとはある程度落ち着いて会話ができたという。
「ちくしょうめ、というのは弟の口癖だったというの」
罵倒されたというのは勘違いだ、というのが先方の言い分である。しかし二級市民として蔑まれがちな獣人にとって、禽獣呼ばわりは時に堪え難い屈辱であるらしい。
不当な廉価での素材引受に対して苦情を入れに出向いたナルコではあったが、暴力沙汰にするつもりは毛頭なく、そう仲間にも指導していたし、その証人となる第三者を店に残した上で多少の脅しを入れて済ませようとした。しかし、詐欺まがいの取引で虚仮にされたと感じていたところに上乗せで幹部を愚弄されたと思ったイタチの彼の手が咄嗟に出てしまった。
自分を追い出さなかったのはそのためだったのか。そういえばあの場でのナルコの行為は、多分に威嚇を含んでいたし自分としても恐ろしかったものの、とはいえ闇雲に暴れるものではなかった、ということにエルレアは気付いた。店の損失はほぼ装備品二点だけになるはずだったのだ。当日もあの後すぐに市警を呼びに行かせたし、彼女は街のルールには忠実であるらしい。
「学がなければ数字を誤魔化されるのも仕方ないし、すぐに手を上げる乱暴者には近付きたくないのも当たり前。獣人が差別されるのには、いわれのない部分もあるけれど、あたしたち自身が変わらないと解決しないところも多い」
顔色からはよくわからなかったが、ナルコはどこか疲れたような声で自虐的に嘆いた。それを気にしすぎない様子でトキが応じる。
「まあそういう理屈で言うなら、軽率に振る舞う奴はブン殴られるのも当然ってことにもなるんじゃないですか。ウチは別にテナーさんたちに含むところはないんで、気を取り直して最下層攻略のほうを一緒にがんばりましょう」
「ありがとう。亜人込みのチームなだけあって、獣人にも冷静に接してくれて嬉しいよ」
ナルコは穏やかな表情を一行に向けた。
ある程度、前段階の話が済んだところで。共同作戦は『ジマイン』メンバー主体となることから、本格的な作戦会議は彼女たちの拠点に出向いて行うこととなった。




