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地味パーティーのエルレアさん  作者: 甘栗八
第4章 初めて見る景色
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第4話:これはいくら?

 店内には市民らしき男性二人組がいた。入口近くの戸棚に陳列された生活雑貨をあれこれと手にとって品定めしている。店の脇の方には兵士や冒険者向けの装備品が鎮座しており、先日もいたカウンターの店員の後ろには薬品や調合素材が細かく並んでいる。


 その店員から声をかけられはしなかったエルレアだが、目が合った際に軽く会釈をして、先客のいる方とは逆の、書物の置かれた戸棚に近寄った。


 取り扱いは特定のジャンルに絞っているわけではないようで、教養書もあれば語学本もあり、魔物の生態などを記したらしきものもいくつか見られる。水棲種の観察記録とおぼしきタイトルを見つけたエルレアは、これは『碧蟹(ガザマイア)』への対処の助けになるかもしれない、と思った。今回の報告もさることながら、最下層が今後『カニ』中心の環境になるのであれば、実際に処理できる必要も生じる。他にも目を引かれる本がいくつかあった。カウンターを向いて、手にとってみてもよいか尋ねたエルレアだったが。


「いやあ、売り物に触れるんは、ご遠慮願いますわ」


 回答はにべもなかった。先客が茶器を回して見ている真横にしては、違和感を覚える表現である。

 首都側では亜人差別の(ふう)が強いと聞いたそれであろうか。エルレアはすこし釈然としなかったが、特に書物については中身を見られると売れる機会が減るものなのだろうと、自分を納得させた。目ぼしい書題だけ覚えてゆこう。




 戸棚の書物を前に、時間はさほど潰せなかったが購入の相談に帰ろうかと思案しているエルレアの後ろで、入口の扉がキィッと開いた。振り返ると。


 怒れる猛獣がいた。


「えっ!」


 ゾクリと総毛立ち、無意識に一歩後ずさり半身に構えたエルレア、真新しい木の床が音を立てて軋む。


「ああ、ごめんなさい。()()()()()脅かすつもりはなかったの」


 ただならぬ気配にエルレアが一瞬気の立った野獣と見紛(みまが)ったそれは、狼の獣人女性であった。背が高く、革のジャケットからはみ出した灰色の毛並みが艷やかである。すこし毛先の暴れた長い黒髪が印象的で、ピンと立った耳にはどことなく見覚えがあった。顔立ちは他の獣人と同じく、ヒトのようでいて頬からヒュッと伸びた数本の髭など獣の要素も入っている。なぜか咄嗟に感じた恐ろしい空気とは異なり、ごく礼儀正しい街の住人のようである。


「こ、こちらこそすみません、なぜだか慌ててしまって……」


 失礼な態度を見せてしまったかとエルレアは急いで謝罪した。彼女は軽く片手を上げて、気にしていないという仕草を示した。

 あまりの存在感のせいですぐには気付かなかったが、後ろにも犬やイタチのような獣人を数名伴っている。


 エルレアが姿勢を直した一方で、同じく居合わせた先客の男性市民二人組は、互いに目配せを交わすと、見ていた品物を戻してそそくさと出て行ってしまった。


 獣人嫌いなのだろうか……。


 いま店を出ると、自分も彼女たちを避けたように映って気を悪くするかもしれない。店での用事はもう切り上げてもよかったが、直前に自身が受けた差別疑惑が頭に残っていたのと、自分の取ってしまった非礼もどきが気になったせいで、躊躇したエルレアは店を出るタイミングを逸してしまった。



◇◇◇



「ナルコ=テナー。ご存知かな」


 仲間をチラリと見やった後、ブーツの踵をカツカツと鳴らし、カウンターまでおもむろに歩み寄った()が、店員に向け口を開いた。


 ナルコ=テナー!!


 そうだ、彼女は到達深度第三位、ザバン屈指の強豪冒険者。これまで直接会ったことはなかったが、似顔絵を以前見せてもらっていた。思っていたよりもずっと背が高い。

 店員側も、街の新顔であるとはいえさすがに知らないわけがなかった。先の階層主討伐でいままさに話題の人物なのだ。


「は、はあ、ご活躍はかねがね……本日はどのようなご要件でいらっしゃいましょう……」


 すこし青褪めて手を揉む商人に対するナルコの声は、愛想のない乾いた響きに聴こえた。


「お詫びに来たの。『ジマイン』の納めた獲物が、ずいぶんな不良品だったようだから」


 ……!!!


 先日のトキらとの会話を思い出したエルレアは、自分の勘の悪さに頭をポカポカと殴りたくなった。そういえばうしろの彼等は、先日『角負豚(ゲットル)』を納めてぼったくられていたチームではないか。ザバンでは『命知らず』な振る舞いだとまで言っていたが、その抗議に来たのか。

 いまだ人混みに慣れきらない中で獣人の区別はなおつきづらいとはいえ、()()の顔をすぐにわからなかったことと合わせて、すぐに気付いて立ち去っていればトラブルに巻き込まれるのを避けられた局面で、ふたつのミスを犯したことになる。


 獣人チームは扉の前に立ちはだかり、これ以上の出入りを認める気はないようだ。彼等が自分を追い出さなかった理由はわからないが、嫌な場に居合わせてしまったところ、もはや成り行きを見守るほかなくなった。

 エルレアは壁を向いて本を眺めるふりをしながら、カウンターの方に神経を集中させた。




 狼、ナルコの声は硬い。


「他所様にどうしようもない安値で引き取らせてしまったようでね。子の不始末は親の不始末というから、氏族できちんと再教育しなければいけない。どこがどう至らなかったのか、あらためて伺えるかな」


「い、いやあ、引き取りに当たって行き違いがあったみたいですな……不具合なんて滅相もありまへん……」


「そう」


 軽く頷いたナルコは、ゆっくりと大仰に肩をすくめた。


「じゃあ、ザバン最古の氏族(クラン)から最精鋭のこのあたしが、なんの瑕疵もない納品に難癖をつけられて、わざわざド新顔の店にまで、する必要のない謝罪に出向かされたって仰ってるんだ。それはとんだ笑い話だね」


 声色にも、横目でうかがう表情にも変化はなく淡々としているが、これが言葉のままに愉快だと思ってはいないというのは、いくらニブチンのエルレアでもわかる。


「ひっ、てっ、てて手違いでっちゅうとりますやんか……すす、すんまへん……」


「とても滑稽でしょう、笑えばいいじゃない」


「ささ、差額は支払いますんで、ご勘弁を……」 


「そう。誤りは誰にでもあること。じゃあ不足分をいただいていくね」


 小刻みに頷いて動こうとした男は、ナルコの向けた鋭い視線で押しとどめられた。

 ブーツの靴底が木の床板を叩く音が、ことさら時間をかけて鳴り響く。ナルコは店の一角に展示されていた金属製防具の前に立った。カツカツと爪で胸当ての一枚板を鳴らす。


「これはいくら?」


「三両です……」


「そう」


 ナルコがフッと右腕を振るうと、目の前の防具は鎧立てごと紙切れのように引き裂かれた。

 残骸が床にドサドサと落ちる音に混じって、店員が尻餅をついた物音がガタンと店内に響いた。エルレアもビクリと肩を震わせた。まるで自分が怒られているような心持ちがしていたたまれない。


 隣で壁にかかっている、持ち手まで鉄でできた戦斧をまた爪でカツカツと指しながら、狼は再びボソリと尋ねた。


「これはいくら?」


 声の出ない男をよそにこの得物を手に取ったナルコは、壁を向いたまま斧頭の側面めがけて左膝を振り上げた。すさまじい音とともに金属の塊が砕け散った。


 またブーツをゆっくりと鳴らし、カウンターの横に歩み寄ったナルコ。


「あなたはいくら?」


 青褪めてブンブンと首を横に振る男の前で、ナルコは前屈みに顔を覗き込む。


「おまえは、いくらなの?」


 床にへたりこんでいる店員が言葉もないのを見て、背を伸ばしなおしたナルコは、顎に手を当ててゆっくりと口を開いた。


「残りは開店の祝儀にしておこうか。そういえば()()()に挨拶がなかったからね。礼を欠いたままではいけない。野蛮人ではないんだから」




 ナルコとは違い音を立てずにカウンターのほうに歩み寄ったイタチのような撫で肩の獣人が、店員を引きずり起こした。


「そろばんの前に、仁義を忘れちゃあよくねえよな、店員サンよ。ウチも詫び入れるために幹部に出張(でば)ってもらったんだ。座ったまんまの見送りはよそうや」


 くるりと踵を返した狼と目が合いそうになったエルレアは、慌てて戸棚を向き直した。


「お買い物中、割り込んでしまったのなら失礼したね」


「いえ……」


 背中越しに声をかけられ、縮こまって応える。


「じゃあ、後片付けしておいて。()()()も、聞いておいてね」


 連れの獣人たちにそう言い残し、背を向けて出て行こうとしたナルコ。


 ガシャン!!


 奥から響いた音に、エルレアもナルコもそちらを振り向いた。イタチ獣人が店員を張り倒したようだ。壁に置かれていた容器が落ちて、カウンターの脇からエルレアにも見える位置にまで破片が飛び散っている。


「どういう了見だ!!」


 激昂しているイタチの肩を、慌てた様子で駆け寄ったナルコが掴む。他の獣人たちもざわついている。


「ちょっと! ヒトへの乱暴は禁止って言っておいたよね」


「こいつ、言うに事欠いて、アネゴに向かって『畜生』なんて垂れやがったんです!」


「それが、あたしに逆らった理由なんだ」


「うっ、す、すいやせん……」


 一気にシュンとしたイタチ獣人をすり抜け、屈み込んだ狼。


「ああー、完全にのびてしまってる。奥歯が吹っ飛んでるじゃないか。参ったなあ、怪我をさせるつもりはまったくなかったのに」


 困った様子のナルコを見てエルレアは、獣人も街中での刃傷沙汰(にんじょうざた)までは早々起こさない、と言っていたのを思い出した。一般市民への暴行は、被害の程度にもよるが下手をすれば冒険者資格の剥奪などにもつながるのだ。彼女としてはまったくの予定外だったということか。善後策に頭を悩ませている様子である。

 商人側に特段の好感情は持てていなかったエルレアだが、怪我人を救護するのは医療者の端くれとしてやぶさかではないし、急な事態であり街の医師たちにことさら嫌がられもするまい。それに、もしかしたら()()に対して恩を売っておく機会なのかもしれなかった。亜人同士、ある意味似た立場にもあるわけで、こういうのは助け合い、なのでは……。

 いくつかの考えをぐるぐると巡らしたエルレアは、恐る恐る申し出てみた。


「あ、あのう、私、医療術師(ヒーラー)なんですけど、お手当て、しましょうかね……??」

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