第3話:書類仕事
日が暮れてから街へと帰還した『悪食』一行。翌朝向かったのは冒険者ギルド本部である。最下層の様子がおかしいということは共有しておくべきなのだ。
「やっぱりもうウワサにはなってますよねー」
「いやあ、要領を得ない話も多くて、全容はまだわかりかねているんです。追加情報はありがたい限りですね」
職員のネイサンと受付で話すと、他にも類似の報告が徐々に上がってきているという。
彼はエルレアの登録審査会で最初に説明を行っていた男性である。異常事態の取り扱いに困り顔ではあるが、しかめた眉にギルド長ツェリークのような怖さはない。エルレアはこれまでの依頼処理で何度か言葉を交わすうちに名前もしっかりと覚えたが、実はギルドでは事務方のトップなのだそうだ。
そのネイサンは、トキの話が終わると、カウンターにすこしかがみこんで声をひそめた。
「それでこの際、『悪食』さんに折り入ってお願いがあるんですが……」
折り返して『七尾鳥の宿』に戻り、机についたヴェガは報告書の作成作業に入った。トキは軽く打ち合わせをしたあと、職員や他の冒険者からも情報を収集すると言って再度出て行った。
ギルドが本格的に調査を主導するには公的支援の取りつけが必要である。場合によっては国に依頼を発注してもらわねばならず、そしてそのためにはきちんと整理された情報を上げねばならない。そこで『悪食』が一次情報を取りまとめて報告するよう打診されたのであった。
「大変な仕事を頼まれてしまいましたね」
本格的な書類作成などやったことのないエルレアから見ると、いち冒険者には負荷の高い作業である。もと図書館司書のヴェガにはうってつけなのかもしれないが。
「うん、でも実は割と、あらかじめ覚悟してたとこあるのよ」
「あ、そうなんですか」
冒険者の教養レベルがまちまちというか基本的に高くない、ということはギルドは当然よく押さえている。文字の読み書きがおぼつかない者もいるくらいなのだ。ギルドで抱えている職員も少しはマシとはいえ、一部を除けば五十歩百歩である。『悪食』はこの点でわりあいマトモなため、異常懸念を伝えた際に、初期調査(こちらは既に済んでいるが)と報告を求められるのは想定内であった。
下書きにペンを走らせながらヴェガはそう語った。
「それでですか。トキさんもヴェガさんも、随分しっかりと見回ってらっしゃいましたものね。でも、たとえば『ハザウィック』でいうとサンデーさんなんかも書類仕事はお得意そうに見えましたけど、『悪食』ってこの面でも特に依頼されるくらい信頼が厚いんですか」
「ああ、『病刃』のシンディーね。もちろん、大手なんかにはこの手のことが苦手じゃないヒトも少なくないわよ。傘下チームでいま迷宮に潜ってるのも複数いるはずね。でも、大派閥相手に今回の裏口みたいなことを依頼すると、後が面倒なの。私たちは多少信用があるっていうのもあるけど、ギルドから見て便利っていうほうが大きいかな」
今回の報告依頼は、後付けで指名型の調査クエスト扱いにするという形になっている。本来は受注後に迷宮に潜る必要があるが、そこはこっそりと融通を利かせる形である。四角四面にものごとを定めてしまうと不都合が多いのがイレギュラーの多い冒険者という職業で、表沙汰にはなりづらいもののそういうことは実は少なくない。エルレアの迷宮入場資格にしても特別な形で許可してもらった。
ただ、大氏族などに対して例外運用をギルド側から持ちかけてしまうと、見返りに別の決まりを曲げることもどんどん要求されだして収拾がつかなくなりかねない。冒険者集団である各氏族と、規則を運営する側のギルドは、争い合っているわけではないが、ある意味では緊張関係も保たねばならないのだ。そこのところ、独立系の小パーティーである『悪食』はギルドにとって扱いやすい存在なのであった。
「ぶっちゃけ、ウチはそこそこズブズブというか、ギルド直属みたいな色合いがあるわ。余所者として街での立場を早期に作るために、それなりに積極的に御用聞きもやってきたから。トキくんの言葉でいうと、こういうのは助け合い、なのかしらね」
「なるほど……」
活動初期から言われてきた、地元共同体への貢献というのは、言葉にすると単純ながら、色々と複雑な思惑に計らう必要が出てくるもののようである。それにみずから巻き込まれてきた経緯もあるという。社会問題の話は依然として難しいが、エルレアは半年間トキとヴェガに鍛えられてきたので、具体例が出てくるものについては前よりもすんなりと事情を飲み込めるようにはなってきていた。
自分も何かできることがあるかと訊いてみたエルレアだったが、報告書作成に関しては役に立てることがひとまずなさそうとのことで、かわりに今回の探索成果の売却を言いつかった。喋りながらも手は止めていないヴェガではあったが、とはいえここにいると邪魔してしまいそうでもある。
◇◇◇
第一階層踏破を主眼に据えていた今回は獲得素材がさほど多くなく、昨日中に処理を終えていたため、買い取りはごくすんなりと終わった。以前から顔見知りの業者に行ったため、勘定も誤魔化されたりはしていない。
市場区画をひとり歩きながらエルレアは、先日の『コルネリウス商店』訪問などについて考えていた。主に、計算が苦手な獣人が商人にちょろまかされてしまった件に端を発してである。
読み書きそろばんがしっかりしている、とヴェガからは評された。
公的な報告書を求められてしまうと仕上げる自信のないエルレアではあるが、文字にも数字にもそれ自体には苦手意識はない。売買が得意ではないというのも、金勘定ではなく相場知識と交渉力の問題だ。
故郷は山奥の辺鄙な地ながら、それなりに教育水準は高かった。長寿の森人にとって、何も学ばないでいるには人生は長すぎるのである。稀に訪れる行商人に求める品物も書物が多く、数は少ないながらバナデア領内の古典などが村の蔵書として蓄えられていた。加えてエルレアは医療薬学を修める過程で基礎的な算術も教わっている。
小さな村にいた頃はなんとなく、人は皆おなじように読み書きも計算もできるものだと思っていたが、世間に出てみると、名前が書ければそれ以上は求めないというような人もふつうに見かける。クエスト掲示などにしても、他人に読んでもらって内容を理解している冒険者もわずかではない。教養に差があるのは考えてみれば当たり前で、学ぶすべと意思があってのことであろう。
そこから、エルレアは仲間に思いを巡らせた。
トキは現在、人形使役者ガンゾ=べラッソの研究記録をもとに、『使役人形』などの技術を習得し活用しようとしている。ガンゾはさておき、トキは読み書きをどこで習ったのだろうか。手帳を見つけた際にはあまり気にしていなかったが、精霊ヴェガとの邂逅時の詩歌応酬などを聞いても、流れの冒険者としてはおそらくかなり教養が高いはずである。
迷宮『ザナドール図書館』のことがあらためて頭をよぎったエルレアは、書物つながりで、『コルネリウス商店』でもいくつか本の取り扱いがあったことをあわせて思い出した。最下層調査結果の報告にどこまで直接寄与できるものかはわからないが、仲間は冒険者の書き残しもありがたがっていたことだし、首都圏の刊行物には有用な新情報があるかもしれない。
時刻はまだ朝のうちで、差し入れに軽食を買って帰るにもすこし早すぎる。下手にすぐ宿に戻るとヴェガの作業の邪魔になるかとも思ったエルレアは、時間潰しがてら『コルネリウス商店』を再度訪ねてみることにした。文字を取り扱えるというのが長所と言えるのならば、それを活かした貢献ができるかもしれないと考えたからである。




