第16話:ガンゾ=ベラッソの遺産
夕食は保存食で済ませた。干し肉、乾いたパン、ドライフルーツ。粉を溶いたスープを添える。一行は野外での食料調達がうまく、短時間滞在に徹している迷宮でも非常食の利用を迫られることがこれまでなかったため、これらのものをエルレアが食べるのは初めてだった。意外に悪くなかったが、常にこの食事だと気が滅入るというのはあるかもしれない。
食後はマモリテ戦の振り返りである。ざっと戦いの流れを回想した後でトキがボヤいた。
「やっぱあの手の頑丈な非生物でゴリ押ししてくるタイプには苦手意識あるな。出力の低さを痛感するよ」
「こちらの攻撃に一切ひるまず反撃してくるんだものね。でもトキくん、ちょっと勝負焦ったでしょう」
「あの重たい飛ぶ拳を、狭い中でそっちにいかないようにし続ける自信がなかったからさ。ふたりでアレを落としてくれたのは見事だった」
「ちゃんと声掛けるべきだったわね。行き違いになっちゃった」
飛拳はヴェガが撃ち落とせたが、連携が不足していた。きちんと方針が伝わっていればトキはあそこで飛び込まずに相手の武器が減るのを待てただろう。
それにしても、早い段階で左腕を無力化できたのは幸運だったが、あれを連発で放たれ続けるともうすこし後衛へのケアが難しかったかもしれない。
「守るだけなら弾数が増えてもいけたんだが、今度は攻め手不足になっちまうからな。それが大型黒竜みたいなヴェガの攻撃が通りやすいヤツとの違いだ」
「攻撃を後衛主体にするのであれば、脚や胴体をヴェガさんの攻撃で溶かす、などは狙えたのでしょうか?」
「うん、多分それが軸になるわね。ただ、素早く動かれると熱線追尾にも限界があるから、どこまでそれに頼れたかは微妙なとこかしら。単に全開で撃っても避けられちゃった気がするし」
一行との相性はなかなか悪い難敵だった。金属製の更に頑丈な敵ならば撤退、という判断基準もあらためて妥当だっただろう。その中で、マモリテが石製だった点は、トキの使える魔法と噛み合わせが良かった。やはり今回トキ主体で対応したのは正着ではあったのだ。
逆に後衛はやや足手まといになってしまったと言える。敗退時のリスクを考えて単騎の格闘戦を挑まない前提に立つと、もしも広い洞窟外に誘き出すことができれば、後衛ふたりへの流れ弾の心配も減って、また戦いやすさも変わったかもしれない。
「……私、トキさんがダメージを受けたのを初めて見ました」
エルレアには、なんとなく彼等が無敵だと思っていたところがあった。亜竜を屠り、魔獣を撃ち抜き、中級冒険者を一蹴する。一切の傷を負わず連携も完璧、そんな幻想を勝手に抱いていたのだ。自分たちも死ぬことがある、不意を突かれればやられる、と聞いて頭では理解したつもりになっていても、油断しない彼等には実際にはそんな局面は訪れないだろうとどこかで思っていた。迷宮敗退というのも何か別世界の話のような感覚があった。
しかし、彼等も攻撃を受けることはあり、傷を負うこともあるのだ。決定的な攻め手に欠く相手もいるし、連携とてすれ違いも起こすし、背後に敵を近付けてしまうことだってある。
エルレアは、自身の甘えを見直さなければならないと強く感じていた。
「相手は相手でどうにかこちらを打ち負かそうとしてくるわけですからね。いいのをもらう時もありますよ。当てられると俺は脆いんで、基本は回避主眼にしてますけど、今回はエルレアさんが治してくれるから逃げに徹さなくってよかった、ってとこはありました」
「私はあれでちょっと熱くなっちゃった。脚を狙ったのは悪くなかったけど、一気に火球を撃ち過ぎてオーバーヒートしちゃったのは反省点だわ」
トキとヴェガは引き続き冷静に意図や改善点を振り返っている。ただ、ヴェガが激昂したのはトキが食らったからで、遠因を辿ると難敵がいることがわかっていてここに来たがったのはエルレアなのだ。
「使役人形とは相性が良くなかったのに、私はおふたりならどうにでもなるなんて思って、安易にアジトに来たいなんて言ってしまいました……」
「またほっぺたつぶしますよ」
トキがジトッと睨む。
「あう、はい、すみません、ここに来たのはチームの総意、ですよね。でも、強奪品こそ得られましたけど、結局あえて苦手な敵と戦うほどのたいした収穫はなかったのかも、と……」
「私はガンゾの奥さんを弔うことにして、なんだかスッキリしたけどね。冒険者って、意外と雁字搦めかもだけど、根っこはやりたいことをやる自由人なんだから、別に実利にこだわりすぎなくてもいいんじゃないかしら」
ガンゾ細君の埋葬を言い出したヴェガはさっぱりとしたものである。一方トキは。
「実利な。実はちゃんといいこともあったんですよね」
◇◇◇
トキは彼が確認していた、ガンゾの遺したもう一冊の手帳の内容を明かした。そちらは日記ではなく、使役人形についての独自研究記録だったのだという。石像の設計方針、術式構成、試作機の検証結果など、彼の長年の試行錯誤が細かく丁寧にまとめられている。
「使役人形自体はそれに全振りしないとモノにならない魔法体系だから、そのまんま流用はできないにせよ、ヤツの得意属性からしても部分的な技術が俺とはかなり相性がいいんじゃないかと思う。中級冒険者の秘蔵情報なんて普通目にしないお宝なわけで、これが入手できただけでも来た甲斐は十二分だと思ってます。ガンゾ=べラッソの遺産、とでもいうかな」
「あ、そんなものが手に入ったんですね……!」
差し出されたその手帳をパラパラと流し見ながら、ヴェガが呟いた。
「強化のためには、魔素の取込だけじゃなくて、技術向上もしていく必要があるものね。にしても、こういうのはこんなにマメに書き残せるのにギルド仕事が散々だったの、不思議」
「技術者として、興味持てる領域にだけすげーちゃんとやれる、ってのは、俺はわかる気がするな。不器用なぶん、ひとつのことに打ち込めたってのもあるんじゃないか」
情報の取り扱いには滅法強いトキだが、関心の持てない賞金首の顔は即座に思い出せなかったと言っていた。なんでもできるとは言っても、得意不得意が極端なガンゾやエルレアなどとも、どこか似たところが彼にもあるのかもしれない。
話し合いが終わって、ガンゾの手記を通して読み直したエルレアは、あらためて彼に自身を重ねてしばらく打ちひしがれた。仲間ふたりが寄り添ってくれた。
彼等はエルレアがひとりになっても生きてゆけるようにと、迷宮から逃げ帰る術を伝えたり、クエスト経験の種類を増やしたり、採算性について教育してくれたりしてはいるが、それでもやはりエルレアが独力で冒険者として生きていくには限界がすぐ側にある。また、彼等とて怪我も死もすぐ隣に置く生身の冒険者なのだともあらためて理解できた。本当にいなくなってしまうことだって普通にありえるのだと、ようやく理解できた。一方で、今回はエルレアの医療魔法を当てにして戦い方を決められたとも言ってくれた。初めて医療術師として役に立てたし、人間かもしれなかった『青殻病患者』だって射抜いた。
たくさん助けてくれる仲間を自分も精一杯助けたいと、エルレアは強く思うのだった。




