第15話:ガンゾの妻
エルレアは膝から力が抜けてその場にへたり込んでしまった。頭部を射抜いた『青殻病患者』、あれは、生きている人間だったのだろうか。
後ろを振り向いたヴェガが確認し、首を振った。
「血も何も出てないわ。予備の使役人形だったのかしら」
「ありがとうございます……遂に人を殺したかも、と思ったら腰が抜けてしまいました……情けないです」
「ううん、躊躇なく撃ってくれたの、素敵だったわ。助けてくれてありがとう」
「んじゃ俺も、助けてもらおうかな」
エルレアの近くにゆっくりと歩いてきたトキが掠れた声で言う。
……そうだった! 治療!!
エルレアは気合いを入れて立ち上がると、砕かれたトキの脇腹に手を添えて、入念に医療魔法を施した。何度も確認しすぎて、しまいにはトキから止められてしまった。
ヴェガはその間に、マモリテがいた小部屋の最終索敵を行った。霧で満たし不審な者がいないかを探るのだ。隙を大きく曝すため基本的な安全確保が済んだ上でないとできないし、ある程度狭い領域でなければ効かない特殊な手段である。
といっても、他に危険そうなものはさすがになかった。
これで、アジト内の脅威はすべて排除できた。
◇◇◇
例の部屋にあった石製の小机の上には、分厚目の手帳が二冊、裸で置かれていた。その他に目ぼしいものはなく、あとは小銭の詰まった革袋が転がっている。金目の物を持って逃げた残党も、守護石像のいるこの部屋には手を出さなかったようだ。机のほか、『青殻病患者』が横たわっていた寝台も石製で、黄ばんだシーツの下には藁が敷かれていた。一方で入口から死角となる場所には、同じく藁の積まれた類似のベッドがあった。ただしシーツはない。どうもこちらはガンゾ自身の寝床だったようである。『青殻病患者』のほうが頭目のガンゾよりも良い寝床を与えられていたのか。
トキが部屋の備品を検めている横で手帳の一冊をめくっていたヴェガが、目頭を押さえた。
「あー、ダメ、こういうの、心にくるわ……」
念のため部屋の入口で警戒を続けているエルレアが振り向く。
「あの『青殻病患者』、ガンゾの妻の遺骸だったようね……」
ガンゾの手記。そこには冒険者活動中期からの彼の苦悩が克明に記されていた。
妻が奇病に罹患したこと。並のクエスト報酬では治療に手が届かないこと。高額案件を狙っての失敗が祟り、任務処理のために妻の側にいられる時間が減ってしまうこと。治療費を捻出できないことへの自責の念。
妻を亡くした喪失感。
どうしても亡骸を処分できず、使役人形として動かしてみた。変わり果てた姿になってしまったが、それでも俺はこの妻を愛している。背中を撫でてもらうとまた歩き出せる気がする。周囲の者が離れてゆく。仕方ない。自分がおかしくなっていることはわかる。そうだ、他の青殻病患者のためにできることがしたい。再起せねば……。
努力しているのにギルドの義務の仕組みが頭に入ってこない。やらなければならないとわかっていることにも、なぜだかどうしても手を付けられない。やる気がないのだと責められる。違うんだ、俺は任務をこなせる。実力はある。報告がうまくいかないだけだ。依頼だけに集中させてくれさえすれば……!!
冒険者失格の烙印を押された。別の者を助けたいと思った俺に、助けを差し伸べてくれる人はいなかった。俺には妻しかいなかった。
違う、俺自身のせいだ。周囲はうまくやっている。皆が普通にできることを、俺だけが、できない。
周囲すべてに蔑まれ責められているような気がする。俺を知る者の多いギルドの近くには、もういられない。
魔力を流し遺体を連れ歩くことへの、妻に対する罪悪感。せめて使役人形は妻を守ることに使いたい、という気持ち。世を怨み悪事に手を出す自分と、あの世で妻に顔向けできないという自分とがグルグルと入れ替わり続けている。
賊として生きる中で、自分の力を利用しようとする者が周囲に増えてきたが、今更すべてが虚しい。妻に故郷の海を見せたいが、病により変質した肌は荒れた青波を思い起こさせる。見せたが最後、妻がひとり、同じ場所へと連れて行かれてしまいそうな気がする。
青い海の奥底へと。
◇◇◇
『青殻病患者』は残留魔力がなんらか働いたのか、フラフラと戦場に歩んできたが、必ずしも攻撃の意図はなかったのかもしれない。あるいはガンゾの遺した石像の最期が近いと悟り呼応したか。
「エルレアちゃんが、このままにしておいちゃいけない気がするって言ったでしょう。私、奥さんのこと、このままにしないで埋葬してあげたくなったわ。別に盗賊たちに憐れみはないけど、ガンゾは本当に彼女を愛してたんだと思うから。私だってもしトキくんが死んじゃったら正気じゃいられないもの」
同情を示したヴェガにふたりも賛同した。
「おふたりに助けてもらえなければ、私も今期で早々にノルマ未達成みたいなことをしでかしていた気がするんです。不得手なことを全部自分ひとりきりでやらなければいけなくなってしまったら、うまくいかないのも責められないなって思うと、ガンゾさんも気の毒に感じました……。矢で撃っちゃいはしましたけど、私も、弔ってあげたいです」
「マモリテは強かった。環境次第ではもっと花開けたんだろう。不憫なもんだと俺も思うよ。ガンゾの亡骸は領主に引き渡しちまったが、石像の残骸とあわせて最後に海を見せてやろうぜ。妻だけが自然に還ってしまうことを恐れていたようにも読めるけど、ふたり同じ地で眠ればいい」
三者三様に思うところがあったのだ。
時刻は夕方四時頃で、当初言っていたとおり、山中泊となる。エルレアは魔物の生息地で寝泊まりするのが初めてだったが、迷宮での長時間滞在時などには避けられないため、今後は徐々にこういう機会も増えてこよう。洞窟内は死骸の放つ悪臭が目立ったため、外に出てすこし登った風通しの良いところにヴェガが異空間を開いて全員で入る、ということにした。入口は開け放つが、外界側に土の囲いを設けた上、内側にも砂の針で編んだ目の細かい網を三重に張り、魔物や虫の侵入がないようにする。
寝床の目処を立てたところで、洞窟内に残された強奪品を回収し、討伐隊、新米盗賊の亡骸を先んじて表で荼毘に付した。討伐隊員の遺品を回収してやることも考えたが、領主側に『悪食』がアジトに訪れたと知れると、ガンゾの遺物や強奪品の召し上げ、事情聴取などの面倒事が起きるのは確実なため、回収物を誰かに託すこともできず、それは断念した。
ひとまず矢を抜いて安置したガンゾ細君の埋葬は明日、海を見下ろせるカワティシ側ダバヤ峠の先まで運んで行う予定である。
念入りに霧のシャワーを繰り返して臭いと汚れを落とし、一行は休み支度へと移った。




