第10話:討伐隊
ラツカ山道の賊に討伐隊が派遣された、と酒場で話題になっていた。先一昨日、つまり『悪食』からの報告当日にその方面へと向かう一団を見た、と噂である。聞こえてくる話を総合すると、荷馬車を引き連れた武装兵16名体制だったとのことであった。
ガンゾ=べラッソの指名手配は取り下げられたものの、トマシモ峠近辺の山賊討伐クエストはまだ引き続き冒険者ギルド支部でも掲示されたままである。ガンゾが頭目だったとは知られていないため、ふたつの情報が結びついていないのだ。一部を意図的に見逃したままの『悪食』からもギルドへの成果報告はできない。山道の危険はカワティシ近隣の市民にとってそれなりの懸念事項だったため、討伐隊派遣には酒場の客たちからも大きな注目が寄せられているようであった。
『悪食』一行は三日間かけて所定の四クエストを終えきり、慰労の晩餐をつまんでいる。エルレアはフタバイサキと呼ばれる旬の白身魚のアクアパッツァがことのほか口に合った。炙られた皮の香ばしさ、脂ののった身からほとばしる旨味、ハーブが濃く香るのがまたたまらない。ヴェガはサハレ貝の酒蒸しがお気に入りだという。いっぽう甲殻類はトキしか食べなかった。エルレアにはどうも虫のように見えて手が伸びない。
「大半が既にくたばったって広めない点がヤラシイよな。領主が治安維持に尽力してまっせって顔しといて、その実、荷馬車ころがして単なるアジトのお宝回収目的ってわけだ」
客の会話を耳にしたトキが、呆れ顔を見せながら小声でこぼした。
「目算が立ったからすぐに人数を派遣するなんて、現金なものよね」
「あれ、残党がいるという話でしたから、まだ安全ではないんですよね? それを討伐に行ったのでは?」
新米盗賊を信じるならば、アジトには四名が残っているという話だった。
「まあ善意に取ればね。でも本隊が戻らないのを見て、もう引き払ってる可能性が高いですよ。襲った商隊の荷駄全部は持ってけないでしょうから、拠点に残されたブツは丸儲け、ってこと」
「じゃあ、通行人が山賊に襲われる可能性自体は、もうおおむねなくなったんですね。それは良かったです」
エルレアちゃん、イイ子すぎでしょ、とヴェガが笑いながら果実酒を注いでくれた。水を足してマドラーでかき混ぜる。
「あれ、でもトキくん、そのわりにガンゾの配下について気にしてなかったっけ」
「ああ、それな――」
◇◇◇
ガンゾ=べラッソはもともとラキバエの出で、ザバン南方を主体に活動する中級冒険者であった。このあたりの同業者にも知り合いはいれど、地元は随分長らく離れていたらしい。が。
「どうも組織の定めを安定的にこなすってのが壊滅的に向いてなかったらしい。嫁がどうにか助けてたんだが、病で亡くした後は資格を失っちまって坂道を転がるように、だったんだとさ」
ルールを積極的に破ろうとしていたわけではないようだが、どうしても計画的に点数を得ることなどを継続できなかった彼は、重なる義務不履行が祟っての登録失効後に、消息を絶った。その後しばらくたって、別の地方で強盗として何度か目撃されていたが、最近ラツカに流れてきていたようである。現地の無法者に合流したのか、一党を引き連れてきたのかはわからない。
エルレアはこのくだりの、彼が中級冒険者だった、という点が気にかかった。
「もともとベテラン冒険者だったんですか……『羅銘露』もそうでしたけど、同じ中級でもおふたりにかかると子供扱いなんですね」
どちらも秒殺だったと言っていい。中堅も幅広い、とは言われたが相当の実力差ではなかったろうか。
「不意をつけただけです。彼等の得意な形になったら、逆に俺達もイチコロですよ」
「それにしたって、ガンゾは中級にはありえない気の抜けようだったわ。一線から離れて勘が鈍りきってたのかしら」
「よそから故郷の近くに戻ってきてたわけだろ。妻もなくした、仕事もうまくこなせない、悪事に手を染めてどうにか食ってはいたけど、実際もう生きつづける気持ち自体を半ばなくしてたんじゃないかなあ。手にかけた俺が推し量るのは傲慢だとも思うけどさ」
トキはすこししんみりとした表情を見せた。
生きて帰る力、それをもはやガンゾは投げ出していたのかもしれない。それだけ持てば冒険者としてやっていけるのかというと、帰るべき場所自体を失ってしまった彼は、その資質以外のところでどうしようもなく躓いてしまったのだ。エルレアは、自分ひとりでは業界や制度などのさまざまなしがらみの中で要領よく生き抜いてゆける自信がなかったので、ガンゾの話がまったくの他人事とは思えなかった。助けてくれる誰かがいなければ、時に人の心など簡単に折れてしまうものなのだろう。
「で、子分にも手練れがいるはずだって話?」
ヴェガが本筋に運ぶよう促す。
「いや、歯応えがなかったっつー話にも絡むんだけどさ、ラキバエで聞いたところによると、ガンゾの主力は昔っから『使役人形』だったはずなんだ。他の冒険者も同じようなことを言ってた。でもあんときゃいなかったろ」
「あーー、じゃあアジトにまだいるかもってことね」
『使役人形』とは、魔力で動く人形である。剛力や頑強さを誇るものが多く、主人の命を受けて代わりに労役や戦闘に従事するのだ。ガンゾは彼の『収納』などに仕舞ったまま出さずに息絶えた可能性もあるし、既にどこかで失っていたのかもしれない。ただ、術師亡き後も生前の指示に従い続ける使役人形もおり、今回も、悪いケースでは拠点を守れとの命令を遂行しつづけていることが考えられた。もう残党は逃げただろうと考えて無警戒に踏み入ると、手痛い反撃を喰らうかもしれない。もと中級冒険者の切り札ならば、生半な兵士では太刀打ちできない。
「こっちから忠告するまでもなく、討伐隊のほうで押さえとけよって情報ではある。現地を見て注意すべきも彼等のほうだ。そもそも俺達のほうがよっぽどガンゾなんて知らなかったんだからな」
そう締めるとトキは、水割りの蒸留酒で喉を潤して酒盃を机にコトリと置いた。
◇◇◇
「おい、ニュースだぜ!」
そろそろ宿に引き上げるか、と話していたところ。つい今しがた入ってきた二人組がカウンターで店主に対して声を上げた。
「多数の犠牲と引き換えに、ラツカ山道の山賊が駆逐されたってよ!」
一気にうわっと沸き立つ店内。
「徒歩で六人が帰ってきたらしい。大怪我を負ってる者もいるそうだ。しかしなんにせよありがてえ話だよな、ザバン方面にもまた快速便が出るぜ」
喜ぶ客達とは裏腹に、あちゃー、という表情をヴェガがふたりに見せた。
「落ちてるお金をただ拾うだけってふうにはいかなかったようね」




