第9話:集中処理
朝の支度を済ませた宿の部屋で。
自分が元精霊だと話した、と告げたヴェガに、トキは静かにうなずいた。
見た感じ、秘密を明かすかどうかの方針はふたりでも合意していたようだが、昨日のあのタイミングはヴェガの独断だったのだろう。果たして彼にとってはよかったものかとエルレアはふたりの顔を交互にキョロキョロと見ていた。
そんなエルレアの正面にズイッと歩み寄ったトキは、前と同じように、ほっぺたをムニッと両手で挟み込んだ。目を合わせて真剣な顔で言う。
「エルレアさん、くれぐれも口外無用でお願いしますよ」
もちろんそのつもりだ。
会話下手なぶん口は堅いほうだとは思うし、自分を信じて打ち明けてくれた秘密を誰かに喋る気は当然一切ない。ただ、その一方で訊かれ方次第では知らずにボロを出しかねないアホだという自覚もある。可能ならば彼等にもお目付けを願えるとありがたい……。
エルレアはすこし焦りながら答えた。
「はい……くち塞いれくらはい……」
トキは表情を崩して手を離した。
「フフッ、キスせがむみたいな言い方」
ヴェガの言葉で、自分が妙な表現をしたことに気付いてエルレアは真っ赤になった。
「あう、あう、ちが、違くて、あの、秘密にするんですけど、その、変なこと言いそうなら止めてもらえるとって、えと、あっ、今もわたし変なこと言いました、あれっ」
こんな調子では信用も何もないかもしれない。エルレアはバタバタワタワタしている。
「ハハハ、いや、大丈夫です。ちょっとだけ脅しましたけど、知られたら知られたでどうにでもするさ。俺達はそんなんじゃあ狼狽えない新生『悪食』なんですから」
「フフッ、そうね。といっても、氏族とか国から余計なちょっかいが入ったりしかねないから、やっぱり黙っててくれるのが嬉しいわ」
自分の時ですら横槍が入ったという。より希少なヴェガの素性が知られれば、さまざまな波乱が起きるのは間違いない。エルレアはやはり自分自身で固く口を開かぬように気をつけようと誓った。
への字に口を結んで深くうなずく姿に、ふたりはまた表情を崩したのだった。
◇◇◇
昨日は見物に徹したのでクエストに向けた準備は特にしていない。旅の中では日の出とともに動き出すことが多いが、市場で調達すべき道具などもあるため、十時頃に開くという店を街の大通りで待っている今朝は、のんびりとした出だしであった。
揚げた烏賊を挟んだサンドイッチをぱくつきながら、潮風の香りをあわせて味わう。爽やかなライムジュースで喉を潤す。腰を据えて地域の探索に取り組む冒険者がいる一方で、街を渡ってゆく者も少なくないと聞いたが、こういう喜びは地上の旅ならではだなと、エルレアは頬をとろかしながら感動していた。
「エルレアさん、突飛なこと聞かされて、あんまり寝られてなかったりしてません?」
「あっ、いえ、大丈夫です。すごくビックリした内容でしたけど、幸せな気持ちでぐっすり眠れました。話してくださったのもそうですし、他にも本当に色々気遣ってくださることがとっても嬉しくって」
「良かった、また新しい土地ですけど、集中処理、がんばりましょうね」
クエストに向け、トキが体調を気にしてくれる。
にこにこと返すエルレアだった。ラキバエで泊まった時のほうがよほど寝付けなかった、とは言わないでおいた。
◇◇◇
今回は、素材納品を中心に四件の依頼を一斉に受けている。
1.角負豚討伐(ファテナ村近郊)
2.輪葉魚の稜鱗納品(ノイサノーズ洞窟)
3.カツエ真珠採取(ノイサノーズ洞窟)
4.錦糸藻採取(ノイサノーズ洞窟)
効率よく並行してクエストを捌いていけば、期中のノルマ達成はさほどの苦行ではない。ギルド側とて、冒険者を減らしたくて導入している制度ではないのである。
ザバンの冒険者ギルドには、支部を含めて千人超の登録者がいるという。パーティーに直すと三百程度。カワティシ支部にはその一割ほどの冒険者が根ざしている。安定して依頼が処理されることも重要だが、供給側でも安定的にクエスト掲示ができなければならない。護衛任務などの単発的な依頼の他に、常時求められている素材納品なども多いのだ。今回ヴェガが選んだのも、過去に彼女が自分で経験したことのあるものが主体で、比較的近場でまとめて捌けることがわかっているのだった。




