第7話:年上
海洋都市とその近くの観光を半日堪能したエルレアたちは、カワティシ市街に宿をとっていた。
捕虜の盗賊を入れていた携帯牢の清掃なども終えて、明日以降は集中的にクエストを処理する。時間を余らせてザバンには船で帰ろうか、という提案にエルレアには楽しみがもうひとつ増えた。
夜はまた人形相手に弓の訓練を行った。腕、頭、それなりの精度で刺さっている。修羅場を目の当たりにした後の覚悟の表れであった。大切な仲間の危機は自分の手を汚してでも救うのだ。とはいえ鳥を射抜くようにはまだいかない。さらなる集中が必要である。
「いやあ、相変わらず弓矢も勘定できますね。医療術師登録が勿体なかったくらいだな」
反省しているエルレアとは裏腹に、本日の成績に満足した様子のトキは、訓練に使った砂をひとところにまとめ、賛辞を贈るとヴェガの異空間から出て行った。自室で休む女性陣と違って、どこでも寝られるようにしておくのだ、と彼はいつも滞在地のその場を使っている。身繕いも大抵は自分でしていた。
◇◇◇
トキとは異なり、エルレアは、ヴェガの部屋で就寝前に霧のシャワーを浴びるのが日課になっている。冒険中の着替えは最小限にとどめているが、毎回衣服ごとキレイにしてもらえるので日々きわめて快適に過ごせているのだ。護衛任務を終えた今日は気を張る必要もないので寝間着に替えている。
使った『霧』は、専用のタンクで数段階にわけて濾過して後で外界で排水する。複数層に分かれた砂のフィルターは高熱で殺菌消毒して、燃えカスを固めて捨てる仕組みである。お手洗いも同様に室内に設けたボックスで清潔に済ませられるのだ。他の冒険者たちにはなかなか真似のできない、火と水と土の魔法が多様に使いこなせる『悪食』ならではの福利厚生であった。
『収納』を完全に閉じてしまうと中で酸欠になってしまうおそれがあるため、異空間に長くいるのであれば通気用に入口を開けておかなければならない。換気効率を考えると空間展開は重ねるべきではなく、エルレアが自室の入口をヴェガの異空間内に置くことはしていない。宿の部屋では壁際などにそれぞれの入口を設け、野営時には各々のテントで隠している。
「今日もありがとうございました、いつもとっても気持ちよくって幸せです」
霧の全身洗浄が終わり、さて自室にゆこうかと思ったところで、ヴェガが小机で頬杖をついてこちらの顔をじっと見つめているのに、エルレアは反応した。
「どうかしましたでしょうか?」
「ううん、どうしたらエルレアちゃんが、もっともっと私達から離れられなくなってくれるかなって考えてたの」
エルレアはドギマギした。
「えっ、あっ、私はもう、ほんとに、言うことなくって、今日の観光もすごく楽しかったですし、シャワーなんかも毎日感動してますし、置いていただけるなら離れる気なんて全然ないんですけど……」
「ウチが良いってアピールはいっぱいしてるつもりなんだけど、大手は大手で別のいいところがあったりするみたいだからね。そういうの聞いても、辞めたいなんて絶対思えないくらいドロドロに依存させちゃいたいなあー」
「だっ、大丈夫ですぅ……」
どこか妖しい響きを含んだヴェガの口調に、エルレアはなんだか赤くなってしまった。
「……フフッ、エルレアちゃんをからかうの、楽しい。私もね、実際トキくん以外ときちんと組むのは初めてだから、勝手がまだわからないのよ」
ヴェガはソファーに移ると、ポンポンッと横を軽く叩いた。座って話をしよう、ということだ。彼女は既にシャワーを済ませている。毎回先にやってくれようとするがそのたびにエルレアは固辞していた。
「氏族加入は検討してみたって伺いましたが、これまで他の冒険者の方を『悪食』に入れる気はなかったんですか?」
横に腰掛けながら、ヴェガたちの考えていた出直し計画について、エルレアは質問してみた。
彼女たちに加入したいという者も普通にいそうには思える。四人までが一組となれる迷宮攻略を考えてみると、全体13位の強豪に2枠も空きがあって、かつ制度上は初級者でも構わない、となると希望者は引きも切らなさそうだ。ド新人を拾うより、まだしも効率は良かったのではなかろうか。
「冒険者、いろいろ見てきたでしょう。性格合うなって思った人は、あんまりいなかったんじゃない?」
ヴェガは卓上に置いてあった磁器製のティーポットを魔法で温めながら答えた。中には別で汲んできた水が入っている。魔法で生み出した水は魔素中毒を引き起こしやすく、飲用はできれば控えるべきなのだ。
「ええと、そう言われてみると、そんな感じもあるかもしれません」
ルーセントや『羅銘露』メンバーたち、ダヅロ、シンディー、直近会った人たちを思い浮かべてみると、なんとなく長期間目的を共にするのはしんどそうな気がする。これらは皆『ハザウィック』ではあるが、『カデュアル』もとりあえずゴネてみるタイプだと聞いたし、ツェリークも怖かった。登録審査の同期志望者たちとも噛み合わなかった。エルレアが苦手とするような人物は他でも多いのかもしれない。
「私はそうだったわ。一応、勧誘含みでもまわりは見てみてたけど、ソロとかペアで浮いてる肌の合う冒険者で私達に足りないピース、なんて早々いないのよ。引き抜きとかも趣味じゃないし」
茶葉を入れて掻き混ぜると、すこし苦みを帯びたリンゴのような香りがふわっと立った。横であわせて温めていたカップに注いで勧めてくれる。ヴェガが淹れてくれるお茶がエルレアは好きだった。エルレアの故郷でもハーブティーをたしなむ習慣はあり、そのうち自分からもご馳走できればと思っている。
「現役に候補がいないなら、他所から来る経験者に粉をかけるか、新人育成かだな、ってトキくんとは話してたのね。でもどうするにせよ、合う人を探してても正直ちょっと憂鬱だったわ。特に医療術師って普通に儲かる分、お金にうるさい人が多い印象だったから」
ヴェガ達は採算が合っていて扱いがナメられていない限り、報酬の配分にはかなり頓着がない。加入前のエルレアにも亜竜の分け前を躊躇なくくれた。新しい仲間に多く支払うのとて別にやぶさかではなかったのだという。ただ、そういうことではなくて、目先の損得にこだわる者がいると選択肢が狭まってしまうことが問題なのだそうだ。『晃之雉』しかり『沙巌熊』しかり、獲得物をいったんすべて投げ出すべき局面がある。お宝の残っているであろう山賊拠点も使命のために見逃した。そういうところで内部の意見が噛み合わないと方針をともにできない。
「そんな中で、相場知らずの医療術師さんが弓まで引ける、なんて言われたら、私達からすると鴨がネギ背負って鍋かぶって来たようなものでしょ。他の監督官チームが無理矢理声をかけなかったのは、節穴揃いで助かっちゃった。森人は得体が知れないし会話も苦手っぽいから連携取れなそう、って避けてたらしいけどね」
笑いながらカップを机に置いたヴェガは、ズイッと顔をエルレアに近づけた。霧で使ったミントが鼻先をくすぐる。
「最低限の技能は前提だけど、要するにウチは性格第一だったのね。その点エルレアちゃんは相性抜群に見えたし、オマケに女の子なんだもの。私からすると絶対手放せないわ。仲良くしてほしくてたまらないの」
しっとりとした眼差しになんだかまたドギマギしながら、エルレアは答えた。
「わ、わたしも、もっと仲良くしたいです」
「フフッ、嬉しい」
カップに口を運んでから、まだ残る照れをごまかすようにエルレアはソファーにもたれかかって呟いた。
「ヴェガさんって、なんだかすごく、年上のお姉さん、って感じがします。私は七十年も生きてるのに、不思議ですね。故郷の森は時の流れが遅いからかな」
何気ない感想だったが、それに対してヴェガは驚きの一言を口にした。
「そうね、私、だいたい二百歳くらいだもの」




