第6話:残りはカワティシで
目的の領主邸宅には予定通り午前の遅くないうちに到着した。謝辞もそこそこにレミ女史は魔法薬を背負うシャマダ氏を急かしあげて中へと消えて行った。奥方が患う『青殻病』は肌が青く硬質化してゆく難病であり、緩和措置を重ねなければいずれ全身が真っ青な油絵の具を塗りたくられたようにザラザラに変質して死に至るという。エルレアは地元で一度だけ初期患者を見たことがあったが、師の医者は即刻患部全体を切り落とす処置を選んでいた。他人に伝染ることはない病気ながら、症状が全身に広がると打つ手がなくなるからである。今回の病状のほどはわからないが、すぐにでも新しい薬を手元に届けたい一心で難路を歩んだ彼女たちに扱いが雑だのなんだのとののしるつもりは、エルレアたちには一切なかった。
一同を迎えた屋敷の執事が代わりに任務完了の一筆と報酬を準備してくれた。
盗賊の話をしたところ、別途一室で確認したいという。警備兵の待機所が一階の端にあり、そこで警備兵長に引き継がれた。彼は屋敷の警備の他、地域の警察業務にも噛んでいるらしい。
頭目の亡骸を横たえ、隣に捕らえた新米を突き出す。あわせて、いつ入手していたのか、トキは手配書を取り出して指し示した。
「うむ、たしかにガンゾ=べラッソだ。最近ラツカの山道が危険とのことで近々調査隊を出す予定だったそうだが、こいつが元凶だったか。まずはお手柄だな」
「我々は領主殿のために道を急ぎましたが、彼によると、拠点にまだ残党がいるとのことでした。案内させるといいでしょう。協力的な投降者にはぜひ温情をお願いしたいですね」
「うむ、お前の働き次第では罪の減免もある。縛り首を逃れられるよう、神妙に従うんだぞ」
軽く凄んだ警備兵長に対して、もう何度目になるか、新米盗賊はまたガクガクと首を上下に揺すった。とりあえず牢に入れておくようにと警備兵長は配下に指示を出した。この邸宅は執政所も兼ねているらしく、単なる住宅ではない、それ用の機能が持たされている。
この一件についても一筆もらう。冒険者が捕らえたものは基本的にクエスト処理扱いとなるため、指名手配犯の賞金は冒険者ギルドを通じての支払いになる。今もらった証明書を提出せよ、とのことであった。
「このあたりでの賞金首の扱いは俺も初めてで、勝手がよくわからないんです」
囁いたトキが、あまり興味を持てない、と以前言っていたことをエルレアは思い出した。
◇◇◇
「あ、手続きに頭が取られてて言い損ねてたことがあった」
ガンゾ一党について伝えるべきことがあるとトキが言う。待機所を辞して屋敷からも去ろうとしていた一行は、入口寸前で引き返した。扉のない先程の詰所の手前で、中の会話が漏れ聞こえてきた。
「しかし、冒険者というのは大変なもんですね。女で顔にあんな大火傷を負ってしまうなんて」
「スカーフで口元は隠していたが、その下もどうなっているか知れたもんではないな。自由なのかなんなのか知らんが、因果な稼業だ。娘がなりたいと言い出したらワシの妻などは卒倒してしまうかもしれん」
「案外、先に嫁にいけない不細工になったんでそっちの道を選んだのかもしれませんよ」
「ハッハッハッ、それならば適材適所だな」
ふと、ただならぬ雰囲気を感じて横のふたりに目を向けると。トキもヴェガも、これまで見たことがないような厳しい表情をしていた。盗賊たちを殺した時はむしろ無感情に見えたが、こんな顔も見せるのか。自分に向けられたものではないながら、エルレアは背筋がゾッとした。同時に、仲間である自分を馬鹿にされたために怒ってくれているのがわかって、それに喜びも感じた。
そっとふたりの袖を引く。
「あの、私、気にしてませんから」
小声でなだめたエルレアの言葉に、トキが自分の口元を右手で覆った。強張った頬を揉みほぐしている。手を離してエルレアに向けたのはいつもの微笑みだった。
「まったく、バナデアきっての美女医療術師をつかまえて好き放題言ってくれるぜ」
「節穴揃いね。帰りましょ、忠告なんて要らないわよ」
再度踵を返したふたりにエルレアも従った。
仲間の反応が嬉しくて、言われたことはどうでもよかった。最近指摘される機会は少なかったが、顔の古傷を言われるのは、いまだ慣れぬ人間相手の荒事とは異なり、これこそ慣れっこでもある。
◇◇◇
カワティシには、ザバン冒険者ギルドの支部が置かれている。完了報告はここでも受け付けてくれるのだ。ただし適当なタイミングでクエストを受注した拠点にも立ち寄る必要はある。一行は、護衛の件について報告を入れた後、賞金首を狩った証明書も提出した。緊急依頼は点数にも色がつくし、治安維持にもギルドは積極的である。2点ずつ得られたので今期の残りノルマは4点となった。
すこし毛色が違うから見てみるといい、と言われエルレアはこの地方の依頼掲示をヴェガと一緒に眺めてみた。海に近いこの街では、たしかに内陸のザバンとは異なるクエストが並んでいる。一方で『胃袋』産素材の募集も貼り出されていた。この街を拠点にする冒険者も、ザバンまで足を運ぶことはあるようだ。ホームとの特色差はなかなか興味深いものだったが、エルレアは海を見たことがないので各依頼の具体的なイメージはさほどよく描けなかった。その間、トキはギルド支部に訪れている他の冒険者や職員たちと、すこし話し込んでいた。
街中の酒場の昼営業に一行は席を取っている。海鮮はザバンにも干物などが入ってくるが、ここにはエルレアの食べたことのない魚介が鮮度よく色々と揃えられており、面白かったし美味しかった。
このあとどうするのか。
迷宮都市に戻るには同じ経路を通ると自分達の足で二日程、海路から港町ヴィゴーを経由するならば、より道は整備されていて楽なものの倍かかる。期末まではまだ数週間あるとはいえ、この手の移動が必要なクエストを手掛けていると、ノルマをこなしきるには割と間がないかもしれない。ヨサンギ採取を考えると所要三日で通常1点なのだ。エルレアはこういった締切のようなものに接するのがほとんど初めてで、内心すこしハラハラしていた。
「エルレアさん、海、見にいきましょうよ」
一方でトキは呑気なものであった。
ダバヤ峠から見下ろしたスマニュラ内海はとても美しく、エルレアはその景色に暫時見とれたが、しかし近くで海なるものを目にしたことは未だない。見物してみたい気持ちはある。ただ。
「えっと、ザバン帰還とかを考えると、クエスト義務数に届かせるには日数が結構ギリギリなのかなって思ってたんですけど……」
「ええ、だから残りはカワティシで受けちまおうと思って」
あ、なるほど。
支部があるからそういう形も取れるんだ。
「馴染みのクエストで進めたいなら、ザバンに戻ってもいいわよ。早いやつだと大体一件2日くらいでしょ。直列にやっても普通に余裕はあるから」
午前中に寄った支部でクエスト受注までしてこなかったのは、エルレアの意向を聞くためである。とはいえヴェガはいくつかの候補を既に見繕っておいたらしい。
そういうことであれば、とエルレアは一も二もなくカワティシ滞在を希望した。
今日は受注だけして残りは休養、つまり観光に充てるという。港も浜も見物に行くし夜の飯も期待しといていい、というトキの言葉に、とてもワクワクするエルレアだった。




