第3話:秘密兵器
昨夕の雲模様に見えたとおり、天候は悪くない。
ラツカ山地、高度はそれなりなものの、峠を越える過程には一部崖沿いを通る不安定な細道や急な登り坂などもあり、慣れぬ者にはなかなか辛い道のりである。
依頼人のふたり、レミ女史とシャマダ氏は、フウフウと息を荒げながらも夏空の下がんばって足を進めていた。麓の村で買えた杖が助けである。エルレアはそんなふたりを後ろから見守りながら、背後に気を配っていた。そのすぐ前にはヴェガが行く。全体を先行するのはトキである。山歩きはもともとお手の物のエルレアだが、一切疲れも感じないほどに楽なのは身体強化が進んでいる証左であろう。
「あの、お荷物、お持ちしましょうか?」
比較的骨太な体格をしているシャマダ氏は老齢と言ってよい。重い薬瓶を複数背負っている。魔法薬の類を収納魔道具に入れるのは、内部魔素による影響が読めないから避けるべきなのだ。といっても所詮地方領主の使いである彼等はそんな高価なものはどのみち持たされていない。疲労の目立ってきたシャマダ氏に対し、仕舞わないまでも自分が重荷を預かれば楽に進めるかと思い、エルレアは休憩時に尋ねてみた。
「おお、お嬢さん、ありがたい話だが、大事な薬が入っておりますのでな、他人に安易に触れさせるわけにはいきませんのです。ご厚意だけ感謝しますわい」
それは一理ある。運んでいるのは『青殻病』の治療薬で、かなり高価なものだと聞くが、彼等からすると冒険者に持ち逃げされぬとも限らない。特にレミ女史は自分たち(というか部下のシャマダ氏)が運ぶことにこだわった。ただ、順調そのものの徒歩行ですらこの調子では、魔物や野盗に襲われるとロクに身も隠せまい、ともエルレアは思った。動きの鈍さは昨夜開いた作戦会議でもトキが触れていたことである。
「トマシモ峠を越えると魔物が出ますが、これはナバテの森の小物程度で、追い払うのもまあ容易でしょう。ただ、やはり複数の野盗に遠巻きにされると対応が手間かもしれないですね。その場合は秘密兵器の出番だ。俺とヴェガが処理するので、エルレアさんは状況に応じてふたりを臨時収納、その際は強引にでも薬も預かってください。弓は使わなくていいから、防御と回避に専念ね」
秘密兵器。
エルレアの持つ魔法の腕輪は、六畳ほどの異空間をふたつ展開できる。うちひとつはエルレアの個室になったが、もうひとつを他人専用にするとトキは言い出した。対『羅銘露』において、捕獲したものの殺せない敵の処理に困ったことが原因である。既存の収納は『悪食』の金庫や個室のようなもので、余所者だけではおいそれと入れたくない。それならば最初から専用のものを持っておけばよいという発想だ。言ってみれば携帯の牢屋である。普段は遊ばせておく形になってしまうが、タダで手に入った物なので贅沢に利用することにした。
基本的には短時間の監禁用で、石の格子を内部に取り付けてさえいるが、今回のように仲間ではないが敵でもない者を一時退避目的で入れることも想定し、木製のイスくらいは用意してある。ただ、魔法や魔道具で作った異空間は、術師の魔素の影響で中毒を起こす可能性があるのと、換気が行き届かないのとで、どのくらい長く人を無事に入れておけるかは未知数だった。
これまでずっと庇護される立場だったが、今回は守る側である。一層がんばらねば。エルレアは対人戦闘には一切の自信を持てていないままだが、依頼人を隠すことくらいは果たせそうに思えた。
人と極力関わらないクエストのほうが役に立てるかもしれない、という医療術師らしからぬ後ろ向きな考えを持ち始めていたエルレアだったが、医薬品を運ぶという目的ならば前向きに取り組める。荷馬車などの大荷物がない、人物のみの護衛任務であったのも幸いで、受注を即決したのも難度はさておき諸事相性の良さが目立ったからだと先輩ふたりに聞いた。
◇◇◇
何匹かの小鬼を退けて後。
果たして野盗の一群が、一行の前に立ち塞がったのだった。




