第1話:クエストもこなさねーと
迷宮『ネグランデの胃袋』への初挑戦から二週間あまりが経った。
このところ集中的に『胃袋』に潜り、エルレアはいくつかの『層』にまたがって探索経験を積んでいる。初回からエルレアの見せた環境適応力は他のふたりを驚かせた。もともと一回こっきりの見学のつもりだったが、それならば、と焦点を迷宮に慣れることに移したのだ。
『沙巌熊』や『胡粉護巌斗犀』などの危険種については、狩り方だけでなく察知して避けたり欺いて逃げたりする術も教えてもらってきた。『第一階層』の踏破よりも先に、もしはぐれても独力で生還できる力を身につけること、それが優先目標だとトキたちは課してきた。索敵勘のいいエルレアは、ヴェガによる感覚強化なしにでも、早くも部分的に先導を担えるようになってきている。ただ、対人対応の目処は大きくは立っていない。迷宮内での冒険者との鉢合わせはあれ以来まだなく、優先すべきはまず環境に慣れることだと先輩冒険者ふたりも言う。
「そろそろクエストもこなさねーとなあ」
素材売却の帰り道でトキが呟いた。
冒険者は階級に応じてクエスト受注に一定の義務付けがなされている。
クエスト報酬の一部はギルドの収入として上納しなければならない、というか基本的に天引きされる。ギルド維持には必要な仕組みなのだが、一定の得意分野ができあがった冒険者からすると、クエストを介さず独自に狩りなどにいそしむほうが歩留まりは良かった。ただそればかりでは共同体の運営は立ち行かなくなるのだ。クエストをこなし、ギルドを維持するのは、所属する冒険者の義務なのである。
エルレアがもらった登録証――正式版は木片ではなく金属製のカードだった――には、四半期ごとに更新認定が記録されていくようになっていた。ノルマを果たさない不良冒険者は、この更新が停止され資格を喪うなどのペナルティーを受けることになる。
クエスト処理の必要数は、ひとりあたり、入門者が月2点、初級者で月3点、中級者以上は月4点、というポイント制で課されている。たとえばヨサンギ採取では1点がもらえた。参加人数で按分されるため、複数人で一件を受注すれば全員1点ずつ加算、というわけにはいかないのが大変なところで、四人組の入門者パーティーの場合、月あたり8件もの依頼を成功させなければならない。ただ、クエストの重要性緊急性によって点数が高いものもあり、たとえば『晃之雉』討伐ではギルド側の配慮もあって結局3点がもらえた。これは難度によるというよりも、どちらかというとギルドがつける特定クエストへの受注勧奨ボーナスで、ふつうはレベルによらず1点である。見方を変えれば中級者でもひたすら薬草ヨサンギを漁って得点を稼ぐことはできるのだが、収入面での効率が良くないのでそんなことをする者はごく少ない。
エルレアは一ヶ月で昇級したため、今期は8点が必要である。『悪食』全体では32点が義務なのに対して、二ヶ月弱が経過した現時点での獲得点数は24点であった。
この制度については本登録後に事務員から説明を受け、メモも細かく取ったものの、本当に自分が理解できているかというと心許ないエルレアである。現在のみずからのポイントを数え直してもまだピンとこない。残ったひと月であと7件前後のクエストをこなす必要がある、と先輩がまとめてくれてようやく、なすべきことがわかった気がした。
「迷宮産素材のギルド納品は意図的に避けてたものね。狙い始める?」
『沙巌熊』買取こそ大きく収支を改善させたが、基本的には小物しか狙っていない上に魔石は売らないので、ここまでのエルレアの迷宮訓練を通じた財政事情はトータルやや黒字くらいにとどまっている。無理は避けて毎回半日コースで予定を組んできたため効率が悪いのだ。迷宮産素材の納品依頼もほぼ常時出ているが、手数料を加味するとギルドに納めていたとしたら足が出てしまう。街中での素材売却に徹してきたのは、余計なことは抜きにして狩り単独での採算性をまず気にかけられるようになるべきだ、と主張するトキからの、エルレアへのトレーニングの一環であった。とはいえこれを、ギルド納品を意識して進めるように切り替えれば、クエスト得点は順調に稼げるだろう。
「欲をかいたら死ぬ、っつーのが『胃袋』の掟だろ。エルレアさんは能力的には高いとはいえ、経験的には本来まだ早すぎるとも思ってる。地上では懐事情も理解してってもらいたいけど、迷宮内じゃあ探索に集中してほしくて、クエスト処理まで頭に入れたくないな」
ヴェガの提案に対して、トキはしかし慎重だった。
エルレアは、褒められたのを喜んでいいのか、未熟なのでクエスト処理は考えるべきでないと言われて神妙にすべきなのかがわからないで、口をムニムニと動かしながら曖昧な表情を保っている。そんな様子を見てヴェガが肘で突付きながら微笑みかけた。
「エルレアちゃん、褒めてるのよ。迷宮に安定して潜るのが一番レベル上がるんだから。私達の最優先目標はエルレアちゃんの強化で、そこはほんとに期待以上なんだもの」
「は、はい、ありがとうございます、嬉しいです、んふふ」
たしかに魔石取込や迷宮滞在による魔素の吸収で強くなれている実感は大きかった。そこを将来への貢献と取ってもらっているのは、とりあえず自分でもその通りに捉えたいと思っている。エルレアは素直に喜ぶことにした。
「じゃあ、地上のクエストに取り組むんですね。やっぱり素材採取とかになるのでしょうか」
「うーんと、最後の帳尻合わせはそれでいいとして、どうせ依頼を受けるんなら、ヒトがきちんと絡むのを一発やっときたいですね。配達、護衛、賞金首、このへん」
「それこそ早くない? エルレアちゃんの苦手分野でしょう」
「早めにバラエティーは増やしておきたいんだ。だって俺達がいま死んじまったら、エルレアさんが捌いたことあるクエスト種類って全然ないまんまだろ」
「え゙?!!」
突如出てきた過酷な想定に、褒められてふにゃふにゃしていたエルレアは震えあがった。




