プロローグ
ガンゾ=べラッソは海が苦手だった。
故郷の町からは半日もあればスマニュラの浜に行ける。同じく半日で登れる峠からも内海が広く見渡せる。冒険者としての鍛錬と研鑽の合間に、波打つ深い青を見るのが若い頃は好きだった。彼は要領が良いほうではなく、ごく限られた得意な魔法以外にはからっきし不器用だったが、広い海を見ると小さな過ちなどすべて包み込んでくれるような気がして好きだった。
四十年近く生きた今は苦手だった。世間には過ちを寛大に受け止めてくれる者などいないとわかったから苦手だった。海は別のものを想起させるから苦手だった。大切なものをその奥底へと引きずり込まれてしまうような気がして苦手だった。
各地を流れて、結局ふるさとの近くに戻ってきてしまった今も、海の見えるところにはまだ足が向かないでいる。嫌いになったわけではないのだが、若い頃は無邪気に眺めることができたその巨きさの前に、今はみずからのちっぽけさを思い知らされてしまいそうで、踏ん切りがつかないのだ。
「お前にも、いつか俺の馴染みの海を見せたいとは思うんだが……」
いつこの心の整理がつくのかはわからない。
呟く彼の小部屋には、大きな石像が置かれている。ガンゾの恃みにする守護神だ。悪魔のような外見は、脅威を打ち祓う力の表れである。
「守り神よ……愛する妻を、どうか……」
ガンゾは毎日のように口にするその言葉を今日も同じように唱え、物言わぬ石像を乾いた布で磨くのだった。




