第17話:ふぁくしきろへるれあれす
「キレイに決着ついて良かったわね」
代金を受け取りながらヴェガが言う。
メサキ商会で解体机をそのまま借りて素材をバラした一行は、『沙巌熊』も合わせて買い取ってもらった。一体まるまる引き渡すすべもあったが、下手に扱うとダメになるから解体はウチでやる、とトキがこだわったのだ。その見事な手際に途中から商会内の見学者がどんどん増え、エルレアは少し居づらさを感じた。毛皮や爪などの扱いやすい素材のみならず、新鮮な胆嚢などが手に入ったのを商会員は殊の外喜んでいた。解体実演込みで色をつけて値付けしてもらえたのも手伝って、素材買取だけ見ても今回の迷宮探索は十分に儲かった算盤となったのだった。
「私は本部に乗り込むのもドキドキでした。いきなり囲まれたりしたらどうしようって」
「フフッ、強面な人達だから怖かったかしら。でもあんな爆乳美女を寄越してくるんだもの。トキくんが籠絡されちゃわないかハラハラしたわ」
「あれで手を緩めましたものね」
ヴェガの冗談に合わせてエルレアもわざとジトリとした目をトキに向ける。
「ハハハ、やめろよふたりとも。……シンディー氏は到達深度七位『病刃』の主力なんです。アチラからしたら『沙巌熊』くらいはまあ一捻りなんで、武勇伝みたく話すのは恥ずかしかったなあ」
「えっ、すごく仕事ができそうなので、てっきり総務方のエリートかと思ってました」
「ああいう人は、どっちの道でも生きていけるんでしょうね」
トキなんかも十分にそうなのでは、と思ったエルレアだったが、大手氏族からは彼は歓迎されなかったという言葉も思い出して、それを口にするのは差し控えたのだった。
◇◇◇
『悪食』一行は、拠点にしている『七尾鳥の宿』に戻ってきている。まだ日は高く夕食時まで時間があるのと、この一件については秘匿する約束をしたために外では会話できないからだ。冒険全体の振り返りはあらためてしておく必要があった。他に迷宮初挑戦だったエルレアの身体と心を休める目的もある。宿の人間にも聞かれないよう、ヴェガの部屋で椅子に腰掛けて三人は話し込んだ。
ひととおり行程を顧みた後で、エルレアは質問した。
「私には抵抗があったんですが、それは無視してあの場で『羅銘露』の方々を殺してしまうという選択肢はあったのでしょうか」
自分に配慮してもらったのではあるが、取れる可能性のあった対応についてはあらためて確認しておきたい。個人の主義や気持ちとは関係なく、この先、そういうことができるようになっていかなければならないかもしれないからである。
「いや、実はなかったかな。たとえばエルレアさん、その場合に、後日ルーセント氏と会話したとして、『ハザウィック』のメンバーを始末したことを隠し通せる自信ありますか?」
「あっ……あう……それは、すぐに勘付かれてしまいそう……」
トキの回答にエルレアは我が身を振り返って困った。
ルーセント相手にせよマジリッド相手にせよ、いくつかカマをかけられでもしたら、どこかですぐに事情を気取られてしまいそうである。会話巧者たちを相手にボロを出さない自信はエルレアにはまったくなかった。
「殺せば後腐れがないってのはあくまでも、それが露見しなくなるならの話。トドメを刺すことを毛ほども気にしてないのを前提としてね。バレちまうんなら隠し事は悪手です。俺も『ハザウィック』全体と正面から殴り合う度胸はないですから」
「なるほど……」
迷宮内でのトラブルは自己責任であるとはいえ、傘下メンバーを手にかけた者たちを知っておいて、『ハザウィック』はのうのうとのさばらせはしないであろう。襲われて返り討ちにしただけとはいえ、後から事情を理解してもらうのはより困難だ。
しかし、悟られやすさが原因となると、根が深い話である、気の持ちようや冒険者としての姿勢が問題なのであれば、それなりに克服していけるのかもしれないが、まったく自分に欠落している能力を伸ばさねばならないとなると……。
エルレアがこれまで感じていた複雑なコミュニケーションへの苦手意識は、自分が根本的にふたりに見合わないのではないか、という苦悩へと変わってきていた。
「会話下手ですみません……私、やっぱり、おふたりに迷惑ばかりかけていて……ダメですね本当……一緒にいていいのかも疑問なんです……」
エルレアはうつむいた。
ようやく貢献したはずだった『晃之雉』狩りの成果は魔石も含めて跡形もなくなってしまったし、迷宮では初めてでもそれなりに活躍できたと思った矢先に、冒険者が絡み出すと途端にこの体たらくである。この先やっていけないかもしれない……。
おもむろに近寄ったトキは、エルレアの正面で、ほっぺたを両側から両手でムニュリと挟み込んだ。ヴェガにも似たようなことをされた気がするが、トキ相手だとエルレアの心臓は更にドキリとした。強制的に目が合う。
「ルーセント氏がエルレアさんにコナかけた時ね、『悪食 のエルレアです』っつってくれたでしょう。アレすげえ嬉しかったんですよ。もっかい言ってください」
「ふぁ……ふぁくしきろへるれあれす……」
従ったもののうまく口が回らなかったエルレアに、トキはニヤリと歯を見せて手を離した。
「エルレアさんがいなかった時の俺達なら、『羅銘露』は躊躇なく皆殺しにしていました。その場合『ハザウィック』とのやりとりもなくて、ダヅロ氏やシンディー氏からも深く認知されてない状態のままだったはずです。レアな魔道具も手に入らなかった」
「そうね。メサキ商会でも、あんな応接間に通されたのは初めてだったわ。この街には数年いるけど、あくまでも一線引いて付き合ってたから」
ヴェガも横から言葉を添える。
「それが俺達ふたりの限界で、天井だったんですよ。迷宮敗退からここ数ヶ月、俺達は足りないものの埋め方を模索してきました。単なる戦力ってだけじゃなくてね。今回別のアプローチを取れたのは、エルレアさんがいたからなんです。できないことが増えてるんじゃなくて、できることが変わっていってるわけ。いてくれるだけで以前の俺達には選べなかった新しい可能性が広がってる、それをわかってほしいな」
そうか……自分がこの街に来て不慣れな新しいことに挑戦しはじめたように、彼等も自分たちの枠を広げようと、もがいていたんだ。
慰めてくれているだけなのかもしれないけれど、自分にはそういう社交辞令はよくわからないのだけれど、でも、いま言ってくれているのはなんとなく、本心からの気持ちだとわかる気がする。
エルレアは胸がとても暖かくなるのを感じた。
「ありがとうございます……弱音を吐いてしまいましたけど、私、これからも『悪食』のエルレアでいたいです」
すこし潤んだ目で、あらためてこの二人とやっていく決意を固めるエルレアだった。




