第16話:行き先は当然
『ハザウィック』本部ではハラハラしどおしだったエルレアは、建物から去る道で、あの場での会話について尋ねてみた。まわりには響かぬよう小声を心がける。
「あのう、『ハザウィック』の方たちは、ナメられたら殺す、っていうスタンスなんですよね。思いっきり挑発してきたような印象だったんですけど……」
「えーとね、まずあれが頭領のダヅロ=ハザウィック氏だったんですけど。手出しした魔物もロクに狩り切れない連中が、迷宮で氏族の名前を出して他所の冒険者からの横取りを試みて返り討ちに遭った上、見殺しにされて当然のところで帰還まで面倒見てもらったのに親玉に泣きついて獲得資源の再分配を訴えた、なんてのは、それに肩入れするようじゃあ頭目まで見識が疑われる醜態なんです。本部の方に敬意は払ってるからまだ配慮してやってるけど理不尽すぎてこっちも怒ってるぞ、という姿勢は一応見せとく必要があったんですよね」
トキによれば、違和感をハッキリと抱かせるために、無風で終わらせるのではなく、意図的に多少波風を立ててきたということだ。
「『羅銘露』は、ある程度自分たちに都合のいいように糊塗して報告してた節があったわね。まあ気持ちはわからないでもないけど。おおかた、居合わせた冒険者と協働したものの、不意を突かれて昏倒させられ、狩った素材を独占された、みたいなところかしら」
「ああ。ただそれだと、その場で殺されずに先行して生きて帰れてるのがどうしても不自然だ。隙を見て逃げた、とでも言ったのかね。『沙巌熊』をバラしてたら、俺達とどっちを信用するのかっていう話になっちまったはずだけど、死骸がそのまんまなら誰がどうやって狩ったかも一目瞭然。いまごろ向こうは再度取り調べにかかってるぜ。実力に見合わないのに誤魔化しきれると思ってるところが三流なんだよなあ」
その場でバラさずに丸ごと持ち帰ったのは、それが理由だったのか。泥を落としたり血抜きをしたりはしたものの、あくまでそれは素材保全の一環だった。エルレアは『幽門』の再有効化を待つ間に解体を進められたのではなかったかとも思っていたが、考えが及ばなかった。ただ、そうだとすると気になることがある。
「ええっと、でも、『ハザウィック』に証拠の『沙巌熊』を渡したら、タツロウさんが握りつぶしてしまうこともありえますよね。浅知恵ですけど、ギルドの方で第三者に死骸を検めてもらう、みたいなほうが良かったのかなって思いまして」
「お、いい線。だけどそうすると今度は『ハザウィック』の不始末が明るみに出ちまうでしょう。ちなみに、ダヅロ氏ね」
また人名を間違えた……。
「あう、あ、確かに……。本体の面子は公に潰さないようにしながら、傘下チームの嘘を物証付きで暴いてきたんですね」
「そういうこと」
ある意味、ダヅロ=ハザウィックの最大手のトップとしての矜持に賭けた、という形ではある。ダヅロ側も早々に獲物を差し出しながら詫びを入れるでもない『悪食』の態度に不審さを覚えたため、あの場では争わずまずは検分に徹した。トキの挑発が本心ではなかろうともダヅロは理解していたわけだ。他にも一応、石枷の掛けられ方など警備兵の証言を得つつ不自然な点の矛盾を潰し込んでいくこともできるが、ダヅロが配下の非を咎められない小物だったならばどのみち負け筋ではある。ただ『ハザウィック』から見ると、『悪食』はまだ他の証拠を持っているかもしれない。それを見誤って、魔物を狩れない構成員の代わりに頭領が凄んで資源を恵んでもらった、などと『ジマイン』などの競合他氏族に伝わった日には、末代までのいい笑い物になってしまう。体面にこだわる組織なればこそ、これ以上の恥の上塗りは好むまい、という見立てだった。
また逆に、これを表沙汰にしていないのが『悪食』側の厚意であると察せられないような者達でもない。素材すべての返還に加えて、口止めになんらかの心付けもほぼ確実に差し出してくるだろう。今回は、ギルドの立場を慮った男爵家の時のように、ただただ収穫を持って行かせてやるつもりはないのだ。
「カフェでのんびり一服したら、迷宮で得た資源を売っぱらいに行きましょう。行き先は当然、メサキ商会だ」
先方の『沙巌熊』検分と方針決定にはさほど時間はかかるまい。その後は変な形で事情が広まらないうちに『悪食』に再接触をはかってくるはずである。
つまり、彼等の所縁の深い各所に網が張られた後に、そこにかかりに行く、ということであった。
◇◇◇
『ハザウィック』の対応は早かった。
メサキ商会では、せっかくなので見積をお待ちの間、ご贔屓に預かっている冒険者のご紹介を、と白々しく応接間に通された。多少時間を置いて訪れたのは氏族幹部の『シンディー』と名乗る女性である。ほど近い本部から駆けつけたのだ。商会長マジリッドは面通しだけして部屋を去った。もちろん彼は委細承知の上なのだが、表向きこの会話は関知しない、という体裁である。
「素晴らしい手際が伺えましたわ。我が氏族のメンバーも『悪食』様にずいぶんと勉強させていただいたようですの」
シンディーは、のっけから完全な白旗模様であった。
「御氏族の御威光あっての戦果でしょう」
こちらは痛烈である。過酷な迷宮の中で氏族名を出すのがいかほどのものか、というかどれだけ野暮なことか、それはシンディーも心得ている。『悪食』からすると、ここでたとえば相手にも花を持たせ、『羅銘露』の健闘を称えてしまうと『沙巌熊』を狩った成果を分け合うのが妥当だという整理になってしまうので、まだ譲れないのだ。
「いえ、名前ばかりが先行してお恥ずかしい限りですわ。構成員へのご大度にも感謝申し上げます。メサキ商会には先だって雷鳥の見積をご依頼になったとも聞きまして、そういった先達のご活躍を是非とも参考にさせていただくようにと、ダヅロも感服しておりました。今回の手順もぜひ詳細にお伺いしておければと」
タイトな服装で目立つ豊満な胸の膨らみをわざと見せつけるかのように前方に屈み込みながら、シンディーは頭を下げた。女性としての武器もトキ相手に使おうという魂胆があるのかもしれない、とエルレアは勝手に内心で警戒した。
それはそれとして彼女は、男爵家への注意喚起を入れたのと、今回傘下が失態を見せたのとが、ともに同じ『悪食』だと認知した、と言っている。また、生かして帰した点にも正しく触れている。
文句を言う姿勢では完全になくなったので改めて何があったのかを冷静に聞きたい、という表明を受け、トキもそれを請けた。
「そうですね。独立小チームの小物狩りなど、かの『病刃』のシンディー殿にはつまらない内容になるかもしれませんが、せっかくご縁をいただきましたので、茶飲み話のひとつとしてお聞き流しください」
別にお互い悪意はないのだろう中でも繰り広げられる狐と狸の化かし合いに、どこまでついていけているのかわからないエルレアは頭をグルグルさせながら、目立たぬように横で縮こまっていた。
◇◇◇
戦闘痕跡の発見、『幽門』への到達、『羅銘露』の割り込み、手負いの『沙巌熊』の襲撃と撃退、『羅銘露』との対決。先程の掴みどころのわかりにくいやりとりから一転、ひととおり自分たちが体験した事実だけを簡潔に並べたトキに、表情を変えずにシンディーは頷いていた。
「ありがとうございました。わたくしも大変参考になりましたわ」
「ふだんこの手の話を吹聴する癖はないのですが、シンディー殿がお聞き上手なのでついつい舌が回ってしまいました」
言いふらすつもりはない、というトキの言葉にシンディーもあらためて謝意を示し、口外無用を念押しした。
シンディーは続けて、『羅銘露』メンバーには再教育を施すが、今後会いたくないなどの希望はあるか、という意味のことを、もう少しまわりくどい表現で尋ねた。それに対してトキは、含むところは一切ないので、差し出がましいが、もし寛大に処置いただけるならばこちらは嬉しい、とストレートに言った。
『ハザウィック』の看板にしこたまに泥を塗りかけた彼等は最悪始末されるかもしれない。一方で素質的には迷宮に入れる一定優秀な構成員ではあるはずて、生かして再利用できるならばそうしたい、という思惑もあろう。どう転ぶかは余罪の有無と首脳陣の考え次第ではあるが、トキとしてはせっかくエルレアの慈悲で拾った命なのだからどうせなら生きて出直せ、というつもりである。『ハザウィック』側としても殺せとか追放せよとか言われるよりは恩に感じやすい。と、このあたりの思惑はヴェガがエルレアに後でこっそり教えてくれた。
狩り方などを十二分に勉強させていただいたので、狩った獲物自体は是非とも手元に置いていただきたい、と言ってシンディーは金属製の腕輪を取り出した。鞄などの容量を補助的に魔石で拡張するものとは異なる、収納魔法自体を発動するかなりの希少品で、その中に収めて来たのだ。タイミングを見計らったように戻ってきたマジリッドに建物内の作業所へと案内され、広々とした解体机に『沙巌熊』を取り出した彼女は、腕輪をあわせて置いて一礼して去っていった。この魔道具が詫びと礼の印だということである。
「うお、ふたつの空間を別々に作れるやつだぜコレ。落とし前としちゃあ、ずいぶんな太っ腹を見せつけられたな」
驚嘆を示したトキに、ヴェガも頷くのだった。




