第9話:森には帰りません
日の出に前後して『悪食』一行は、『大噴門』前の軍隊詰所に入場手続のために訪れていた。他にも数組の冒険者がいる。『胃袋』の中では朝も夜もないとはいえ、明け方に発つ者は少なくないのだ。
人の群れの中から、長剣を背に担いだひとりの冒険者が近づき、こちらに声をかけてきた。
「よう、タツジン」
肩まであるふんわりとした銀髪が特徴的な、背の高い男性である。
「ルーセントさん。奇遇ですね」
エルレアは昨夜見せてもらった似顔絵を思い出した。
ルーセント……ルーセント=ハロウ。押さえておくようにいわれた名前である。彼が現役最高峰、『ハザウィック』のエースか。後方すこし離れたところには連れと思しき三名の人物を伴っていたが、そちらはまだ暗い中で性別すら判然としない。ただおそらくこの剣士のチーム、『水月』のメンバーたちだろう。
「ザックァハト家が好き放題やったらしいな」
ルーセントは冷たい顔のままで言った。
「ツェリークもボヤいていたぜ。メサキ商会づてに内情を聞いた。お前のそういう気の回しようは評価しているんだ。そろそろ前線には見切りをつけて、ウチかギルドの裏方に回るんだな。猫が虎の真似事を続けていても高が知れてる」
「同じ猫が言うのは滑稽ね。一度でも迷宮の果てを見てから出直してきたらどうかしら」
どこか見下したような物言いに噛みついたのはヴェガである。
「お前も小物に付き合うから目が曇るんだ。手遅れになる前にウチの砲台職を受け直せよ」
「御生憎様。イイ男には間に合ってるのよ」
人差し指を顔の前に立てて左右に振るヴェガ。
ナメられたら殺す、というのを『ハザウィック』は徹底していると言っていたが、この程度の掛け合いは構わないのだろうか。エルレアには許される程度がまったくわからなかった。ただ、むしろ『悪食』のほうが下に見られているようには聞こえる。相手はトップランカーなのでおかしな態度でもないかもしれないとはいえ。
悩んでいるエルレアの方をルーセントはおもむろに向いた。
「森人の医療術師は相場知らずだと話題だぞ。商売敵に睨まれんうちに大樹に隠れることも考えておけ」
いきなり言われたのがなんのことか、エルレアにはこれもよくわからなかった。相場知らずというのは雷鳥素材の話だろうか。大樹に隠れろというのは森に帰れということだろうか。私が素材の売買が不得意なのがそんなに有名なの……??
やはり都会のコミュニケーションは難しすぎる。ただ、何も答えないのはナメた振る舞いと受け取られるかと危惧したエルレアは、何か話さねばと焦った。
「はっ、はいっ、はじめまして、『悪食』のエルレアです。売買は苦手ですがまだしばらく森には帰りません。よろしくお願いしますっ」
「…………まあいい、じゃあウチは先行させてもらうぜ」
クスクスと笑っているヴェガを尻目に、ルーセントは肩をすくめて、踵を返して行ってしまった。
◇◇◇
「えっと、怒らせてしまったのでしょうか……」
エルレアは困り顔でふたりを見た。
「ううん、ルーセントの戸惑った顔、傑作だったわよ」
満面の笑みを見せるヴェガの横で、トキの方は苦笑している。
「気にする必要はありませんが、怒ったってより呆れてたかな。ルーセント氏が言ってたのは、エルレアさんが安価で治療を提供されているという巷のウワサに対して、高額サービスを維持したい医療術師業界が警戒してる、って意味ですよ。大樹に隠れろってのは、寄らば大樹の陰、最大手の『ハザウィック』に加入したら守ってもらえるぞってことです」
「あっ、あっ、あっ、私はてっきり、素材の相場がわからないなら森で隠れ住んでいろと言われたのかと……」
ヴェガは手を叩いて爆笑している。
そういえばトーレア村で村人を治療した時にも、トキから営業妨害に気をつけるよう言われた記憶がある。ルーセントへの頓珍漢な返答を思い返してエルレアは恥じ入った。黙って会釈でも見せておくだけのほうがマシだったかもしれない。
「あっちも大概まわりくどい物言いなんだもの。忘れていいわよ」
「あうう、はい…………それにしても、おふたりがちょっと下に見られているようには感じました」
エルレアからすると、何から何まで世話になっている先輩冒険者たちが軽んじられていい気分はしないのである。ただ、その表現にも裏側の意図を測りかね、素直に不快になってよいものか、疑心暗鬼に陥ってもいた。
「まああっちは圧倒的強者ですからね。あれでもこちらからの情報共有に敬意は示してくれてたんですよ。『水月』の他メンバーは近づいてもこなかったでしょう。基本俺達なんて眼中にないわけ。それに比べるとルーセント氏はなんだかんだ各所へのアンテナも桁違いです。業界の第一人者としての考えもあるんでしょうね」
「あ……そう言われると、私なんかの話まで知っていただいていたのは意外です」
ルーセントはギルド長ツェリークと会話したとも仄めかしていたから、もしかしたら『悪食』が迷宮に向かうと知って、出立を合わせてわざわざ一言礼を入れに来た可能性すらある、とトキは付け加えた。
業界の第一人者。ルーセントにしてみれぱ、自組織への勧誘は、野良冒険者を傘下におくことで保護するという、善意先行の意味合いが強いのかもしれない。男爵家相手にも張り合いうる氏族側から見ると、立場も弱く総力も心許ない独立系パーティーは、吹けば飛ぶような存在なのだから。新人医療術師を『悪食』から取り上げようとした『カデュアル』にしても、表向き似たような名分をかざしていた。
ルーセント=ハロウ、先程のどこかトゲトゲした印象よりも、実はいい人なのだろうか。
「えっと、そういえば、『タツジン』というのは……?」
「俺は少ない魔力を技術で誤魔化して戦ってるんでね。揶揄半分でつけられたアダ名です」
……やっぱりトキさんを馬鹿にしてるんじゃないか。こんなにも頼もしくて暖かい仲間なのに。
大手派閥の人間と直接会話したのは初めてだったが、これまでの流れもあって、エルレアはなんとなく氏族や彼等のことが好きにはなれないような気がしたのだった。




