第8話:環境まるごと
要するに『不思議のダンジョン』だと思っていただけると。
物資調達のためにギルドから市場区画に逆戻りした三人は、その後一旦拠点にしている宿に戻って荷物を整理した。異空間魔法による優れた携行力を持つふたりが大部分を担ったが、エルレアも加入後に新しく持たせてもらった魔道具の鞄に個人用の非常食などを詰めた。収納内部の魔素の影響を抑えられる食糧は限られており、あいにく味はまあお察しなのだとヴェガがボヤいた。
といっても、今回の迷宮行は日帰りの探索計画である。
明日早朝から入り、八刻(4時間)前後で地上に帰還する。おおむねナバテの森での薬草採取に近いプランであった。順調にいけば朝夕の食事はいずれも街で摂ることになるだろう。
◇◇◇
迷宮『ネグランデの胃袋』とは、一体どのような場所なのか。
荷造り後、夕食までの時間で、エルレアはふたりから基礎知識を教えてもらっていた。どうも普通の洞窟などとはまったく違う異次元空間らしい。
「各地の迷宮は、自然環境やその他の構造物が、莫大な魔素溜まりの影響を受けて変質したものだと言われています。環境まるごと魔物化したみたいなもんかな」
『胃袋』の入口は、ザバンからほど近いサナテー岩壁の麓にある『大噴門』と呼ばれる場所である。そこに大きく広がっている空間の裂け目から、迷宮内部に入って行けるのだ。イメージとしては、ヴェガが自分の部屋を作り出していた魔法に近い。立ち入りを管理するために、『大噴門』全体が国によって周囲を建造物で覆われて保護されている。
迷宮内部は、『層』と呼ばれる複数の区画で構成されており、『大噴門』と同じような魔法の通路、『幽門』でつながっている。これはその『層』の出口だと考えればよい。
『大噴門』や『幽門』を通ると、どこか別の『層』に開いた空間の裂け目から出てくることになる。行き先は毎回まったく異なり、ほとんど予測がつかない。一度に同じ場所に行けるのは四人が上限と言われており、これがパーティー人数の決まり方にも影響している。
「今回は、最初の『層』を探索して、『幽門』まで到達して帰ってきます。『幽門』からは次の『層』に行ける他に、『大噴門』に戻ることができるんです」
これはヒトの手で発見・開発された技術なのだという。特定座標の門に意図的につながることができるのだ。ただ、実用化されているのは『大噴門』に対してのみである。
「えっと、入ってきた所から出るのではダメなのでしょうか?」
中をチラッとだけ覗いて帰る、ということはできうるのだろうか。自分が極端にその環境に適応できなかったら大きな迷惑をかけてしまう。
「一回通ると、出口側の裂け目は消えてしまうんですよね。だから、最初に出てきた『層』の中で『幽門』を探し出さないと、ザバンには戻れません」
「う……もし『幽門』が見つからなかったり、そもそもなかったりしたら、もう出てこられないってことですか……」
「その点は大丈夫。『幽門』は、溜まった魔素やその他のモノを区画から他所に流すための機構だと見られています。時空魔法を迷宮自体が発動してるんでしょうね。滞在時間が長すぎる生物は強制的に次の層に飛ばされる、というのがこれまでの探索活動で知られているんです」
およそ丸一日。これがひとつの層にいられる限界時間のようである。突如生まれた光の渦に呑まれたと、過去に狩場を定めて居座ろうとした生還者が語った。強制移送を無防備に受けてしまうとパーティーはバラバラになってしまい、それは時として壊滅に直結する。ある意味では閉じ込め防止の安全装置と呼べるのかもしれないが、安易に計算に折り込める現象ではないのだ。『悪食』の先輩ふたりは、この強制移送を体験したことはなく、つねに『幽門』を通ってきた。逆に言うと、これまで出口が見つからなかったことはない。
なお、一度使われた『幽門』は内在魔力を消費するのかしばらく使えなくなるが、時間をおけばまた利用可能になる、という。少しずつ場所を変えながら開き直すのだそうだ。これも迷宮探索者の経験知である。
「あの、そういえば、以前おっしゃっていた『階層主』というのは、『層』にいる危険種のことでしょうか?」
迷宮構造の説明を受ける中で、エルレアの脳裏には大型黒竜が浮かんでいる。トキたちが「迷宮の階層主クラス」という言葉で表現していたのだ。ああいった強敵を下さなければ地上には帰ってこられないものなのだろうか。
「いえ、『階層主』は、さらにもうちょっと珍しいです。『層』はある程度まとまったグループに分かれていて、それが『階層』と呼ばれています。たとえばこれから向かう『第一階層』は岩石洞窟みたいな環境なんですが、それを抜けた先の『第二階層』は一転してなにかの遺跡のような人工感のある区画なんですよね。『胃袋』では各『階層』の最下層は、どの経路を通ってもなぜか同じ場所に着くようになってるんですが、そこにあるのが次の『階層』への『噴門』で、その周辺に集まる魔力を独り占めして陣取っている危険種が『階層主』と呼ばれているんです」
「じゃあ、仮に最下層まで行けば、その『階層主』と対決しないといけない、ということなんですね」
「はい、理解が早くて素晴らしいです」
『噴門』が『幽門』と違うのは、常時利用可能という点である。また、『大噴門』が地上から『第一階層』への道であるように、その『階層』から次の『階層』へとつながっているのが『噴門』である。それ以外の機能は、知られている範囲では変わらない。
「魔物の話を続けると、『第一階層』に出てくるのは、厄介さで言うなら多くが『四伎烏』くらいのレベルで、中級者や相性のいい初級者がちゃんと戦えれば撃退はできます。逆に不意を突かれれば怖いのはどれもそう。硬いやつが多いのが特徴っちゃ特徴かな。わかりやすく手強いのは、白い霧をまとう『護巌斗犀』の亜種とか、岩石魔法を使ってくる大型の獣、『沙巌熊』とかですね」
『護巌斗犀』の基本種は、エルレア加入後の『悪食』も狙いを定め罠を仕掛けて一度狩ったが、それでもやはり他の魔物と比べるとかなり大変だった。一度の探索行で一体だけを狩り切れればすぐに帰れるという話ではないため、この手の危険種との都度の対面は避けたいかもしれない、とのことである。
エルレアは、代表的な魔物を中心にレクチャーしてもらった。
◇◇◇
「あとは過去にも何回かあったんだけど、同じフロアに別の冒険者パーティーがいるとちょっと面倒なの」
ええっ……。
ヴェガの言葉に、エルレアは内心で頭を抱えた。他人とのやりとりにすっかり気後れしていたからである。迷宮に潜っても、まだ他の冒険者のことを考える必要があるのか……。
広大な迷宮も無限大の広さを持つというわけではないらしく、複数の冒険者グループがさまざまな経路を辿って同一の『層』に居合わせることはしばしば起こる。
パーティー人数にもよるが、『幽門』は一度にひと組しか通れない。状況次第で目標が競合してしまうということである。また、獲物が重複したり、他のグループが怒らせて凶暴化した魔物に遭遇したり、という可能性もある。不確定要素が増えるのだ。
「迷宮に入ってる冒険者については、最低限、上位三組くらいはまず覚えといたほうがいいかな。街中も含めてどっかで鉢合わせないとも限りませんから、一応ね」
そういうと、トキは手元で魔法の収納を開き、小冊子を取り出した。開いたページに瓦版がスクラップされており、似顔絵が描かれている。超有名人はこのように報じられたりもするのだそうだ。それを見ながらエルレアは、最上位の者たちについて教えてもらった。
ルーセント=ハロウ。ザバン現役最強との呼び声高い剣士である。彼の率いる、『ハザウィック』のエースチーム『水月』は、第六階層まで到達している史上唯一のパーティーである。
アーケン=カデュアル。ザバン三大氏族のひとつ『カデュアル』の若頭。『紅き閃光』というパーティーで到達深度次点を記録している。特殊な双剣の使い手であると言われているが、その実態を知る者はほとんどいない。
ナルコ=テナー。単独活動を貫きながら到達深度三位、という規格外。狼型の獣人女性で、歴史ある獣人派閥『ジマイン』に所属している。
「えーーっと、はい、顔はたぶん、覚えました……」
名前は一気に大勢覚えておける自信がない。とりあえず一位の名前を呟く。ルーセントハロウ、ルーセントハロウ……。
「うん、迂闊に喧嘩売ったらヤバい連中だって押さえておけば、それでいいわよ」
思えば初クエストでも他の冒険者グループと接触はしたが、迷宮内でも他人に気を配る必要がある、というのは特に大変そうにエルレアには思われた。危険度というよりも、会話の中で地雷を踏んでしまいそうな気がする。
「それに絡んで、一応聞いとくんですがね」
すこし真剣さを増したトキの口調に、エルレアはドキリとした。
「エルレアさんって、人を殺せますか?」




