第7話:小賢しい会話
冒険者は、すぐに死ぬ。
皇国十一世紀初頭に大きく発達した土地改良技術は瞬く間に大陸中に伝播し、飛躍的に向上した生産力は余剰人口を生んでいた。学問、工芸、商業、芸術、魔導、さまざまな分野での発展が進むとともに、それらに供給する多様な資源の調達を主目的として、散在する迷宮や未踏の地の探索を生業とする者たちも現れた。それが冒険者という職業である。主に都市部で多様化した職種はそれぞれの繁栄のために互助会を生み、やがて制度化され、ギルドやその他の職業組合として発展していったのである。
その中で、魔物を狩り、迷宮に挑み、異境を踏破し、秘宝を見つけ出して、一攫千金を成し遂げる。そんな華々しい生活を夢見て冒険者の道を志す者は少なくない。
しかし。
冒険者は、すぐに死ぬ。
ある者は魔物に屠られ、ある者は崖から落ち。谷間で動けなくなり飢えて死ぬ。高山で吹雪に見舞われ凍えて死ぬ。雷に撃たれる。洪水に流される。山火事に巻かれる。地割れに飲み込まれる。毒草にやられ、悪い水に中り、腐り肉に腹を壊され。
それはもうあっけなく死ぬ。
大きなリスクの中に身を置いてこそ見返りを得られるのだから、危険が伴うのは当たり前である。長年ひろくそう考えられてはきた。ただ、志望者もどんどん現れるとはいえ、リソースは無限大ではない。そう、国家にとって人口とは資源なのだ。個々人の蛮勇で無駄に勝手に消費させつづけることは好ましくないのである。また、冒険者の激しすぎる新陳代謝は役務提供の品質安定を損ね、発注の躊躇へとつながっており、そういう意味でも経済を阻害してきた。
こういった背景から、各地で発展した冒険者の互助会は、時に公権力と結びつきながら、より安定したシステムを模索している、というのが特に最近十年ほどで目立つ潮流である。ここ迷宮都市ザバンの冒険者ギルドでも、統治者ロンデル公直々の号令のもと、持続性の向上のために審査制度の導入や規則の制定などさまざまな改革が進められているのであった。
◇◇◇
「『胃袋』には入門者は入れられない。規則は君達を守るためにあるのだ」
冒険者ギルド二階のギルド長執務室にて、ツェリークは『悪食』の三人を前にまたしかめつらを見せている。
「はい。まずは希望を申し上げたまでです」
大洞窟『ネグランデの胃袋』は、アスワナ大陸に位置する中でも随一の規模を誇る巨大迷宮で、未だその果てを見た者はいないといわれている。多様な脅威とともに未知の富を生み出すその魔力に惹かれ、さまざまな人が集い、いつしかその側に巨大な都市が形づくられた。それがザバンである。
規模に劣らず危険度も特に深部では随一で、魔物被害が万一にも街に及ばぬようロンデル公下の軍隊が常駐して監視に当たっており、立ち入りにも制限が設けられていた。具体的には冒険者としては、管下ギルドで中級以上の認定を受けた者、もしくはその支援下にある同数以下の『初級者』でなければ入ることは許されない。エルレアは初級者の下の『入門者』である。
「ここザバンでの初級冒険者認定には最低半年間の活動が必要だが、君達の医療術師は一ヶ月ほどだということだな。それでは難しい」
「規則どおりにということでしたら、万事仰るとおりにしましょうか。ツェリークさんにご確認いただいた納品明細をもとにメサキ商会から見積を用意してもらっていますから、お手は煩わせませんよ」
ツェリークはしばらく眉間に皺を寄せてみせていたが、やにわに笑いだした。
「クックックッ、落とし所はお互い既に見えているようだ。これ以上の余計な儀式はよそう。『晃乃雉』討伐では他地域で経験を豊富に積んだ新人が主戦を担った、そうだな?」
「はい、あんまり引きずるのは好みませんのでね。活動実績を裏づけできるように当該クエストを受注しました」
「良し。地域貢献と合わせて実力を見せたのは立派だ。臨時検定をよくクリアした。彼女は今日この場をもって初級認定としよう。下で手続きを済ませるといい」
トキが頭を軽く下げるのを見て、エルレアもお辞儀をして、一行は部屋を出た。
◇◇◇
明日未明に迷宮に発つ予定だと告げると、ギルド受付のミケはエルレアに、とにかく無事に帰ってくるように、と激励してくれた。彼女に初級者登録の事務対応をしてもらっている間、一行は一階奥の部屋でしばしくつろいでいた。
説明会の際にヴェガが待機していたのもここで、ギルドの業務を請け負う冒険者の待機室なのだという。また、ある程度貢献度の高いグループがこのように休憩に用いることも黙認されている。今日は他には誰も利用者はいなかった。
「あー、めんどくさかった。大層なセレモニーだったわね」
「えっと……私にはツェリークさんとの話はあんまりよくわからなかったんですけど、本来私はまだ迷宮には入れなかったところ、特例をいただけた、ということでいいんでしょうか?」
「ええ。トキくん、どういうやりとりだったのか、説明してあげてよ。なるべく手短にね」
「ああ、ただどうしても制度の話はしなきゃあいけないですけど」
迷宮都市ザバンでは冒険者は、入門者、初級者、中級者、上級者の四段階に区分される。最初は入門者として扱われ、規定の条件を満たして登録すれば初級者を名乗れる。区分によって受けられるクエストにも制限があるし、迷宮に入れるのは初級者からとされている。
初級者と認定されるためには、ツェリークが言ったように、半年以上の継続した活動と、一定数以上のクエスト処理実績が必要となる。エルレアは両者とも満たしていない。
ただし、他地域で経験を積んできたベテランであれば、例外的に上位階級の認定を早期に受けることができる。有能な冒険者を半年間も遊ばせておくのは、それはそれで勿体ないのだ。
「その例外認定を受けるために、『晃乃雉』討伐クエストを臨時検定だったことにして、エルレアさん主体で狩った、っていう建前にしたんです。これには、実力証明目的だったのでギルドにそれ以上の報酬を求めたりはしませんよ、っていう約束が入ってます」
「あ、昨日『何かしらの便宜を図ってくれる』って仰ってました」
「ええ。ただツェリークさんからすると、『ギルドのピンチをかばってもらったから願いを言え』なんて大っぴらには言えないんですよね。彼等の瑕疵じゃあない単なる行き違いってことになってるから。それで最初、ことさらに規則のことを言ってきたわけ。でも彼は、不可能だとは言わずに『難しい』という言葉を選びました。あれは、本来無理なことをやってやるからお前らが損こいたのは帳消しにしろよ、っつー強調なんです」
「じゃあ、トキさんが見積の話を出して補償請求をチラつかせたのも、やっぱり単なるポーズだったんですね」
「はい。ちょうどいい要求を持ってきてあげたんだから貸し借りを引きずるのはやめてこれでスッキリしましょうよ、ってこっちが言って、向こうも受け入れたんで、話がつきました」
「なるほど……ありがとうございます。どういう会話だったのかはよく理解できました。私のために貸しを遣ってもらっちゃって、またまた申し訳ないです……」
「これで4、5ヶ月を短縮できたと思えば俺達にとっても安いもんですよ。エルレアさんは迷宮入口で死なないだけの実力はもう固いんで、どのみち遠からず特例申請はするつもりでしたから」
そういうものかとエルレアは自分を大目に見ることにした。確かに、あと数ヶ月間もふたりを自分のトレーニングだけに拘束するのは、それこそ忍びない。ザバンの迷宮に挑む実力をエルレアが本当に備えているかどうかは別として、行動制限をなくしていけるならばギルドに恩を売った甲斐もあるのだろう。
しかし昨日から、持ってまわったようなやり取りが立て続けに多すぎる。解説されれば理解できるだけにむしろ、エルレアはコミュニケーションの大変さにすっかり怖気づいていた。
「私はあんな駆け引きを自分でできるようになる気がしないんですけど……」
冒険者は皆こういうことにも長じていかねばならないものなのだろうか。
「私だって苦手よ。トキくんがいなきゃ引きこもってるもの。人間社会って面倒よね」
「ああいう小賢しい会話はあくまでも相手の面子を立てるためのものなんです。ツェリークさんなんかは特にプライド高いし。そんなに構えなくても、もっと単純な冒険者もいっぱいいますよ」
「うぅん……」
ギルド長ツェリークのしかめつらが演技だったとわかった後も、難しい顔を崩せないエルレアであった。




