第3話:じゅうわり?!!
「ザックァハト男爵家が晃乃雉の素材を寄越せっつってきてるんですか?」
受付で眉をしかめるトキに向き合っているのは職員のミケである。
「はい……領内統治への横入りだと苦情を入れてこられました。依頼掲示は混乱した領民の勝手ニャ勇み足であって、自領の貴重資源を許可ニャく収奪させることはできニャいと……」
「ミケさんに文句言うつもりはないんですが、俺達はギルドから出された討伐クエストを受けただけですよ。駆除成功後の結果については依頼主に責任取ってもらう、というのが契約に入ってますよね。上の人と話したほうが良いです?」
「君達の言い分は至極もっともなのだが、男爵家は密猟の嫌疑として扱うと言ってきているのだ」
「ツェリークさん」
ミケの背後の部屋から出てきた長身の男性が声をかけたのに対して、トキがそちらに顔を向けた。エルレアはまだ会ったことがなかったが、この男性が冒険者ギルドのトップ、ツェリークか。白髪混じりの頭髪からは初老を軽く超えようかという年齢が伺える。日に焼けた肌には皺が深く刻まれ、窪んだ目元から鋭い眼光が覗いていた。もともと年季の入った冒険者だったと聞いている。ひと目で只者ではない風格が漂っていた。
「ギルド側での精査不足で、不法行為がクエスト掲示されたという理屈だ。完了報告を受ける前に水入りになった形でな、依頼は男爵家使者の指示で取り下げとされた」
受注されたクエストを依頼者から勝手に取り下げることはできないよう定められているが、法に抵触する内容が判明した場合にはその限りではない。これは冒険者側でいたずらに任務失敗扱いにならないようにする仕組みでもあったが、今回はそれが裏目に出た。
ツェリークは眉間に皺を深く寄せながら、そう手短に説明した。
「トキくん、委ねるわ。買ってもいいわよ」
ヴェガが静かに言う。買う、というのは売られた喧嘩を買うという意味だ。穏やかな口調に怒気が含まれていることをエルレアは感じ取った。命懸けの魔物討伐に割り込んで成果だけを掠め取られようとしているのだから当たり前である。反抗するとしたら、たとえばこの指示を無視して別の都市に移ってしまうことはできるのかもしれない。
一方で、エルレアは自身ではあまり具体的に損をしたという実感が湧かないでいた。どの程度の貴重資源なのか相場がわからないということもあるが、村民に涙ながらに感謝されたことで満足してしまった部分があるような気がする。ただ、ようやく形のある貢献が叶ったと思った矢先に、その価値が損なわれようとしているということは理解できた。
「ギルドの顔は立てるさ。ザバンじゃあまだやるべきことがあるからな。エルレアさんも、あいにくですけどここは預けてくださいね」
話を振られたエルレアにも、逆らうつもりは当然ない。
ふたりが頷いたのを確認して、トキはあらためてギルド長を向いた。
「……で、一応お聞きしますが、素材提出の配分はなんと言ってきてるんです?」
「十割だ」
苦々しい顔でツェリークは吐き捨てた。
「じゅうわり?!!」
素っ頓狂な声を上げたエルレアは、ギロリとしたツェリークの視線を受けて慌てて口を塞いだ。
……でも、トーレア村周辺の危険を放置しておきながら、狩りの成果だけは根こそぎ持っていこうだなんて、いくらなんでも男爵家は虫が良すぎないだろうか。
「処罰せんだけありがたいと思え、くらいの言い振りだった。回収できなかったものは仕方ないが、過去事例から見ても形に残るものを後から捌けば割増で追徴されるだろう。我々も監督に入らざるをえない」
「ええ、回収しそこねたものは確かにありましたよ。魔石とか、魔石とか、あと魔石とかね」
ギルド側で部分的に目を瞑れるのは、冒険者が取り込めば跡形もなく消えてしまう魔石のいくばくかくらいだということである。それ以外の晃乃雉関連の獲得物は、ギルド立ち会いの下で納付しなければならない。
「まあ、先方のロジックからして全品納付はそうでしょう。納得したとは言いませんが承知はしました。失活しやすい獲物でしたが、うちにも狩り手としてのプライドと信用がある。きちんとした状態で並べますよ。この場で引き渡して終わりでいいんですか?」
腹いせに納品素材を台無しにしたりはしない、と言ったトキに、ツェリークは片手を軽く上げて理解への謝意を示した。そんなことをすれば、さらなる泥沼を招きかねない。
「男爵家の使者がザバンに滞在中だ。呼びに行かせるからこの建物の中で納品してくれたまえ」
トキは肩をすくめて伝令を促した。
◇◇◇
検品を済ませた男爵家の使者はぞんざいに頷いた。
立ち会ったツェリークから晃乃雉解体の説明を受け、目の前に並べられた素材に照らしてちょろまかしがないことを確認し、満悦な様子である。
「貴重資源も区別なくならず者に持って行かせてしまおうとするのだから、無知な村民には困ったものだ。未遂に終わらせた吾輩がおらねば大罪だったところだな」
この小柄な男性は口髭を捻りながらニヤニヤと呟いている。ツェリークもヴェガも、無言で腕を組んで白眼視していた。エルレアはどう振る舞ったものかわからないでいる。
「知らず知らず御領民の犯罪に手を貸していたということにならなくて何よりですよ。ご使者ナータン殿のご鷹眼をもって検知いただいたということですかね」
言いがかりのようなものではあるが、密猟嫌疑はそもそも自分たちの関知するところではなく、仮に罰されるべき者がいるとすればそれは依頼主である。ギルドや受注者の罪までさらに質してくるようならばここで折れる意味がない。
そうさりげなく整理しながら探りを入れるトキに対して、振り向いた使者は上機嫌で答えた。
「うむ、そのとおり。魔物に怯える領民を気にかけるのは貴族の務めであるからな。雷鳥に関しても討伐を視野に動いていたところだったのだ。お前達の勇み足により、残念ながら我等が剣捌きを見せつける機会はなくなってしまったがなあ。ううむ、我が愛刀も泣いておるわ」
芝居がかった口調はあらかじめ用意していた理屈である証だろうか。お前達の勇み足。再度自分たちが起こした問題だという言葉を出され、素直に求めに応じてやったのに話の通じない奴だとこめかみをひくつかせたトキが応じる。
「天空の大雉を剣で射止めるほどの達人がザックァハト家麾下にいらっしゃろうとは、寡聞にして存じ上げませんでした。男爵閣下もさぞ鼻が高いことでしょう」
眉をピクリと上げた使者は嘯いた。
「……ふん、振るわずして敵を下す、それが至上の剣である」
「腕試しに手合わせでもお願いしたいくらいですよ。勇み足どころか魔物の亡骸を前にいまだ勇み立っていましてね。達人殿にご足労いただいてしまいましたが、この件はこの納品で完全に手打ちということでいいんですかね。それともご佩刀の見せ場も都合しましょうか?」
貴族連中向けのやや回りくどい表現ではあったが、これ以上ウダウダ言ってくるつもりならさすがに腕力に訴えるぞ、という意味である。周囲が凍りつくような口調で話すトキの意図はこの場の全員がハッキリと理解したようだった。
先の皮肉には言い返した小男だったが、ギルドの立会人がいるとはいえ、雷鳥『晃乃雉』を下すほどの冒険者にひとり虚勢を張り通すだけの度胸はないらしく、視線をそらして告げる。
「う、うむ、手違いから始まったことでもあり、獲得素材を余さず納めたのは殊勝であった。お前達はもう放免である」
「諸事情ご諒解いただきましてそりゃあどうも」
これで、使者と『悪食』の間での話はついたようである。ギルドについても同じか。
ただ、男爵家がこの件を犯罪未遂行為だとして扱っていると聞いていた中で、エルレアには気にかかるところがあった。
「あっ、あの、依頼主のトーレア村の方は処罰されてしまうのでしょうか?」
「うん? 亜人女がことさらに気を揉むことかね?」
尋ねたエルレアを向いて、この使者は口髭を捻った。トキには怖気づいた態度を見せたものの、森人相手だからであろうか女性相手だからであろうか、エルレアに対しては引き続き権高である。
「まあ答えてやろう。本来ならば経緯の取り調べも必要なのだが、単なる臆病からゆえの愚挙であったとして、素材が戻れば一連不問に付す、としてくださった。お前達も男爵閣下の深き温情には額を地に擦りつけて感謝するように」
「それなら良かったです、ありがとうございます」
ホッと吐息をついたエルレアの隣で、トキが無機質な笑顔で言った。
「厚情賜り御礼の言葉もありません。ご領地での今後の豊作は約束されたでしょうね」




