第1話:慈善事業じゃない
エルレアの冒険者デビューから数週間が経過した。新パーティーは順調に経験を積んでいる。
亜竜の魔石はさすがに目覚ましい効果を発揮し、エルレアは身体能力も随分と向上させたほか、いまだ実戦利用には難が多いものの、雷を生む魔法の感覚を新しく覚えていた。
力の加減が一気に変わった当初こそ弓を引く勝手の違いに戸惑ったものの、修練と実践を重ねることで迅速に馴染んできており、エルレアは基礎能力だけでいうとそこらの駆け出し冒険者からは頭ひとつ抜けた水準に達しつつある。もっともこれには当人が、そもそも狩猟や医療で一定の経験を積んできたことも大きい。
『悪食』の三人は、北方ナバテ方面は魔素の安定までしばらくかかりそうと見て、主に都市東側を対象として魔物狩り主体にクエストを受け、ここまで十件近く捌いてきた。
大型黒竜ほどの魔物とこそ遭うことはなかったものの、鋼鉄の鎧のごとき頑強さを誇る六足獣『護巌斗犀』など、並の中級者も二の足を踏む脅威とも戦った。いざとなれば支援があるという心強さの下ではあるが、エルレアはひとりでもある程度のレベルの魔物と対峙できるようになった。素材の解体、売却やその他の街での立ち回りなども少しずつ学びつつある。それにパーティーメンバーとの連携も形になってきていた。仲間のふたりも、そろそろ脱初心者とは言っていいと太鼓判を押してくれている。
冒険者見習いの自分は、医療術師として、登録審査を受け持ったトキたちのニーズに都合よく噛み合ったことで中級者パーティーに誘ってもらうことができた、とエルレアは捉えている。がしかし、そのニーズに応えて仲間に治療を施す機会は、まだ一度もなかった。出先で別の冒険者などを救護することはあったものの、彼等と組んでいることで恩恵を受けているのはもっぱら自分ばかりである。彼等に怪我してほしいわけでは決してないが、何か自分もお返しできないと、頼ってばかりでは心苦しい。
エルレアは少しばかり焦っていた。
◇◇◇
「ふう、かなり時間がかかったわね」
『晃乃雉』の解体を終えて、パーティー『悪食』の一行はひと息ついていた。
雷をまとう大型の鳥で、よほど戦闘手段を整えて挑まなければ上空から一方的に蹂躙されかねないことから、ベテランからも対面を敬遠される危険種である。また、解体時にも特殊な手順を経ねば大部分の素材が失活して無駄になってしまうというのが有名で、狩る苦労に見合った成果が得づらいというのも、嫌われる理由のひとつであった。
今回はトーレア村近辺で出没し周辺を恐怖に陥れたものの、このゼーナビイェタ地方一帯を統治する、ロンデル公爵麾下ザックァハト男爵家の対策がなかなか回らず、実際に被害が出るに至って怯えきった村人らがザバンの冒険者ギルドに泣きついてきたのだ。張り出された駆除クエストも受注を渋られる中で、魔法使いを主戦とする『悪食』にギルドから内々の打診が来たのであった。
「仕留めるのもバラすのも、しち面倒くさい野郎だったな。雷の多い年は豊作になるって聞くぜ。我慢して辺りを飛ばしといてやる手もあったんじゃないかなあ」
「苦労して仕留めてバラした後で言わないでよ。ギルド長のツェリークはうるさいから早々に恩返ししとくか、って言ってたのはトキくんじゃない」
「恩返し、ですか?」
二人の交わしていた軽口に、エルレアは疑問を覚えた。解体用具を手入れしながらトキが答える。
「腕のある医療術師は人気だ、って以前すこし話しましたよね。亜竜討伐、というか警備隊治療の一件で、エルレアさんって最近ちょっとした有名人なんですよ。それで、ある氏族から、貴重な回復人材を、無駄死にさせかねない弱小独立チームに預けるなってギルドに物言いがつきまして」
「えっ、だって、説明会の場では、私は完全に残り物だったんですよ」
エルレアはあの時の心細さを思い出した。担当した新人をスカウトできるのは監督官チームの権利だ、と言われたことも思い出した。規則上、チームアップの際には他の監督官たちから積極的な声がけはできなかったのかもしれないが、実力の疑わしい挙動不審な亜人エルレアの適性を親身に測ってくれたのは、事実としてトキたちである。自分のことを高く言うのは気が引けるが、その後になって医療技術が実際に使い物になると判明したとしても、先んじて目をかけてくれた彼等から掘り出し物を奪おうとするのは理不尽ではないか。
だいたい、弱小パーティーというのもよくわからない。特定の派閥に属していないとはいえ、彼等は比較的実力者であるはずだ。あの大型黒竜を相手どって躊躇しない冒険者がそうザラにいるとは思い難いし、現にギルドからも今回個別に依頼が来るほど認知されている。
「欲しいものには一回ゴネとく、ってのが流儀の団体もいるんですよ。悪いケースだと、言われた側に折れるよう打診があったりもするんですけど、今回のはギルド側で突っ張ってくれた形になりました。別に当たり前っちゃ当たり前なんですけど、不人気クエストを受けたのはその件への返礼みたいなとこもあるんです。こういうのは助け合いですね」
「ウチは前の迷宮敗退で味噌がついたからね。ナメられてるの」
「あ、なるほど……」
様々な組織がひしめく中では、水面下での駆け引きも色々とあるようだ。エルレアは単純に雷鳥に怯える地域住民の力になれればとばかり思ってクエストに臨んでいたが、他にもややこしい背景が関わっていたと聞いて頭が痛くなってきた。
「でも、そもそも私も、おふたりへの恩返しもせずに他のところに行く気はないのですけれども……」
気を取り直して自分の思いを告げる。冒険者がどこに所属するかは、つまるところ本人次第ではあろう。そこは明確に伝えておかなければ。
「ええ、ありがとうございます。束縛しすぎるつもりはないんですが、少なくとも育成期間は責任もってやらせてほしいな。大型氏族にも、それはそれで強みはあるんですけど、俺達がエルレアさんにとって一番良い選択だっていう自負はありますから」
トキが言うには、効率重視の大組織では、傘下チームに上納させた魔石を有望株に注ぎ込んで、クエストを経由させずに短期レベルアップを図ったりするらしい。搾取される働きアリと貢がれる女王アリが色分けされているわけだ。それでは女王アリに選ばれれば幸福なのかというと、魔石投資に際して償還契約を結ばされ、借金で首輪をつけられて逃げられない形にされるのである。結局いいように働かされることになるため、医療術師であれば、街に留め置かれたまま、帰還した部隊の回復役に徹することになるケースもままあるという。もちろん、治療を受けた働きアリはその分、氏族への負債が増えることになるカラクリである。
冒険者にとっても、組織の傘の庇護を受けられるなどの利点はあるものの、組織の方も当然自分たちの利益を最大化しようとするため、どちらかだけに都合の良い関係にはならないのは当然なのであった。
「氏族側が悪党だと言いたいわけじゃないんです。構成員の面倒を見るコストは回収できなきゃいけないですから。ただ、素性が良いからというだけで世間知らずが守ってもらえるような無邪気な楽園ではないってのは知っとくべきでしょう」
エルレアは都会の恐ろしさにまたクラクラした。
まさに世間知らずの見本のような存在である自分がその手の組織に加入していたとしたら、ただただ回復用の機械のような扱いを受けていたかもしれないということではないか。医療魔法を携えて伝手もなく冒険者を志したというのは、綱渡りもいいところだったわけである。
「どこも慈善事業じゃないのよね」
頭を抱えているエルレアを見て、ヴェガが苦笑しながら呟いた。




