第18話:同じ寝床
大通りの端からすこし住宅のほうへと入った『七尾鳥の宿』が、トキとヴェガの拠点である。冒険者ギルドには歩いて半刻(約15分)弱で、黒羊歯亭からはもう少し近い。喧騒に距離をとった比較的落ち着いた宿であった。
街にいないことも多いが、先払いで一部屋を常に取っておくのだという。食事は頼めば簡素なものを出してもくれるが、街中で済ませる客のほうが多いようだ。
八畳ほどだろうか、複数人で寝るにも十分なんとかなりそうなサイズの部屋は小綺麗に整頓されている。大人ふたりが収まる程度のベッドと、衣装棚、小机といった、焦茶色で統一された木製家具が漆喰の白い壁とよく調和していた。華美ではないが品の良さが全体からにじみ出ている。
彼等の持ち物はほとんど何も置かれていなかったが、壁には街の地図のほかに賞金首の一覧が貼られていた。積極的に狙いはしないが活動時に鉢合わせることもあって、特徴を覚えておくと立ち回りやすいのだとトキが言う。
「あんまり興味持てないんで、こうやって寝る前に見たりしないとなかなか記憶に残らないんですよね」
今回ギルドでもらった紙を一枚、となりに貼り付けながら、トキはそう笑った。エルレアも、お尋ね者を捕まえることにはそこまで積極的になれない気がした。自然と向き合っている方が性に合っている。
「このあたりの床をお借りして良いですか?」
「ううん、エルレアちゃんが寝るのはこっち」
示されたのは、小机の横に大きく開いた異空間への歪みだった。
ヴェガに続いて恐る恐るくぐってみると、そこは広大な暗い空間で、端がどこだかわからないほどである。ヴェガが灯したのであろう魔法の燭台がうっすらとあたりを照らしている。まわりには宿のものよりもふたまわりは大きな寝台があり、衣装箪笥があり、姿見があり、革張りのソファーがあり……何でも揃っているように思えた。
「すごい……」
異空間を魔力で生み出している、と聞いていたが、こんなことまでできるんだ。しばらく呆けて周りを見回していたエルレアは、ふと自分が外から入ってきてそのままであることを思い出した。
「あの、丁寧に落としたとはいえ旅の汚れもまだ残っているかと思うのですが、入ってしまって大丈夫だったんでしょうか」
「ええ、だからそれは今からキレイにしましょう」
あ、あの霧のシャワー。
エルレアはいそいそと外套を脱ぎ、畳んで足下の暗闇に置いた。なんとなく弾力があるようで、完全に固い地面ではないような気がする。
謎の多い空間だ……。
◇◇◇
魔法で全身を洗ってもらった後、エルレアは靴なども脱いで、ヴェガが差し出してくれた部屋着に着替えた。大きな寝台で一緒に寝ていいと言われたエルレアは、ヴェガとともにその上にあがっている。ふかふかで寝心地がとても良さそうだ。気温は快適そのものだが、毛布も一枚与えてもらった。
「エルレアちゃんはすっごくグラマーだから、私の寝間着だと窮屈よね。生活用品は今度一緒に街で買い揃えましょう」
痩身の多い森人には珍しくというべきか、エルレアは腰こそくびれているものの、胸もお尻もかなり突き出ている。同郷の者たちにはあまり受けが良くなかった。顔の火傷痕もあって、女性としては不人気だった自覚がある。体型も顔も、マントやスカーフであまり目立たぬようにするのが常になっていた。身長もトキほどではないが比較的高い。ゆったりとした作りではあるものの小柄で痩せ型なヴェガの服を着ると、どうしてもチンチクリンになってしまっている。
「何から何まで、ありがとうございます。……あの、同じ寝床にまで入れていただいて、私に対して、ちょっと無警戒ではないでしょうか? 悪いことをする気はもちろんないのですが……」
「大事な医療術師の仲間だもの。仲良くできそうって思ってるのは大前提だけど、リスク含みでも早くから私達と組むといいわよって、たくさんアピールしておきたくって。これでもトキくんが大怪我した時は凄く取り乱したのよ。もうあんな思いはこりごりだから」
確かに、パートナーの片脚が千切れる事態など、平静でいろという方が難しいものだろう。治療院をハシゴしたとも言っていたが、なかなか治しきってもらえないとなると尚更である。
「それはそうですよね……私、おふたりのためになれるよう、がんばります」
「フフッ、あんまり気負わなくていいけど、期待してるわ」
「はい、あ、えっと、そういえば……おふたりはご夫婦でいらっしゃるんでしょうか? 差し支えなければで結構なんですが……」
寿命の長い森人にとって、生涯決まったつがいと添い遂げることは稀である。同じ里の中でもくっついたり離れたりということはよくあった。エルレア自身、まったくその手の話と無縁だったわけではない。その点、人間の結婚はもう少し厳格なものだと聞く。特別な相手を定めて人生をずっと共に暮らす、という文化には、どこか憧れのようなものを感じるエルレアだった。ふたりもそういう関係なのだろうか。
「夫婦とは違うかな。しいて言うなら、きょうだいみたいな感覚なのかしら。ちょっと複雑だから、また今度ゆっくり話すわね。私達の目標にも関わってくるのよ」
「あ、そうなんですね、立ち入ったことを聞いたようで失礼しました」
「ううん、大丈夫。エルレアちゃんの話も、いろいろ聞かせてちょうだいね」
恋人同士というわけでもなかったのか。
迷宮攻略と探しもの、と言っていたっけ。ふたりに目標があるのならば、いずれその力にもなれるといいな、そのためにも、もっと力を伸ばして、もっと親しくなれたなら。
エルレアはそんなことを思いながら、幸せな気持ちで、初めてのクエストを終えた夜の眠りについたのだった。




